「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

焼津市で女子高校生が地域の方々と共に津波防災に取り組んでいる様子を見て

2015-06-24 23:36:59 | 駿河トラフ・南海トラフ巨大地震津波対策
研究室で見たNHK静岡のローカルニュースに触発されて。

焼津市にある私立の女子高「焼津高校」の高校生有志が、地元の方々に向けて、
また地元の方々と共に、津波防災についての活動を行っている、とのこと。

NHKのニュースを見た限りだが、地域の家々への個別訪問も行われている模様。
とすれば、最終的には、高知県黒潮町で行われていたような、家族別の避難カルテを作る、
その辺りを目標としているのだろう。

焼津市で津波防災を語ることは、大変難しい。本当に難しい。

まず、ダブルパンチを覚悟しなくてはならない。この場合のダブルパンチとは、もちろん、
「家が倒れるくらいの極めて強い揺れ」の後の「津波」。
東日本大震災の震源域は、いわば、東京=静岡間の距離にも匹敵するような沖合にあった。
しかし、焼津の場合は文字通りの真下が震源域となる。
したがって、耐震性のない家にお住まいの方は、そもそも津波避難の前に勝負がついている、となってしまう。
という訳で、最初に津波避難ありき、とはいかないことが、最初の大きな難しさ、となる。

東日本大震災の津波被害のイメージが強すぎて、そのイメージが刷り込まれてしまっているため、
建物の問題に気付いてすらもらえないのが現状。
焼津高校の女子高生諸君が、しっかり気付いて考えていてくれればよいのだが……。

住宅の耐震性向上を進めることがいかに大変か。
過去、どれほど多くの努力がなされてきても、大した前進が出来ていないという現実、
その現実から、本当は議論を始めなくてはならないのだ。

ついで、焼津の地形。沿岸部から数キロ先まで、平坦な地形が続く、というもの。
沿岸部にそれなりの高さの防潮堤を作る、というならばともかく、その沿岸部は日本有数の漁港。
漁港の内陸側に、その種の灰色の壁を作ることに、社会的な合意がとれればよいのだが。
下手をすると、東日本大震災の被災地で多く見られたように、内陸部まで津波が入り込む、となる。

避難タワーに一時的な避難は可能としても(それすら厳しい方々もおられるが)、
その後、ここに「なりわい」「にぎわい」「子どもたちの遊び声」を取り戻すのは至難の業、となろう。

「避難成功。しかし、故郷消滅、人生崩壊。」
これが目指すべき防災の目標と言うならば、それはいささかレベルが低かろう。

高校生諸君は、ここまで意識して、津波防災活動を展開しているのだろうか。

三番目は、そしてこれが一番の難題かもしれないのだが、
防災には、今のための防災と、将来のための防災とがあるのだが、
ほとんどの場合、この後者がまったく意識されていない現状がある、ということ。

駿河トラフ・南海トラフのレベル1の地震の場合、すなわち、
東海・東南海・南海地震のイメージであり、安政東海・安政南海、宝永地震のイメージなのだが、
海溝型地震ゆえ、90年~150年、ないし100年~150年に一度という、
ある程度の周期性が期待できる。

直近の発生は、1944年12月の昭和東南海地震と1946年12月の昭和南海地震。
両者の間をとって1945年を起点として、今年が70年目。
今日明日に次のレベル1が起こると思っている防災関係者は誰もいない。
京大におられた尾池先生は、2038年説を唱えられておられるとのこと。
昭和東南海・昭和南海が比較的小規模だったから、85年を過ぎたくらいから「お尻がむずがゆく」なるだろうが、
問われるべきは、残りの20年+α、あるいは準備期間として与えられた20年+αを、
どのように活かすか、という話であるべき。

焼津高校生の取り組みは、ここまでのスケール感を持った上のものとは思われなかった。
ただ、これは、NHKが取り上げた尺の問題なのかもしれない。
たとえそうであれ、建物の議論、地形(まちのつくり)の議論、そして時間の議論、
これらを抜きにした避難論議は、本質を見失ったもの、と言わなくてはならない。

高校生諸君が真剣に取り組んでいるだけに、彼女らの努力を無下に否定したくはない。
ただ、間違った議論はして下さるな、とは思う。
君たちが間違った認識に立ち、間違った提案を地域の方々にしてしまうことで、
本質的な問題解決が遠のいてしまう危険性が大変大きい。
その点はしっかり認識した上で、活動に取り組んでもらいたい、そう願っている。


2 コメント

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Unknown (坂東太郎)
2015-10-03 12:48:33
京大の専門教授の指導の元ですから素人の浅知恵よりはましと言うことです。
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コメントありがとうございました (「旅の坊主」こと小村隆史です)
2015-10-13 21:05:12
坂東太郎さん、はじめまして。
当ブログを書きつづっている常葉大学社会環境学部の小村です。
コメント、ありがとうございました。

9月29日付の更新以降、防災教育のあり方について、
近刊予定の共著本の内容を、何回かに分けてお示ししているところです。
それをお読みいただければご理解いただけると思うのですが、
南海トラフ巨大地震の被害が危惧される場所(特に伊豆半島以西の太平洋沿岸地域)で、
もっとも重要な災害対策は、避難カルテづくりではなく、まちづくりであり、
まちづくりの意味を理解している将来の大人を育てること、にあります。

京都大学防災研究所の矢守先生はもちろんよく存じており、様々な議論もする関係ですが、
所属は京大防災研とはいえ、ご専門は心理学です。
避難を躊躇する住民心理を何とかしたい、という思いから、取り組まれたことと思いますが、
避難は、対応の防災ではあっても、予防の防災ではありません。
現在形の防災ではあっても、未来形の防災ではありません。
それゆえ、残された時間の使い方として、私には、正しいものとは思えません。

11月に静岡で開催予定の地域安全学会で、多分、お会いできるものと思います。
コメントもいただいたことゆえ、この件を話題に出して、ご本人と直接議論してみたいと思います。
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