「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

2つの火山の噴火に思う

2015-06-19 23:59:21 | 火山防災
口永良部島と浅間山、2つの火山が噴火した。
幸いにも、いずれも、直接社会に影響を与えるものではなかったが、
浅間山はともかく、口永良部島から避難された方々の、先の見えない避難生活が続くことに変わりはない。

こういう事態に対して、残念ながら、私達防災学を学び教える者に出来ることはほとんどない。
既存の建物を借り上げるか、新たに仮設を作るか、それはその時々の状況によるだろうが、まずは仮の住まい、
そして仮のなりわいその他、仮の生活に必要なものを提供して、腰を据えて待ってもらう、
そのような環境を作ることになる。
(提供する側は国に限る必要はない。ローマの昔から、国と、自治体と、民と、
人びとに必要なものを提供してきたものは、この三者が、出来ることを補い合って提供してきた。)

東日本大震災という形で放出されたエネルギーは、日本海溝の直近のみならず、
日本列島とその周辺に、さまざまなひずみをもたらした。あるいはひずみの解消をもたらした。
それゆえ、地震列島&火山列島である日本で、地震活動と火山活動が活発になったとして、
何の不思議もない。ごくごく当たり前のこと。

どこに影響が出るのか、それは、神のみぞ知るであり、「旅の坊主」の関心はそこにはない。
ただ、静岡に活動拠点を置く者として、富士山が噴いたらどうなるのか、そのことについて、
多少ともイメージしておかなくては、との思いはある。

(もちろん富士山だけではない。噴いたらどうするのか。避難の先を考えることこそがポイント。
元に戻れる場合と戻れない場合とあるだろうが、年単位を覚悟した基本線を示すのが我々の仕事。)

ごく短期的な議論、すなわち、どこに避難させるのか、については、多少の検討は始まっているようだ。
だが、問われるべきは、噴火の規模が大きく長く、避難生活が中長期的なものになった時の対応。
(そのむずかしさと時間の長さを考えると、対応よりも対策の言葉が相応しいかもしれない。)
宝永噴火のイメージを持つならば、東名と新東名、国道246号線、御殿場線等々は月単位で使用不能、
御殿場・裾野・小山といった地区は帰還に10年かかる、といった事態も考えられよう。

そんなこと、誰が考え始めているのだろうか。

中央政府の、というよりも、より正しくは政治の知的劣化は目を覆わんばかり。
本当に情けないレベルまで堕ちてしまった。
その中では、災害対策という、主流から外れた分野に本気で取り組むような人材はそうはいないだろう。
それでも、何かあった時、「基本的な考えは○○です」ということを提示できるような、
そのような者でありたい、と思う。
小松左京の『日本沈没』に出てくる、京都の学者3名のようなもの、とでも言えばよいのか。
「旅の坊主」は、何もなければ、静岡に活動拠点を置く者。京都の学者の域には達せられない、か?