「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

【3月31日】年度末

2009-03-31 23:56:57 | 地域防災

非常勤で「災害と看護」を教えている
静岡県東部看護専門学校へ。
2年生約80名に出したレポートの採点。

災害時には、
普段はあまり意識していない幾つもの社会的役割が、
それぞれに衝突する。

看護師ゆえ、看護職(医療職)であることは当然として、
配偶者がいれば妻(夫)としての役割。
子供がいれば母(父)としての役割。
親と同居していれば娘(息子)としての役割。
等々。

その役割の衝突を、看護師の卵として、現時点ではどう考えているか、
というのがレポート課題の一つ目。

もう一つ。
静岡に拠点を置く看護職として、
自宅の立地や構造をどう理解しどうカイゼンしようとしているか、
そして将来の就職先である医療機関を選ぶに当たり何を考えるべきか。

総じて一つ目の課題に、面白いレポートが多かった。
概ね半分ほどは採点できたが、今日はそこでタイムアップ。
なるべく早く、残りを片づけなくては、というところであった。

富士に戻り、
M1のO君を過日紹介してもらった屋台の店へ呼び出す。
就職面接対策で、幾つかの知恵を授け、また課題を出す。

何だかんだと、あっという間に2時間半が過ぎる。
24時過ぎ、代行を呼んで、仮寓へ帰宅。

本学の開学以来、お世話になっていた方が、
学園内の別の大学に異動される。
その方からメールが入っていた。

こういう人を動かして、
我が理事長兼学長ドノは、
本学の将来をどうしようというのだろうか……。

明日から新年度

【3月30日】期待を裏切り続けた2年を噛み締めつつ

2009-03-30 23:37:20 | 日常の一コマ

朝イチから動くつもりで、
目覚まし時計も2段階でセットしたが、
結局のところ、ホテルのチェックアウト時間直前まで寝ていた。
(何のために、少しでも近くに宿を取ったことやら……。)

ともあれ、東北新幹線「はやて」で盛岡へ。
さらにIGRいわて銀河鉄道で滝沢駅へ。
雪は残り、風は冷たいが、日差しはやわらかく、空は青く、
そんな中、岩手山を見ながら15分ほど歩く。

博士号を取らないかと言って下さったU先生、
それを支援して下さると言って下さったK先生、
お二方の期待を裏切り続けた2年であった。

学生証を返納し、退学の手続きを取る。
時間にすればものの3分。まことにあっさりしたものであった。

考えてみれば、2年半の間、キャンパスに通った回数はわずかに4回。
一時期は、金曜の夜行バスで盛岡に向かい、日曜日の夜行バスで東京に戻る、
などという生活パターンも考えたことはあったが、
結局のところ、絵に描いた餅で終わってしまった。

実践者としては、その辺りの博士号取得者に負けるつもりはさらさらないが、
学問の世界では、実践よりも論文何本が評価基準。
実践活動を数年間ストップさせても、論文書きに専念すべきだったのかもしれない。
今となっては、何を言っても始まらないが。

滝沢の駅まで早春の岩手路を戻る道すがら、
いろいろと考える。

盛岡に戻り、遅い昼食。
さらに、三陸の海産物を幾つか買い込み、
新幹線で東京経由富士まで戻る。

気疲れゆえ?日曜の疲れが出たせいか?
移動の時間はほとんど爆睡状態。

【3月29日】稲毛⇒霞が関⇒川崎市幸区⇒東京・千駄ヶ谷SVA事務所⇒仙台

2009-03-29 23:47:11 | 地域防災

2時までがんばったものの、
どうにも頭がまとまらず。

1時間くらい仮眠を取れば、何とかなるかなぁ、という訳で
風呂に入り、布団に入ったが、やはり……。
目が覚めたのは7時半であった。
(布団の中でメモは取れたのだけれどね)

9時20分過ぎ、霞が関の合同庁舎5号館2階へ。
内閣府防災ボランティア活動検討会。
私に期待されている役割は、
静岡図上訓練の報告を10分ですることと、
午前の部のコメンテーターとして、
午前のまとめのコメントを5分ですること。

午前の部コーディネーターのM先生、
午後の部コーディネーターIさん、
午後の部コメンテーターSさんと、
直前に30分弱打ち合わせをしたのち、10時から開会。

実のところ、両方の耳は動きつつも、
(もちろんキーワードのメモは取っているが)
資料づくりの内職をしていた、というのが実態。
(「防災ボランティア活動検討会」の一有識者委員の実態なんぞ、こんなもの……)

ともあれ、静岡図上訓練プロジェクトの説明を「10分のところ8分で」行い、
その後、午前のコメントを行った。

まず、この種の検討会を、
「法的根拠もなく」
「予算も限られた中で」
「参加者に下手なことをやられると自らの将来が潰されるというリスクを覚悟で」
開催し続けている内閣府に、改めて敬意を表すべきだと思う。

法的根拠もなく、予算も限られており、
そして何よりボランティアの姿が融通無碍であるがゆえに、
当然内閣府に戸惑いがある。
そのことが、改めて確認できたと思う。

それに対して、ボランティア側のメンバーの対応は、
いささか(かなり?)内閣府に求め過ぎ!
「あれもやれ」「これもやれ」って、
ボランティアのプライドはどこへ行ったの?
要求型の市民活動なんて、過去の遺物だと思っていたのに
ちょっと情けなかった。
特に「有識者メンバーであるはずの」H氏。
困ったものである。
アンタは調整役だろ?調整役が率先して要求して、何をやってるんだか!

このような場の意味・ありがたさを十二分に理解し、
ここで出てきた問題点を企画書に練り上げ
内閣府を介して財務省に持ち込んでもらう
くらいの気概は示してしかるべき、だったのではなくて?

ともあれ、午後の話は別の有識者委員にお任せし、
川崎・幸区へ。

前々からのラブコールにこたえる形で
川崎・机上防災訓練研究会のメンバーと3時間のワークショップ。
旧知のIさんが、この会のアドバイザー役だそうで、
久し振りに元気な顔を見る。

メニューは概ねいつもと同じだが、
やはり場所が変わる分、「旅の坊主」には新しい発見がある。
地域の方々ですら知らなかったこと、気づいていなかったことを、
発見・再確認する手伝いが出来たならば、
それは、ワークショップのファシリテーターを引き受けた
甲斐があるというもの。

後片付けも早々に失礼し、
東京・千駄ヶ谷のSVAシャンティ国際ボランティア会事務局へ。
静岡図上訓練プロジェクトの県外参加者との反省会。

何と充実したメンバーであることか。
このメンバーと一緒に仕事ができることは喜びであるが、
その分、要求水準も生半ではない。
出てきたアイディアを整理し、どうやって来年につなげるか。
大きな課題である。

SVAのSさんのミャンマー土産の干魚と
ようやく封切りとなった「フローラデカーニャ」。
酒もうまい、つまみもうまい。一緒の飲む仲間もすごい。
ちょっと過ごしてしまったか、と。

本当は最後までいたかったのだが、
21時過ぎの時点で失礼し、
今宵の宿の仙台へ、最終の東北新幹線で向かう。

せっかく大浴場のあるアパ・ヴィラを選んだのに、
メールを書いているうちに25時を過ぎ、しっかりと施錠されてしまう。
こういうところはルーズであってもよいのに、と思うのだが……。

【3月28日】大学⇒川崎⇒新橋⇒稲毛

2009-03-28 23:25:29 | 日常の一コマ

大学では春のオープンキャンパス。
全体プログラムは10時30分開始なるも、
担当ブースに高校生がまわってくるのは午後。
という訳で、のんびりと仕込みを終わらせる。
(仕込みといっても、プロジェクター等のセットくらいだが。)

学食でスタッフ向けに用意された昼食をいただく。
昨日新宿で一緒だった学友会長S君も、
学生スタッフとして手伝ってくれていた。
彼に声をかけて一緒に食べているうちに、
ゼミ坦O先生も現れる。

S君としては、いろいろと考えて臨んだ面談だったのに、
力を出せなかったという思いが強かったらしい。

なに、気にすることはない。
訓練は失敗するためにあるようなもの。
本番で成功すればよいのだから。
訓練の機会を下さったAさん、Y室長に改めて感謝。

期待して待っていたものの、
おいで下さったのは1チーム、保護者を合わせても20名ほど。
ともあれ、静岡で地震防災を考える時のイロハを
5分ほどの超短縮版でお送りする。

夕方、一度仮寓に戻り、明日以降の準備をした後、
新幹線で品川経由川崎へ。

明日午後、川崎で行うワークショップの件で
21時半からTさんIさんと打ち合わせ。
どういう展開になるか、未だ見えずだが、
3時間、がんばってやりましょう、ということになる。
(資料は、いつものように、現場で印刷ということになるか……)

さらに新橋へ。時間は23時近く。
明日10時からの内閣府(防災担当)の
防災ボランティア活動検討会の件で、事務局ダイナックスのT君と。
そういえば、木曜日に会ったのは22時からだった。今日は23時。
お互い、因果な「商売」をしているものである……。

それにしても、
内閣府での10分の報告と10分のコメントのアイディアがまとまらない。
明日の会場近くでホテル泊も考えたが、
徹夜作業を覚悟で稲毛の自宅へ。

【3月27日】稲毛⇒新宿⇒静岡⇒富士

2009-03-27 23:56:09 | 地域防災

7時半、何とか目が覚め、動き出せた。
シャワー、軽い朝食の後、新宿へ。

第一生命ビル1階にて、OゼミのS君と待ち合わせ。
30分ほど打ち合わせ?段取りチェック?をしたのち、
17階へ上がる。
パシフィックコンサルタンツのAさんが待っていて下さる。

S君をAさんに紹介し、
就職面接前のプレ面接???

「建設コンサルタントとは何か」
「営業職とは何か」
「社会資本整備とは何か」
……
改めていろいろと考えさせられる。

それにしても、さすがAさん、良い資料を作っているなぁ……。
最後の「A十訓」がすごかった。
2つだけだが紹介させていただくならば……。

第5訓 客先も組織人、だけど同じ人間である。
第10訓 会社人であると同時に魅力的な社会人になって欲しい。

うーん、意味深い……。
大学3年生には、ちょいとハードルが高いだろうが。

途中からY室長にもご参加いただいた。
年度末のお忙しい時期、対応いただきまして、ありがとうございました。

品川経由で静岡へ。
中米への出国直前の2月21、22日、
静岡県ボランティア協会らの主催により行われた
第4回「静岡県内外の災害ボランティアによる救援活動のための図上訓練」(長い名前だ!)の
県内関係者(+α)による反省会。

何とかA4×両面印刷、約1600字の資料を間に合わせ、
2時間半ほど議論。

全国の災害ボランティア関係者が行っている図上訓練の中でも
ダントツのフロントランナーゆえ、新しい課題が出るわ、出るわ。
それでも、こういう面白い仕事は楽しい!
(肉体的にも精神的にも、相当しんどいけれど、ね。)

明後日、日曜日に行われる内閣府の防災ボランティア活動検討会と、
検討会終了後に行う、図上訓練への県外参加者との反省会の段取りを確認。

馴染みの中華料理店「新京」へ、ボラ協のT事務局長と担当Sさん。
何と何と、県防災局の方々も飲んでおられた。
帰りがけには、「本当は反省会に出席して欲しかった」
県社協M地域福祉課長とばったり。ふーん、そういうことなんだ……。

新幹線ホームでもばったり。
反省会にご出席いただき別れたばっかりの県民生活室Mさんと、
県東部地域防災局におられる時に大変世話になったKさん。
新幹線の三人掛けシートに三人並び、四方山話。

最後は新富士駅から代行で仮寓へ。