「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

8度目の国外出張はホンジュラス・チョルテカへ

2010-11-30 23:06:25 | 中米防災協力(プロジェクトBOSAI)
前日、頼まれ仕事の夜ふかしだったが、
何とか出発時間には間に合う。

7時15分にSリーダーと共に自宅を出発。
途中、兄弟格のTAISHINプロジェクトのBさんDさんと合流して、
一路ホンジュラス・チョルテカへ。車中は爆睡。

途中、2回の休憩をはさみ、13時半過ぎにチョルテカのホテルへ。
そのままトリウンフォ市役所へ。

市長を交えて、
マタパロアリバ村に建設予定の避難所について、
費用分担を含めた具体的な打ち合わせ。

土地の購入費用はいくらか。
登記の手数料はどこが負担するのか。
整地は人力か、それとも重機の投入が可能なのか。
建築許可の申請は誰が行うのか。
等々。

トリウンフォ市、マタパロアリバ村の住民、
BOSAIとTAISHINの2プロジェクト、
それぞれ、概ねの共通理解に達する。
ただし、合意文書へのサインはまだ。
また、サインしたところで実行されるかどうかもいささか疑問。
まぁ、それが開発援助の現場、というものだろう。

ともあれ、前回のチョルテカ出張よりも、
相当具体的な調整が出来た。まぁ、何とかなるだろう。

建物の形が出来てきたら、の話ではあるが、
何とかこの地で、研修をやりたいものである。

この日は、チョルテカでの盟友、Gさんの誕生日前日。
誕生日当日は、家族で祝ってもらうとして、
中華料理屋で1日早い誕生日祝いをする。

Cumpleanos mejor amigo Guillermo!

                     (12月3日アップ)

もう11月も最終週か……

2010-11-29 23:08:10 | 中米防災協力(プロジェクトBOSAI)
日曜、夜更かしをしてしまったが、
バスタブと足裏マッサージと風呂のおかげか、何とか6時半に動き出す。

いつものようにオフィスへ。

9時半から、12階の会議室で、
2ヶ月ぶりにエルサルバドルBOSAI関係者のミーティング。
専門家3名に協力隊員2名、2県5市の関係者、計17名が集まる。

当地においては、定例会議という習慣があまりない模様。
定期的に集まろうよと声をかけ、実際に集まっている場は、
そう多くはないそうな。

考えてしまうところ、大いにあり、である。

翌日からのホンジュラス出張を控えて、
兄弟格の「プロジェクト TAISHIN」のBさんとLさんがおいでになり、
会議を途中で抜け出す。

経費の問題、工費の問題、等々、
考えればきりがないが、それでも動き出したのは嬉しい。

昼食は定例会議のお弁当。

午後、BOSAIチーム全員でサンペドロ・マサワットへ。
JOCVのN隊員の配属先。
彼のオフィスには、
ドイツの援助による河川防災プロジェクトのバナーがあった。
こういう見せ方のうまさについては、
JICAはもっと学ぶべき、と、改めて思う。

市長は、家庭の事情で遅れるという話だったが、
察するに、バルセロナとレアル・マドリードの試合を見ていたのではないか、と。
それほどまでに、この国ではサッカーの試合は大変なことらしい。

市長の執務室には、
ベネズエラのチャベス大統領がエルサルバドルの20の市長に、
200万ドルを寄付した新聞記事がかざってある。
当地サンペドロ・マサワットには10万ドルが分配された、とのことだった。

それにしても……。
チェ・ゲバラの肖像写真の下で仕事をしているとは……。
ジャケットにも、CHE、とある。
さすがはFMNLの元闘士、というべきなのか、
でも、このこだわりには妙に感心してしまった。

市内52のコミュニティの中では、
太平洋岸に面したラス・オハス村で、
プロジェクトが導入したサイレンの成果で、
村民全員が無事避難できたという事例があった。

その次のGood Practiceをどうやって作って行くか。
その辺りが議論の中心となる。

ハリケーン・イダの後、
リスク認識が変わったという。
ただ、その後、リスクマップを作ったコミュニティはない、とのこと。
まぁ、50年周期の災害を目の当たりにしてしまうと、
それを織り込んだリスクマップ作りは、
あまり現実的ではないだろうなぁ……。

市内28の学校の中では、
過日訪れた1校のみが、カエルキャラバンを実施済みとのこと。
年明け1月8日から16日にかけて、お祭りがあるとのことで、
その時に、どこかの学校で、
当市では2回目のカエルキャラバンをやれる可能性があるかもしれない。

オフィスに戻り、仕事を続け、
いつものように18時過ぎに自宅に戻る。

日本からスカイプにて応援要請あり。
ロス・ランチョスでステーキを平らげてから、
1時間半、議論に付き合う。


                          (12月3日アップ)

消えた日曜日……

2010-11-28 23:31:45 | 中米防災協力(プロジェクトBOSAI)
前日の土曜日、
Kさん邸から帰った後も、
適量の?アルコールが効いたせいか、目がさえて眠れず。

結局のところ、明るくなってからベッドに入るような始末。
その分、日曜日が消えてしまった……。

一週間分の業務メモはまとめたものの、
メールの「借金」は山ほど。
ブログの更新も滞っている次第。
いけないなぁ、とは思いつつも、
赴任から2ヶ月半、
体がついていっていないのだろうか……。

日本での生活に比べ、
中米での生活のほうがはるかに規則的になるはずなのに、
それでも、生活にリズムを作れないのはなぜだろう……。
体内時計が崩れている、というのだろうか……。

あたり前のことだが、途上国での生活は、
(肉体的な意味での)体力勝負。
足つぼマッサージ器具のお世話にはなっているが、
やはり、メチャクチャ痛い。

残りの滞在期間に、
運動の習慣をつけることは出来るだろうか……。
妹曰く、眠る前に「ラジオ体操」をすると、良く眠れるよ、と。

真剣に受け止めなくては、である。


                       (12月1日アップ)

11月27日付記 職場にこんなメールを送りました

2010-11-27 23:48:42 | 中米防災協力(プロジェクトBOSAI)
青年海外協力隊員の活躍に関連して、
職場に以下のようなメールを出しました。
一部を抜粋して送ります。

おそらくは、誰一人反応してくれないだろうなぁ、という、
あきらめの思いをどこかでも思いつつも、
一縷の、そうでない可能性にも期待して送ったものです。

現場からの感覚として、何かの参考になれば幸いです。

ホンジュラス チョルテカにて

「旅の坊主」こと
小村 隆史

11月30日 記す

(以下抜粋)
-------------------------

今日(11月27日土曜日)、
サンサルバドルの国際空港近くの町でお祭りがあり、
青年海外協力隊員有志20名ほどと地元のボランティアとが、
日本文化紹介と防災を合わせた出し物をしていました。

お祭りに来た子供たち150名ほどが参加してくれて、
大変盛り上がることが出来ました。

ご存じとは思いますが、
青年海外協力隊(JOCV, Japan Overseas Cooperation Volunteers)は、
大学卒業すぐの人間から39歳までの、
さまざまな人が国際協力の現場で活動しています。

今は無き「環境防災学部」ですが、
青年海外協力隊には防災隊員もあり、
公費で語学研修(3ヶ月!)と防災の研修も受けられます。

本学の学部生のみならず、事務職員の皆さんでも、
一度しかない人生の2年間、
途上国の開発援助に携わるというのも、
生涯の思い出になるのでは、と思っているのですが……。

青年海外協力隊には現職参加の制度もあり、
職場を退職することなく、
2年後には海外経験を積んだ上で復職できる道があります。

残念ながら、その制度を活かしている組織はあまりないのですが、
静岡でも発足させようとしている
「協力隊を支援する会(名称未定)」の発起人の一人として、
本学からも、JOCV隊員が出てくれることを、
切に願っているところです。

それこそ、XXさんのように、
「環境防災学部」で防災を学んだ人が参加してくれるならば、
個人的にはすごく嬉しいのですが……。

まぁ、いつものように、余計なことも言ってしまいましたが、
教え子のような協力隊員ががんばっている姿を日々目の当たりにして、
本学関係者から、次に続く者が出てほしいなぁ、と、
願っているところでありました。

-------------------------

青年海外協力隊員もがんばっています!

2010-11-27 23:13:47 | 中米防災協力(プロジェクトBOSAI)
11月27日 青年海外協力隊員もがんばっています!

どっと疲れが出た、というほどの出張ではないはずなのだが、
それでも、体が休息を求めていたみたい。
ゆっくりと朝寝をさせてもらう。

昼前、Sリーダーの車に乗せてもらい、
青年海外協力隊員の隊員連絡所(宿泊施設)へ。
空港近くのサン・ルイス・タルパ市のお祭りに
日本文化紹介を兼ねてカエルキャラバンが行われるとのことで、
プロジェクト3名で手伝いに行く。

言葉の壁はいかんともしがたく、
やれたことは写真撮影くらい。
後から見れば、ピントの甘いものばかりで、
情けない思いはしたものの、ともかく、
300枚ほどは撮る。片手程度は使えるものもあろう。

けん玉、輪投げ、金魚すくい、
スペイン語の名前に漢字を当てる、
廃油せっけんの作り方のデモ、
地元の子供たちに浴衣を着せてのファッションショー、
合気道の演武、などなど。
もちろん、
定番となったカエルキャラバンのメニューも。

地味で目立たない。
そんなことは百も承知。
でも、そういう活動をやっている日本の若者がいることは、
もっと理解されてしかるべきと思う。

件の「仕分け」で、
青年海外協力隊員の隊員連絡所がやり玉にあがったとか。
何とも情けない話。
突っ込む側の国際センス、次世代への思いの託し方は、論外の外、か……。
誰が何と言って仕分けようとしたのか、じっくり見てやると心に決める。

一旦家に戻り、今度はタクシーにて、
JICA事務所のKさん宅でのホームパーティーへ。
本当は、運動不足解消のテニスとバスケットボールがメインのはずなのだが、
「旅の坊主」はおしゃべりとアルコールと食事が目当て、
ちょっと情けない気もしないでもないが、「それもまた一局」。

在外で活動している人は、本当にセンスが良い。
あるいは、鍛えられて、自ずとセンスが良くなっていくのだろうか。
料理についても、一芸も二芸もある人ばかりで、
出来合いのものを買って持っていくしか能のない身は、
こちらも、ちょっと情けなかった。

「塩釜」は、本当に具体化できるのだろうか……。

                         (11月30日)