「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

三郷町の現場より

2018-01-05 11:33:37 | 防災学
久しぶりの更新でもあった、2018年仕事始めの拙ブログ更新、
昨年末の12月30日に訪問した、奈良県三郷町を通る近鉄生駒線への土砂流入現場で感じたことを出発点に議論を展開させてもらいました。
現場の写真も撮っていますので、昨日の補足としてアップさせていただきます。

防災・危機管理の観点からすれば、やはり、「住む場所選びの目を養う(育む)」は、ビッグテーマだよなぁ、と思うのみです。
ICTの時代、地盤のチェックや元の地形のチェックもやりやすくなりました。
ICTに疎い者であっても「人生最大の買い物をする時には旧版地図を取り寄せてしっかり考えよう!」はやって欲しいと心から願っています。
国土地理院のHP内、旧版地図の謄本交付手続きについてのページはこちらからどうぞ。

http://www.gsi.go.jp/MAP/HISTORY/koufu.html










遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げます

2018-01-05 11:09:20 | 防災学
遅ればせながら、2018年、平成30年の新年のご挨拶を申し上げます。

平成元年組として社会人生活をスタートさせた「旅の坊主」としては、
これから始まる1年は、来し方を振り返るという意味でも、定年までのカウントダウンが始まるという意味でも、
いずれにしても節目の年となります。
改めて、己の背筋がしっかり伸びているかを確認する、仕事始めの日となりました。

さて、仕事始めを期しての更新ゆえ、新年に相応しいかどうかはさておき、
今年2018年にちなんだ話題から、道中記を始めたいと思います。

2018年ということは、1868年の明治維新から数えて150年という節目の年に当たります。
別の言い方をすれば、江戸時代・徳川幕藩体制が終末を迎えた年でもあります。
一つの社会システムが終わりを告げるということ、それは、
古い社会の仕組みが新しい時代に適応できなくなったことを意味しています。

昨年末、といってもまだ一週間も経っていないのですが、
「社会システムがダメになっていくことって、こういう所に表れてくるのかもしれないなぁ」と、
旧年中の最後の旅でとある被災現場を訪問した時、思うところがありました。

昨年10月22日未明、台風21号がもたらした豪雨により、
奈良県三郷町(さんごうちょう)を走る近鉄生駒線の勢野(せや)北口駅~竜田川駅間の造成地が崩れ、
土砂が線路内に流入、同線が数日間運休になる事態が発生しました。

いろいろな人がいろいろなことを言っています。
私もこの災害の直後、拙FBで思うところを述べさせてもらいましたが、
遅まきながらも現地を訪問して、改めて、いろいろなことを考えさせられました。
「旅の坊主」が考えたことは、こんなところです。

1 わざわざ崩れやすいところに選んだかのような宅地造成であった。
2 かつ、相当にいい加減な施工であったと思われる。
3 かつ、買った側がその土地の「来歴」を調べたとは思われない。
4 己の所有物が他人に損害を与えた場合、その責任は所有者に帰すのが筋。
 (この事例では民法717条「工作物責任」が関係条文となるのであろう。)
5 その筋論をメディアがまっとうに扱わない。

(注:開発許可を出した行政が悪いとの議論がまともであるとは全く思われない。
その種の立論をする人が多いことは当方も承知。
しかし、書類が整っていれば許可を出さざるを得ないのが現行制度。
現場を見る限りそんなに難しい施工技術を要する場所とは思えなかった。
施工中の実地検査も完了検査も実施する余裕のない行政の現状では、
施工業者の良心を信用する以外の選択肢はない。
つまりは書類を「作文」し手抜きをされれば行政に手の打ち様はない。
「行政が悪い」との立論をしたい人は勝手にすればよいが、その場合は、
①劣悪な開発許可をゴリ押しするような政治家の使い方をする市民がいる現実をどう変えるのか、
②実地検査や完了検査等々を実施出来るようになるまでの行政コストの増大=増税を受忍するのか、
の少なくても2つの問いにしっかり答えて欲しい。)

地番としては三郷町東信貴ヶ丘になるのでしょうが、
防災を生業にする身からすれば、この現場は、流れるべくして流れた、
と言わざるを得ません。
安全度順あるいは危険度順に、上から下へと並べて行ったら、
土地を知る者、あるいは少しでも防災に関心がある者、知識がある者であれば、
決して買わないであろう、下から数えて何番目、という場所でした。
「住む場所選びの目を養う(育む)」が防災や防災教育の大テーマであろうに!と考える身としては、
「見る目を持たないとこういうことになります」という典型的な事例だよなぁ、と思った訳です。

ただ……。
今日の話は、もう一歩進んだところからアプローチしてみたい、と思います。

昨年の新語流行語大賞、「インスタ映え」はさておき、「忖度」に贈られましたよね。
この言葉を選んだ『現代用語の基礎知識』関係者の目は、さすがと思います。
社会システムがダメになっていく具合って、忖度の現れ方によって測ることが出来るのではないか。
断言する力はなく、もちろん論証も出来てはいませんが、
社会のシステムは、誰もが責任を取らないこと、
あるいは、責任を取るべき者に「責任がある」と言わないことで、
ダメになっていってしまうものなのかもしれない、
そんなことを思っています。

1~5に整理してみた論点、どこか一つでも、誰か一人でも、誠実であれば=まっとうに責任を果たしていれば、
防ぐことが出来ただろうに、と、思わざるを得ません。
それほど、一目で「アホやんけ」とわかる場所でしたから。
1ステップや2ステップの不誠実さは、社会システムがしっかり機能していれば何とかなります。
しかし、すべてのステップで不誠実さがまかり通ってしまえば、
あるいは「己の責任の限りは○○する」という気概が失われてしまえば、
特に、現行の社会システム上、責任を取るべき者(この場合宅地の所有者である住民)が己の責任と向き合わず、
さらにそれを社会の公器であるべきメディアまでが追認してしまえば、
社会システムは崩壊します。

三郷町の現場のような谷埋め盛土の擁壁は、全国に十万単位であるでしょう。
そのすべてが、今回の場所のような施工ではないと信じたいところですが、
「ハインリッヒの法則」を持ち出すまでもなく、このような無責任の相乗効果が現実にある以上、
より大きな社会システムに、致命的な破たんが近づいているのかもしれない、と思ったところで、
大きな間違いがあるとは思われません。とすれば……。

年の初めから、暗い話になって申し訳なくも思います。
でも、社会システムが間違った方向へと突っ走っていこうとしている今、
それに警鐘を鳴らすのも大学人の仕事である、
そう思い、自らを鼓舞しようとしている新しい年の始まりです。

のっけからの長文、ご容赦を。

「災害学は自然科学、防災学は社会科学」

2017-09-13 22:08:32 | 防災学
不定期更新の拙ブログ。例によって?更新が止まってしまっていた。面目のないところ。
今週金曜日からは後期授業。それに向けて気持ちを高めていかなくてはならない時期なのだが、
折り良く?半日近く飛行機にカンヅメ中。
つまりは、少しはモノを考え、サボりまくっていた情報発信を再開させよ、という天の声なのではないか、と。

この先もまた、とぎれとぎれになってしまうかもしれないけれど、ともあれこの機会に、
最近考えていることを、少しまとめて(まとめ始めて)みたい、と思う。

表題は、ここ数年来ずっと考えていること。

自然現象としての災害(地震、噴火、台風等々のこと)の発生のメカニズムを知ることは、
防災(あるいは災害対策)の出発点とされている。
例えば、多くの防災教育論が地震発生のメカニズムから論を展開させているように。
しかし、実のところ、災害発生のメカニズムを理解できたとしても、その現象そのものを止めることは出来ない。
そして、災害発生のメカニズムを理解できたところで被害を軽減できる訳でもない。
両者は全く別物。

防災学では、自然現象としての災害(正しくは災害因という言葉を使っている)と、
社会現象としての災害(被害という言葉を、人的物的被害)の対比として、
このことを整理・理解している。

誘因と素因の関係と表現されることもある。

誘因としての降雨が甚大であったとしても、
素因としての堤防の高さや頑丈さが十分にあれば破堤による洪水は起きず、
素因としての排水能力が高ければ内水氾濫も起きない、という具合。

さらに、そもそも論を言えば、
破堤したら洪水につかりそうな場所は水田として活用すれば良い訳で
(川は肥沃な土を運んでくれるだろうし、2日くらいの冠水ならば稲は腐らない)、
そのような場所には社会的に重要な施設は立地させない、
というのが、本来あるべき防災(災害対策)の姿だろう。

これらは防災学の「イロハのイ」。
とすれば、災害発生のメカニズムを知るだけでなく、
どうやれば被害を防げるのかが、学術的にも検討されなくてはならないはず。

例えばこんな感じ。

「素因としての何にどれほどの税金を投入して強化するか」

「限られた予算の中で、他の重要施策との比較考量の中で、どのような優先順位付けをするか」

「どうやって危険な場所に住まわせないようにするか」

「危険な場所にある家々や施設をどうやって災害リスクの少ないところに移転させるか」

「これらを行う上でモラルハザードを防ぐためにはどうすればよいか」

等々。

これらは押しなべて社会科学、例えば政治学や行政学、財政学の重要テーマとなる。
否、なるはず、否否、なってもらっていなくては困る。はずなのだが……。

「旅の坊主」が飛び抜けて不勉強だから、とは思いたくないが、
政治学や行政学の課題としての災害対策についての論議が、
あまりに深まっていないように思われてならない。

例えば……。
災害リスクの高い場所には(公権力の行使により)住居や施設を建てさせないというゾーニングの考え方は、
現行でも複数のスキームが用意されているのだが、
では、なぜうまく機能しないのか?展開されていないのか。

政治学の、あるいは行政学の、(地方)財政学の課題として、
これらのテーマを取り扱っている論考は、あるいは論者は、
世の中にどういうものがあり、どういう人がいるのだろうか。

そして、もし、その種の方々がおらず、論考も書かれていないとするならば、
それらについて何かしらのものをまとめて世に問うのが、
アカデミックな世界にも生きているはずの「旅の坊主」の社会的役割、
ということになるのかもしれない。

で、そのように考えればこそ、その習作を発信し続けることが、
今後5年ほどの己の大きな役割ではないか。

そんなこと思いつつ、日本に戻ってきたような次第。

『津浪と村』熟読玩味中

2017-03-16 13:32:10 | 防災学
海外で活躍する知人友人と旧交を温めると共に、新年度に向けた己の立ち位置を確認すべく、
短期間だがプノンペンとシェムリアップを訪ねる旅に出ている。
その旅の荷物の中に、今回も山口弥一郎『津浪と村』(石井正己・川島秀一編、三弥井書店、2011年)がある。

ご存じのない方のために簡単に説明しておくと、田中館秀三に地理学、柳田国男に民俗学を学び、
半世紀以上にわたって三陸海岸の津波研究を行ってきた方。
津波の記憶が薄れないように、三陸海岸を「津波常習地」と呼んで、
人命をまもるための研究と実践に生涯をかけた人、とある。

(『津浪と村』はもともとは昭和18年1943年の刊行。
上記の説明は、同書巻頭の、編者石井正己氏による、『津浪と村』を復刊するのか、の一節を元にした。)


平成と共に社会人生活が始まり、同時に防災研究に取り組み始めたので、防災28年生にはなる。
しかし、その間、読むべき資料&会って話を聞くべき人の多さに比べ、どれほどのことが出来たのか、
と、そのインプット・アウトプットの比の悪さが、どうしても気になってしまう。

旅の間、ふと気になり、東日本大震災7回忌時点でキーワード検索をかけて見たところ、2564冊のヒットがあった。
積読レベルで十分というものも少なからずあるだろうが、
当方も大学教員の端くれ、しっかり熟読玩味し、常時頭の中をメッセージが巡っているような著作をどれだけ持てているか、
この点が問われている、といつも思っている。

話が横にそれた。

手元に『東日本大震災詳細津波地図』こそないが、ホテルのネット環境がすぐれており、
地理院地図もgoogle mapもストレスなく使うことが出来る。
で、何度となく目は通していたものの、熟読玩味とはとても言えない読みしか出来ていなかった『津浪と村』に、
大変遅まきながら、書き込みもしっかりしつつ取り組んでいる。

本で取り上げられているかなりの場所は、現地踏破の旅の中で複数回訪問している。
それゆえ、多少の土地勘はあるし、PCの中に残っている写真という手掛かりもある。
それにしても読むのにかなりの時間を要している。
本を読む「体力」が落ちた、という実感はないので、この本が持つ力ゆえ、ではあろうが。

新入生諸君は、大学入学までの間、本を読む習慣をどこまで身につけてきた上で、今に至っているのだろうか。
『津浪と村』は、新入生にはちょっとハードルが高いかもしれない。
ではあるが、3年生になり、本気で学ぼうと思っている学生(ゼミ生と呼ぶべきだな)には、
やはり必読書にしなくてはならないだろう、と思っている。

同僚の研究室でもみかけるこの『津浪と村』。
我が同僚諸兄は、また、我が防災仲間達は、この本をどのように読み込んでいるのだろう。

理解されやすいが欺瞞的な説明と、理解されがたいが構造的な真因と。

2016-01-05 23:47:00 | 防災学
大晦日から三が日までの4日間、例年通り実家(住民票上の住所でもある)で過ごす。

今年も、紅白歌合戦と行く年来る年の後「年の始めはさだまさし」を見て、「風に立つライオン」を聞く。
医療人に限らず、国際協力に携わった経験を持つ者であれば、涙なくして聞けない名曲。
昨年の年始には、同名の小説について触れた記憶がある。今年も、そんな年の始まりとなった。

4日、仮寓のある富士市の戸田書店富士店に行く。今年最初のリアル書店での買い物。
丸善やジュンク堂、紀伊国屋や三省堂といった大御所に比べれば、
売り場面積も少なく品揃えにも限度がある戸田書店富士店だが、それなりのものはあった。

今年最初のリアル書店での買い物は以下の3冊。

・松元崇『持たざる国への道:あの戦争と大日本帝国の破綻』(中公文庫)
・飯島周『カレル・チャペック:小さな国の大きな作家』(平凡社新書)
・瀧野隆浩『沈黙の自衛隊:知られざる苦悩と変化の60年』(ポプラ新書)

(買うのは良いが単に「積読」を増やすのみでは、との声もあろうが、それはそれとして。)

松元崇なる人物。このような人物がいることを知らなかったとは、ひたすら不明を恥じるのみ。
天才的な頭脳の持ち主はいるのだなぁ、と、思わざるを得ない。
国公試上級と司法試験に同時に合格し、大蔵キャリアとしては主計官、主計局総務課長を歴任、
最後は内閣府事務次官まで上り詰めるが、その激務の間にこの本の原型を書かれた、というのだから、
ものすごい御仁である。
(わずか11歳違い。一体、己は何をしているのやら、と言わなくてはなるまい……。)

今日の更新のタイトルは、日本近代史がご専門の加藤陽子女史による、松元氏の著書への解説から拝借したもの。
(加藤先生は「旅の坊主」とわずか3歳の違い。この差は何だろう……。)

リアル書店の良いところは、立ち読みでも「はじめに」「おわりに」「解説」程度や読める、ということ。
で、加藤先生による解説に、このような表現があったからこそ、買うことを決めたと言って良い。

「理解されやすいが欺瞞的な説明に飛びつき、理解されがたいが構造的な真因に耳を貸さなかった国民と、
国民に正直でなかった国家の関係はいかなる顛末を迎えたのだろうか。
(中略)
国民に正直でなかった国家は、その国家自らが死活的に重要な場面でいざ合理的な判断を下そうという段になった時、
もはやそれを許さない国民の反対にたじろぐことになる。」
(同書解説、301頁)

松元氏曰く。
「(本来戦う必要のなかった米国との大戦争に突入し国土を焼野原とされて敗戦を迎えたという)歴史を繰り返さないためには、
経済合理性を大切にすることと、
それを可能にする常識的な議論が行える土壌を創り上げ、守っていくことが必要だというのが筆者の考えである。
何よりも我が国に欠けているのは、何が正しいかが明らかでない事態において、
より正しい結論に達するために忌憚ないディベートを行う習慣であり、
そういった場合にコモン・センスを大切にする姿勢であろう。」(14頁)

さて、「旅の坊主」の危機管理・防災論議は、
加藤先生がおっしゃられるような「理解されがたいが構造的な真因」に迫るものであろうか。
また、松元氏が述べておられるように、コモン・センスを大切にしているだろうか。

大きく外れてはいないだろう、とは思っているものの、何せ、文章にまとめたものが少なすぎる。

例年に増して、その大きな課題への取り組みが、今年は求められている、と思っている。
そんなことを再確認した、今年最初のリアル書店での買い物だった。