「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

雨期の到来、ということだろうか

2011-04-29 23:04:00 | 中米防災協力(プロジェクトBOSAI)
中米時間 2011年4月29日(金)

今日も睡眠不足の中の登庁となる。
3時間弱の睡眠の後、妙なもので6時前に目が覚める。
シャワー、身づくろいの後、
この睡眠不足状態で、かつ、慣れぬ場所(左ハンドル)で運転して
事故でも起こしてはつまらない、と、
タクシーを呼んで内務省ビルへ。

我が事ながら、7時15分には机に座っているという、
日本では考えられないペース。
ともかく朝イチで出さなくてはならない書類に取りかかる。

今日のメインの活動は、
短期専門家として滞在中のHさんを中心とする、
古タイヤを利用した斜面防護、あるいは堤防建設についての企画会議。

前日、午前3時近くまでかけて何とかまとめたパワポの資料について、
スタッフTさんに確認してもらい(大した記憶力に感心することしきり)、
その後、会場となる「ドン・ルア」の会議場へ。

出国&プロジェクト参加に当たり、
「よかったら使ってみてくれないか」として託された、
静電気の力で壁に貼りつく白フィルムを二台目のスクリーンとして活用しつつ、
プロジェクター2台を用いての会議のセットアップ。
(なかなかの優れモノであることを確認。)

火曜日ほどの参加者はないものの、
それでも10名を超えるメンバーが参加してくれる。

Hさんには、作った資料に沿って、
参加型小規模土木施設の各現場への適応可能性についてご説明いただく。
大きな異論もなく受け入れてもらえて何より。

さらに技術面での補足を行ってもらった後、
サンサルバドル市役所のO氏にバトンを譲り、
参加者間での合意形成を図ってもらう。

予定していたラインより少しだけだが、
サンサルバドル市側の積極的関与を引き出す線でまとまった。
手前味噌ではあるが、まずまずの出来と思おう。

その後、ドタバタと片づけ、事務所に戻り、
みなに挨拶をして20日間の行脚に出る。
モンテアルトに一旦戻り、前日中にまとめてあった荷物を持ち、
遅れていた4月分の家賃を払い、1時半に出発。

今まで、ホンジュラス方面への出張となると
テグシガルパに行くにせよ、チョルテカに行くにせよ、
天気は快晴、というのが多かった。
だが、今日は違った。

雨期の到来、ということだろうか。

空はどんよりとした灰色で、
時々、これはかなり強いな、と思うような雷雨にも見舞われた。
季節が変わって行っている、ということ、なのだろう。

12時過ぎまでサンサルバドルで仕事があったため、
どうしても移動は遅くなってしまった。
サンミゲル16時、国境を超えたのが17時半少し前。
(それにしても、国境超えの手続きがまた変わっていたのはなぜ???)
テグシガルパ到着は20時半を回ってしまっていた。

ドライバーMさんの宿探しで、さらに時間がかかってしまったが、
何とか見つけてチェックイン。

JICA事務所のKさんご一家と共に、
ペルー料理を美味しくいただく。
そんな時でも、無粋な仕事の話をしているのだから、
病何とか、であろうか……。


サンサルバドル市内の現場を見る(2日目)

2011-04-28 23:14:56 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)
中米時間 2011年4月28日(木)

昨日に引き続き、
短期派遣専門家であると共に、前任者であるHさんのお供として、
古タイヤを用いた小規模参加型公共事業の試験施工について、
サンサルバドル市内の適地候補を見て回る。

大きさにも強度にも限界がある中で、
でも、参加型で住民の力を結集して、
少しでもカイゼンできる場所があればカイゼンする。
それをどこまで続けられるかが。
その支援として、どこまでより添えられるか。

何だかんだで10ヵ所くらいは見て、
何となく、やれる範囲のこと、やる際のコツのようなものが見えてくる。
もちろん、見るのとやるのでは、大変な差があることは百も承知。
でも、それでも、現場百篇であるな、と。
学士入学でもして、土木工学の基本を学びたいなぁ、と、
少なくとも瞬間的には思ったりする……。

66歳になられたばかりのHさんを前にしては言えないセリフだが、
1日、現場巡りをするとそれなりに疲れる。
シャワーを浴びて汗を流し、
「気合を入れるには肉!」とばかり、
久しぶりにニカラグア牛の店「ロスランチョス」へ。
Hさんに加え、事務所のN所長もお付き合い下さり、
肉やら甘い者やらを食べつつ、いろいろと話をする。

その後、自宅に戻り、翌日の準備で結局3時を過ぎることに。
眠い時の効率の悪さは理解しているが、それでも、
一寝入りしたら何時に覚めるか、大変心もとないため、
夜の作業となってしまった。

23時には寝る、その習慣をつけること。
そのためにどうすればいいか。いつも悩ましい。
導眠剤も考えたほうがよいのだろうか……。

それにしても、メールの処置も進まないのだから、
何をか言わんや、である……。


                    (中米時間4月29日深夜 遡ってアップ)

創造的復興支援のために(その14):この夏休み、東北ボランティア&夏祭りツアーの企画合戦を!

2011-04-21 23:38:55 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)
2011年4月21日(木)

95年の阪神・淡路大震災の時には、
発災から約2ヶ月経った3月20日、
かの地下鉄サリン事件が発生、
その後、震災報道が激減したという事実がある。
さらに言えば、4月になって新学期が始まり、
ボランティアの供給源であった高校生・大学生・専門学校生が、
学校に戻っていったという事実もあった。

今、ゴールデンウィークを控えて、
どのような形でボランティアを受け入れるかという
算段が各地で進んでいるが、
その活動が一段落したならば、やはり次の課題は、
この夏休みに向けてどのような仕込みをするか、
その点であろう。

いささか先走りの感もあるが、
キーボードをたたいていると、幾つかの想が浮かんできた。
忘れないうちに、とまでは言わないが、アイディアをメモしておく。

1 動員は文字通り全国規模。募集対象は高校生以上であれば誰でも可。
期間も問わない。親子ツアーもあるかもしれないが、詳細は要検討。

2 移動手段は問わないが、ボラバス形式が現実的と思われる。
特に現地での移動手段の確保を考えた場合。

3 宿泊施設は、復旧できたホテル・旅館を利用
現地にお金を落としてナンボ。
テント泊や雑魚寝だけがボランティアの姿ではない。

4 もちろん、しっかりと現地を見てくること、見てもらうこと。
そして、被災者と接してくること、語り合ってくること。

5 タイミングを合わせ、東北の夏祭りもしっかりと楽しんできてもらうこと。
過度の自粛は、被災地経済を委縮させるのみ!
この夏の時点ともなれば、
人を呼ぶことのほうがはるかに重要となっているであろうから。

6 可能なら、被災地に入る際に、ボランティア経験者のガイドを。

7 可能であれば事前学習を。

8 もちろん、しっかりとお土産を買ってくること。

9 大切なこと(その1):ボランティアが主目的でなくても全く問題のないこと。
ボランティアはついででも構わない。
東北地方への人の動きを作ること&現場に少しでも触れた経験を持つ人を増やすことが目的。
大上段に「ボランティア」を振りかざす必要もない。
温泉ツアー、テニス合宿、そのついでであって、構わないということ。
そして、ついでであっても、現場に行き、体験者と話をすることに意味があるのだと、
しっかりと強調すること。

10 大切なこと(その2):観光業者にツアーとして企画してもらうこと。
もちろん、適正範囲での利潤を載せてもらってかまわない。
善意だけでは長くは続かないのだから、品の良いビジネスとして。

さて、これだけのこと、どうすれば形にできるだろうか。
今までの災害救援系ボランティアの常識とはいささか異なる点があるため、
受け入れてもらうには、ちょっとハードルが高いかもしれない。

ただ、ともかく大切なことは、関心を持ち続けること。
この災害は、月単位で何とかなるような代物ではない。
ついでであろうとも、現場を少しでも見たものが何かを考え、
誰かにその何かを伝えてくれるならば、
それが、関心を持ち続けてもらうということではないかと思う。

さてさて。
夏休みは東北へ。これを全国ブームにするための算段は、
今から始めないと間に合わないのではないか、と思うのだが、
これもまた、「言い出しっぺの原則」か。


                             (中米時間4月22日 遡ってアップ)

創造的復興支援のために(その13):災害FM局・コミュニティFM局への支援を

2011-04-20 23:55:54 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)
2011年4月20日(水)

ありがたいことに、パシコン静岡事務所のYさんが、
国内の主要記事のクリッピングを送ってきてくれている。
4月20日の目玉記事として、特記して下さったのが、

『静岡新聞』4月20日付
「災害FM、最多の21局 総務省が交付金も検討」

http://www.at-s.com/news/detail/100021520.html

という記事。

この記事を読んで、我ながら情けなく思うこと、多々あり。

災害時におけるコミュニティFM局、
あるいは臨時災害FM局の役割については、
阪神淡路大震災の「FMわいわい」以降、
多くの実績があり、また、「旅の坊主」自身、幾つかの場面では、
直接お手伝いもしてきた。

経営基盤が安定しているとは言い難いコミュニティFM局、
また、多くがボランティアによって支えられる臨時災害FM局。
その必要性は十分理解していたはずであり、また、その活動において、
どこがボトルネックになるかについても、十分理解していたはず。

そのことを先読みしてなぜ仕掛けられなかったのか。
情けなく思うのみ。

ともあれ、今後、災害FM局(や被災地のコミュニティFM局)への支援として、
次のようなことが考えられるだろう。

1 ともかく、運営スタッフの支援。
大変なのは人のやりくり。
特に被災者自身が災害FM局の運営に携わっている場合、
当然のことながら、FM局の運営以外にも、さまざまな活動が求められる。
外部の人間が手伝える部分は幾つもある訳で、
そのような人材を、組織的かつ継続的に投入し続ける算段が求められる。
看板でもあるパーソナリティーの投入はなかなか難しいが、
声が出なくなるまでマイクを握り続けた、というのが、
美談となる時代でもあるまい。
看板は看板として、でも、それ以外の部分について、手伝えることはある。

2 財政的な支援を。
外部スポンサーを募り、フルタイムで活動されている方々に対して、
しかるべき額を出せる態勢を組めないだろうか。
少なくても1年間、当初は最低賃金レベルかもしれないが、
単なるボランティアとしてのみならず、職としても相応の額を出せる仕組みを、
オールジャパンで組むことは、少なくても理屈の上では可能。
さて問題は、それをどうやって仕込むか、であるのだが。

3 ビッグネームにもご支援いただけないだろうか
これまた、「言うは易し」の話ではあるのだが……。
さまざまな話術を持つ人たちで、世の中で活動している人達はいる。
災害FM局であっても、明るい話題が欲しい。
その意味で、これは単一局に対して、というよりも、
災害FMやコミュニティFMの連合体に対してとなるだろうが、
実費ベースのギャラで協力いただける、被災地内外のタレントに、
帯番組を交代で担当してもらえるような、その種の仕掛けを出来ないだろうか。

アイディアは幾つも出てくる。
ただただ悔やまれるのは、なぜ、被災から6週間も経った今ごろになって、
ようやくその必要性を明文化する我が身の不甲斐なさ。
プロのやること、ではない……。

ともあれ、誰かこのアイディア、具体化してくれないだろうか、
ではなかったな。
防災ボランティアの世界には「言い出しっぺの原則」があった……。


                 (中米時間2011年4月22日午後、遡ってアップ)

創造的復興支援のために(その12):「歴史街道浸水せず」の教訓をどうやって活かすか

2011-04-20 13:59:13 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)
中米時間2011年4月19日(火)深夜
日本時間2011年4月20日(水)午後

拙ブログで、
宮城、福島の平野部において、
災害危険地域の線をどこに引けばよいのか。
そのことを議論させてもらったのがつい昨日のこと。

今日、ネットを見てみたら、
その問いかけに答えるかの記事があったので紹介しておく。

東日本大震災:先人は知っていた 「歴史街道」浸水せず
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110419k0000e040095000c.html

国土地理院による浸水図と仙台平野を縦断する奥州街道・浜街道を重ねたところ、
道筋の大部分と宿場は浸水域からわずかに外れていた、とのこと。

東北大学の平川新教授(江戸時代史)が調査されたとのこと。

ただ、明治以降の開発において、津波の経験は失われた、とも、平川先生が述べている。
「復興のまちづくりは、災害の歴史を重視して取り組んでほしい」とは、
まさに我が意を得たり、であった。

経験値、ということになるのだろう。
「旅の坊主」の好きな言葉で言えば「プロの勘」。

ハードに頼る復興まちづくりではなく、
歴史の教訓を踏まえた復興まちづくりを。
歴史の教訓とて万能ではないことを百も承知の上で、
でも、この奥州街道・浜街道の線が、
間違いなく大きな基準となろう。

問われているのは、その教訓を、
歴史の淘汰に耐えられるだけものに具体化出来るか、という、
政治的構想力、あるいは政治的意欲の有無、あるいは程度。
復興構想会議の面々は、この話をどのように受け止めているだろうか。

少なくとも、
巨大な人口地盤を作って災害に強いを作ろうなどというアイディアと比べるならば、
この歴史の教訓から学ぼうという姿勢のほうが、
結果的により大きな学びを得られる、
「旅の坊主」としては、このように考えているのだが。


                                (リアルタイムにてアップ)