「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

湯河原~東京~静岡

2005-08-31 23:06:36 | Weblog
 8月31日(水)
 
 翌日出演予定の番組の仕込みで東京へ。まず、千代田区九段の国土地理院
関東陸地測量部へ。いつものように大日本帝国陸軍陸地測量部(業界用語で
陸測)時代の地図(旧版地図という)のコピーをお願いする。今回は焼津の
1/25000図。(ちなみに大正5年当時の地図名は藤枝。)さらに八重洲ブック
センターに行き、中越地震・東海地震・阪神淡路大震災の3つの地震の被災
地域を含む20万図(合計30枚ほどか)を購入。

 東京駅で防衛庁時代の同期と偶然再開。N氏は現在那覇の防衛施設庁に
お勤め。何年ぶりになろうか。氏は消防庁へ出向していた時期もあったとの
ことで、共通の知人の話題に花が咲く。

 静岡に移動し、駿河区登呂の静岡放送へ。担当のS記者、Mディレクターと
打ち合わせ。購入したばかりの地図をフリップにする作業をお願いし、編集が
終わったビデオを見ながら、どのようなキャッチボールをするか、Sさんと議論。

 23時過ぎてホテルにチェックイン。夕食を取っていなかったことを思い出し、
静岡に泊まる時はいつも食べに行っているラーメン屋へ。24時過ぎての夕食
(夜食というべきか)。これが太るもととは知りつつ……。

三宮~淡路島~湯河原

2005-08-30 23:55:55 | Weblog
 8月30日(火)

 8時半三宮駅発のバスに乗るつもりが結局起きられず、予定より2時間
遅れて、淡路島・夢舞台の日本災害看護学会の年次総会会場へ。午前の
プログラムがほぼ終わったころに会場に到着。25日までウガンダ訪問で
ご一緒させていただいたYさんをはじめ、多くの旧知の方々と再会。ポスター
セッションでは、日赤看護大のOさんHさんらの発表と、三重県立総合医療
センターのOさんらの発表が隣り合わせ。相互には面識がなかったとの
ことで、お引き合わせする。何かの展開が生まれれば幸い。

 午後、Yさんが座長を勤める「災時に支援優先度が高い人への看護」の
セッションに参加。ウガンダ出発直前にお世話になったKさん、研究会仲間の
Mさんらがシンポジスト。「普段からの豊かな関係性」「福祉力」「手上げ
方式の限界」など、幾つもの重要なキーワードをいただく。

 医療・看護系の学会に参加するメリットの一つは、専門書店のブースを
見てまわれること。Oさん監修の看護師向け雑誌の他、公衆衛生関係者向け、
保健師向けの雑誌に良いものがあり、早速購入。さらに、医療における
ヒューマンエラーについて旧知のKさんが書いた本もあり、こちらも購入。
 例によって「積読」(「つんどく」と読む)の運命かもしれないが……。

 淡路島からのバスと新幹線の接続が良く、湯河原駅に降り立った時には
最寄のスーパーの閉店前。美味しそうなトウモロコシ、秋刀魚の刺身など、
秋の味覚を買いこんだ後、我が家へ。

富士吉田~神戸・三宮

2005-08-29 22:29:10 | Weblog
8月29日(月)

 前泊のゼミ生3人とこの日ばかりはきちんと朝食を取り、富士吉田市役所へ。
富士吉田出身の学生2名にも加わってもらい、市長以下富士吉田市の部長級
職員を対象とするDIG。最終打ち合わせ、市長表敬訪問の後、10時より本番。
市議会議長・副議長も参加者として加わってもらう。

 メインテーマは東海地震発生時における富士吉田市の対応。午前中はオリエン
テーションを兼ねた講義で、東海地震の被害様相と、図上訓練のあり方と実例に
ついて話をする。昼食の後DIG本番。3時間後、72時間後、一週間後の3つの
フェイズ毎に、市として何をすべきかのイメージを書き出してもらう。各フェイズ
40分の3本勝負。参加された皆さんの手応えはいかがだっただろうか。

 この種のものとしては、練馬区・高知市について3回目。ただ、講義2時間+
DIG3時間の計5時間という長丁場も、市議会議長・副議長が参加してくれた
のも初めて。まだまだやるべき中身はあるが、富士吉田での初回としては手応え
十分。せっかくの貴重なケースでもあり、『自治労研究』に投稿予定のペーパー
「災害時における首長・幹部職員のあり方」は、この事例報告を軸にまとめようと
心に決める。締め切りまで1ヶ月。といっても、書き出すのはいつものように
直前か……。

 ゼミ生を先に帰し、お世話になったSさんOさんと一緒に少し息を抜いたのち、
日本災害看護学会の2日目に参加すべく、大月・八王子・新横浜経由で神戸・
三宮へ。                               (9月3日記す)

湯河原~富士~富士吉田

2005-08-28 23:25:50 | Weblog
 8月28日(日)

 東海道線で富士駅へ。学生の車に拾ってもらい、富士宮経由で富士吉田。
富士吉田名物のコシの大変強い手打ちうどんの昼食。担当Sさんの出迎えを
受け、まずは宿舎の青少年センターに挨拶。その後、翌日の富士吉田市長
以下お歴々を対象とする図上訓練の仕込みにとりかかる。

 市役所と同じ敷地にある産業会館3階の会議室を臨時災対本部室とし、
プロジェクター2台とボードを多数用いて、各種の状況表示の用意をする。
本部員等18名が座る場所を会議用机をコの字型に並べたもの。中央に
畳2枚大の富士吉田市街地の地図を置く。これらはみな、自衛隊の「指揮所
(CP:Commanding Post、災対本部の意味)」のレイアウトに倣ったもの。
最大の課題は、お歴々を「その気になってもらう」まで刺激的(=現実的)な
レイアウトと状況表示が出来ているかどうかであるが、さてさて……。

 残って仕事をされる防災対策課の皆さんには申し訳ないと思いつつ、夕方で
失礼する。飛び込みで入った中華料理店の麻婆豆腐がなかなか美味であった。
宿舎に戻り、勝手に盛り上がっているゼミ生を気にしつつ、翌日午前中の説明
資料を何とかまとめる。まとめ終えて思った。

 「前泊をお願いしておいて、本当によかった……」

                                    (9月6日記す)

日根野~静岡~湯河原

2005-08-26 01:49:14 | Weblog
 8月26日(金)

 気付いたらチェックアウト時間直前。やはり帰国した安心感か。

 京都の地侍Y氏から携帯の留守電にメッセージあり。都合が合えば京都で
途中下車と思ったが残念ながら×。そのまま静岡へ。ターミナルビルの喫茶店で
静岡放送のS記者と、9月1日に出演予定のTV番組の打ち合わせ。あっという
間の2時間。有意義な打ち合わせであった。

 予定では、この日は久しぶりに大学に出るはずだったのだけれど……。
 まぁ、ともかく自宅にたどり着く。

                                  (9月3日記す)