曹操撃劉表。表卒。子擧荊州降操。劉備奔江陵。操追之。備走夏口。操進軍江陵、遂東下。亮謂備曰、請求救於孫將軍。亮見權説之。權大悦。操遣權書曰、今治水軍八十萬衆、與將軍會獵於呉。權以示羣下。莫不失色。張昭請迎之。魯肅以爲不可、勸權召周瑜。瑜至。曰、請得數萬精兵、進往夏口、保爲將軍破之。權抜刀斫前奏案曰、諸將吏敢言迎操者、與此案同。遂以瑜督三萬人、與備并力逆操、進遇於赤壁。
曹操、劉表を撃つ。表卒す。子(そう)、荊州を挙げて操に降る。劉備江陵に奔(はし)る。操之を追う。備、夏口に走る。操、軍を江陵に進め、遂に東に下る。亮、備に謂って曰く、「請う救いを孫将軍に求めん」と。亮、権に見(まみ)えて之に説く。権大いに悦ぶ。操、権に書を遣(おく)って曰く、「今水軍八十万衆を治め、将軍と呉に会猟(かいりょう)せん」と。権、以って群下に示す、色を失わざるもの莫(な)し。張昭之を迎えんと請う。魯肅以って不可と為し、権に勧めて周瑜を召さしむ。瑜至る。曰く、「請う数万の精兵を得て、進んで夏口に往き、保(ほ)して将軍の為に之を破らん」と。権、刀を抜いて前の奏案を斫(き)って曰く、「諸将吏敢えて操を迎えんと言う者は、此の案と同じからん」と。遂に瑜を以って三万人を督(とく)せしめ、備と力を併せて操を逆(むか)え、進んで赤壁に遇う。
江陵 湖北省江陵県。 夏口 湖北省武昌城の西。 治め 統率する。 会猟共に狩をすることだが、暗に決戦を挑むこと。 保 請合う。 奏案 上奏文を読む机。
曹操が劉表を攻撃した。前後して劉表が死に、子のが荊州をすべて献じて曹操に降った。劉備は江陵に逃れたが、曹操が追撃してきたので、さらに夏口に逃れた。曹操は軍を江陵に進め、さらに揚子江を下って東に向かった。諸葛亮は劉備に呉の孫権に救援を求めるよう勧め、自ら孫権のもとに赴いて同盟を説くと、孫権は大いに喜んだ。ところが曹操から「わが水軍八十万を率いて呉の地に赴き、孫将軍と狩りをしたいと思うが、いかがであろうか」と恫喝にもとれる書が届いた。孫権はこれを諸将に見せると皆畏れて顔色を変えた。張昭がまず曹操を迎えて降るよう説いたが魯粛がひとり反対を称え、周瑜を召して意見を聞くよう勧めた。周瑜は伺候すると「私に数万の精兵をお貸しください。夏口まで出陣して必ずや曹操を打ち破ってごらんにいれます」と請け合った。孫権は刀を抜いて机ごと断ち切って「今後曹操を迎えて降ろうなどと言う者がいたらこの机と同じになると思え」と言った。かくて周瑜に三万の兵を統率させ、劉備とともに曹操を迎え撃たせた。両軍は進んで赤壁の地で曹操の軍とあいまみえた。
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