寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

十八史略 僖宗大乱の裡に卒す。

2013-08-20 10:03:40 | 十八史略
上發成都還長安。秦宗權僭號。上之奔蜀也、宦者田令孜實挾之。自以爲功、權自己出。河中王重榮、前作亂自立。令孜遣朱玫等攻之。重榮求救於克用。克用方怨朝廷不罪全忠。上言、玫等與全忠相表裡、欲共滅臣。引兵赴河中。京師震恐。令孜劫上奔鳳翔。朱玫追逼不及。立粛宗玄孫襄王熅爲帝。玫將王行瑜斬玫。熅奔河中。王重榮斬首送行在。上還長安。上在位十五年。改元者五。曰乾符・廣明・中和・光啓・文。日與宦官相處而已天下大亂、盗賊蠭起。豪傑因起其、互相呑噬。朝廷不能制。上崩。壽王立。是爲昭宗皇帝。

上成都を発して長安に還る。
秦宗権、僭号す。
上の蜀に奔(はし)るや、宦者田令孜(でんれいし)、実に之を挟(さしはさ)む。自ら以って功となし、権、己(おのれ)自(よ)り出ず。
河中の王重栄、前(さき)に乱を作(な)して自立す。令孜、朱玫(しゅばい)等を遣って之を攻めしむ。重栄救いを克用に求む。克用方(まさ)に朝廷の全忠を罪せざるを怨む。上言(じょうげん)す「玫等全忠と相表裡(ひょうり)して、共に臣を滅せんと欲す」と。兵を引いて河中に赴く。
京師震恐す。令孜、上を劫(おびや)かして鳳翔に奔らしむ。朱玫追い逼(せま)れども及ばず。粛宗の玄孫襄王熅(おん)を立てて帝となす。玫の将王行瑜(おうこうゆ)玫を斬る。熅、河中に奔る。王重栄、首を斬って安在に送る。
上、長安に還る。上、在位十五年。改元すること五、乾符・廣明・中和・光啓・文と曰う。日々宦官と相処(お)る而已(のみ)。天下大いに乱れ、盗賊蜂起す。豪傑因(よ)ってその間に起こり、互いに相呑噬(どんぜい)す。朝廷制する能わず。
上、崩ず。寿王立つ。是を昭宗皇帝となす。


上言 用例が見当たらない。 表裡 表裏。 呑噬 他国に侵略して領土を奪うこと。

僖宗は成都を発って長安に還った。
秦宗権が皇帝を僭称した。
僖宗が蜀に避難したとき、宦官の田令孜が守り通した。令孜はその功績をかさにきて、権力を独り占めした。
以前、河中の節度使王重栄は乱を起こして自立していた。令孜は朱玫たちに命じて重栄を攻めさせた。重栄は克用に救援を乞うた。克用は朝廷が朱全忠の汴州の事件を不問にしたことを怨んでいた折りでもあり「朱玫らは朱全忠と通じて共に臣を滅ぼそうとしております」と奏上すると河中に兵を進めた。
都じゅうが震え恐れた。令孜は僖宗にせまって鳳翔へ落ちのびた。朱玫は連れ戻そうと追い逼ったが追いつくことができず、粛宗の玄孫の襄王熅を立てて皇帝とした。ところが朱玫が部下の王行瑜に殺されたため李熅は河中に逃れたが、王重栄はその首を斬って僖宗の避難先に届けた。
僖宗は、在位十五年、改元が五度で乾符・廣明・中和・光啓・文、その間の生活はただ宦官たちに取り囲まれているだけであった。天下は乱れに乱れ、いたるところで反乱が起こった。野心にあふれ腕に自信のある輩が互いを攻略しあったが朝廷にはそれを抑えることはできなかった。僖宗は長安に戻ったその年(888年)崩じ、寿王が後を嗣いだ。是が昭宗皇帝である。


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