村の水車番

水車小屋のおじさんは見た?  山村のくらしは、今日も快調!

酒好き

2007年05月31日 | Weblog
ふるさとの酒を作る会で作っている「日倉の泉」の詰め替えをする。
今年度の酒は後数十本のこっている。生原酒なので冷蔵しなければならないが一升瓶では家庭用の冷蔵庫に入れにくい。

60本ばかりを900ミリの瓶に詰め替えた。
濁り酒は、花見時期が美味しいが夏場にはいま少しいただけない酒だ・・・
内緒で少し飲んでみると、・・・・まだまだいける!!

酒好きが、酒の良し悪しを判定する事は難しい事とされているので、当てにはならない。
昔、各農家でまだ密造の酒を作っていたとき、酒好きのおじさんは酢に近くなった酒でも「うまい! やはり酒が一番だ!」と咽喉を鳴らして飲んだそうだ。
そこまで言うなら、同じ醸造品だからと本当の酢を飲ませてみたところ「おしいなーチョット酸っぱくなったなー」と言ってまた一杯飲み干したと言う!

酒飲みは恐い!!
その道の達人が必ずしもその道の権威とは限らない?
好きな道だからこそ盲目になる、 ・・・恋に似ている・・


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せなかつ、さげもっこ。

2007年05月30日 | Weblog
地区内の農家が改築される。
古い家を解体されるので、いらなくなった農具を戴いた。
水車の会では、こうした古民具を積極的に引き取っている。
生活様式も大幅に変わってきて、若い世代が家を引き継ぐ時、こうした古い民具は大方は焼却される運命にある。
最早、役目の終った生活用具には当然の運命だが、今の若い世代には使い方もわからない用具も、たった4~5壱拾年前は立派な現役だった。
まだ、まだ、その生活用具を使って、山村で生きてきた世代が現存する。

失われていく山村の原風景を再現しようと始めた、入間水車の会だ!
忘れられ、捨てられていく生活用具にも愛着がある。

今日は、まだ新しい「木負いこ」「せなかつ」「さげもっこ」を戴いた。
並べて眺めていると、苦しかった若い時の山仕事や、野良仕事が、今では楽しい思い出としてよみがえる。
人の手による道具は、シンプルで機能的でもあるが・・何よりも美がある!

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こんにゃくの花

2007年05月29日 | Weblog
2~3日前に、入間水車の会と小学生で植えた甘藷と南瓜の苗がうまく根付いたか見に行く。
途中、校舎の角の花壇にこんにゃくの花が咲いていた。

こんにゃくは5~6年経つと花が咲く!
普通は、3~4年生の玉でこんにゃくを作るので農家でもめったに花を見ることは無い。
小学校では、たまたま残してあったこんにゃく玉が5~6年生になっていたのだろう?

この、こんにゃくの花は強烈な匂いがする、 私も始めて嗅いだときには思わず後ろにひっくり返る所だった。
色も、形もあまり好感の持てるものではない。

花といえば、どんな小さな花でも愛される所の一つは持っているものだが、こんにゃくの花ばかりはひとつも無い!!

創造の神は時としていたずらか、手抜きをすることがある、決して悪気があっての事ではないと思うが、手抜きをされた方はたまったものではない。
だが・・・ちゃんと神はバランスを取っている、 こんにゃくのうまさはそのバランスのひとつだろう?

人間にも通じる、 どんな人でもどこかに良否があり、ちゃんとバランスは取れている。
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おろち

2007年05月28日 | Weblog
木次のサンワークでの、雲南市公民館協議会の委員会に出席する。
今年度初の委員会だった。
自己紹介から始まったが、他の委員の経歴に圧倒される。
無位無官の経歴は私ぐらいのものだ、私を含めて年齢も結構高い?変革を厭う年齢だ。
合併してから2年半を経過して、公民館のあり方も市で一元化する予定のようだが、船も山に向かいそうだ。

委員会までに時間があったので、付近を散策してみる、隣に「おろちゆったり館」と看板が掛っている温泉施設があった。
屋上には竜の飾り物が鎮座する立派な施設だ。

出雲のおろち退治神話に由来するものだろう・・・
おろち・・・と言えば大蛇のことの様に思えるが、神楽に出るおろちも、絵本の中のおろちも、おろちと言えば竜の様な姿になっている。
大蛇がいつの時代から竜に変身したのだろう?
大向こう受けを狙った知恵者が竜神の絵を見ておろちを竜に仕立てたかも知れない?

ゆったり館の龍は、大蛇と言われるのには不満そうだ。
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あやめ

2007年05月27日 | Weblog
日曜日だが、集落の常会があった。
高齢化最前線の我が集落では、夜の集会もままなら無いようになって来た。
今日も、これからの常会のあり方について多少の意見が出た。

長年にわたって続けて来た集落のあり方も、思い切って改革をしなければならない?
人間年とってくると、兎角物事の変化に臆病になる。
避けて通れない現実を目の前にしても、妙案は無い!
とりあえず、一ヶ月単位で常会の開催を協議していく・・・と言った妥協案で落ち着く。

帰宅して前の庭を見ると、アヤメが咲いていた、昔、田んぼの基盤整備の折に、埋め立てられる予定の田の縁から植え替えたアヤメだ。

時代の中で生き抜くには、どんな環境にも慣れなければならない!
少子高齢化最前線の山村に住む心根を、アヤメに教えられた様な気がする

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集落葬

2007年05月26日 | Weblog
私の集落での今日は葬儀の日だ。
昨日の天気が嘘の様に晴れて来た。
迷信かも知れないが、天気の良いのは故人の人柄に繋がると言う、 私の集落での世話役デビューはこの故人の下で副会長を勤めたのが始まりだった、
何も知らない私を良く導いていただいた、

山村では、集落葬が一般的である、集落全員で死者を葬る儀式もほとんどが宅葬である。
それぞれが役割を決めて葬儀を進めるが、今日の私の役は台所方、兼、飯炊き、といった役どころだ。
飯炊き、と言っても昔は1斗近いご飯を炊くのでそれなりの技術が必要だった、今は5升炊きのガス釜なので誰でも出来るが、一寸したかくし技で旨いご飯が炊ける。
あまりやりたがらない役割だが、私は自分から飯炊きを希望している。

寒山捨得の様な脱俗的人間に高校生の頃から憧れていたからだ。

憧れと飯炊き役とは何の関係も無いが・・・・
それとなく・・私には得るものがある。
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疲れた!

2007年05月25日 | Weblog
造っておいた縄文火炎土器?が大分乾いた。
素焼きに出そうと思う。
今日は、集落の葬儀の出夫を途中で中座し、各委員会を2~3掛け持ちした。
最後の統合小学校建設委員会ではひどく疲れを覚えた。
議題にスクールバスの運行計画案が出たが、何しろ個々の親たちの利害が絡む、
端から紛糾すると思ったが案の定だった。

何しろ私は委員長だ、親たちの子供可愛さから来る意見はある程度容認できる。
何が何でも子供達に困難な事を与えるものは、どんな事でも我慢がならない! といった本能から来る意見は親ならでは、と理解も出来るが、委員の中の学校関係者まで、子供の困難を全面排除の論理で、親の感情に迎合するような発言のあるのは哀しい。

教育論議がかまびすしいが、親の意を得るために汲々とする教育者の姿勢こそ問題かも知れない? 思想が欲しい!

私が縄文土器に興味を持つのは、未開の時代に困難を乗り越えて創造し、素晴らしい感性を残した縄文人を見習いたいからだ。
我慢、困難こそ人間を豊かにする!
虎の親になれとは言わないが、そのぐらいの気概が欲しい!

美しい国、日本は子供達に我慢と困難を与える事から始まる!


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早乙女花

2007年05月24日 | Weblog
町内波多地区での会葬をおえての帰り道、県道脇に早乙女花が咲いていた。

昔はこの花が咲き出す頃から田植を始めていたようだが、この頃は連休中にほとんどの農家では田植を終えているので、早乙女花と呼ぶのに無理がある。
私達は子供の頃から早乙女花と呼んでいて、本当の名前を知らなかった。

空木の花、卯の花と言い、卯月の由来はこのはなから来ている事を知ったのは高校生になってからだろうか?

よく見ると美しい花だが、山野にあまりにも無造作に咲いているので、村人の関心は薄い。
桜の花や人が管理した花の群生には大騒ぎをするのに、野の花の美しさには以外と冷淡だ。
人の我儘だが花の世界にも格差だ出る。
案外と格差社会はこんな所から来ているかもしれない?
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これでも蒲公英?

2007年05月23日 | Weblog
多根の陶芸クラブの小屋の前に、沢山の黄色い花が咲いている。
クラブ会長に聞くと「西洋タンポポ」とのことだ。
えー、これでも蒲公英?と疑ったが、あまりにも自信ありそうな会長の顔に後の言葉を飲み込んだ。

よく見ると、タンポポの様な花びらではある、しかし茎がやたらと長い!
およそ蒲公英の愛らしさがない! 
かりに西洋からはるばると移住してきたものなら愛らしさの無いのも納得がいく。

厳しい環境をくぐり抜けて、異国の野で生活しようと思ったら愛らしさも何もかなぐり捨てての生活?だったろう。
いじめや迫害にも合っただろうに・・

と思うと、群生している黄色い花がいとおしくなる。
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菜飯

2007年05月22日 | Weblog
日曜日に畑で間引いた春大根の葉で、家内が菜飯を作ってくれた。
私は、この菜飯が好きだ。
昔は、「漬け菜飯」と言って、農繁期に手間の掛らない常食だった。
あったかいご飯に、ほのかな塩味のする大根の漬け菜を混ぜただけの簡単な調理だが、米本来の味と、大根の葉の甘味にシンプルな塩味が絶妙の調和を保っている。

肉も魚も食べられなかった時代の、「おしん」も食べていた貧しい農村の遺物の様な食事かと思いがちだが、食べてみると太陽の光りと大地の香りを充分に吸った大根の葉の味が素晴らしい!! 惣菜が無くてもおかわりがしたくなる。

間引き大根の浅漬けがまた美味しい! 程よく漬かった小ぶりの大根は酒の肴にも良い!
間引き大根なんて、市場には出回らない野菜だろうから考えてみると贅沢な野菜だ!

この旨さを独占できる山村の食事の価値を、孫達にも伝えたい・・・と思ったが・・
帰省したときに息子や孫達の反応を見ると・・・、浅漬けには箸がのびない模様だ・・・
うーん・・人間の価値観には巾がある。



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