村の水車番

水車小屋のおじさんは見た?  山村のくらしは、今日も快調!

一本の刀から

2009年10月31日 | Weblog
山奥に老夫婦二人で住む姉のところへ行った。
茶事の話の中で、先祖から受け継いでいるという刀の話が出た。
見せてもらうと・・・小ぶりの脇差だが少々錆が出ている。
銘を見ると「陸奥守藤原歳長」とあった。

どこかで見たような名前だと思ったら。陸奥守は別として地区内在住の人と同名だった。

姉の願いで帰ってからネットで調べてみると・・・・・・
意外と有名な刀匠である・・・・・

どうしてこんな山奥の百姓家にこんな刀が残されているだろう?
興味津々???でいろいろなことを想像してみた。

戦国の世に転戦してきた侍が、厭世的になり、土着の娘と恋に落ちて住みついたのではないか?
過去帳も見せてもらうと、「禅定門、禅定尼」のついた戒名がある・・・
落ち武者が殺伐とした戦場での明け暮れに嫌気がさして、地元の仏門に入ったのではないだろうか?そのときに今だ未練を断ちがたく、刀だけはこっそりと大事に隠し持っていたのではないだろうか?

たった数百年前の先祖のことでも、さっぱりわからなくなるのが人の世だ。
一本の刀からいろいろと先祖の生き様を想像するのも・・・小説の世界に迷い込んだような面白さがある。
所詮歴史なんて・・・こんなものだ。

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人生は行動である(宇野千代)

2009年10月30日 | Weblog
旧入間小学校の校庭整備用にと、地区内の営農集団から廃車された軽自動車をいただいていた。
子供たちのいなくなった校庭は、油断するとすぐに草が生えてくるので、除草とならしのために週一回の割合で鉄製の器具を軽自動車で引き廻している。

校庭で遊ぶ子供のお父さんが、最初は一手に引き受けて頑張っておられたが・・・
現役世代は何しろ忙しい・・・・
ここはリタイヤ組の我々の出番ではないかと・・・・今日も1時間ばかり校庭を走り回った。

近所のHさんも途中から合流されて・・・
「これから、合間を見て私も軽自動車を走らせよう!」と言っていただいた。

近頃、宇野千代さんの八十八歳での著書「生き方についての343の知恵・行動することが生きることである」を公民館で借りて読んでいる。

(行動は感動を呼び、人を呼び、人生を楽しくする源である・・・人生は行動である・・・・)

宇野千代女史ならではの人生論であった・・・

私は宇野女史に共鳴している、 現にH氏は私の行動に共鳴されたからの言葉だと・・・・思っている。
これからの入間地区は、行動が行動を呼び、輪が大きくなって行く・・予感がする。


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伊賀の里

2009年10月29日 | Weblog
集落の常会があったが、その席でマスクが配られた。
新型インフルエンザも他所のことと思っていたのに・・・・・
ついに雲南市どころか私の住む入間地区でも罹患者が出たと聞いた。

最初のころの、大臣談話が毎日のようにテレビ画面を賑わせていたころと比べると・・・今は発症事例も深く潜行している・・・

入間で発病されたと聞いて、祭りの席でちょっと噂を確かめたら、地区の婦人にひどくたしなめられた・・・
「あまり人の噂をしないものよ!!」

一体どうなっているのだろう?
個人情報保護も大切だが、共通の敵はウイルスだ!
前面の敵に対して我々はもっと共に闘う姿勢を持ってもよいではないだろうか?

今回配布されたマスクは、一戸一ケース・・100枚だった。
情報を遮断されてどこに忍び込んで来るかわからない敵と、・・・・・
黙って忍びやかに戦うことを求められているわれわれは・・・・

伊賀の忍者集団に似ている。
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山村の子

2009年10月28日 | Weblog
秋晴れの行楽日和である。
かねてから頼まれていた掛合小学校4年生の八重山神社と八重滝の遠足でのガイド役を八重山神社の宮司さんと一緒にした。

朝の9時から八重山神社へ参拝したが、岩壁にへばりつくように建っている八重山神社は子供たちも興味を持ったようである。
急な石段も何のその・・・・元気よく上り下りしていた。

午後からは八重滝見学だった。午前中の元気をそのままに合唱しながら歩いていた・・・・・・
その後に大変なハプニングが待っていた!

行程の中ほどにある休憩所まで歩いて、休憩のために集合、整列していたら・・・
どこからともなく羽音がする・・・・・・

何気なく休憩所の軒を見上げると・・・・
30センチぐらいのスズメバチの巣が掛かっているではないか・・・・・
子供たちのざわめきで、まさに巣の中から大群が出かけようとしていた・・

すぐに現場を離れるよう、子供たちを急かせたが・・遅れた子供たちはしゃがみ込んでしまった・・・
結局35名中の10人ばかりが刺されたようである。

先生方の処置で大事には至らなかったようではあるが・・・・
次回からは下見をしておかなければならないなーーーと反省。ガイド失格だな。

子供たちは、さすが山村の子である。
普段から、多少はスズメバチについての知識もあるようだ・・・
あまりパニックにもならないで冷静に行動していた。

これが都会地の子供なら・・・・・明日は新聞沙汰になっていたかもしれない。
自然との共生を日常的に身につけている掛合の子供たちに感謝したい。




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背水の陣

2009年10月27日 | Weblog
旧入間小学校の玄関前の松の剪定を始めた。
一応、公民館の剪定教室で先生役のH氏の許可は得てある。

シルバーセンターの講習会で松の剪定も習ったが、講習者も多かったからか?ほんの一枝分の剪定を経験しただけである。

勉強のために小学校の松を選剪定させてもらうことにした。
人目にもつく地区の中心地の松である。
うまく選剪定が出来て、松の樹勢もよくなったら私の剪定技術のよい宣伝にもなる。

反対に、下手だと、今後、私の剪定技術の評判は回復不可能なところまで落ちてゆくだろう?

あえてリスクを背負っての今回の剪定である。
韓信の背水の陣立てである。

失敗すれば再起はできないことを覚悟して全力を尽くしてことに当たることも・・・時には必要である。
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反省!

2009年10月26日 | Weblog
朝晩が肌寒くなってきた。
人の動きも鈍くなるが、もろもろの生物もまた然りである。

掛合の故郷の酒を造る会の・・・・今年度初会合があった。
雑種の菌が動き出さない寒期だ、いよいよ酒造りの時期である。
今夜の会で、大方の酒づくり計画が動き出す・・・・

会の後の直会は、昨年のにごり酒での宴会である・・・・
あの・・・・うまかったにごり酒も一年経つと・・・・悲しいかなすっかり往年の生気が無くなっている・・・・

正直言って・・・あまり旨くない!(大きな声では言えない)

人間も同じかもしれない? 過去に美しかった人がいつまでも往年の美を保っていると思うのが大間違いである。
綾小路きみまろの説を待つまでもない。
時と共にすべてにおいて衰えてくるのは・・・いたしかたない。

ただ・・・本人がいかに自覚するかである。
傍で見ていると痛々しい思いを抱くこともある。

今夜の酒を飲んでみて・・・・つくづくと思った。
わが身に照らして・・・・反省!

メタボの体型を何とかしなければならないなー
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父のプレゼント

2009年10月25日 | Weblog
通販でマッシュルーム栽培セットを注文したのが送って来た。
私が高校生のころ、我が家は田んぼが少なかったので山畑でたくさんの芋を作っていた。必然的に芋囲い用の貯蔵庫がたくさんあった。
貯蔵庫と言っても大層なものではない、防空壕ヨロシク山のどてっぱらに横穴を掘って作ったものである、 中の広さはそれでも3畳ぐらいの広さはあった。

どこから聞いてきたのか、その横穴を利用して父がマッシュルームを栽培すると言い出した。
横穴の中へ、藁を切って堆肥を作り、土を盛って水をかけながら菌床栽培の床らしきものを作った。
こんな仕掛けではたしてマッシュルームができるのかと・・・危ぶんだが・・・

出来た!!

薄暗い土穴の中で見るマッシュルームは、真っ白でまんまるい姿がなんとも言えない可憐さを見せていた・・・・家内中で感動したのを覚えている。

あの時の感動を家内にも味あわせたいと日本農林種菌株式会社へ家庭用のマッシュルーム栽培セットを注文した。

感動は待っているだけではそうやすやすと来てくれないものだ。
仕掛けを作ることも大切である・・・・・
父の唐突のマッシュルーム栽培計画は・・・・私たちへの無言のプレゼントだったかもしれない?

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束帯

2009年10月24日 | Weblog
入間天満宮の祭りも無事に終わった。頭屋だったわが集落の役目も無事に終わった。
田舎の神社の祭りは宗教行事と言うよりも、地区あげての季節行事のようなものである。

祭りの儀式の形も、神主さんをのぞいて、・・誰も正確なものを知らない?
私なんざー・・・玉串奉典の場が回ってくるたびにどうしてよいかわからなくなる。

ここは2拝するんだったのか1拝だったのか?と玉串を持ったままいつも考えている。
神主さんの束帯は?よく考えたものだ、やたらと隠し所のある胸元は常に両手で捧げ持つ木笏と一体でよくできたカンニング道具である。
重要な儀式のときなど、言い間違えることも少なかろう?

今の国会でも大臣には束帯衣装を義務付けたら答弁に便利かもしれない?
前総理にはぜひともお着せしたかった・・・・

第一かっこいい!!
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前夜祭

2009年10月23日 | Weblog
祭りの前日なので早朝から幟立てや当屋としての役目である、社周辺の清掃に出た。
昔は、村祭りの前日には期待感に胸を膨らませた子供たちの嬌声もこだましてどことなく華やいだ雰囲気だったが、・・・・・

今は・・・・幟を建てるために三々五々と集まってこられる各集落の氏子さんたちも・・・並べて腰に手を当てての歩行か杖持参の皆さんが多い・・・

それでも、収穫を終えた山村の祭りである、 どことなく明るい声音での挨拶が飛び交う様は・・・まだまだ祭りの意義そのものは失われていない。

今夜は前夜祭である。
この頃トンと着る機会もなくなったスーツに着替えて・・いざ・・出発・・

「飲みすぎないでね」 
後ろから野暮な家内の声が送ってくれる。


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芋車

2009年10月22日 | Weblog
ホンモロコ養殖池の脇の水路の傍に芋車が置いてあった。
誰かが里芋を洗われたのだろう?

なつかしい道具である。
我が家でも昔は芋車で里芋の皮を剥いでいた、
ころ合いを見計らって里芋を取り出すのは子供の役目だったが、遊びに心を奪われてうっかり忘れることがあった・・・・

さといもが皮どころか身まで薄くなり、小さなボール状になっているのを持って帰ると、母のやっぱり!と言ったような嘆きの表情が今でも思い出される。

昔は、こんな日常の小さな感情までが家族全員で共有できた。
スーパーできれいに洗われた里芋が、何の造作もなく食卓に並ぶ今の世だが、何か大切なものを少しづつ失っているような気がする。

芋車を使って里芋の皮を剥いでおられる家庭は、共有できるものを大切にしておられることだろう?

うらやましい気持ちで芋車を見て通った。
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