村の水車番

水車小屋のおじさんは見た?  山村のくらしは、今日も快調!

熊除けの鈴

2006年10月31日 | Weblog
姉は、柿の木の熊騒ぎで畑にも出られないと言う。
今日は、森林組合で会合があった。
組合では仕事柄、熊除けの鈴も販売している。とりあえず姉に熊除けの鈴をつけさせる事にした。
3,500円と少少高いが、南部鉄瓶の職人が作った鈴だそうだ。岩手、青森では熊除けのために日常的に身に付けて山に入ると聞く。
なるほど、音色は耳の底まで響く様な気がする、これなら熊も容易には人に近づけまい?

私も山に入るときは身に付けている。
鈴の音を響かせながら山から帰る私を迎えて、家内は「この音色なら、貴方が徘徊老人になっても良く判るわ、いいものを買ったわね~」とぬかしおる!

熊除けと徘徊老人の認識用と兼ねて3,500円は安い!




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熊だろうか?

2006年10月30日 | Weblog
私の家より4キロばかり山奥に住んでいる姉から電話があった。
庭の柿の木を折って何かが柿を食べた形跡がある、 熊だろうか?とのことだ。
山奥で、老夫婦だけの生活なので、不安が一杯だと言う。
私もあまり熊の生態は判らないが、行ってみる事にした。

なるほど、庭の柿の木の下に大人の腕ほどの枝が落ちている。
木の上をみると、なにやら木の枝で棚を作ったような形跡もある。
あらかじめ猟師さんに聞いておいたので、仔細に幹を調べると、ちゃんと手形状の爪の跡があるではないか!

熊だ!!

こんな人家の近くにも出没するようになったかと、愕然!!
おもわず、これからますます山村の人口が減ることだろうと考えてしまう。
今はまだ、25戸の集落だが、10年後には何戸が残るだろう?

誰も答えを見つけないままに、山村は一日一日と暮れて行く。
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場違い

2006年10月29日 | Weblog
遠い親戚の葬儀などで、お斎を勧められて座に着いたとき、なんとなく場違いを感ずる時がある。

今日は、木次であった「景観を考える交流会」に水車の会の会長と参加した。
私達の活動の内のボランテア・ロードと水車と炭窯で入間の原風景の再現を?と言ったところからお呼びがかかったようだが? 他の参加団体の話を聞いていると、どうも場違いな所へ紛れ込んだ気がした。

他団体の熱き思いには感心したが、半数以上は続かない活動だろうな?と思った。
私達の水車の会も同じようなものだが・・・・・・
景観を守ったり、よくする話には、誰もが賛成する。良い事だ!と賛同者も多い!
だが、一面、良い事だ、と言うのはどうでも良い事だから賛同する事が多い。
その他大勢組?は多分に無責任でいいかげん、利に正直で、且つ冷静、冷酷な面がある。

景観は、そこに生活があるかぎりは、自ずから美しくもなる。
人が住んでいた家が、そこそこ綺麗にされていても、空家になったとたん、うらぶれる様に似ている。
もし、美しくない?からと自分達の意に添った景観にしようとすると、物的、人的にも大きなエネルギーが必要だが、その他大勢は容易にエネルギーの供給?には賛同してくれない?

いつも言うようだが、人口減少社会はいまだかって経験した事のない社会だ。
どんな社会になるか?

答えは、人間の英知によって、きっと解決するだろうが・・・・
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長い一日

2006年10月28日 | Weblog
今日は祭り本番!
頭屋に当たっているので、朝の7時から準備に出る。
全地区内を祭りの触れ歩きに若いものと一緒に車で走る、次は頭屋組内の人達と宮上がり前の宴、それで午前中がつぶれる。
午後は、一番に宮上がりをして、お祭り神事、総代は神主さんと一緒に椅子から立ったり座ったりと緊張が続く。
それが終ると、御幸神事、 300メートル先の御座まで行進?はやしこと一緒に行進して帰って、4時からの奉納神楽に備えて準備、 4時~7時まで奉納神楽の花方と接待、終わって片付け!
神楽座の片付けは、酒とゴミでごちゃごちゃになった拝殿の畳を、粘るあしもとに気をつけながら動き回る。

何処でもそうだが、皆さんに楽しんでいただくには、裏方で働く人の苦労がある。

楽しい日曜日の行楽でも、どこかで働いている人達のお陰を、これからは思い浮かべよう!

その場になったら、すぐ忘れるかもしれないが・・・・・・
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のぼり起こし

2006年10月27日 | Weblog
いよいよ明日が祭り本番!
朝のうちに各集落ごとの祭りののぼりが立ち並ぶ。
私の集落は、昔からの杉の柱で立てるが、この頃 若い男の出夫がかなわなくなったといって、鯉のぼりの柱の様な、アルミ製の柱がほとんどだ。

我が集落が昔ながらの杉柱なので、負け惜しみで言うのではないが、やはり杉丸太がのぼりらしい雰囲気だ、 それに手間を見てみると、あまり合理化されたようにも思えない。

祭りのぼりの柱が起こせないようになったら集落もおしまいだ。
隠岐の古典相撲や諏訪神社の御柱も木でなければ信仰にも様にもならないだろう。
木の柱をのぼりの柱に使うのにも、こだわりを持ちたい!
利便性だけで流れると心が無くなる、結局はまつりそのものも否定する存在になる。

総代になったから言うのではないが、祭りにも少しは思想性が欲しい!

男は祭りで磨かれる! サブちゃんが言っていた!  
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注連縄つくり

2006年10月26日 | Weblog
地区の天満宮の祭礼が近づいた。
今年は、私達の集落が頭屋である。
神社の中の注連縄を新しいものと架け替えねば成らない。古老組に御願いして注連縄を作る。
たかが縄をなうと言っても、注連縄となると左縄になうとか、いろいろと作法があるらしい?
本当なら、斎戒沐浴とまでは行かないが、身を清めての作業だが、昨夜の酒が残っていて、頭痛の中での注連縄つくりだ。

この頃は、縄をなうと言った作業が農業でもほとんど無いので、若い人は縄さえなえないらしい。
昔は子供でもなえた縄をわざわざ専門に頼まねばならない時代になった。
今は、農村でも全ての作業が出来る人、出来ない人と専門化してきた。
人口減少時代の農村の将来は、昔の様に自給自立の生活を心掛けねば、生活に支障をきたすと思うが・・・・・

ロビンソンクルーソーをもう一度読み直そう!!


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道の駅

2006年10月25日 | Weblog
掛合の道の駅は日本最初の道の駅だそうだ。
竹下建設大臣の時に道の駅が始めて作られたと言う!

掛合の片田舎でも日本最初の冠が付くと何故かうれしい!
たかが便所と言ってもその立派さには顕者の息子もビビルだろう!

今日は、JA、森組、そして畜産組合の祝賀会と会が重なった、その合間に立ち寄った、道の駅に今更ながら、掛合の里を意識した。
駅だけに終らず、地域が世に喧伝される日を待っている。

それにしても立派な駅舎だ!
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郷土誌編纂

2006年10月24日 | Weblog
夜、コミニティーの郷土誌編纂会議がある。

今、郷土の記録を残してかなければ、・・・・・といった熱い思いが先行してなかなか具体的にまとまらない。
断片的に言い伝えられてきた郷土の歴史は頭の中にあるが、いざ真実となるとはなはだ心もとない。 地区のお年寄りから聞き取りをしても、肝心のお年寄りの記憶があいまいだ。

郷土誌といった類の住民が作る記録は、何処とも似たり寄ったりだろうがはたして資料的価値のあるものが出来るか不安もある。
素人集団の自己満足的郷土誌に成りかねない?

その中で、資料として地区の人に提供していただいた、古い写真が面白い。
地区の老人連の若き日の写真や、まだ改修されていない国道、学校、郵便局などなど、それぞれに世の変遷を語リかけてくる。

編纂会議に集まっても、古い写真を囲んでの昔談義に花が咲いて先に進まない。
時たま写真の中で父を見つけるが、若き日の父の写真を見る時は自分の裸身をさらしているような気にさせられる。

私の若き日の写真などを孫が見ると、何故か恥ずかしい思いがあるのと同じ気持ちだろう?


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短歌会

2006年10月23日 | Weblog
掛合短歌会の例会だった。
結成以来10数年になるが、メンバーはあまり変わらない。
日本人の意志表示の手段として、五七五七七のリズムは馴染み深いと思うが、どうも若い人に敬遠されるようだ。

平安時代をみると、歌が読めなければ恋も出来ないじゃないか?
そうなったら、必死に歌を詠むだろうなー

野生の動物たちが、恋の相手を得るためには、血みどろの戦いも厭わない姿を見ると、畏敬の念を覚える。
雌たちも又、雄たちの必死こいて戦っている姿を見ていながら、弱者への労わりも何もあったものじゃない、さっさと勝者に身を任せる様子は、人間の女性たちも潜在的に持っている本能じゃないだろうか?

若者よ、特に嫁不足に悩む田舎の若者よ、 短歌会に入ってくれ。
といって檄を発しても、肝心の若い女性が短歌に見向きもしてくれなければ何も成らないが。

短歌と恋は相性がいい? 晶子、白蓮を見よ!


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県種畜共進会

2006年10月22日 | Weblog
県の種畜共進会が宍道会場であった。
私の地区からK氏が出品している。
会場で並べられた他の牛と比較してみても、K氏の牛は立ち姿がいい!!
美人コンテストと同格に扱ってもなんだが?やはり一見しての立ち姿は美しく映る事が審査の大事な要素だろう。
審査員の講評でも品格と言う言葉が出る。
牛肉の味や量を得るのに品格も何もあったものかと思うが、人間も同じで、ただお金や力があるだけでは人として魅力がない。
品格が大事だ。

雲南市での共進会でもK氏の牛は好評価を得ていたが、あれよあれよと見ている間にとうとう県共進会でも一席になった。  快挙である。
驚いた事に、もう一つの部門で一席になった牛も出生は入間地区だと言う事だ。
私達の地域は八重山神社のふもとに当たるので、そのお陰でもあるのだろうか?
そういえば、かの七冠馬シンドルルドルフ?の馬主は八重山神社の信者だったそうだ。

牛馬の神様として名高い、八重山神社の御加護はやはり本物だった?

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