4つの不
2016-03-24 | 育児
私たちは、幸せになりたいと願っています。お金がたくさんあれば、幸せだと思っている人もいますが、お金がたくさんあっても幸せを感じていない人もいます。物が豊かになれば、幸せだと思っている人もいますが、物が豊かになっても、幸せを感じていない人もいます。
お金がたくさんあれば、あるほど幸せで、物がたくさんあればあるほど幸せかと言えば、そうでもなさそうです。
また、どれだけのお金があれば、幸せで、どれだけの物があれば、幸せだという事でもなさそうです。
どうも、幸せとお金や物とは大きな関係はないように思います。
昔、自然の家に勤務したことがあり、そこでは自然体験を行っていました。
自然体験は、4つの不を学ぶ機会になります。
「不足」・・・物が足りない
「不便」・・・何をするにも時間がかかり、スイッチ一つの生活とは無縁です。
「不安」・・・いつ、何が起きるかわかりません。闇の怖さもあります。
「不自由」・・・自然相手では自分の思い通りにはいきません。
近年のアウトドアブームでは、これらの「不」を感じることなく快適に過ごすことができるようですが、本来の自然体験をするには、この4つの不が必要です。
私たちの脳は、空白を嫌います。
まさにこの4つの不は、脳が嫌うところです。
そのために、脳は、一生懸命に空白を埋めようとして働きます。
「不足」「不便」「不安」「不自由」を解消するために情報を集めたり、知恵を使ったり、行動を起こしたりします。これが楽しさや豊かさにつなががります。
結果ではなく、解消する過程に楽しさや豊かさがあります。
お金があるからではなく、お金を作ろうと知恵を絞る
物がないから何とか物を用意しようと知恵を絞る
ここに楽しさや豊かさがあります。幸せな気分を味わうことができます。
現代社会では、結果を求める余り、この知恵を絞っている過程を楽しむゆとりがないように感じます。
例えば、「お金を貯めて家を建てよう。そして、その家で幸せに暮らそう。」と家族みんなで一丸となって、情報を集めたり、知恵を使ったりし、協力しながら生活すれば、家を建てるまでの日々の生活は楽しいものになるはずです。
ところが多くの家庭を見てみると、子どもは自由に過ごし、親だけがお金を貯めるために苦しんでいるように感じます。
「子どもだけには、不自由な生活はさせたくない。」
「今、私が我慢すれば、いい。」
などと、親が子を思う気持ちから、自分だけを犠牲にして生きているように思います。
実は、子どもは、不自由を感じていないから、知恵を使わずに過ごしてしまいます。子どもが知恵を使って能力を伸ばす機会を奪っていると考えることができます。ある意味、子どもは、お金や物を作ることに一生懸命働く親の犠牲になっているかもしれません。
多くの家庭の子どもたちは、家に帰れば、スイッチ一つの生活が待っています。それが当たり前のような生活が待っています。
寂しさを感じないようにテレビやゲームをして過ごすこともできます。冷蔵庫の中には、食べ物が用意されています。おなかがすいたらすぐ手の届くところに物があります。
知恵を絞ることもありません。欲求のままに生きていくことができます。
これでは、子どもの心を育てることにはなりません。
親は、働くために子どもを預けることにもなっています。
このような環境の中で子どもを健全に育てることは、かなり難しくなっています。
家族の一員として支え合うためには、子ども自身にも、4つの不を親と共に味わう生活が必要です。
家族で一緒に取り組むからこそ、子どもは、親を気遣ったり、思いやったりする気持ちが育ちます。
子どもの社会で人間関係をうまく築くことができないのも、家庭での営みに子どもが親と関わり、一緒に苦難を乗り越える機会が少ないことによるものだと考えた方がよいでしょう。
4つの不を味わう体験がなければ、わかりませんし、できません。
現代社会を見ていると、不足、不便、不安、不自由のない生活を子どもたちだけがしているように感じます。
このような生活をしている子どもたちは、どんな子どもに育つのでしょう?将来が少し不安になります。
4つの不を解消する過程を家族一緒に営み、苦労を共にする、楽しさを一緒に味わう・・・・そんな機会を少しでも作って子どもを育てたいと思います。
子どもたちが生きて働く時代は、今よりももっと多様化し、厳しい状況になることは予想できます。その時に働くのが、この「4つの不」からの学びです。
多少の不便、不足、不安、不自由があっても乗り越えるたくましさを養いたいと思います。
このたくましく生き抜く力を養うためにも、4つの不を今の生活の中で味わいながら、家族一緒に乗り越える機会を作り、一緒に情報を集め、知恵をしぼり、行動する生活をしてほしいと思います。
お金がたくさんあれば、あるほど幸せで、物がたくさんあればあるほど幸せかと言えば、そうでもなさそうです。
また、どれだけのお金があれば、幸せで、どれだけの物があれば、幸せだという事でもなさそうです。
どうも、幸せとお金や物とは大きな関係はないように思います。
昔、自然の家に勤務したことがあり、そこでは自然体験を行っていました。
自然体験は、4つの不を学ぶ機会になります。
「不足」・・・物が足りない
「不便」・・・何をするにも時間がかかり、スイッチ一つの生活とは無縁です。
「不安」・・・いつ、何が起きるかわかりません。闇の怖さもあります。
「不自由」・・・自然相手では自分の思い通りにはいきません。
近年のアウトドアブームでは、これらの「不」を感じることなく快適に過ごすことができるようですが、本来の自然体験をするには、この4つの不が必要です。
私たちの脳は、空白を嫌います。
まさにこの4つの不は、脳が嫌うところです。
そのために、脳は、一生懸命に空白を埋めようとして働きます。
「不足」「不便」「不安」「不自由」を解消するために情報を集めたり、知恵を使ったり、行動を起こしたりします。これが楽しさや豊かさにつなががります。
結果ではなく、解消する過程に楽しさや豊かさがあります。
お金があるからではなく、お金を作ろうと知恵を絞る
物がないから何とか物を用意しようと知恵を絞る
ここに楽しさや豊かさがあります。幸せな気分を味わうことができます。
現代社会では、結果を求める余り、この知恵を絞っている過程を楽しむゆとりがないように感じます。
例えば、「お金を貯めて家を建てよう。そして、その家で幸せに暮らそう。」と家族みんなで一丸となって、情報を集めたり、知恵を使ったりし、協力しながら生活すれば、家を建てるまでの日々の生活は楽しいものになるはずです。
ところが多くの家庭を見てみると、子どもは自由に過ごし、親だけがお金を貯めるために苦しんでいるように感じます。
「子どもだけには、不自由な生活はさせたくない。」
「今、私が我慢すれば、いい。」
などと、親が子を思う気持ちから、自分だけを犠牲にして生きているように思います。
実は、子どもは、不自由を感じていないから、知恵を使わずに過ごしてしまいます。子どもが知恵を使って能力を伸ばす機会を奪っていると考えることができます。ある意味、子どもは、お金や物を作ることに一生懸命働く親の犠牲になっているかもしれません。
多くの家庭の子どもたちは、家に帰れば、スイッチ一つの生活が待っています。それが当たり前のような生活が待っています。
寂しさを感じないようにテレビやゲームをして過ごすこともできます。冷蔵庫の中には、食べ物が用意されています。おなかがすいたらすぐ手の届くところに物があります。
知恵を絞ることもありません。欲求のままに生きていくことができます。
これでは、子どもの心を育てることにはなりません。
親は、働くために子どもを預けることにもなっています。
このような環境の中で子どもを健全に育てることは、かなり難しくなっています。
家族の一員として支え合うためには、子ども自身にも、4つの不を親と共に味わう生活が必要です。
家族で一緒に取り組むからこそ、子どもは、親を気遣ったり、思いやったりする気持ちが育ちます。
子どもの社会で人間関係をうまく築くことができないのも、家庭での営みに子どもが親と関わり、一緒に苦難を乗り越える機会が少ないことによるものだと考えた方がよいでしょう。
4つの不を味わう体験がなければ、わかりませんし、できません。
現代社会を見ていると、不足、不便、不安、不自由のない生活を子どもたちだけがしているように感じます。
このような生活をしている子どもたちは、どんな子どもに育つのでしょう?将来が少し不安になります。
4つの不を解消する過程を家族一緒に営み、苦労を共にする、楽しさを一緒に味わう・・・・そんな機会を少しでも作って子どもを育てたいと思います。
子どもたちが生きて働く時代は、今よりももっと多様化し、厳しい状況になることは予想できます。その時に働くのが、この「4つの不」からの学びです。
多少の不便、不足、不安、不自由があっても乗り越えるたくましさを養いたいと思います。
このたくましく生き抜く力を養うためにも、4つの不を今の生活の中で味わいながら、家族一緒に乗り越える機会を作り、一緒に情報を集め、知恵をしぼり、行動する生活をしてほしいと思います。