ファミリーアシスト あすなろ教室(輝く瞳と素敵な笑顔を求めて)

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状態管理に努める

2016-04-28 | 育児
 新年度が始まり、約1か月が過ぎました。子どもたちの様子はいかがでしょう?
 
 今の時期になると、どの子も年度当初の緊張感が取れ、自分らしさを発揮する機会が増えてきます。

 自分らしさを発揮し合うため、トラブルが増えてくるのもこの時期です。

 これは、子どもたちが自分の生きやすい環境を作ろうとするからです。

 この時、子どもたちの中には、うまく我を出せず我慢をしたり、対応の仕方に戸惑ったり、孤立したり、いろいろな姿が見られます。

 中には、学校に行きたがらなくなったり、学校でのトラブルを訴えたり、学校生活の不満を親に訴えたりすることがあります。

 親に訴えることにより、親の注目を自分に向け助けてもらおうとする無意識の働きによるものです。

 これが、親からの苦情として訴えられてくることもあります。



 子どもが言葉で訴える内容は表層的なもので、実際にはもう少し深いところで問題を抱えていることがよくあります。そのため、子どもの訴えることだけにとらわれると問題の本質を見失うことにもなります。
 
 親からの訴えは、事実と異なることがあったり、誇張されてたりすることがあります。
 事実と異なっているなどと反発してみても仕方ありません。何か訴えたくなる子どもの心に寄り添うしかありません。

 この時、事実を確認するなど保護者の言動に翻弄されてしまうと、本質が見えなくなってしまうことになりかねません。

 「学校生活への不満は、どこからくるのだろう。」「本当の問題は何だろう。」と探る気持ちで、じっくりと子どもを観察しながら、子どもと話をすることで、問題の本質を探ることができます。

 保護者が訴えてきた子どもが、どのような位置づけになっているのか、個々の問題というよりも、学級経営をする中でのその子の位置づけを見つめ直すことになります。

 差別なく、平等に扱っているだろうか。さみしい思いをさせることはないだろうか。孤立させてしまっていることはないだろうか。などと自分の学級経営の課題を探る機会にもなります。

 自分の思い通りの学級経営をするために、依存の関係を築くような刺激を与えているとこのような問題の発生は多くなります。
 (みんなと同じ事ができない子どもを集中的に指導する。飴と鞭を使いながら指導する。子どもの意見を聞き入れず、正論を押し通す等)

 この時、役立つのが非言語的コミュニケーションです。(コミュニケーションには、2種類のコミュニケーションがあります。言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションです。)

 子どもの表情、声の調子や姿勢、呼吸、行動などが非言語コミュニケーションになります。実際には、非言語的コミュニケーションの方が言葉よりも子どもが訴えたい本当の内容に近くなります。

 非言語コミュニケーションは、何となく感じるというものです。言葉に表せられない分、かなり曖昧ですが、この方が言葉よりも確かです。ある学者によれば、言語:非言語=1:9(メラビアンの法則→言語情報7%、聴覚情報38%、視覚情報55%→)と言われます。

 これは、本当はしたくないけど、教師の思いを察して子どもが動いていることはないか、探る時に役立ちます。
 例えば、子どもの視線、行動、発言の傾向などを観察してみると、教師に褒めてもらいたいという気持ちから取り組む子どもを見つけることができます。
 教師の前と友達の前とでは、対応の違う子どもを発見することもできます。

 ただ、この観察力も子どもへの思い込みがあると劣ってしまいます。
「あの子は、こういう子だ。」という固定観念としてみていることがそれです。
 どの子もよさと可能性をもった存在として、可能性を探り続ける目で眺めることが重要になります。

 また、忙しい毎日を過ごしていると、どうしても子どもから目を離す機会が増え、正しい判断ができなくなります。ストレスを抱えているとそれも判断を誤らせる要因になります。

 このように観察の精度は、観察する教師の心の状態に大きく影響されます。穏やかに日々の生活を送ることが、観察の精度を高めることになります。


 問題が発生した時こそ、自分の判断が冷静で、客観的になっているかを見極めるもう一人の自分を作り出す必要があります。
 
 これには、少し離れて、自分を見つめる機会を作ることが必要です。

実際のやり方として、

 椅子に自分を座らせ、その自分が椅子に座っているイメージをもちながら、椅子から離れて、観察します。

 椅子に座っている自分の表情や顔色、姿勢、服装、呼吸そして、背景の色等を想像します。

 冷静で、客観的に判断している自分の状態と比較してみます。

 できる限りこのような状況にならないように、日々健康で穏やかな重質した生活を送ることが子どもにもよい影響を与えます。 

 子どもたちのためにも、十分な休養と睡眠を取り、健康な毎日をお過ごしください。

時間の使い方

2016-04-14 | 育児
 睡眠時間を除いた時間が私たちが自由に使える時間になります。
そのうち、自分の意志で決めて使っている自由な時間はどのくらいあるでしょう?
 自分の意志で決めて使っている時間が長ければ長いほど、自分らしく生きることができます。

 ある出来事があり、それで悩んだり苦しんだり、ストレスを感じたりしている時間は、自由な時間とは言えません。立ち止まって前に進むことができず、自分を生かす時間にはなりにくいと思います。
 例えば、上司に自分の取組について指摘され辛い思いをした出来事があったとします。
 この辛い思いがあると、その出来事から離れられず、八つ当たりをしたり、愚痴を言ったりなど、ストレスを解消する時間が必要になります。
 平静さを取り戻すまでに取組に使った時間は、私たちが自由に使える時間ではなくなってしまいます。

 また、一日の疲れを取るために、テレビを見たり、入浴したり、するとすれば、疲れを取る時間は、自由な時間ではなく、自由な時間を作るための準備の時間になります。

 これらの時間は、自由に使える時間とは考えにくくなります。
 
 また、出来事だけでなく、他人と関わりについても同様です。

 苦手な人といる時間は、我慢をする時間になります。聞きたくもない話を聞かなければならないと思ったり、もっと実のある話ができるはずなのにと考えたりすることになれば、自由な時間とは考えにくくなります。

 人と関わる以上、仕方がないと思うかもしれませんが、このような気持ちがあるとその時間は効率が下がり、成果を上げにくくなります。
 自由に自分の時間を使っているとは考えにくくなります。

 さらに、自分自身についても同様です。
 例えば、自分の欠点について悩み、その解決のために時間を使ったり、人からよく見られるために服装や化粧をしたり、ダイエットだと言って運動に時間を使ったりすることがあります。これらも自由な時間とは考えにくくなります。

 何に自分の時間を使うかは、自分次第です。

 その時間を本当に自分のために使っているかと言えば、そうではないように思います。

 自分の意志というよりも、無意識に支配されて、その無意識に操られているように感じます。


 このように考えると、本当に自分のために自由に使っている時間は1日の中でどの程度あるのだろうと考えさせられます。


 今していることは、本当に自分の自由意志による時間なのだろうか、それとも無意識に操られている時間なのだろうかと考えてみると、無意識に操られていると時間がかなり多いように感じます。

 そして、最近、今していることは、無意識に操られている時間ではないんだろうかと考える事が多くなってきました。

 自分らしく、大切に自分の時間を使いたいと思います。