三ツ谷洋子のスポーツ21・ブログ

Jリーグ開幕前から理事として17年間かかわったスポーツビジネスコンサルタントの三ッ谷洋子が日々の話題を取り上げます。

久保夫人の指摘

2006年06月28日 | 2006年
ドイツワールドカップ。
日本は予選リーグで敗退したものの、
テレビで夜中に放映される決勝トーナメントの豪華なカードは、
サッカーファンの目をさらに引きつけいているようですね。

ドイツ滞在中にたまった新聞の山に目を通しながら、
日本の敗戦後に私が最も注目したのは、ジーコ監督の「敗戦の弁」です。
そして彼の口から出てきたのは、「基礎体力が重要だ」というコメントでした。

そこで思い出したのが、ブラジル戦のあったドルトムントのスタジアムで
隣の席に座っていた久保夫人の話です。

久保夫人とは、サンフレッチェ広島の久保社長夫人、怜子さんのことです。
今回のJリーグ役員ツアーでは、お嬢さんも一緒に参加していました。
私たちの席は正面スタンドのコーナー寄り、かなり上段でした。

急勾配のスタンドからピッチを見下ろすと、
日本とブラジルの選手たちが試合前のウオーミングアップをしていました。
「あー、全然だめじゃないの日本は」

思い思いに柔軟体操で体をほぐすサムライたちをみて、怜子さんがつぶやきました。
ブラジル選手は全員が同じような動きをしています。

「え、どうしてですか。何がダメなんですか」と私。
「ブラジルを見てくださいよ。今、どんなふうに体を動かせばいいのかを
ちゃんと理解してアップをしていますよね。
それに引きかえ、日本選手は何も考えずに、だらだら体を動かしているだけ。
ブラジルはさすが世界一のチームね」

怜子さんはエアロビクスの先生で、
広島エアロビック連盟の理事長も務めるほどのキャリアです。

「そういえば久保さんは専門家でしたよね。
サッカーのトレーニングについては私は現状をよく知らないのですが、
日本のスポーツ界はもっと科学的なトレーニングが必要だと、
かねがね思っているんです」

ただ日本にも好例があります。
アテネオリンピックで大活躍した水泳の北島康介選手です。
国立スポーツ科学センターのバックアップのもと、
体づくりからレースにおける戦略まで、
徹底的に科学的手法を駆使して金メダル2つを取りました。

スポーツ技術を向上させるためには、その技術を発揮するための体づくりが必要です。
強いシュートを蹴るためには、それを生み出す筋力がなければなりません。
怜子さんは、競技会に出るとき
「30分の演技の前に2時間半のウオーミングアップをする」のだそうです。

日本とブラジルの試合結果は、ご存知のように日本の完敗でした。
ウオーミングアップの段階で、すでに専門家に見透かされていた
トレーニングへの意識の低さ。

Jリーグの各クラブには、この機会にもう一度、強くなるためのトレーニングについて
考えて欲しいものです。

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  代表取締役 三ッ谷洋子
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サポーターの実力ランク

2006年06月26日 | 2006年
日本代表は、グループ予選最下位でドイツのワールドカップを終えました。
前回のベスト16に比べると、成績は明らかに後退です。
「勝てた試合があった。イライラがたまった」「いや、日本はあのレベル。よくやった」
私のところに届く友人たちのメールの感想は、両極端です。

ドイツでの私の体験をもう1つご紹介します。
21日の人気カード、オランダ対アルゼンチンのチケットが手に入り、
いつもの大型バスの団体行動ではなく、一人で電車を利用して会場に行きました。

見ごたえのある試合でしたが、結果は0-0の引き分け。
観戦しながら気付いたことは、両国のサポーターの応援する声の大きさです。
サッカー専用スタジアムで、収用人数は4万8千900。

埼玉スタジアムは6万3千700なので、一回り小さい規模なのですが、
超満員の埼玉でも聞いたことがないような大音量の声援なのです。
四方のスタンド全てが屋根で覆われているという構造上の理由もありますが、
野太い声の束がスタンドを駆け巡り、スタジアム全体が揺れるほどです。

Jリーグでは、開幕当初、応援の声に女性の甲高い声がかなり交じっていたのが、
近年では男性の力強い声が響くようになってきました。
しかし、ワールドカップで外国チームのサポーターの中で感じたのは、
声量において日本は全くかなわない、ということです。

アルゼンチンのサポーターは、スタジアムに向かう電車の中で
大声で歌い気勢を上げていました。

帰りの電車では、オレンジ色のTシャツとバックスキンのサスペンダー付きパンツ、
スキンヘッドの巨体で歌うオランダサポーターに囲まれてつぶされそうになりました。
日本男児が、スタジアムの応援でこの男どもに勝てる日は来るだろうかと、
ふと考えたりしました。

声量において、応援への並々ならぬ意欲と熱意において、
日本のサポーターが南米やヨーロッパの国々を凌駕できるようになったとき、
日本代表はトップを争うチームになっていると、私は予想しています。

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ニッポン、がんばりました!

2006年06月23日 | 2006年
ブラジル戦を応援してドルトムントから戻ったのは、夜中の2時半でした。
6万2千のサッカー専用スタジアムは
日本とブラジルのサポーターの熱気でムンムン。
スタンド最前列まで屋根があり、音が反響して臨場感満点でした。

今、テレビでは昨日(ドイツ時間)のブラジル対日本の結果を伝えています。
玉田の1点目。
その後、太めのロナウドが放ったシュートを防げずに悔しがる川口。
続くブラジルの連続ゴールシーンで終わりました。

「今日はどうでしたか、三ッ谷さん」。
ブラジル戦の応援を終えてスタジアムからバスに向かって歩いていると、
後ろからJリーグ専務理事の鬼武さんが声をかけてきました。

私はジーコ監督のことを考えていたところです。
「母国ブラジルを相手に、日本代表を4年間指導して
1-4の結果を出すチームに育てた、ということですね」

評論家のようなコメントにがっかりしたのか、
「まあ、そういうことになりますな」という相槌で話は途切れ、
他の人との会話になってしまいました。

Jリーグができてまだ13年。
世界のトップを目指す仲間入りをしたのは
1998年のフランスワールドカップですから
まだまだ経験の浅い日本です。

それでも日本代表は全力でがんばり、
ファンをはらはらドキドキさせて、
サッカーというスポーツの醍醐味を伝えてくれました。

私は3時間後にフランクフルトから成田への飛行機に乗り日本に帰ります。
日本サポーターの皆さん、日本サッカーの挑戦は終わったわけではありません。

世界を目指す日本サッカーへの応援を、今後もお願いします。

Jリーグ理事 三ッ谷洋子

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アルビレックス池田社長の積極性

2006年06月22日 | 2006年
昨日は、新潟アルビレックスの池田社長、水戸ホーリーホックの小林社長に声をかけて
「スポーツシューレ」(スポーツ研修センター)の視察にでかけました。
「スポーツシューレ」は国内に20数カ所あります。

私にとっては、昨年視察したデュイスブルグに次いで、2カ所目の
「スポーツシューレ」となります。
事前に電話をすると、夜にアルゼンチン対オランダの試合があるので忙しく、
施設の案内はできないので、自分たちで勝手に見て欲しいということでした。

しかし実際に訪問してみると、事務局の女性は要領よく中を案内してくれました。
体育館、プール、トレーニング室、ミーティングルームなどのほか、
100人が泊まれる宿泊施設もあり、
バレーボールや卓球のナショナルチームも使っているそうです。

施設を見終わって、時間があるので周辺を少し歩くことにしました。
背の高い木々に囲まれた気持ちのよい森です。
少し歩くと、左側に5階建てほどの小ぶりなビルが建っています。

表示を見ると、何とドイツサッカー連盟、ブンデスリーガ、ドイツワールドカップの事務局が入っているビルでした。
「せっかくだから中に入ってみましょうよ」と池田社長。

ガラス張りの1階フロアには受付の女性が2人。
すえつけられた棚には、ワールドカップやブンデスリーガの資料が置かれています。
ワールドカップの期間中でもあり、忙しいのは承知していましたが、
「わざわざ日本からJリーグの関係者が来たといえば、案内してくれるかもしれませんね」と、またまた池田社長の提案です。

受付で掛け合ったところ「少しお待ちいただけるなら、担当者が館内を案内します」との返事。
何事もトライしてみると、思わぬ展開があるものです。

20分ほどして現れたのは、若い男性でした。
ブンデスリーガとサッカー連盟の事務局をざっと案内して、Tシャツのお土産までくれました。
池田社長の積極性は、アルビレックスの意欲的な経営そのままだと、改めて認識しました。

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フランクフルト短信

2006年06月21日 | 2006年
今日(ドイツ時間20日)は団体から離れて、フランクフルトの町を歩くことにしました。
清水エスパルスの早川社長ご夫妻と一緒です。

ホテルから歩いて、まずはシュテーデル美術館。
宗教画から現代美術までが展示されています。
作品群の素晴らしさはもちろんですが、
私が特に感激したのはミュージアムショップの充実ぶりです。

といってもミュージアムグッズが豊富だったということではなく、本屋さんのように壁を埋め尽くすほどの多くの書籍があったことです。
「三ッ谷さん、建築コーナーがありますよ」と早川社長。
私は海外にでかけると、必ず本屋さんに立ち寄ってスポーツ施設の本を探します。

ありました。「STADIEN 2006」
表紙にスタジアムの写真があるのですぐに目に入りました。
ワールドカップの12のスタジアムが紹介されています。

スタジアムの歴史から始まっているところが気に入りました。
現代のスタジアムのルーツは、もちろん古代ローマのコロシアムです。
残念なことに英語版がなく、ドイツ語版を買いました。
(だれかに訳してもらわねば…。)

博物館通りを進んで、次はドイツ建築博物館。
フランクフルトの「ヴァルト・シュタディオン」を設計した会社のパネル展示は先ほど購入した本のほうが詳しいくらいで、ちょっとがっかり。

工芸博物館の庭にあるレストランでランチ。
白いテーブルと椅子が緑に映えます。
早川社長から「エスパルスが、なぜか確実といわれていたエコパ(静岡スタジアム)の指定管理者になれなかった」経緯を聞きました。

エコパ利活用検討委員会の委員である私も、
聞き捨てならない結果に行政への不信感が募りました。

今日もワールドカップの試合が行われています。
“それらしい場所”も見ようと、博物館通りに沿って流れるマイン川のパブリックビューイング会場に行ってみることにしました。

ちょうど午後4時からドイツ対エクアドルの試合があります。
開始の1時間以上も前だというのに、大画面の方に向かって大勢の人の波が押し寄せています。

スタンド席はすでに売り切れ。
私たちは反対側の立ち見エリアで見ることにしました。
川沿いには屋台のような店が並び、テレビを設置して準備万端です。

この会場は、川の中央に大画面を設置しています。
「すごいなー、こんな発想をするなんて」と早川社長も驚きの声。
川の両岸から画面が見られるようになっています。

黒・赤・黄のドイツの小旗が揺れます。
ドイツがゴールをすると、川面が波立つほどの歓声が上がりました。
ドイツは3-0でエクアドルを撃破。

市内の目抜き通りを、大きなドイツ国旗を打ち振り、クラクションを鳴らしてはしゃぐ車が通り過ぎていきます。
ドイツがうらやましいですね。

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ワールドカップツアー

2006年06月18日 | 2006年
しばらくのご無沙汰、失礼いたしました。

フランクフルトは朝4時半。東の空が明るくなり始めました。
昨日午後、ドイツにやってきたばかりで、時差ぼけです。
空港内では、あちこちに巨大なバナーやサッカーをモチーフにした置物などがみられました。

私は「Jリーグ役員 2006 FIFA World Cup Germany TM視察」ツアーに途中から参加しています。
「TM」というのは、「Trade Mark」のこと。
ツアーの名称にわざわざ付けなければならないところに進化した権利ビジネスの片鱗をうかがうことができます。

ちょうど昨年も同じ時期にコンフェデレーションンズカップの応援ツアーがありました。
Jリーグは日本代表が参加する国際大会の際に、理事・監事や各クラブ社長を対象にしたツアーを実施しています。

日本代表の応援のほか、もう一つの大きな目的があります。
Jリーグの推進役を担う各クラブ間のコミュニケーションを深めることです。

以前、海外ツアーの際に「Jリーグ役員は遊び半分で来ている」と
ある記者から批判がましくいわれたことがあります。
鈴木チェアマンは「そうです、遊び半分です」と答えています。

Jリーグは「クラブが共存共栄してこそ、リーグの繁栄がある」という考え方に立っています。
社長同士が話をしたこともない、ということはJリーグではあり得ません。
毎月、開催されるJ1、J2の実行委員会のメンバーは、基本的にクラブを代表する社長です。
ですから毎月1回は顔をあわせ、さらに試合があればホームで、アウェイで会います。

オールスターの前夜祭やJリーグ・アウォーズなどのレセプションのほか、今回のようなツアーでは夫婦での参加を奨励しているので、夫人同士も友人のように親しくなります。

私はこのようなツアーで、面識のなかったクラブの社長と話をするようにしています。
それぞれクラブの特徴は、こんなときの会話から初めて実感できるもので、
私にとっては新鮮に話ばかり。
ツアーの楽しみの一つでもあります。

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ライプチヒのツェントラル・シュタディオン

2006年06月15日 | 2006年
サッカーのスペイン対ウクライナ戦を見ていたら
試合会場が旧東ドイツのライプチヒであることに気付きました。
4万5千人収容のツェントラル・シュタディオン(中央スタジアム)は、
何と10万人収用の旧スタジアムの中に建設されました。

1983年、私は10万人収用の旧スタジアムで
東ドイツ最大のスポーツ大会「スパルタキアード」を取材していました。
日本でいえば、国体とインターハイを一緒にしたような大会です。
ソ連対東ドイツのサッカーの国際試合もありました。

サッカー以外に、最も観客を集めていたのはマスゲームでした。
1週間ほどの大会期間中、何度も行なわれ、
毎回スタンドは全て埋まっていました。
グラウンドでの見事な器械体操や家族マスゲームのほか、
スタンドに見事な絵や文字が描かれました。

町中の店のショーウィンドウには、大会のミニチュア旗が立てられ、
目抜き通りには色とりどりのバナーが飾られてお祭のようです。
大会記念の音楽イベントもありました。

有名なゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートです。
演目はベートーベンの第九。指揮はクルト・マズアでした。
音楽を楽しみながら、社会主義国が国の威信をかけたイベントの意味を
考えました。

今回のワールドカップはドイツ12都市のスタジアムで開催されていますが、
旧東ドイツはライプチヒだけです。
スタジアム建設は、財政難のため一時は試合の招致を返上する動きもあったようです。

ライプチヒはドイツサッカー誕生の地であり、
世界最強国だった東ドイツのスポーツ科学の拠点でもありました。
私は17日からドイツに出かけます。
時間があれば、是非、このライプチヒがどう変わったのか、
再訪してみたいと思っています。

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晴れて会員になりました

2006年06月12日 | 2006年
財団法人地域活性化センター】から「賛助会員入会の承認」の通知が届きました。
4月17日のブログで、入会金が高いけれど当社の事業展開に役立ちそうなので
入会を検討をしていると書いた団体です。

総務省の外郭団体で、名前が示すように自治体の地域活性化を後押しする事業をしています。
入会に当たって、次の必要書類をそろえました。ご参考までにご紹介します。

*入会申込書=空欄を埋めるだけ。
*業務にかかわる資料(会社概要等) 
目下、会社案内がないので、既存の資料を整理しました。

*定款または寄付行為 
寄付行為とあるのは、公益法人の入会を想定しているからです。
会社の場合は定款になります。

会社設立の際に作成したものをコピーしました。
見ると昭和55年2月28日となっています。
懐かしい父の筆跡でした。

当時、私はフリーのスポーツジャーナリストとして仕事をしていました。
3月15日に確定申告をして税金を払っていました。
父は、私が大田区から渋谷区に引越した際に
「会社にしたらいいんじゃないか」とアドバイスしてくれました。

父は油圧成型機器の製造会社を経営していたのですが、
石油ショックのあおりで会社を倒産させてしまい、
当時は浪人の身で暇だったこともあるかも知れません。

フリーのモノ書きなどは、税金対策に頭を痛めるほど収入はないのですが、
会社にしておけば無駄な税金は払わなくてすむ、という説明があったように思います。
父が登記の手続きをしてくれました。

私は会社設立の目的と社名、決算日を決めただけです。
原宿の竹下通りに裏にあった古いマンションの部屋を借りて、
ドアには父が作ってくれた小さな看板を掛けました。

父はその7年後に亡くなりましたが、
書類を捜しながらしんみりしてしまいました。
必要書類はまだあります。

*過去2年間の経営状況を説明する書類
昨年度、一昨年度の決算書を提出しなければなりません。
うーん、業績が上向きでホッとしました。

*過去2年間の業務を説明する書類
福島県「スポーツの里ふたば」や社団法人スポーツ産業団体連合会の
調査研究プロジェクト、
日本女子柔道倶楽部が開催している「キッズじゅどう」の運営や
コンサルティング事業などについて記しました。

これらの書類を送付したのが先週でした。
週明けの今日、分厚い小包が届いていました。
地域活性化センターの事業計画や月刊で発行している「地域づくり」のほか
「地域ブランドマネジメントの現状と課題 調査研究報告書」などの報告書類。

さて、役立ちそうな資料はあるでしょうか。
ちょっと楽しみです。そうそう年会費は賛助会員で20万円。
ちなみに正会員は100万円です。

そろそろサッカーの日本対豪州戦が始まりますので、
本日はこれにて失礼します。

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bj リーグ

2006年06月08日 | 2006年
今日は、当社「マーケティング研究会」の第177回実戦ゼミでした。
テーマは「どうなる2つのバスケットリーグ スーパーリーグとbjリーグ」。
ゲストスピーカーはNBA(米国プロバスケットボール)の解説者として知られる
スポーツジャーナリストの島本和彦さんです。

日本バスケットボール協会は、2001年にプロ化を目指して
スーパーリーグをスタートさせたのですが、
踏ん切りがつかずいたずらに月日がたってしまいました。

痺れを切らした新潟アルビレックスと埼玉ブロンコスが脱退して
6チームによる「bjリーグ」を作り、昨年11月にリーグを開幕させました。
現在の所属チームは6つ。大阪エベッサ、新潟アルビレクス、東京アパッチ、
仙台89ERS、大分ヒートデビルズ、埼玉ブロンコスです。

スーパーリーグの方が選手の実力は上なのですが、
エンターテインメントとして観客が楽しめる演出をしていることもあり、
人気はbjリーグのほうが上。
入場者数はスーパーリーグを上回り平均2,000人となっています。

試合はホーム&アウェー方式。地方都市の方が観客を集めるのだそうです。
「なにせ他に楽しみがないんですから」と島本さん。
今年からはさらに高松と富山が加わり計8チームとなります。

放映権やマーチャンダイジングの権利などはリーグが一括管理しています。
選手の年俸はサラリーキャップ制を導入しました。
このように参加チームの共存共栄を目指す方向は、間違っていません。

選手にとっては年俸は低く抑えられているものの、
地方の人たちにとってはプロバスケットボールを楽しむ機会が増えました。

bjリーグの試合の観客は家族連れが多く、
これまでにない応援スタイルが定着したということです。

地方のあちこちで生まれているこの新たな流れが、
旧態依然とした日本のバスケットボール界をどう変えていくのか、
とても楽しみです。

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川淵さんの著作(つづき)

2006年06月06日 | 2006年
本を買った翌日に、川淵さんから同じ本「虹を摑め」が届きました。
こんな手紙が入っていました。

 サッカーと正面から向きあって18年
 この間多くの人たちに支えられて
 私はここまで歩んでこられました。
 本当に有難うございました。
 心からの感謝をこめて

  2006年6月  川淵三郎


「川淵さんは、ふうつのスポーツ団体の役員とちょっと違う」と気付いたのは、
初めてサッカーのレセプションに出席した時のことでした。
あいさつに紋切り型の言葉はいっさい使わず、
全て自分の言葉で語る川淵さんを、新鮮な思いで見上げました。

本にはさままれていた手紙も、
印刷ではありますが、感謝の気持ちがしっかりと伝わってくる文面です。

ここ数日、電車の中でこの本を読んでいます。
私はJリーグ設立の2年前からかかわっていたものの、
川淵さんが実際にどのような気持ちで仕事に取り組み、
また、舞台裏ではどんなことがあったのか、
初めて知ることもたくさんあります。

手紙に書かれた「サッカーと正面から向き合って18年」とあるのは、
1988年に日本サッカーリーグ総務主事になった年から数えての数字です。
すでにプロ化が検討されていた時ですが、
川淵さんは当初、プロ化について懐疑的だった事も、
知りませんでした。

それにしても、お手本のないプロサッカーというビジネスを
日本に定着させるまでのご苦労には、本当に頭が下がります。
様々なプレッシャーや反対勢力の抵抗をはねのけ、
信念を貫き通したことがJリーグの成功につながっています。

私は、本を持ち歩く時には、カバーをはずしてしまいます。
そこでちょっとした発見がありました。
本体(というのでしょうか?)にも写真が使われているのです。

表紙は、フンドシ姿の少年が海辺の岩の上で腕組みをしながら
遠くを見ています。
裏表紙は、日本サッカーの父、西ドイツのデットマール・クラマーさんと
川淵さんがボールを真中にしてジャンプしている写真です。

自らの人生への熱い思いが詰まった著書であることを
改めて感じさせます。

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川淵さんの著作

2006年06月03日 | 2006年
サッカーの川淵三郎さんが本を出版しました。
「虹を摑む」(講談社)というタイトルです。

駅前の小さな本屋さんに寄ってみると、目立つように立てて置いてあります。
表紙に使われている写真はモノクロ。
川淵さんはスタジアムの通路のようなところに立ち、
不満そうな、何かいいたげな表情です。
「虹を摑む」という明るい前向きのタイトルにちょっとそぐわないように思いました。

レジにはいつものオバチャンがいます。
「この本、売れていますか」
「5冊仕入れたんですよ」
通常、何冊を仕入れるのか分かりませんが、
棚に積まれた他の本に比べると、かなり売れ行きを期待しているようです。

オバチャンはレジを打ちながら「サッカーの試合を楽しみにしてるんですよ」。
私は自分がJリーグの理事だとはいっていませんが、サッカーの話題となりました。
「12日の10時、サッカーあるんですよね」

ワールドカップの第一試合のことのようです。
そういえば、テレビ放映は夜の10時から。
「え~、そうそう12日・・・夜10時ですよね、楽しみですね」

本屋のオバチャンまでがサッカーを話題にするとは。
日本人は本当にサッカー好きになってしまったようです。

さて、本を早速、読み始めています。
現在は日本サッカー協会の会長(通称「キャプテン」)という肩書きで、
日本サッカーの将来を見据えた様々な事業に取り組んでいますが、
Jリーグ設立当初のことについて、
当時の最高責任者として書き残す責任があると、まえがきで記しています。

私がJリーグの理事になったのは、Jリーグが設立された1991年のことです。
(リーグの開幕は93年5月)
そして、当初からの理事は私だけになってしまいました。

Jクラブの中には、3~4年で社長を交代させるところもあり、
「創業者」の理念が受け継がれていないクラブも出てきています。
ここ数年、そんなことを思っていたので、
川淵さんの著書の出版については大いに賛成です。

開幕当時のエピソードも人名入りで書かれています。
その中に私の名前もでてきました。
設立当初の理事会で私がどんな発言をしていたのか、
ご関心のある方は是非、本を買って読んでみてください。

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ワールドカップのチケット騒動

2006年06月02日 | 2006年
サッカー・ワールドカップのチケット騒動と聞いて、
8年前のフランス大会の悪夢を思い出しました。

私はJリーグ役員の応援ツアーに参加することにしていたのですが、
その日程にあわせて「試合観戦とスタジアム視察ツアー」を企画しました。
ちょうど、4年後の日韓大会で試合を招致していた各自治体が
スタジアムの建設計画が進めていたからです。

オリンピックが開催されるたびに、大会後の施設利用が問題になっていました。
ワールドカップで使用されるスタジアムにも
同様の運命が待ち受けていることは明らかでした。

ならば建設前に大会後の利用も想定して施設計画を作ればいいいのです。
その際、地域に溶け込んだヨーロッパのスタジアムのあり方は、
日本にも必ず役立つものです。

6月13日から始まる大会日程にあわせて、
T旅行社と相談して日程を練りました。
1カ月ほど前に「まだチケットが来ないんですよ」と心配顔だった担当者に、
私は「大丈夫ですよ」と楽観的に答えていました。

しかし、それから何日待ってもチケットは届きません。
当社のツアーにはすでに3人ほどの申込がありました。
少人数でジックリ視察することを考えていたので
ちょうどよい人数と踏んでいました。

大会まで指折り数えられるころになると、
あちこちの旅行社から「チケットが来ない」と悲鳴が聞こえてきました。
日本サッカー協会はFIFAの公認旅行代理店に人を派遣して
チケット送付の準備状況を確かめることもしていました。

「日本人向けのチケットに名前を刻印しているので、時間がかかっている」
などという理由も聞かされました。
出発3日前。T旅行社から「チケットは取れません」と最終的な返事が入りました。

ツアーの実施か否かを検討した結果、実施することにしました。
試合応援をプログラムから抜いてツアー料金を見直しました。
その結果、H社のFさんが参加希望の返事をしてきました。
ビジネスとしては成り立ちませんが、
スポーツ施設の視察は私ひとりでも実施したかったことです。

現地では、Jリーグの理事として試合を応援し、
試合の合間は、当社企画のツアー添乗員として仕事をしました。
オランダの「アムステルダム・アリーナ」。
開閉できない透明の屋根で覆った屋根付きスタジアムです。
驚くべきことに高速道路の上に建設されていました。

自動車レースが行なわれるモナコグランプリの街には
ビルの屋上に1万5千人収用のスタジアムがありました。
「ルイ二世スタジアム」です。
ビルの下階は体育館やプールがあり、近所の学校の生徒が利用しています。
スタジアムを都会のビルの屋上に造るという発想に驚かされました。

風邪を引いて声も出ないという最悪の体調。
知らない外国の地で、お客様を連れて歩くという難しい仕事。
それでも予定どおりのツアーを遂行でき、
視察したスポーツ施設は十二分に私の期待に応えてくれるものでした。

今年のドイツ大会では当社独自のツアーはありません。
それでも試合の応援だけでなく、
プラスアルファの収穫を得られないかと、テーマを思案中です。

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