まさかが本当になった日。
私は、少なくてもこの45年くらい、
高熱を出したことがありません。
出したとしても、
次に検温したら下がっていて、
「さっきのは何だったんだ?」と思うような感じで生きてきました。
インフルエンザとかにもかかったことがなく、
コロナウイルスにも勝てるくらいの気持ちでいました。
なので、用事があって起きた早朝に、
たまたま検温して出た「38度」が信じられず、
30分おきくらいに検温し、
どこかで「さっきのは何だったんだ?」となることを期待したのですが、
せいぜい「37.7」で、
「発熱」の現実を認めざるを得なくなりました。
そこからの私のコロナ感染1日目。
まずは、私がコロナに感染したら支障のある方々への「発熱しました」メール。
今日は尾崎幼稚園でのえほんの公演のある日で、
1人抜けるといろいろたいへんにもかかわらず、
みんな「大丈夫、がんばるからね」と励ましてくれ、うれしかったです。
車のない我が家を知ってる方は、
「送迎」をしますというコメントをくださり、
「陽性かもしれないのに、それはできません」と断る私に、
「家族だと思ってください」と言ってくださり、
感謝でいっぱいでした。
結局、甘えて送迎していただいたのですが、
これが1日3回の送迎になり、
本当に申し訳なかったです。
まず、朝9時に市民病院に電話。
みんな一斉に電話するからでしょう、
なかなか繋がらなかったです。
①2階の駐車場を案内され、PCR検査(鼻から細い棒を入れ、グリグリされます)
ふだんなら、このまま待って結果を聞くのでしょうが、混み合っているので一時帰宅して連絡を待つように指示される。
②1時間ちょっとで「結果が出ました」という連絡で、また市民病院2階の駐車場へ。しばらく待っていたら電話で、「先生の説明の時間が決まったら連絡するので、一回帰宅して連絡を待つように」とのことで、再び出直し。
この時点で「陽性」を確認しました。
覚悟はしていたものの、どこかで「陰性」の可能性を願っていたのですが。
時間は1時を回っていました。
③「重症化予防の点滴を受けられるが、それは一泊入院になる」という連絡で、
とりあえず入院の準備をして行くことに。3時頃に来てほしい、とのこと。
次に病院に行ったら、そのまま入院となるかもしれないので、このあいだに、議会事務局や、発熱の連絡をした方々に「陽性」の連絡。
議員は実名公表になるので、とのこと。ちょっと気持ちがざわざわしました。
まあ、しかたがない。
ブログでもコロナ感染報告をしようと思いました。
さて、3回目の市民病院2階駐車場で、
今日3回も送迎に付き合ってくださった方にお礼を言って、(言葉では言い尽くせないくらいの感謝です)
私は医師の診断→中和抗体の点滴投与のために入院、
となりました。
中和抗体の点滴を受けるに当たっての説明で、
「高齢なのでね」と何度か言われたことが、ちょっとショックでした。
もうすぐ66歳になりますが、
気持ちが落ち込んでいる患者には、
ちょっとしたことばが引っかかります。
それにしても、
駐車場での対応といい、
病室での対応といい、
看護師さんはすごいなあと、あらためて感動しました。
声かけ、説明、作業、
本当にお疲れさまです。
病院の夜は早いので、
もう消灯です。
明日退院してからは自宅療養になります。
不安はいろいろありますが、
とりあえず「家族も含め、広がらないこと」を願い、
コロナ陽性を伝えたみなさんからのあたたかいメッセージ、
かかわるみなさんへの感謝を感じる1日でした。
追記:市民病院の食事、あたたかい食事で、おいしかったです。