Sightsong

自縄自縛日記

馮小剛『一九四二』

2013-03-10 08:19:41 | 中国・台湾

馮小剛『一九四二』(2012年)を観る。

昨年中国で公開されたばかりの映画だが、既にDVD化されている(中国ではいつも早い)。写真家の海原修平さんが紹介されていて(>> リンク)、観たがっていると、先日買ってきてくださった。(ありがとうございます。)

1942年、河南省。戦時中であることに加え、大変な飢饉が襲い、住民たちは食うや食わざるやの生活に陥る。食糧を求めて、互いに争い、娘を売り、飼い猫やロバを殺し、それでも次々に命を落としていく。多くの者は難民となり、極寒のなか、隣りの陝西省へと歩いていく。まさに地獄絵である。

故郷からの移動のとき、ユダヤ人の歴史と重ね合わせるように、同じ馮小剛(フォン・シャオガン)の『戦場のレクイエム』(2007年)(>> リンク)にも登場していた張涵予(チャン・ハンユー)が、人びとに教えを説く神父の役で登場する。相変わらず一癖ある存在感だが、何だかミスマッチ感がある。それはともかく、中国におけるキリスト教の受容に、このような過酷な環境も無関係ではなかったと思わせる展開だ。陝西省のカトリック教徒たちを撮った楊延康(ヤン・ヤンカン)の作品群(>> リンク)を観たことがあるが、外界と隔絶された地での信仰にみえた。

この大飢饉に対し、蒋介石(妻の宋美齢も登場する)は、形だけの心配とわずかな食糧支援を行う。ここで描かれる蒋は、体面ばかりにこだわる偽善者の姿である。何しろ、消極的だった食糧支援を決めたのは、日本軍が河南省に入り、人びとに食べ物を与えたことを聞き、それでは自分の立場が危うくなると判断してのことだった。

その日本軍は、決して人道的な観点から行動したのではなかった。映画には、岡村寧次(陸軍大将)が登場し、住民を軍隊の増強に使うためにそうしろと命じている場面がある。戦後、国民党に協力し、戦犯となることを免れた人物である。『大決戦 遼瀋戦役』(1990年)(>> リンク)においても典型的な悪人として描かれている岡村だが、歴史的には妥当なところだろう。

蒋介石は当然、連合国の一員としての中国を代表とするのは、自分を首班とする国民政府だと考え、日本軍に対して国民政府以外のものには絶対降伏してはならないと命令した。岡村はこの命令を忠実に実行し、中国共産党・八路軍による武装解除の命令には、武力による「自衛」権を発動しても従わないとして拒絶した。このため戦後になってから数千人の日本人が八路軍と戦って死んだのである。
 
中国共産党はこの岡村大将を中国戦線における第一の戦争犯罪人として、戦後ずっと追求しつづけた。彼は敗戦時の最高指揮官であっただけでなく、華北での「三光作戦」の最高責任者(北支那方面軍司令官)であったからである。しかし蒋介石=国民政府は37年の「南京大虐殺」の責任者として松井石根大将はじめ数人を戦犯として追及したが、ついに岡村を追求することはなかった。彼の利用価値が高かったし、実際彼はよく蒋介石に協力したからである。この蒋介石の処置にはアメリカも同意していたのである。こうして戦後から今日に至るまで、日本人は「三光作戦」についての日本の戦争責任を感ずることもなく過ごしてきた。
」(姫田光義他『中国20世紀史』)

ところで、映画において、蒋介石は、河南省の支援に際して、国民党の山西軍閥である閻錫山にやらせろと命じている。のちに、日本の敗戦後に残留兵を利用して八路軍(人民解放軍)と戦わせた人物である(池谷薫『蟻の兵隊』)(>> リンク)。ここでも、上の引用でわかるように、日本軍の意向が反映されている。また、日本軍の行動を警戒する蒋に対し、側近は、汪精衛(汪兆銘)の仕業でしょう、などと言う。国民党と日本に対する評価が、すべて、相互にリンクしていることがわかる。

日本兵として登場する俳優をどこかで観たと思っていたら、やはり、陸川『南京!南京!』(>> リンク)に日本兵として登場してきた木幡竜だった。調べてみると、『南京!南京!』以降、中国で俳優として認められてきているのだという。悪辣な役ばかりだと気の毒だが、アクション映画なんかに良いかもね。

小道具も面白い。『タイム』誌記者として登場する米国人(セオドア・ホワイト)が持っているのは、バルナック型ライカとローライフレックスである。ライカIIIcにエルマーあたりだろうか(ところで、ファインダーを覗いてピントグラスで焦点を合わせるという、レンジファインダーではありえない描写がある)。

風景描写もドラマ性も歴史描写も優れた映画。賛否が分かれるかもしれないが、日本公開してほしい。

●参照
馮小剛『戦場のレクイエム』
楊延康の写真
陸川『南京!南京!』
中国プロパガンダ映画(7) 『大決戦 遼瀋戦役』
池谷薫『蟻の兵隊』