榧根勇『地下水と地形の科学 水文学入門』(講談社学術文庫、原著1992年)を読む。
シンクタンクで水環境をかじったことはあるが、地下水の世界についてはほとんど無知だった。本書は一般書ではあるが、さまざまな事例をもとに「かゆい」ところを説明しようとしており、実に面白い。少し、蒙を啓かれたような気分である。
読みながらへええと思ったこと。
○地下水の追跡には、昔は塩水や蛍光染料などを用いていたが、1960年代から、同位体を用いるようになっている(岩石や氷河の年齢を特定するのに使うことは、もちろん知っていたが、地下水にも適用されているとは迂闊にも想像しなかった)。たとえば、水素の同位体のひとつである三重水素(トリチウム)。これは通常の水素のなかに一定割合で含まれ、12.4年の半減期で減っていく。それにより、地下水が地下水となってからの時間がわかる。
○川の流速が秒速数十cm~数mであるのに対し、地下水の流速は年速数m~数百mと極めて遅い。例えば、オーストラリアの大鑚井盆地には、年齢100万年前の地下水も存在する。著者曰く、「私たちが食べる彼の地のマトンやビーフにも、100万年前の降水が含まれているかもしれない」(!)。
○そんな長い時間をかけて形成される地下水であるから、地盤によって水質は大きく異なる。硬水、軟水の数値(カルシウムイオン、マグネシウムイオンなど)も驚くほど異なる。日本の水は、世界のなかでは、これといって特徴のない若い軟水である。
○また、同じ理由により、地下水の過剰利用や地下水汚染については慎重に対処しなければならない。
○地下水と河川水とは相互に行き来している。日本では地下水が河川に流入していることが多い(それで、神田川の源流があれほど「ちょろちょろ」であることも納得できる)。
また、具体的な地下水の挙動をみるため、黒部川や関東平野の形成史を紹介してくれている。両方とも扇状地だが、氷期前後の海進や海退、地殻変動を経て、単純な扇形にはなっていない。これがまた面白い(もっと図示してほしかったところだが)。
それによると、武蔵野段丘の谷が、削られてできたのではなく、関東ロームが洗い流された結果であるということは、1988年に明らかになったことだという。確かに、貝塚爽平『東京の自然史』(原著1979年)には、確か、そのような記述はなかった。