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うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

明日のことは知らず~髪結い伊三次捕物余話~

2012年08月11日 | 宇江佐真理
 2012年8月発行

 シリーズ第11弾は、捕物劇よりも、人情味を搦め、中年となった伊三次のしっとりとした大人の味を描く。

あやめ供養
赤い花
赤のまんまに魚そえて
明日のことは知らず
やぶ柑子
ヘイサラバサラ 計6編の短編集

あやめ供養
 八丁堀の町医者松浦桂庵の母がみまかった。だが、死後遺品が失せている事に疑念を抱いた桂庵は、伊三次に探索を依頼するが、疑いはなんと、嫌疑は直次郎にあった。
 物語の本筋よりも、直次郎が登場した事に胸が震える思いだった。直次郎を信じたいが信じ切れない伊三次の葛藤。
 ただ、直次郎もすっかり落ち着いて父親になっていた。若かりし頃の奔放さもなく、これからシリーズが続こうが、登場シーンはないだろうと思わせる。
 
赤い花
 弟子の九兵衛に、嫁入りの話が持ち上がった。相手は、九兵衛の父親である岩次が奉公する魚佐の末娘おてん。どうやら、おてんの懸想らしいが、相談を持ち掛けられた伊三次は、九兵衛におてんをどう思っているか真意を問い質す役目を引き受けるのだった。
 梅床と伊三次の確執。そして九兵衛の恋愛模様。あの小さかった九兵衛が…と思うと物語りながら月日の流れを実感する。
 この実感が臨場感に違いなく、はかのどの物語にも感じた事はない。
 
赤のまんまに魚そえて
 菓子屋金沢屋の庄助の髪結いを頼まれた伊三次。そこで、庄助の芳しくない過去に行き当たる。調べれば調べるほど庄助は匂う。だが、尻尾を出さない庄助に伊三次は遣る瀬ない思いを募らせる。
 これは良い。伊三次シリーズ中、かなり胸が震えた話である。しかも、本筋に集中せず、九兵衛の話も交え、それを巧みに交差させ、日常の臨場感をあおらせる。
 切ない恋心の話であるが、結末が悲壮に終わらずにほっとした。

明日のことは知らず
 伊与太は、2階屋の物干に佇む、佃煮屋の若内儀を仕舞屋の影から写生しているが、その物悲しそうな表情が気になっていた。その若内儀が、物干から誤って転落したと耳にする。
 一方の茜は、仕える大名家の跡目相続にまつわる御家騒動の渦中にあった。
 これは、家を離れている伊与太と茜を無理矢理ぶち込んだのだろうか? 双方結末が描かれておらず、茜の方は続編が出来そうだが、佃煮屋の若内儀に関しては闇に葬られるのだろうか? そう感じたが、よくよく考えると、「髪結い伊三次捕物余話」なのである。捕物が主ではないのだ。改めてそう考えると、ここで伊与太が抱いた思いや葛藤が、この物語には相応しい。
 似通った事件が「赤のまんまに魚そえて」となっている。明暗分かれた結末。

やぶ柑子
 海野隼之助は、藩が御取り潰しになり早3年。父の遺言状ともなった仕官への助成を願う文を携え、毎度の門前払いに懲りず、幾度も元藩士の元を訪うのだった。
 偶然にも知合った隼之助の為に、伊三次とお文は一肌脱ごうとするが…。
 捕り物でもなく、事件でもないが、人の無情さを描きながらも、爽やかな後味の良い話である。
 情けは人の為ならずは、通用しないと現代にも通じる話である。

ヘイサラバサラ
 変わり者の元町医者が死に、奇妙な遺品が何かを突き止めて欲しいと、家主の扇屋八兵衛の依頼を受けた伊三次。里帰りしていた伊与太と共に、探索に走るのだった。
 シリーズの中では一風変わった作品に仕上がっており、伊三次親子の絆と子たちの成長が、本筋の裏で静かに描かれる。

 実はこのところ、不破龍之進絡みや、伊与太、茜の成長振りが描かれる事が多く、伊三次はすっかり脇に追いやられた感が否めず、本作品も読もうか否か迷ったのだが、結果、「読んで良かった」。
 何故か満足感ではなく達成感にも似た、喜ばしさである。
 大人になった子どもたちも良いのだが、やはり宇江佐さんデビュー作であり、最初に生み出した伊三次の魅力には変え難い物がある。今回は、表題の「明日のことは知らず」以外は伊三次が出ずっぱりであり、そして彼の抱く思いにいちいち「うんうん」頷けるのだ。
 派手な捕物はないが、静かにしっとりとした伊三次に「参った」。
 そして、今回の目玉は、何と言っても直次郎だろう。もはや登場する事はないだろうと、諦めていた直次郎だっただけに、これまた旧知の知り合いにでもふいに出会した気分であった。
 伊三次と直次郎の掛け合いは楽しみである。
 更に、こちらも驚いたのだが、ずっと脇役であろうと思われた伊三次の弟子の九兵衛が、俄にクローズアップされ、そしてまた、こちらも魅力的なキャラになっていった。
 松助、おふさ、佐登里義親子のほのぼのとしたシーンも捨て難い。
 一方で、お文は完全に伊三次の女房、不破友之進も龍之進の父親といった位置付けに甘んじるが、これだけ魅力的なキャラが多く登場する物語においては仕方ないだろう。
 宇江佐さんの書籍を読み尽くし、ほかの作家の作品にも涙したり、胸を詰まらせたりしているが、やはり宇江佐さんでなければ味わい切れない物がある。
 「明日にでも、次回作を読みたい」。そんな思いである。
 余談ではあるが、宇江佐さんの作品であれば、登場人物が幾ら多くても、すっと頭に入ってくるのは、設定と最初のキャラ説明に巧さだろう。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 岩次...新場魚問屋魚佐の奉公人
 お梶...九兵衛の母親 
 お園...髪結床梅床十兵衛の女房、伊三次の姉
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 茜(刑部)...友之進の長女、下谷新寺町蝦夷松前藩江戸屋敷の奥女中
 きい...龍之進の妻
 笹岡小平太...北町奉行所同心、元北町奉行所物書同心清十郎の養子、きいの実弟
 松助...本八丁堀の岡っ引き(元不破家の中間)
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 佐登里...松助とおふさの養子
 三保蔵...不破家下男
 おたつ...不破家女中
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 直次郎(時助)...深川入舟町小間物屋・花屋播磨屋の主、(元掏摸)
 おてん...新場魚問屋魚佐の末娘
 利助...京橋炭町梅床の髪結い
 松浦桂庵...八丁堀町医者
 松浦美佐...桂庵の母親
 おたに...松浦家の下女
 浜次...新場魚問屋魚佐の奉公人、九兵衛の幼馴染み
 伝次郎...新場魚問屋魚佐の奉公人、九兵衛の幼馴染み
 庄助...八丁堀北紺屋町菓子屋金沢屋の若旦那
 おあさ...金沢屋の女中
 庄左衛門...金沢屋の主、庄助の父親
 福次...歌川豊光の門人、伊与太の兄弟子
 美濃吉...歌川豊光の門人、伊与太の兄弟子
 栄吉...浜松町佃煮屋野崎屋の若旦那
 おけい...栄吉の妻
 お楽...芝神明社参道若松屋の矢場女
 松前良昌...蝦夷松前藩藩主道昌の嫡男
 金之丞...松前藩江戸屋敷の奥女中、茜の朋輩
 馬之介...松前藩江戸屋敷の奥女中、茜の朋輩
 お愛の方...前藩藩主道昌の側室
 藤崎...松前藩江戸屋敷の老女
 海野隼之助...元紀州吉川藩吉川家勘定方見習い
 久慈七右衛門...肥後熊本藩細川家家臣、元吉川家家臣
 ふじ...隼之助の妻
 八兵衛...日本橋左内町箸屋翁屋の主


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ウエザ・リポート

2012年06月30日 | 宇江佐真理
 2007年12月発行

 1997~2007年までに新聞、雑誌などに掲載された文章を集めたエッセイ集。

第1章 台所の片隅で
第2章 只今、執筆中
第3章 日々徒然
第4章 心の迷走
第5章 今日も今日とて
第6章 函館生まれ、函館育ち
第7章 読書三昧

 作風とは違い、ざっくばらんな気質の人らしい。嫌な事や腹立たしさもすんなりと書いている。「あれっ」と、良い意味で驚かされた。
 佐藤愛子さんの立て前のないエッセイも好きだが、宇江佐さんも、中々に似た部分があるようだ。
 そして、これだけひとりの作家にはまった経験は少ないのだが、このエッセイに取り上げられている題材には、共鳴する物も多く、やはり好きな物、興味を引かれる物が同じだったかとひとりごちた。
 中でも、江戸時代の言葉の美しさを宇江佐さんも感じ入っているといった章は、当方が宇江佐さんの小説にのめり込んだのと同じ理由である。
 宇江佐さんの実像の一部分ではあるが知る事が出来た。



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寂しい写楽

2012年06月29日 | 宇江佐真理
 2009年6月発行

 山東京伝(伝蔵)の洒落本が寛政の御改革に触れ、身代半減、闕所の沙汰を受けた板元の耕書堂蔦屋重三郎は、東洲斎写楽なる無名の絵師の役者絵で、一世一代の大勝負に出る。

寂しい写楽 長編
 
 伝蔵(山東京伝)の洒落本3冊が寛政の御改革に触れ、伝蔵は手鎖50日、板元の耕書堂蔦屋は身代半減、闕所の沙汰を受けた。
 耕書堂蔦屋の主である重三郎は、起死回生の勝負を試みようとするが、子飼だった喜多川歌麿と瀧澤馬琴とは袂を分かち、看板戯作者の伝蔵は、吉原から身請けした女房を亡くしたばかりで、どうにも戯作に身が入らず、吉原の馴染みの妓の元に居続ける有様。
 そこで重三郎は、無名ではあるがこれまでにない視点と画風で役者を描く東洲齋写楽の大首絵に、伝蔵、春朗(鉄蔵)、幾五郎が背景を付けた豪奢な錦絵で大勝負に出る。
 実は、現在迄に発行されている宇江佐さんの著書(エッセイの「ウエザ・リポート」は除く)を読み尽くしてなお、触手をそそられなかった作品である。
 それは、以前も書いたが、宇江佐さんの魅力は、巧みな表現力と状況描写であり、それが、現存した人物を取り込んだ作品になると薄れてしまうからである。
 そういった意味で、宇江佐さんのライフワークとも言える、蝦夷松前物と絵師物は苦手である。史実を描いた部分が、下町市井物と筆が違い、何とも読み辛いのだ。それで敬遠していたのだが、いよいよ手にしてみた。
 滑り出しこそ、伝蔵のプライベートな話で頁をめくる手が動いたが、次第に登場人物の名前の複雑さに何度も手を止める事になった(自分だけだろうが)。
 資料的には宇江佐さんの表現で正しいのだろうが、出来れば私のような鈍い読者も考慮して名前は号で統一するとかして欲しかった。
 そして最大の要因は、アクト毎に語り手が変わる手法である。誰の視線で物語を読んで良いのやら、どうにも尻が座らない感が否めなかった。
 肝心の写楽は添え物的であるのは否めないが、伝蔵の視点で重三郎を描いていると思えば、歌麿だったり、幾五郎だったり…。
 そして前記したように、常であれば風景やら、心情やらで、胸に沁みる文や、奇麗な日本語の表現が必ずある宇江佐作品に、そのような部分が見当たらず、駆け足で書いた感もあったのが残念。
 宇江佐さんにとっては、書きたかった題材と思い、それを理解出来ない当方がファンと言っていいのか阻まれるが、やはり市井物が良い。
 最後に、 物語とは別に、これだけの江戸を彩る文化人が揃った作品は珍しく、その繋がりを不自然なく組み上げたあたりはさずがである。

主要登場人物
 伝蔵(=山東京伝)...戯作者、絵師
 蔦屋重三郎...板元耕書堂の主
 春朗(=鉄蔵)...後の葛飾北斎、浮世絵師
 幾五郎...後の十返舎一九、黄表紙、滑稽本作家
 倉蔵(瀧澤“曲亭”馬琴)...読本作歌
 直次郎(大田南畝)...後の蜀山人、狂歌師
 歌川豊国...浮世絵師
 斉藤十郎兵衛(東洲齋写楽)...浮世絵師、武士
 勇助(喜多川歌麿)...浮世絵師
 俵蔵(鶴屋南北)...歌舞伎役者、戯作者


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夜鳴きめし屋 

2012年05月05日 | 宇江佐真理
 2012年3月発行

 幕張りの音松こと、古道具屋鳳来堂の息子・長五郎が五間堀に帰って来た。そして、見世を継いだのだが、屋号は鳳来堂でも、居酒見世。そして営業時間が明け方まで続く事から、いつしか「夜鳴きめし屋」と呼ばれるようになった。「ひょうたん」の続編。

夜鳴きめし屋 
 音松が亡くなると、実家に戻り古道具屋を継いだ長五郎だったが、商売がなり行かなくなり、居酒見世へと商売替えをした。当初一緒に見世を切り盛りしていた、料理上手の母親のお鈴も亡くなり、長五郎は二十八歳になり、ひとり身のまま、見世を続けている。
 馴染み客のひとりである駒奴から、みさ吉の旦那が死んで、ひとり息子と共に和泉屋に戻った事を聞かされた長五郎。若かりし頃のほろ苦い思い出が蘇る。
 登場場面は短いが、夜鷹のおしのの凛とした姿が印象に残る。

五間堀の雨
 駒奴に貸した提灯を届けに、長松という7、8歳の子がやって来た。母親は和泉屋の芸者の為、晩飯は外で食べるのだと言う。早速その晩、長松は惣助という同じく和泉屋の芸者の子と連れ立ってやって来た。
 長五郎は、長松がみさ吉の子ではないかと思うのだが…。
 いきなり隠し子(?)疑惑である。長松の大人びた物言いやが実に可愛らしい。

深川贔屓
 長松と惣助は三日と開けずに鳳来堂へ通って来ていた。子たちの評判を聞いて、増川も駒奴と訪う。どうやら二人は長五郎とみさ吉の経緯を承知しているらしい。
 ついに長五郎は、みさ吉に、惣助が自分の子であるか聞くのだが、死んだ旦那の子だとあっさりといなされる。
 「ひょうたん」世代の生き残り(失礼)、房吉が威勢の良い啖呵を切る。すると場面がふと、昔の鳳来堂の座敷へと変わったような錯覚に陥ったものだ。

鰯三昧
 惣助がひとりで鳳来堂を訪った。聞けば、長吉は、既に幇間に弟子入りし、自身も浅草の質屋菱屋に奉公が決まったと告げる。
 菱屋は長五郎の伯父の店で、長五郎自身も奉公していた経緯がある。早速、菱屋へと足を向けると、従兄弟のお菊から、惣吉が長五郎の父親の音吉に似ていると言われ…。
 ここで長五郎は、みさ吉以外女を知らないと明かしているが、すると長五郎は二十八歳にして一度しか女と寝間を共にしていないということになるが…。いいのか、長五郎、それで。
 
秋の花
 このところ無沙汰の浦田角右衛門が、吉原の妓を身請けする話が聞こえて来た。一介の武士が身請けなど聞いた事もない話ではあるが、当の角右衛門は思い詰めている様子らしい。だが、おしのの無惨な水死体を前に、長五郎は、男女の行く末で諍いになる。
 六間掘で火事が出、居場所を失ったみさ吉を長五郎は、鳳来堂へと促す。駆け付けた惣助も交え、みさ吉と長五郎は初めて温かな言葉を交わすのだった。
 この鳳来堂のシーンは印象深い。長五郎が火事騒ぎで出掛けている間に勝手に入り込んで灯りをつけ、飲んでいる梅次。その肴を拵える惣助。これぞ下町の呑み屋である。

鐘が鳴る
 惣助が、菱屋の使いで鳳来堂を訪ったまま、行方が知れなくなった。長五郎は、その折に父親かと問われ、違うと応えたが、後になって、みさ吉が真実を告げていた事を知る。
 国元へ戻る角右衛門と長五郎そしてみさ吉の年越しのシーンで幕を閉じる。その情景の美しさが、やはりさすがだと感心せずにはいられない。
 一連の騒動の決着シーンなので、詳しく記すのは憚るが、「惣助はともかく、長松までおいおい泣く理由がわからない」。こういった表現がさすがだなと毎度感心させられる。

 ひとりひとりのキャラが立っており、読み応え十分の作品である。「ひょうたん」で仲の良かった、音松、房吉、勘助の息子たちがまた仲良く鳳来堂に集う姿。芝居の定式幕で拵えた父の形見の半纏を長五郎が纏う姿。
 続編とはこうあって欲しいといった思いが募る。
 特に大きな事件はないが、こうした下町の人情物を書いたら宇江佐さんの右に出る作家はいないのではないだろうか。
 そしてこのシリーズには章毎に、美味しいレシピが描かれているのも魅力である。
 生意気ではあるが、増々油が乗ってきたと感じる。是が非でも続編をお願いしたい。また独断ではあるが、前作を超えたと思って止まない。

主要登場人物
 長五郎...五間堀(北森下町)居酒見世鳳来堂の主
 房吉...常盤町酒屋山城屋の隠居
 信吉...山城屋の主、長五郎の朋友
 友吉...六間堀料理茶屋かまくらの主、長五郎の朋友
 梅次...左官職
 宇助...鳶職、七番組町火消し
 浦田角右衛門...対馬府中藩家臣
 駒奴...六間掘芸妓屋和泉屋の芸者
 みさ吉(おひで)...六間掘芸妓屋和泉屋の芸者
 おしの...夜鷹、元辰巳芸者の桔梗
 幸吉...五間堀味噌屋信州屋の若旦那
 長松...増川の養子
 惣助...みさ吉の息子
 丈助...深川島崎町の鳶職、壱番組町火消し
 増川...六間掘芸妓屋和泉屋の芸者
 お菊...東仲町質屋菱屋の内儀、長五郎の従兄弟


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酒田さ行ぐさげ~日本橋人情横丁~

2012年05月04日 | 宇江佐真理
 2012年1月発行

浜町河岸夕景
桜になびく
隣りの聖人
花屋の柳
松葉緑
酒田さ行ぐさげ 計6編の短編集

 日本橋で繰り広がられる、六つの人生。家族の繋がりを描き、苦難を乗り越え笑顔で締め括られている作品がほとんどで、心が晴れる一冊と言えるだろう。
 表題の「酒田さ行ぐさげ」のみは、ほかと趣向が違っているが、こちらも実に感慨深い作品である。


浜町河岸夕景
 商いは成功していたが、口さがなく、けちで手習もさせてくれない両親が嫌いなおすぎは、事ある度に近所のいちふくを訪い、ひとり息子の風太と遊んでいた。
 だが、見栄っ張りな親が、近所の手前おすぎを手習に通わせると、次第に風太とは疎遠になっていく。そんな中、いちふくの客が食中毒になった事から…。
 子どもの興味の推移や目線をリアルに描きながら、最終章では、思わず口元が綻ぶ結末を迎えている。また、その書き方が巧い。

主要登場人物
 おすぎ...富沢町天蓋屋上総屋の娘
 九兵衛...おすぎの父親
 おまさ...おすぎの母親
 風太...久松町煮売り屋いちふくに息子
 富松...風太の父親
 おさと...風太の母親
 丸山此右衛門...田所町手習所の師匠
 園江...此右衛門の妻

桜になびく
 妻の死の回想から物語は始まる。そして、上役の着服を探る密偵となった苦悩。後妻を迎えるまでと、ひとりの同心の日々を、桜をシンボリックに使いながら、綴っている。大事件も心振るわせる問題も起きないが、それこそが人の一生なのだから。
 「笑いながら顔を上げれば、頭上は陽の目も見えないほどの桜の花びらで覆い尽くされている」。
 この一文が好きである。

主要登場人物
 戸田勝次郎...北町奉行所年番方同心
 勝右衛門...勝次郎の父親
 みと...杉ノ森新道居酒見世小桜の女将
 羽山三郎助...内与力
 森川蔵人...年番方筆頭同心
 とせ...勝次郎の後妻(前妻りよの妹)

隣りの聖人
 信頼していた番頭に、掛け金を持ち逃げされ、夜逃げを余儀なくされた呉服屋一文字屋。引っ越し先で知り合った、浪々の身で裏長屋住まいだが凛とした相馬虎之助とその家族と親交を深めるのだった。
 大店から生計(たつき)を失った一文字屋一家だが、家族の絆が深く、誰しもがくよくよしていない。そんな明るさから物語は始まり、同業の中田屋と件の番頭に再度貶められるところを、虎之助の思慮で回避する。
 友情と、くよくよせずに真っ直ぐに生きていれば、良い人が寄って来る。悪事は必ず我が身に振り返るといった、痛快娯楽時代劇である。

主要登場人物
 惣兵衛...小舟町呉服屋一文字屋の主
 おりつ...惣兵衛の妻
 辰吉...惣兵衛の長男
 おいと...惣兵衛の長女
 相馬虎之助...尾張家安藤家講師、小舟町義三郎店の店子
 福太郎...虎之助の長男
 正江...虎之助の妻
 琴江...虎之助の長女
 忠助...元一文字屋の番頭

花屋の柳
 「どうして花屋は店前に柳を植えるんだい」。幸太の疑問である。辛気臭く陰気な柳をどうして植えるのだろうか。
 家族は仲良く暮らしてはいるが、父の滝蔵が、喧嘩をすると、身寄りのない事を承知で、母親のおこのに出て行けと叫んだり、そのおこのが姉のおけいには厳しい事が気掛かりではあった。
 ある日、滝蔵の知り合いらしい卯之助と言う男と出会った事で、幸太の中で、家族に秘密があるのではないかと疑念が膨らむ。
 「昔のお父っつぁんは柳みてェに辛気臭くて陰気な男だったぜ」。
 ラスト、滝蔵にこう言うに幸太は、「柳の樹を辛気臭いとも陰気だとも思わなくなった」。とある。これにて結末はご想像頂きたいが、家庭内の秘密が明かされた事により、滝蔵だけでなく幸太自身も変わったという事だろう。
 
主要登場人物
 滝蔵...上槇町花屋千花
 おこの...滝蔵の妻
 おけい...滝蔵の長女
 幸太...滝蔵の長男
 孫六...隣家の元大工
 おくめ...孫六の妻
 卯之助...染井植勘の植木職人
 勘太郎...染井植勘の主

松葉緑
主要登場人物
 貧しい娘たちに行儀作法を教える美音。物語は、武家だった美音が山里屋へ嫁ぐまでの回想と、現在、教え子のひとりが借財の為に、老人に嫁がされると聞き、胸を痛める話の二部形式である。
 こちらも、ほっとする話になっており、また、回想シーンのお桑という商家の内儀が、胸の好くような気っ風の良さを示している。
 
主要登場人物
美音...中橋広小路町蚊帳商山里屋の内儀、行儀作法の師匠
金五郎...山里屋の主、美音の長男
旬助...美音の三男
おふみ...質屋松代屋の女中
おうた...棒手振り魚屋の娘
おはつ...小間物屋の娘
あさみ...幕府小普請組小久保彦兵衛の娘
きな...幕府小普請組工藤平三郎の娘

酒田さ行ぐさげ
 酒田の出店を任されている権助が江戸にやって来た。江戸の出店の番頭を務める栄助は、この権助が好きではない。だが、酒田での破竹の勢いは凄まじく、金の使い方も並外れていた。おまけに酒田のお大尽の若い娘を内儀に迎え、更には出店を買い取り主に座ると聞いて、内心穏やかではない。
 堅実派と成り上がりの比較とでも言おうか。「悪い人ではないんだが」。といった感の否めない権助。物語自体は最後の最後までは明るいタッチで進んでいくが、「酒田さ行ぐさげな」。の言葉が脳裏に木霊する。表題になったこの作品だけは、ちょっぴり切ない幕切れとなった。

主要登場人物
 栄助...北鞘町廻船問屋網屋江戸店の番頭
 おすわ...栄助の妻
 おみち...栄助の娘
 権助...廻船問屋網屋酒田店の番頭
 おちぬ...権助の妻
 藤右衛門...網屋江戸店の主

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古手屋喜十為事覚え(ふるてやきじゅうしごとおぼえ)

2012年05月03日 | 宇江佐真理
 2011年9月発行

 柳原の土手で商売をしていた喜十が、浅草田原町に古着屋の見世を構え、商いにも弾みが出だし、夫婦二人で静かな暮らしを送る筈だったのだが、いつの間にか北町奉行所隠密廻り同心の上遠野平蔵の手下のように使われて…。

古手屋 喜十
 容貌魁偉。嫁の来てもない喜十は、柳原の土手で首括りをしうようとしていた、おそめを助け家に連れ帰った。
 やがておそめは、喜十の母親であるおきくの人望に憔悴し、喜十の妻になりたいと告げる。それから6年、既におきくは鬼籍に入っていた。
 北町奉行所隠密廻り同心の上遠野平蔵は、変装の為に、喜十の見世を使っていたが、支払いは全てつけ。その掛け金を取り返す為に、喜十はいつの間にか手下のように使われるようになっていた。
 この日も平蔵は、血糊の付いた黄八丈を持ち込み、持ち主を探すように命じられる。
 喜十とおそめのなりそめを、テンポ良く説明しながら、事件に入る流れにすんなりと物語に溶け込めた。また喜十の人物設定が大凡主人公ぽくないところが、着目点だ。

蝦夷錦
 御禁制品の蝦夷錦が行方不明になってしまった。事が明るみに出れば松前藩は改易。上遠野平蔵と喜十は、蝦夷錦をの探索に掛かる。
 やはり出たか松前藩である。
 そして、頭のおかしな振りをしていた娘と、接点を付けて物語を繋げているが、もうひとつ印象に薄い話だった。

仮宅
 火事で焼けた吉原の巴山屋が、田原町の蕎麦屋を借宅として営業を始めた。そこで日乃出屋も、吉原の仮宅を綴った吉原細見を見世先に並べる事に。
 そんなある日、お梅と名乗る女が、町家の内儀が着る古着を求め訪うが、一向に引き取りに姿を見せない間に、仮宅で心中事件が起きる。
 三章で、いよいよ宇江佐ワールドへと突入である。物悲しい遣る瀬なさの残る話となった。また、喜十が男気を示すシーンは見逃せない(読み逃せ)。

寒夜
 平蔵が、義弟の荒井福太郎を日乃出屋に伴った。何でも、福太郎は幕府の検分隊の竿取りとして蝦夷に赴くので、皮の羽織とたっつけ袴を求めていると言う。
 生憎、皮の物などないと喜十は断るが、おそめが喜十の父親の形見が行李の中に仕舞ってあると言うのだった。
 第一章からであるが、日乃出屋は、おそめの内助の功が大分功を奏している。この話の中も然り。
 決して平蔵を好いていない様子の喜十なのだが、そうそう嫌でもない。そんな二人の様子も章が進むに連れ、実は息があっているのだと思わせる。

小春の一件
 材木問屋伊勢屋の次男の虎吉が、足を挫いて動けなくなるが、通り掛かりの女に助けられたと言う。伊勢屋では、恩人捜しに翻弄し、蛇骨長屋に住む小春という娘を見付け出すが。
 幸薄い貧乏な娘が、ふとした人助けから良縁に恵まれるが、それが騙りと受け取られ…。物語の中心は、虎吉と小春なのだが、伊勢屋の嫡男の丑松が、かなりの男っぷりを魅せてくれる。
 そして思わずにんまりの結末は、平蔵を持ってして、「脇の下をくすぐられたような笑い声を立てた」。
 
糸桜
 按摩の麗市が、甲府勤番を務めた日下部兵庫の屋敷に忍び込み、屋敷内の糸桜を切り倒してしまう。
 ほんわかとした物語に、漸く、どうにも開いた口が塞がらない様な、嫌な人物が登場する。それが兵庫なのだが、これがまあ酷い。
 そして、その兵庫に恨みを抱く麗市が主役となって、切ない生い立ちを語る。
 そんな本筋とは別に、日乃出屋の見世先に、赤ん坊が置き去りにされていた。暫く預かる、喜十とおそめはその子を預かる事に。慣れない子育てに苛立ちながらも、次第に情にほだされ、「親がいつまでも見つからなければよいという思いも芽生えていた」。この文が治められている最後の13行は、初夏へ変わろうとする温かな陽射しと、その青々とした空気感さえ感じる事が出来る。本文中、一切そんな描写はないのだが。
 切に続編が待たれる作品だ。

主要登場人物
 喜十...浅草田原町古手屋日乃出屋の主
 おそめ...喜十の妻
 おきく...喜十の母親
 上遠野平蔵...北町奉行所隠密廻り同心
 留吉...伊勢屋の大工
 おたか...留吉の妻
 銀助...地廻りの岡っ引き
 亀蔵...並木町古手屋鶴亀屋の主
 おみよ...浅草広小路水茶屋桔梗屋の茶汲み娘
 およし...大伝馬町の提灯問屋大津屋の娘
 菊良...小切れの行商
 お梅(田毎)...巴山屋の花魁
 荒井福太郎...幕府の検分隊の竿取り、平蔵の義弟
 卯三郎...材木町材木問屋伊勢屋の主
 おとく...卯三郎の妻
 丑松...材木町材木問屋伊勢屋の長男
 虎吉...材木町材木問屋伊勢屋の次男
 小春...聖天町寿光寺の洗濯女
 麗市...按摩
 捨吉...捨て子





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心に吹く風~髪結い伊三次捕物余話~

2012年05月02日 | 宇江佐真理
 2011年7月発行

 前作では不破龍之進の独壇場だったが、第10弾は、龍之進の妻のきい、伊与太にもスポットを当てながら、茜、お吉の成長振りも織り込んでいる。無論、前回脇に追いやられた伊三次、お文の出番も増え、登場人物に新たな顔触れが加わった。
 何より、伊三次家の様子描写が増え、親子、夫婦、兄妹の繋がりが描かれているのが嬉しい。

気をつけてお帰り
 不破龍之進と徳江改めきいの婚礼の日が迫っていたが、奉行所では窃盗の下手人が品川宿にいると突き止め、龍之進の捕縛に向かった。祝言が明日に迫っても戻らない龍之進に、きいは、間に合わなければひとりで式を挙げる決心をする。
 式の当日、養父母から姉の婚礼に出る事を禁じられた小平太だったが、橋口譲之進と古川喜六の機転で、無事列席出来たのだった。
 きいの生い立ちが主であるが、絵師修行中の伊与太が、ワンシーンながら不破家に婚礼の祝いの品を届けに登場。これにて祝言も挙げ、前作から続いた龍之進の恋はひとまず終焉。
 
雁(かり)が渡る
 伊三次とお文(文吉)の元に、歌川豊光に弟子入りしている伊与太が、兄弟子たちと折り合いが悪く、喧嘩をして戻って来ていた。
 そんな折り、夜鷹のひもが殺され、しかも品川の主殺しの女が行方を眩ましている話と重なった。きいは、使いの途中で焼き芋を恵んでやった、品川から来たと言う娘の人相書きを伊与太に依頼する。そして追い詰められたその娘の過去に心を痛めたきいは、自ら説得をする。
 若奥様となったきいの活躍がメインであるが、新規加入のレギュラーの紹介といったところだろう。

あだ心
 人相書きの腕を買われた伊与太は、松助(岡っ引き)の替わりに不破家に中間奉公をする事になった。だがそれは表向きで、実際は奉行所内で人相書きの手伝いをしていた。
 その事で迷った折り、手習の師匠だった笠戸松之丞に相談し、「あだ心に触れるのも修行になるやも知れぬ」と意見され、修行の一環として選んだのだ。絵筆を捨てた訳ではなかった。 
 また、お吉が近所の花を盗み、怒鳴り込まれた伊三次宅。実は、笠戸松太郎の墓前に供える為なのだが。「お文、お前ェまさか悪意はつかなかったろうな。たかが花ぐらいで四の五の言うなとか何とか」。「言わないよ。言えるものかえ。すべてこっちに非があるんだし」。「お吉。おっかさんはな、人に頭を下げるのが死ぬほどいやな女なんだ。それをお前ェのためにするんだぜ~」。この一連の伊三次とお文のやり取りが妙に懐かしく感じられた。
 
かそけき月明かり
 座敷の帰り道、お文は自分を付けて来る子どもに気付く。さとと名乗る男の子は芸者の母親を、お文と見間違えたらしい。伊三次は、さとの母親探しをする羽目に。
 一方龍之進は、江戸を荒す盗賊団の似面絵を手に入れるが、ひとりだけ描かれていない男がいた。伊与太が、絵師のルートを使い面の割れていない男を調べると、さとの父親である疑いが。
 久し振りにお文の登場シーンが増え、伊三次の茶の間が舞台となった作品。
 銚子の寺から坊主がさとを迎えに来た折り、さとが己に出刃包丁を宛てがって叫ぶこの台詞。「おっちゃん、おいら、ここで死ぬ。銚子に帰ェるぐりなら死んだほうがましだ」。そしてここから始まる5ページに渡る騒動は、松助の男っぷりを大層上げ、「今日からおれがお前ェのちゃんだ」。で懐の深さを示しけりを付ける。
 
凍て蝶
 松助の養子となったさとは、佐登里と名を改め、お吉と共に、笠戸松之丞の手習所に通っている。ある日の帰りに、揚羽蝶を見付けた佐登里は、蝶の絵を描く事に夢中になっていく。伊与太はそんな佐登里の姿を見て、歌川豊光の元へ戻る決意をする。
さとの実父である闇夜の政吉は、歌川派を破門され盗賊に身を落とした経緯があった。さともその血を受け継いでいるのか。果たして受け継いだのはそれだけなのか、後々何かが起こりそうな予感がする。

心に吹く風
 不破友之進の娘茜に縁談が持ち上がる。だが茜はどうしても承諾出来兼ねると断るのだった。同時に蝦夷松前藩上屋敷への奉公も持ち上がり、茜は飛び付く。
 そして、茜の奉公が決まると、伊与太も不破家の中間奉公を辞め、歌川豊光の元へ戻るのだった。
 伊与太と茜の別れのシーンで、ついに茜は恋心を口にする。身分に隔たれた二人の今後の展開がどうなっていくのか…。今後の見所(読みどころ)のひとつになるだろう。
 茜に思いを告げられた伊与太が、きいに向かって言った台詞である。「お嬢はちょっと心持ちがおかしくなっているもので」。若かりし頃の伊三次を彷彿とさせるではないか。
 巣立っていった子どもたちの姿を描き、第10弾は静かに幕を下ろした。さて、次回作。「心に吹く風」を読む限りでは、引き続きの展開がかなり期待出来るのだが…。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 九兵衛...伊三次の弟子
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 茜...友之進の長女
 徳江改めきい(たけ)...龍之進の妻
 笹岡小平太...北町奉行所同心見習い、元北町奉行所物書同心清十郎の養子
 松助...不破家友之進の小者(元中間)
 三保蔵...不破家下男
 おたつ...不破家女中
 さと(佐登里)...松助とおふさの養子
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 芳江...喜六の妻
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 片岡美雨...京橋日川道場師範代、監物の妻
 笠戸松之丞...手習の師匠
 美江...松之丞の妻
 歌川豊光...芝愛宕下の歌川派絵師
 兼吉...きいの伯父
 おさん...兼吉の妻
 清水久保...土佐藩江戸詰め藩士、日川道場の門弟
 江草三之丞...日川道場の師範
 赤羽ひふみ...松太郎の許嫁
 おゆう...日本橋廻船問屋大和屋の娘
 笹岡清十郎...元北町奉行所物書同心
 歌川豊光...絵師


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通りゃんせ

2012年05月01日 | 宇江佐真理
 2010年10月発行

通りゃんせ
 著者初めてのタイムスリップ物は、25歳のサラリーマン大森連は、ツーリングの途中に道に迷い、天明6年にタイムスリップ。折しも時は、天明の大飢饉の真っただ中。
 目覚めた時には、時次郎とさなという兄妹の家に寝かされていた。明神滝に落ちたと聞かされる。
 時次郎の従兄弟の連吉として暮らすが、飢饉、洪水、そして年貢、領主からの臨時毎納金と、村に幾多の試練が押し寄せる。
 村の信任厚い時次郎と力を合わせ、連吉は村を救おうと奔走するが、ついに庄屋の儀右衛門が、村人の手に掛かり…。
 時次郎の名代として江戸に向かった連吉は、領主の松平家で中間として働くうちに、思い掛けず高校時代の同級生と江戸時代の吉原で再会する。
 そして、青畑村では飢餓が進む中、さなの身にも不運が。
 舞台も武蔵国中郡青畑村→江戸→武蔵国中郡青畑村と移り、情報盛り沢山の長編小説である。
 タイムスリップ物の難しさは、その時代に戸惑うタイムトラベラーが見聞きした事柄。そしてストーリ展開の両面にあるところだろう。現代人がすんなりと江戸時代に入り込むのもおかしければ、拘り過ぎていてもページ数を割くだけで、本来のストーリが面白くなくなってしまう。その難点は、やはり宇江佐さん。難なくナチュラルにクリアしていた。
 そして、敢えて平穏な江戸の下町を舞台に選ばずに、天明の大飢饉を選んだ辺りも、作家としての大きさを感じざるを得ないだろう。
 そして、これはリアルなのだが、旗本松平伝八郎の下々が分かっていない様子。「喰う物もないのに、息女の婚礼の為の上納金だって」と、腹立たしくなったが、まあ、領主なんてこんなものかとも思える。
 また、宇江佐さんならではのやはり悲しい話も含まれていたが、さなの自殺の訳がもうひとつ明確でないのと、現代に戻った連が、さなに瓜二つの娘青畑早苗に出会い、暗に時次郎の子孫と示してはいるが、早苗と現代で会う為にタイムスリップしたのだと、連は納得する。これは、如何なものだろうか。また、坂本賢介の江戸時代の様子も知りたかった。如何して彼は、一角の身分を手に入れたのだろうか。
  
主要登場人物
 大森連(連吉)...スポーツ用品メーカー勤務
時次郎...武蔵国中郡青畑村の百姓、五人組組頭、松平家中間
さな...時次郎の妹
捨蔵...青畑村の百姓、五人組の仲間
今朝松...青畑村の百姓、五人組の仲間
金作...青畑村の百姓、五人組の仲間
太助...青畑村の百姓、五人組の仲間
おとら(小みよ)...青畑村の百姓、吉原桔梗屋の振袖新造
喜代次...おとらの弟
増吉...おとらの父親
儀右衛門...青畑村の庄屋
矢作宗仙...儀右衛門の嫡男、大名家のお抱え儒者
清作...庄屋の下男
弥左衛門...宇根村の庄屋
松平伝八郎...幕府御書院番頭の五千石の旗本、青畑村の領主
持田半右衛門...松平家の若党
勝見留治...松平家の若党
芳蔵...松平家の中間
常吉...松平家の中間
浅吉...松平家の中間
坂本賢介...高校時代の友人


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ほら吹き茂平~なくて七癖あって四十八癖~

2012年04月30日 | 宇江佐真理
 2010年9月発行

ほら吹き茂平
千寿庵つれづれ
金棒引き
せっかち丹治
妻恋村から
律儀な男 計6編の短編集

 ほら吹き、金棒引き、せっかちといった如何にも江戸っ子っぽい気質の人情喜劇に、尼僧にまつわる不思議など、思わず胸が詰まる悲哀に満ちた話と、悲喜こもごものバラエティに飛んだ物語を収録。

ほら吹き茂平
 息子に現場を締め出され、隠居の身の茂平。ついつい作り話が大きくなって、人を驚かす事しばしば。そんな折り、近所の物置を造り直す話を引き受けるが、息子の小平次に無下に断られ、茂平は嫁のお久を手元に使い、ひとりで物置を造るのだった。
 ほらと言うよりも、悪意のない憎めないちょっとした作り話といった、子どもみたいな茂平だが、時には、親に猫っ可愛がりされて己の様子の悪さに気付いていない娘には、痛烈に言い放つ時もある。歯に衣着せぬ、江戸っ子気質である。
 実に天真爛漫で、こんな舅ならお久でなくとも手伝いたくなるってものだ。

主要登場人物
 茂平...深川吉永町元大工の棟梁
 お春...茂平の妻
 小平次...大工、茂平の息子
 お久...小平次の妻

千寿庵つれづれ
 二人目の亭主の菩提を弔う為に、本所小梅村に庵を結んだ真銅浮風。その日も千寿庵には、おきゃんな娘お磯や、毎年花見に訪れる母娘の姿があった。
 お見事! 何かおかしい。どこか霞に包まれたような書き方である。そう思いながら読み進めると、次第に絡まった糸が解けていく手法で、最期の最期に、浮風には不思議な能力が備わっている事が明かされる。
 だが、怪談物でも恐怖物でもなく、ほんわかとした優しさに包まれる話である。しかもこの章では、お里、そしてお磯も…といった落ちもある。

主要登場人物
 真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
 真銅清太郎...刀鍛冶、浮風の二度目の夫
 お磯...浅草蝋燭問屋伏見屋の娘
 お峰...浅草飾り物屋万福堂の女将
 お里...お峰の娘
 富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
 おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い

金棒引き
 噂話が大好きな、おこう。皇女和宮にまつわる替え玉節、足が悪い節、手首がない節の真意を確かめようと、以前手習いの指南を受けた華江の元を訪ねる。
 また、岩松という男も、和宮が増上寺参拝の折りに、その姿をひと目見ようと望遠鏡まで取り出して…。
 ストーリテラーは、世間の噂好き(=金棒引き)のたわいないおしゃべりであるが、内容は、幕末の徳川家の実情になっており、皇女和宮や天璋院篤姫、家茂、慶喜などの秘話がメインになっており、史実的にも正確に書かれている。
 だがその為に、視点がもうひとつ定まっていない感が否めないのが悔やまれる。

主要登場人物
 佐兵衛...日本橋品川町菓子屋吉野屋の主
 おこう...佐兵衛の妻
 新兵衛...日本橋伊勢町佃煮屋川越屋の主、佐兵衛の朋友
 村山華江...筋違御門連雀町御家流書道の師匠、元大奥の中臈
 岩松...増上寺門前町料理屋桐屋の主

せっかち丹治
 熱い食べ物は待ち切れないくらいに、せっかちな大工の丹治。その娘のおきよに、裏長屋住まいの身に余るほどの良縁が持ち込まれるが…。
 表向きは米問屋の内儀ではあるが、実は父親の看病の女中を雇うのが惜しい為に、身分の低い娘を嫁に据えようといった魂胆で、おきよははっきりと断るのだった。
 その仲立となった差配の儀助に嫌がらせを受けると、丹冶は長屋の店子全員を引き連れ、新しい弁天長屋へと家移りするのだった。
 「せっかち丹治」と言うよりも、かなり男気のある人物と見たが、この表題は、「ほら吹き茂平」に合わせての事だろうか。

主要登場人物
 丹冶...大工、浅草田原町六兵衛店の店子
 おせん...丹冶の妻
 おきよ...丹冶の娘
 銀太郎...大工の手元
 儀助...六兵衛店の差配
 兼吉...本所北本町米問屋新倉屋の主

妻恋村から
 「千寿庵つれづれ」の続編。上州吾妻群鎌原村から妻子の供養を頼む長次という男が、千寿庵を訪った。
 長次の抱える骨壺には、30年前に起きた浅間山の山焼け(=噴火)と浅間押し(=火砕流)で失った妻と娘の遺骨が納められていた。
 天明3年の浅間山大噴火に基づいた話である。悲しく切ない話ではあるが、何よりも長次とその息子の幸蔵が、幸せに暮らしている様が救いになった。
 また、ラストでは、長次の前妻と娘、長次の後妻の御霊が語り掛けるシーンも心温まる。

主要登場人物
 真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
 長次...上州吾妻群鎌原村の百姓
 お春...長次の前妻
 おゆみ...長次の前妻との娘
 おすが...長次の後妻
 幸蔵...長次の後妻との息子
 富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
 おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い

律儀な男
 市兵衛は、今でこそ富田屋の主として、後妻のおふきや子どもたちに囲まれ幸せにくらしているが、家付き娘であった前妻のおまきには苦い思い出がある。
 手代だった市兵衛と祝言を挙げてもなお、おまきは役者の間夫を持ち、母親のおやすも黙認していたのだ。
 だが、その3人が芝居茶屋で殺害された。下手人は戸塚宿の留蔵と言う男だった。
 留蔵は、旅の途中で市兵衛に情けを掛けて貰った事を忘れずに、市兵衛の為に犯行に走ったのだ。思わぬ愚痴が、律儀な男の恩返しになってしまったという、多少狂気じみた話である。一般的にこの手の内容なら、市兵衛が、人の良いまたは頭の遅い留蔵を使って仕組んだといったパターンも無きにしも非ずであるが、この場合はどうだろうか? 
 「町木戸が開くまで留蔵のことを考えながら時間を潰すつもりだった」。
 で、物語は終わっている。やはり市兵衛は無実なのだろう。

主要登場人物
 市兵衛...大伝馬町醤油・酢問屋富田屋の主(婿)
 勇次郎...杉の森新道一膳めし屋ひさごの主
 半次郎...本船町魚問屋和田屋の主
 勘兵衛...大伝馬町薬種問屋難波屋の主
 留蔵...戸塚の百姓、下手人

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今日を刻む時計~髪結い伊三次捕物余話~

2012年04月29日 | 宇江佐真理
 2010年7月発行

 火事で家が全焼。台箱だけを辛うじて持ち出した伊三次であったが、あれから10年が経ち、伊与太は絵師に弟子入りし、妹も生まれていた。
 物語は捕り物を織り交ぜながらも、一貫して不破龍之進の結婚問題に終始する。いよいよシリーズ9作目にして、完全に主役交代である。

今日を刻む時計
 伊三次は、折り合いの悪かった義兄の十兵衛だが、中風で寝たきりになった為に、廻り髪結いのほかに、十兵衛の店梅床の手伝いをしていた。
 ある日、日本橋で刃物を振りかざして暴れている男がいると聞いた伊三次は、芸妓屋前田に入り浸る不和龍之進を呼びに走る。
 大人になった龍之進の言わばお披露目的事件。見事な同心ぶりを見せる。
 一方で、前田の芸妓小勘に言い寄られるが、母のいなみを貶める言葉を聞いて、小勘にきつく断りを入れる。この場面に居合わせたお文(文吉)の久し振りに気っ風の良い啖呵が小粋である。
 また、朋輩の古川喜六の人柄を思わせる言葉も印象深い。

秋雨の余韻
 雨宿りした店先で、龍之進はおゆうという娘と知り合う。後日、その娘は、まれに見る物知らずな娘であることから、お文が仲立をし、不破家でいなみの指南を受ける事になる。
 またも龍之進とおゆうの出会いから、何やら恋心を思わせる展開へと進んでいく。
 また、朋輩の橋口譲之進の母親が亡くなるというシーンから、龍之進への世代交代の波を次第に高めていっているか。「今日を刻む時計」の章でも、岡っ引きの留蔵登場シーンはなく、手下の弥八が事実上現場を預かる形で描かれていた。

過去という名のみぞれ雪
 おゆうに行儀作法を教えるついでに、男勝りの茜への教育も始まった。おゆうを気に入ったいなみは、龍之進と一緒になる気はないかと尋ねるが…。
 一方伊三次は、鋏を研ぐ為に刃物屋を訪い、そこで青物屋の仙吉という、気っ風の良い若者と知り合うが、彼の腕には罪人の証しの入れ墨があった。
 やはり龍之進の男っぷりはおゆうを捉えたようだが、気難しい性質だと伺わせている。親子なのだから当然だが、若かりし頃の友之進を見ている様でもある。

春に候
 労咳で先が長くない笠戸松太郎から、己が死んだら、許嫁のひふみを貰って欲しいと告げられた龍之進。朋友の遺言とも思える言葉に思い悩むのだった。
 寺社の仏像を狙った盗賊を追い詰めた不破と緑川親子、そして伊三次。
 先立って同寺で見掛けた不信な男の似面絵を描いていた伊与太だった。
 漸く伊与太が登場するが、今回は捕り物とは直接の関わりはないが、次作への伏せんとなっているようだ。

てけてけ
 毎度仲間と揉め事を起こす、見習い同心の笹岡小平太。彼は鳶職の息子であるが、笹岡家に養子に入った身であった。また、同時に姉の徳江も笹岡家に引き取られたのだが、養父母にとって、徳江はお荷物であった。
 松太郎が亡くなり、古川喜六と妻の芳江が連れ立って弔問に訪った。そもそも芳江は、喜六との縁組が整うまで、松太郎とは相惚れの間柄だ。だが、喜六は全てを承知の上だった。そして龍之進は芳江に、松太郎の遺言を告げると、芳江がひふみに聞いてみようと仲立をするのだった。
 喜六の鷹揚な人柄が忍ばれる。

我らが胸の鼓動
 松太郎の遺言ともなったひふみとの縁組だが、松太郎を思い出す相手は嫌だと断られてしまい意気消沈する龍之進。一方龍之進に岡惚れし、色目を使っていたと養父母の逆鱗に触れた徳江は、実家に戻されたと言う。
 伊三次は、女中のおふさが、不破家中間の松助に気があるようだと二人の仲を取り持つのだった。
 何と言っても龍之進の徳江への台詞が効いている。火消しの女房になりたいか、同心か。そして、そのまま組屋敷へ連れ帰るといった早業。これは父親の友之進が、吉原の仲店でいなみを見付けた時、単身乗り込み直ぐに見受け金を用意した早業と通じるものがある。
 小勘、おゆう、ひふみ、徳江(たけ)と龍之進の嫁選びは終焉をみたが、元龍之介の手習いの師匠小泉翠湖の娘のあぐりに、ほのかな恋心を抱いただけで、伊三次とお文のような恋愛がなかった事が気になると言えば気になるが…。

 今回は、事件が龍之進の心中の迫る内容となっており、読み応えのある濃厚な一冊となっている。捕り物劇はさらりと書かれているだけだが、ひとつひとつを突き詰めると実に切ない内容であり、その背景を持ってすれば、いずれも一話分になるだろう。
 そして、粋な兄さんの伊三次(既に四十半ば)を見られないかと思うと、それは残念である。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 おふさ...伊三次家の女中
 九兵衛...伊三次の弟子
 安吉...伊三次の弟子
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 茜...友之進の長女
 お園...伊三次の姉、十兵衛の妻
 十兵衛...炭町梅床の主
 松助...不破家中間
 三保蔵...不破家下男
 おたつ...不破家女中
 緑川平八郎...北町奉行所臨時廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 春日多聞...北町奉行所年番方同心
 西尾左内...北北町奉行所例繰方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 芳江...喜六の妻
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 片岡美雨...京橋日川道場師範代、監物の妻
 弥八...岡っ引き留蔵の手下(京橋/松の湯)
 清吉...岡っ引き留蔵の手下、弥八の義弟
 笠戸松之丞...小普請組、龍之進の元手習の師匠
 美江...松之丞の妻
 松太郎...松之丞の嫡男、大名家お抱え儒者、龍之進の朋輩
 赤羽ひふみ...松太郎の許嫁
 おゆう...日本橋廻船問屋大和屋の娘
 笹岡清十郎...元北町奉行所物書同心
 笹岡小平太...北町奉行所同心見習い、清十郎の養子
 徳江(たけ)...小平太の実姉
 



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虚ろ舟~泣きの銀次参之章~

2012年04月28日 | 宇江佐真理
 2010年1月発行

 シリーズ第2弾から、またも10年。齢五十路に入った銀次は、成長したお次の嫁入り問題に悩みながらも、未だ現役。表題である空飛ぶ舟「虚ろ舟」と呼ばれる光の球をが市井を賑わす中で起こった連続殺人事件に挑む。

虚ろ舟
 坂本屋も持ち直し、長女のおいちを武蔵屋に嫁がせた銀次の悩みは、次女お次と陸奥津軽藩お抱え絵師の和平の事だった。
 互いに思いを寄せながらも、和平は壊疽の為に左足を切断していた為に、踏み切れないでいた。そんな和平に苛立ちを覚えるお次。銀次も親として、お次を嫁がせて良いものかと思い悩む。
 だが事件は待ってはくれない。先妻の子殺しの商家の内儀、同輩殺しの罪を押し付けようとした読売り売り。
 そんな中、和平がとんでもない絵を描き出奔した。そして次々と若い娘を襲う連続殺人。
 和平が描いたお化け絵が、襲われた娘に似ている事かた、銀次は和平を追い詰める。
 銀次の絡む事件は陰惨な物が多いのが特徴的であるが、切ないやほろ苦いを通り越して、あんまりじゃないかと思った結末である。
 作品としては、悲痛を現実を乗り越え逞しく生きる銀次一家のメッセージ性はあるが、いち読者として宇江佐さん作品キャラにのめり込み過ぎた結果だろう。
 如何してここまで和平に試練を与えなければならなかったのかが、腑に落ちない。かなり後味の悪い作品となった。
 表題の、虚舟は、江戸時代に茨城県大洗沖で目撃された伝説の舟で、曲亭馬琴の兎園小説「虚舟の蛮女」にも描かれている。または、空飛ぶ円盤の江戸時代的表現ではないかとされているのだが、本文との関連性が感じられず、如何して取り入れたのかが分からずじまいであった。

主要登場人物
 銀次(銀左衛門)...岡っ引き、本船町小間物問屋坂本屋の主
 お芳...銀次の妻
 おいち...銀次の長女
 お次...銀次の次女
 おさん...銀次の三女
 盛吉...銀次の長男、末っ子
 表勘兵衛...北町奉行所臨時廻り同心
 慎之介...北町奉行所例繰方同心、勘兵衛の息子
 琴江...慎之介の妻
 虎吉...表家の中間
 清兵衛 裏茅場町薬種屋武蔵屋の嫡男、おいちの夫
 天野和平(露舟)...陸奥津軽藩お抱え絵師
 天野啓次郎...陸奥津軽藩士、和平の兄
 忠吉 馬喰町の読売り屋はやり屋の主、浅草絵双紙屋近江屋の息子
 京助 はやり屋の読売り売り、日本橋西河岸町料理茶屋いず万の息子
 源兵衛 はやり屋の読売り売り、深川三好町材木問屋檜屋の息子
 捨吉 はやり屋の小僧
 卯之助...両国広小路床店の主、元坂本屋の番頭 

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なでしこ御用帖

2012年04月27日 | 宇江佐真理
 2009年10月発行
 
 娘のお蘭を救う為に命を失った、「斬られ権佐」の続編は、お蘭の娘のなでしこちゃん(お紺)主役で蘇った。
 お蘭の婿養子、麦倉洞雄は、かつて権佐とあさみを取り合った菊井数馬の次男といった設定。兄の武馬も、数馬と同役の吟味方与力として登場するが、二人とも父親のような激しさはないようだ。
 ドラマチックだった「斬られ権佐」と打って変わって、ほのぼのとしたお紺を取り巻く恋と人情の物語だが、仮に英雄の子孫であっても、人の暮らしはこんなものかも知れないと思わせる。


八丁堀のなでしこ
 お紺の次兄流吉に、家主殺しの嫌疑が掛けられ大番屋へと引き立てられた。お紺は兄の無実を晴らす為に、岡っ引きの金蔵と共に奔走する。
 京橋の呉服屋津の国屋の手代をする流吉だったが、罪は晴れても、暇を出されてしまい実家へと戻る。そして母のお蘭の仕立てを手伝うようになる。
 岡っ引きで仕立て屋だった「斬られ権佐」に繋がる序章である。
 また、冒頭からお紺を助ける岡っ引きの金蔵。十七歳の娘と五十過ぎの親爺のコンビネーションが面白い。

養成所の桜草
 長兄の助一郎が勤める小石川養生所で、患者の自殺や、女看護人が暴行を受ける事件が起こり、お紺は女看護人として乗り込む。
 事件自体は、直ぐに解決されるが、小石川療養所の様子が詳しく描かれており興味深い。
 そして、気が強く正義感も強ければ、酒も強いお紺の家族そして兄弟の仲の良さがほのぼの感を与えている。

路地のあじさい
 居酒屋を営むおきえは、死病を患っていた。病いを安じる洞雄とお紺であったが、そのおきえに、七殺しの嫌疑が掛る。どうしてもおきえが、そのような人物に思えないお紺は、事件の謎解きに迫る。
 お紺の推理が光る一作。切ない結末は、家族愛を解いているかのようでもある。親子の情、恋心。人はその時、誰を第一に思うのか。

吾亦紅さみし
 体の不調を訴え洞雄の元を訪れた、長沢三之丞という同心が、奉行から依頼された絵を仕上げず、長男に役を譲り突然疾走してしまう。
 そして、お紺は、南町奉行所定廻り同心の有賀勝興との縁談が持ち込まれる一方、洞雄の弟子の根本要之助から思いを告げられる。
 気は優しいが頼りない要之助。方や仕事は出来るが短慮で気分屋の勝興。帯に短し襷に長しの二人の対比が面白くもあるが、権佐の孫としては、御用に携わる勝興に分があるかと思いきや。
 
寒夜のつわぶき
 猫を使って盗みを働く盗人が横行する中、次の狙いに麦倉が定められた。薄々気付いていたお紺であったが、ある夜、男は麦倉家に押し入り、その際に要之助が刺されてしまう。
 賊との格闘シーンから、文末までのテンポの良い流れ場見事である。乱闘の最中にも関わらず情景描写そして、登場人物の設定を頷かせる行動。緊迫の場面であるが、思わず笑止してしまった。

花咲き小町
 要之助の変わりに助一郎が、暫くの間洞雄を手伝う事になった。その折りに、助一郎が伴って来た半鐘と呼ばれてる男は、口が利けないのか耳が聞こえないのか、全く喜怒哀楽を示さない厄介な男だったのだ。 
 最終話は捕り物劇ではなく、半鐘の過去をお紺が推理するといった話で、彼の切ない半生が滲み出ている。
 一方、恋の行方は、有賀勝興が、「らしい」と思わせる行動に出る。この人も何処か憎めないキャラではあるのだが…。
 ラストはホームドラマさながらのどたばたで迎えた目出たい門出。やはり桜の花びらを効果的に使った演出が、文章に艶やかな色を感じさせる、気持ちの晴れる真終焉である。

主要登場人物
 お紺(なでしこちゃん)...洞雄の娘
 麦倉洞雄...八丁堀の町医者、お紺の父親
 お蘭...お紺の母親
 助一郎...小石川養生所の見習い医者、お紺の長兄
 流吉...仕立の修行、お紺の次兄
 根本要之助...洞雄の弟子
 金蔵...北島町の岡っ引き、勝興の小者
 菊井武馬...南町奉行所吟味方与力、洞雄の兄
 有賀勝興...南町奉行所定廻り同心
 亀吉...勝興の小者
 倉吉...北島町自身番の書役
 おきえ(ぽん太)...水谷町居酒屋ちどりの女将
 長沢三之丞...年番方書物同心
 半鐘(八島藤八郎)...養生所の手伝い、旗本五千石の跡取り
 美音...助一郎の許嫁、養生所の女看病人
 

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富子すきすき

2012年04月26日 | 宇江佐真理
 2009年3月発行

藤太の帯
堀留の家
富子すきすき
おいらの姉さん
面影ほろり
びんしけん 計6編の短編集

 下町のテーマに沿った短編集とは違い、史実、報われない思い、因縁など多種多様の6編。宇江佐作品異色の短編集と言えるだろう。

藤太の帯
 身体が丈夫ではないおゆみは、柳原には古着屋でひと目で気に入った俵藤太が百足退治をする帯を買い求めるも、程なくして病いで命を失ってしまう。
 おゆみの形見分けに集まった仲の良かった四人の娘間を、その帯は順に回っていくのだが、不思議な事に、その帯は「持ち主を選ぶ」と逸話がある。そして、手にした娘たちは、俵藤太を先祖に持つ家計だった。
 物語は、ミステリアスに終わる。この流れでいけば続編が出来るのかと思わされるが、藤太の帯の話はお仕舞いのようだ。ただ、後に宇三郎と全く同じ奇妙な出で立ちの古着屋が柳橋で商いをしている「古手屋喜十為事覚え」が書かれるが、名前が違うので別人の設定だろう。
 俵藤太とは下野の藤原秀郷の本名で、平将門が起こした天慶の乱の鎮圧で名を挙げた平安中期の武将である。物語の帯は、近江国三上山の百足退治の逸話である。
 正直、宇江佐さんのレパートリーに俵藤太が含まれていた事に驚かされた。

主要登場人物
 おゆみ...神田鍋町煙草屋結城屋の娘
 おふく...連雀町小普請組の下河辺大五郎の娘
 おたよ...小伝馬町牢屋同心赤堀進次郎の娘
 おくみ...十軒店飾り物屋水谷屋の娘
 おさと...神田鍛冶町瀬戸物屋唐津屋の娘
 あやめ...今川橋の女筆指南師匠
 宇三郎...柳原の古着屋

堀留の家
 堀留町二丁目にある元岡っ引き鎮五郎と女房のお松は無類の子ども好きであり、捨て子や訳ありの子を常に養育していた。成人し、干鰯問屋蝦夷屋に奉公する弥助とおかなもそんな子である。
 おかなから思いを寄せらた弥助だが、兄妹同然に育ったおかなを妹以上の目では見られない弥助。
 おかなの後半生には後味の悪い物が残るが、置き去りにされたおかなの子を弥助が引き取るシーンはなかなかに泣ける。奇しくも鎮五郎と同じ路を歩む事になった弥助。弥助の生い立ちも含め、切なく胸に熱い物が込み上げる、宇江佐さんらしい物語であった。

主要登場人物
 鎮五郎...堀留二丁目の借家の家主、元地廻りの岡っ引き、弥助の養父
 お松...鎮五郎の妻、弥助の養母
 弥助...深川佐賀町干鰯問屋蝦夷屋の手代
 おかな...蝦夷屋の女中
 富吉...弥助の実父
 おその...弥助の妻

富子すきすき
 赤穂浪士の討入りにより、最愛の夫である吉良上野介を失い、孫であり養子の左兵衛が配流の上、吉良家の改易に虚無な日々を過ごす富子。
 「あの富子さんか」とこちらも驚かされた一作。赤穂浪士による討入りは、日本人であれば誰でも周知のところだが、その後の吉良家を知る人はそうはいないのではないだろうか。また、上杉家との繋がりもしかり。
 世間で赤穂浪士の忠義が讃えられる中、吉良家に起きた不幸と、巻き添えを喰った上杉家の不運を吉良上野介の正室の富子の視線から描いている。最も、上野介には側室はいなかったけれど。
 物語としては浮き沈みもなく、失礼を承知ながら面白みはなかったが、吉良上野介は、あんなに悪い人じゃないと世間に知ら示すには意味ある作品だろう。
 大体、浅野内匠頭は、殿中での刃傷は切腹の決まりで、腹を斬ったのに、それを吉良への遺恨がおかしいって。
 
主要登場人物
 富子...吉良上野介の正室
 上杉綱憲...出羽米沢藩上杉家4代藩主、吉良上野介の嫡男
 綾路...富子付き侍女

おいらの姉さん
 吉原(なか)で生まれ育った沢吉は、引き手茶屋の手代をしている。そんな沢吉は、彼女が禿時代から、九重花魁に密かな思いを寄せているのだった。
 可哀想な結末であるが、それよりも思いを寄せる女は、手の届かない遊女。己はその手引きをするといった立場の沢吉の切なさが如実に感じられる。
 ラストに、沢吉の女房となったお磯が、「心底、女に惚れたことのない男なんてつまらない」。と言う。この台詞にお磯の大きさと共に、吉原といった特殊な世界で生きる人の強さを見た。

主要登場人物
 沢吉...吉原引き手茶屋根本屋の手代
 九重...吉原半籬田丸屋の花魁、沢吉の朋友
 小原作左衛門...旗本の用人
 虎蔵...吉原田丸屋の妓夫
 お磯...吉原引き手茶屋万年屋の女将、沢吉の妻

面影ほろり
 母親が病で床に就くと、8歳の市太郎は辰巳芸者のおひさの家に預けられた。おひさとどんな繋がりがあるかも知らずに、市太郎は気っ風の良いおひさと、女中のおつねの元で楽しい時を過ごす。
 季節は春だが、市太郎の夏休み的な思いで読み進めた。幼い記憶の淡い想い出であるような不思議な感覚であるにも関わらず、男気のある市太郎。「髪結い伊三次」のお文を思わせる粋なおひさ。正直で優しい正木辰之進。そして市太郎を取り巻く手習所の朋友たち。
 宇江佐さんの意図するところとは違うかも知れないが、もの凄くキャラが立っていたと思えてならない。
 物語も、市太郎が家に戻るシーンでお仕舞いではなく、十七年後、深川八幡での市太郎の挙式の日である。やはり、この時の流れが、誰にも忘れられない想い出の夏休み的雰囲気を漂わせているのだろう。

主要登場人物
 市太郎...久永町材木問屋大野屋の総領息子
 市兵衛...大野屋の主、市太郎の父親
 おひさ...蛤町の辰巳芸者
 おつね...おひさの女中
 正木辰之進...黒江町手習所の師匠

びんしけん
 手跡指南の師匠をしている小左衛門は、読み書きはおろか、まともな行儀作法も心得ていない二十歳の娘を預かる羽目になってしまった。
 とにかく主人公の小左衛門の設定がいけている。これは、美男子とか裕福とかではなく、全くの逆。旗本の父を持ちながらも、母の身分が卑しかった為、父亡き後は兄に屋敷を追われ、湯島の学問吟味に合格する程の秀才ながらも浪人暮らし。
 見掛けも、髪も薄ければ御面相も頂けず、嫁の着てもない。だが、身形はきちんと整え、人柄は申し分ない。
 男性視線で描き出された人物であろう。やはり宇江佐さんの引き出しの多さに驚かされた。
 そして、お蝶の思いを受け入れなかった事へ、何時までも後悔する。
 「残念、閔子騫と昔ながらの口癖を呟くのだった」。ひょうひょうとした小左衛門が目に浮かぶ最期のシーン。彼にエールを贈りたいが、もし仮に、続編が出来ても、小左衛門はこのまんま生涯を閉じるのだろう。そしてそれを然程苦にもしないのだろうと思える。
 少しばかり、小左衛門が羨ましくもなった。
 びんしけん=閔子騫は、残念と言う意味である。

主要登場人物
 吉村小左衛門...下谷車坂町市右衛門店住人、手跡指南の師匠
 森野倉之丞...南町奉行所吟味方同心、小左衛門の朋友
 お蝶...盗賊むささびの辰の娘
 おつる...浅草広小路料理茶屋の娘、小左衛門の弟子
 おくめ...市右衛門店住人
 政五郎...地廻りの岡っ引き

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おはぐろとんぼ~江戸人情堀物語~

2012年04月25日 | 宇江佐真理
 2009年1月発行

ため息はつかない
裾継
おはぐろとんぼ
日向雪
御厩河岸の向こう
隠善資正の娘 計6編の短編集

 「おちゃっぴい」、「神田堀八つ下がり」に続く江戸人情物語。掘の近くで繰り広げられる悲喜こもごもを、笑いと涙で綴っている。全編微笑ましい結び方で、ひと味違った宇江佐さん作品の結末になっている。

ため息はつかない 薬研掘
 父が急逝し、叔母のおますに育てられた豊吉。十二歳から、伯父が番頭を務める薬種屋備前屋へ奉公していたが、店の娘おふみとの縁組みが持ち上がる。件の相手は、器量も今ひとつである上に、巨漢の娘だった。
 だが話してみれば、おふみは存外に気質の良い娘である。豊吉は、育ての母であるおますの意見に従おうとするが、そんな折り、おますが物盗りに殺害され、その下手人にされてしまうのだった。
 幼くして両親を失い、成人すれば、不細工な上にでぶでけたたましい、そんな娘を押し付けられ、果ては義母殺しの下手人にされてしまう。こんな不幸が、おふみの奮闘で笑いに変わっての結末。薬研掘で溜め息を付く事が多かった豊吉も、「もうため息はつかない」だろう。読み味爽やかといったところだ。

主要登場人物
 豊吉...米沢町薬種屋備前屋の手代
 おます...元柳橋の芸妓、豊吉の叔母
 おふみ...備前屋の次女
 勘次...備前屋の一番番頭、豊吉の叔父
 お梅...備前屋の女中
 捨蔵...地廻りの岡っ引き

裾継(すそつぎ) 油掘
 深川の子ども屋加茂屋の女将おなわは、彦蔵と先妻との間の娘おふさの、反抗的な態度に気を揉んでいた。
 どうやら彦蔵に女がいる事に気付かない、おなわに苛立っていたらしいのだが、それは情婦ではなく、おふさの実母だった。
 「ため息はつかない」同様に、主人公の設定は暗い。貧しさから吉原に売られ、そこで知り合った彦蔵に落籍されて、岡場所の女将となったおなわ。実子二人に恵まれたものの、実兄からの無心。そして思春期になった継子の反抗。挙げ句は夫の裏切り。
 だが、実は、間夫と出奔した前妻が労咳で倒れた為と知るや、彦蔵とおふさを前妻の元へ見舞いに送り出す。太っ腹ではあっても心内穏やかでないおなわ。
 着物の裾が擦り切れるのを防ぐ為に、裏地に布を当てた裾継。人生も家族も、「裾継」を当てれば良いのだと、おなわは思う。そして、こちらも前向きな終末である。

主要登場人物
 彦蔵...深川油掘子ども屋(遊女屋)加茂屋の主
 おなわ...彦蔵の後妻
 おふさ...彦蔵の娘
 おみよ...おふさの実母
 金三郎...木場の商家の隠居
 直吉...おなわの兄
 
おはぐろとんぼ 稲荷掘
 料理人の父に男手ひとつ育てられたおせん。成人後も父の職場であった小網町の末広で働いているが、江戸では女料理人を認めておらず、何時までも突き出しを作るのみであった。そんな折り、大坂から新しい親方が。
 やはり主人公の設定は、両親が分かれ、父に引き取られたが今や鬼籍に入り、親族もいないひとりぼっち。しかも何処に出しても恥ずかしくない腕前ながら、女というだけで、板前にはなれない嫁く遅れである。
 そして新しい親方の銀助と反りも合わないのだが、どうにも銀助親娘には気に入られたようで…。
 いきなり八つのおゆみの母親になる事に躊躇いを覚えるおせんに対しおゆみが発した「そいじゃ、うち、よその子になるし」。の台詞が胸にじんと響いた。こちらもハッピーエンドである。
 
主要登場人物
 おせん...小網町料理茶屋末広の料理人
 銀助...末広の親方(板長)
 おゆみ...銀助の娘
 おさと...おせんの実妹

日向雪(ひなたゆき) 源兵衛掘
 瓦職人の梅吉は、兄の竹蔵の無心に閉口していた。そんなある日、母が亡くなり実家で竹蔵と顔を合わせる。奉公が長続きしない挙げ句に、女郎屋の妓夫となっていた竹蔵。兄弟たちの鼻つまみ者であったが、長兄の女房のおかねと、末弟の与吉にはほかの兄弟には見せない顔を持ち好かれていた事を知る。
 竹蔵に翻弄され腹を立てる梅吉の姿を描いているが、終末は、竹蔵の心中といった傷ましい事件が絡むが、それでも、一途にひとりの女を思い続けた竹蔵を、「確かに梅吉の兄だった」。と結ぶ。
 
主要登場人物
 梅吉...中之郷瓦町助次郎釜の職人
 助蔵...助次郎釜の親方
 松助...小梅村の百姓、梅吉の長兄
 竹蔵...深川門前仲町相馬屋の妓夫、梅吉の次兄
 おとみ...梅吉の長姉
 おふく...梅吉の次姉
 おすて...梅吉の末妹
 与吉...梅吉の末弟
 おかね...松助の妻
 増吉...中之郷瓦町一膳めし屋ひき舟の跡取り
 おちよ...増吉の妹

御厩河岸の向こう 夢掘
 おゆりの弟の勇助は、前世の子細な記憶を持っていた。やがて、前世の家族と会う運びとなる。
 そしておゆりに縁談が持ち上がると、勇助は予言めいたことを口にするばかりか、家族の行く末も語り、己は十六歳で死ぬと告げる。
 勇助の生誕から逝去までの十六年間をおゆりの視線で追った、収録の物語の中では異色のファンタジー小説である。
 
主要登場人物
 おゆり...浅草並木町質屋田丸屋の娘
 勇助...おゆりの弟
 惣兵衛...田丸屋の主、おゆりの父親
 惣吉...田丸屋の総領息子、おゆりの兄
 おまつ...おゆりの母親
 おつた...おゆりの祖母、惣兵衛の母親
 おすが...神田佐久間町炭屋大黒屋の隠居、おゆりの祖母、おまつの母親

隠善資正の娘 八丁堀
 隠善資正は、十六年前に雇っていた中間に妻殺され、幼い娘を連れ去られた過去を持つ。その娘の面差しの似た娘がいる事から、縄暖簾のてまりへ足繁く通うのだった。その見世は、酒を呑ませるだけではなく、裏では女たちが身体も売っているような悪所でもあった。
 若い娘に懸想していると思われながらも、おみよが千歳ではなかと探るうちに、事件の新たな事実が明るみに出、おみよを我が娘と確信するのだった。
 組屋敷に引き取ったおみよは、新たな幸せも手に入れる。
 十六年前の事件は陰惨極まりないのだが、それは遠い過去として、この話には主人公を含め、身近に意地悪な人物がいない、ほのぼのとした一作である。最期の5ページは、組屋敷の中庭での情景が目の前に浮かぶくらいに生き生きと感じられた。

主要登場人物
 隠善資正...北町奉行所吟味方同心
 弥助...隠善家の中間
 おみよ(千歳)...坂本町縄暖簾てまりの女中
 しず...資正の後妻
 茂吉...隠善家の下男
 磯太...北町奉行所の中間
 たえ...資正の前妻
 おくめ...元隠善家の女中




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彼岸花

2012年04月24日 | 宇江佐真理
 2008年11月発行

つうさんの家
おいらのツケ
あんがと
彼岸花
野紺菊
振り向かないで  計6編の短編集

 育児放棄、DV、認知症、不倫などの現在の社会現象を江戸時代に置き換えた味のある短編集。
 「彼岸花」以外は、全て前向きな結末。宇江佐さんにしては、珍しい作品集である。

つうさんの家
 商いが成り行かなくなり、大坂の本店へ相談に行く両親と離れ、ひとり奥多摩の山中の「つうさん」の家に預けられたおたえ。
 江戸の暮らしと全く違う、質素な田舎暮らしに戸惑いながらも、つうさんの人柄に次第に引かれていくが、つうさんと両親との繋がりは如何なるものなのか。
 敢えて結末は伏せるが、大切な人の存在に気付いた時には、その人はいない。そして逆戻りは出来ない。誰もが心当たりのある事柄である。
 つうさんの経歴は最期でさらりと触れられているが、どうしてつうさんが、山村でひとり生きる道を選んだのか。つうさんの思いは。晩年までの生き様は。と、思い巡らせると、若かりし頃のつうさんで一話出来そうであるが、2008年から3年以上経ち、描いた作品がないと言う事は、つうさん物語を書く気持ちはないのだろう。それが惜しまれる。

主要登場人物
 留吉...深川材木屋美濃屋主
 おたえ...留吉の娘
 およし...留吉の妻
 つうさん(つるぎ)...多摩川の上流の村の老婆、およしの母親
 喜左一...多摩川の上流の村の百姓・木こり、清三郎の息子
 太兵衛...大坂材木屋美濃屋本店の主、およしの兄
 
おいらのツケ
 幼い頃から長屋の隣の梅次、おかつ夫妻に預けられっぱなしの三吉。隣には実の母親が暮らしているにも関わらず、大工の手元になってもそれは変わらなかった。
 だが、おかつの元に実子が戻り、三吉の実母は新たに所帯を構えているので、行き場がなくなってしまい…。
 現代で言うなら母親の育児放棄か。だが、いつもの宇江佐さんの切り口を一線を画し、ほんわりとしたユニークさが光る一作になっている。
 主人公の三吉環境が実に恵まれているのだ。母に捨てられても、心や優しい梅次とおかつに実の子以上に愛情を注いで育てられ、大工の手先になってからも、良い親方、兄弟子に恵まれている。
 人は環境に寄って性質、人生もが違ってくると伝えているのだろうか。多くの宇江佐さんの作品であれば、こういった環境の子は悪に手を染めている筈である。
 何よりも三吉の鷹揚な考え方が、好ましい。まあ、人の一生なんてそんなもんさと三吉が言っているようでもある。

主要登場人物
 三吉...大工の手元、深川入船町与惣兵衛店の店子
 梅次...研ぎ屋、爺、深川入船町与惣兵衛店の店子
 おかつ...梅次の妻、婆、深川入船町与惣兵衛店の店子
 おむら...三吉の実母、深川入船町与惣兵衛店の店子
 政五郎...深川吉永町大工の棟梁
 おかよ...深川吉永町一膳めし屋たつみ屋の娘
 

あんがと
 捨て子を育てている貧乏尼寺に、幼い女の子が捨てられた。そこで暮らす家族の縁の薄い尼僧たちもと、捨て子の心の交流を描いている。
 それぞれに心に傷を持つ尼僧たちが、身を寄せ合って暮らす尼寺に、捨てられたひとりの女の子おと(おこと)。
 こちらも、「おいらのツケ」同様、切ない物語に出来るところを、屈託ない明るい結末で閉めている。
 例えば、おとは妙円に懐くのだが、別れのシーンでも、毎年おとは寺を訪うだろうとし、養女先でも可愛がられているといった具合である。切ない思いの変わりに、未だ言葉が旨く喋れないおとが発した、「あんがと」が脳裏に残る。

主要登場人物
 安念...押上村慈恵山万福寺の住職
 恵真...押上村慈恵山万福寺の副住職
 妙円...押上村慈恵山万福寺の尼僧
 浄空...押上村慈恵山万福寺の尼僧
 佐吉...押上村慈恵山万福寺の下男
 おと(おこと)...捨て子
 
彼岸花
 実母であはるが、気が強く好き嫌いの激しいおとくとは反りが合わないおえい。特に、武家に嫁ぎ、何かにつけ無心に訪う実妹のおたかに甘いところも気に入らないでいた。
 収録された作品中、唯一、救いのない話である。やはり宇江佐さんは読者に温かな涙だけでは許さなかった。
 読み進めると、おえいに共感し、毎度実家に無心に来るおたかに胆が焼けるが、その実、実の姉にも明かさなかったおたかの暮らしぶりが哀れである。
 武家に嫁ぎながらも、人足のように生活を支え、物売りまでしていたおたか。それでも虚勢を張っている当たりが悲しい。
 増してやそんな、おたかを少しも思いやらない夫と娘。人の幸せは、身分じゃないぞと伝えたかったのか、それとも、人は例え血縁者にも弱味を見せないと伝えたかったのか。
 おたかの置かれた状況がリアル過ぎて、呆然となる一作である。

主要登場人物
 おえい...小梅村の富農の総領娘
 三保蔵...おえいの夫、百姓兼瓦職人
 おとく...おえいの母親
 おたか...渋井為輔の妻、おえいの妹
 渋井為輔...元旗本の陪臣、おたかの夫
 おりく...為輔、おたかの娘
  
野紺菊
 夫が他界し、老いて惚けが進んだ姑と、養子にした息子の面倒を一手に担う事になったおさわ。夫の姉から押し付けられるよにおさわの世話をするが…。
 こちらは冒頭、夫の死により、嫁家での虐げられた嫁を描いている。寄りどころとなる筈の息子も実は養子。嫁家に残る謂われもないのだが、割の合わない惚けた姑の世話を押し付けられる形で、義姉の言葉も身勝手であるが、それでも主人公のおりよは、ほかに行く宛もなく、従うのだ。
 「よう、伯母ちゃん。これからおいらの家はどうなるのよ。お父っつあんは死んじまったし、祖母ちゃんは当たり前じゃねェし、全くお先、真っ暗じゃねェか」。幸吉のこの屈託のない言葉が、全てを意味しているのだが、何故か言い方が悪びれずに笑えた。
 そしておりよは、姑を懸命に介護する。実は義姉のおさわも悪い人ではない。血の繋がりよりも寝起きを共にする繋がり。血は水よりも濃し。を、逆に示したパターンである。

主要登場人物
 おりよ...両国広小路床店小間物屋の女主
 順蔵...おりよの夫(故人)
 幸吉...順蔵、おりよの養子
 おすま...姑、順蔵の母親
 おさわ...義姉、順蔵の姉
 政吉...おさわの夫、両国広小路床店水茶屋の主
 
振り向かないで
 幼い頃から姉妹のように仲良くしてきたおくらとおけい。おけいは、子にも恵まれ平穏な日々を過ごしているが、男性遍歴や悪い噂から嫁き遅れたおくらは、女房のある男との不倫に走っていた。その男は、おけいの夫。
 親友の夫との不倫。しかも、苦しい時に親身になってくれた親友である。これは双方共に辛い。
 だが、身寄りもなく辛い立場で寄り所を求めていたおくら。そしておくらと夫巳之吉の仲に気付いていながら、素知らぬ素振りを通していたおけい。読者はどちらに共鳴するだろうかと、宇江佐さんの問い掛けに感じた。
 そして終末は収まる所に収まるのだが、「友達なんざ、餓鬼の頃までの話しよ。大人になりゃ、友達よりも亭主や女房が大事なる。それが普通だ」。留次のこの言葉と、薄幸なおくらのこれからに明るい兆しが見えた形で終わっている。

主要登場人物
 おくら...栄橋の袂一膳めし屋ふくべの女中
 巳之吉...大工
 おけい...巳之吉の妻、おくらの朋友
 おきみ...おけいの母親
 留次...大工、ふくべの常連
 若旦那...浅草海苔問屋の息子
 おれん...火消し「よ組」の頭の娘


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