goo blog サービス終了のお知らせ 

うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

深川にゃんにゃん横丁

2012年04月23日 | 宇江佐真理
 2008年9月発行

 猫の通り道である事から、にゃんにゃん横丁と呼ばれる、深川東平野町と山本町の間の小路。そこにある深川山本町の喜兵衛店(裏長屋)に住まう人々の笑いと涙の日常を、一話毎に主役を変えてバトンタッチ方式で描いた連作小説である。徳兵衛、富蔵、おふよの五十代の朋友の目線で描かれている事から、全体にほんわりとした情感が漂っている。

ちゃん
 女房と別れひとり暮らしの泰蔵が、勾引しの罪に問われた。それは別れて暮らす実の娘に会っていただけである。だが元女房は、その事実を隠し、泰蔵など知らないと言い張るのだった。
 泰蔵の無実を立証する為に、徳兵衛、富蔵、おふよは奔走する。
 裏店で暮らす人々のほんわりとした絆と、おふよの江戸っ子気質を現した序章。泰蔵の娘が、泰蔵を「ちゃん」と呼び、養父を「お父っつあん」と呼び分ける健気さ、そして父娘の情がじんとくる。
 娘と同じ名前を付けた白猫を飼った泰蔵。その猫のるりが「ちゃん」と鳴くと言うのだ。

恩返し
 女房に逃げられ、男手ひとつで三人の息子を育てる巳之吉。男所帯で育った乱暴者の末っ子の音吉が、子ども相撲大会に町内の期待を担って出場。
 乱暴者で手に負えないと思いつつも、何かと手助けをするおふよが、如何にも和気あいあいの長屋風景を演出。派手な親子喧嘩の様子も、なぜかほのぼのと感じるから不思議だ。
 にゃんにゃん横丁の猫を親身に世話する、おつがの元に、まだらと呼ばれる雌猫が、恩返しのつもりなのか、色々な物を運んで来ると言う。

菩薩
 元は絵師でありながら今は、下駄に挿絵を入れる内職程度で、女房のおもとに寄り掛かりっぱなしの民蔵が、酒毒で明日をも知れぬ命と分かると、おもとは最期を看取りたいと親身に看病をする。
 やはり誰かが死んで逝かない事には、物語は進まないのかと切ない気持ちになったが、元は期待された絵師だった民蔵が最期に一世一代の絵を仕上げた事と、息子が意志を継いで絵師の修行に入るといった発展的な終わり方で閉めている。
 喜兵衛店の景色に加え、台箱を携え、仕事に出掛けるおもとの立ち姿を菩薩に例えた絵である。

雀、蛤になる
 「蛤になる苦も見えぬ雀かな」。小林一茶の句に因んで、二家族の切ない別れの話である。
 ひとつ目は、二十二歳の若さで亭主に先立たれ、戻る家もないおなおが、亭主の弟と一緒になるといった話。
 二つ目は、亭主が寄せ場送りとなっている間に、その弟と割りない仲になった女房が、駆け落ちをする。
 この章は、少々異質であり、どちらも割り切れない結末である。

香箱を作る
 老舗の薬種屋の大旦那が、隠居後のひとり住まいとして喜兵衛店にやって来た。粋狂な事だと見ていた徳兵衛たちだったが、若かりし頃の忘れ得ない思い出があったのだ。
 また、喜兵衛店に住む大工の息子であはるが、秀才の誉れ高く、学問んで身を立てていた佐源次が、師匠の命で、土地の買収の為に父親の源五郎と相対する話である。
 猫が丸まった姿を香箱と称するように、人も相応しい居場所を捜し続けるという内容。
 洒落たタイトルに添った内容で、四方円く収まる心温まる結末である。

そんな仕儀
 上方へ行っている息子良吉一家が、久し振りに江戸に戻るが、長屋には泊まらない事で面白くないおふよ。だが、孫娘のおさちだけはおふよの元へ。
 良吉たちが上方へ去った後、おふよは、若い男に「おっ母さん」と呼ばれ付け狙われる。
 親子、兄弟の情を考えさせつつ、おつがの家の前ににゃんにゃん横丁の猫たちが座り込んでいるといった風景。そして徳兵衛たちが内へ入ってみると、おつがとまだらが抱き合って冷たくなっていた。
 おつがの弔いの朝、徳兵衛が湯屋の口開けを待つにゃんにゃん横丁の光景で、静かに物語は幕を下ろす。
 憎いくらいに小気味の良い朝の情景を堪能頂きたい。

主要登場人物
 岩蔵...地廻りの岡っ引き
 徳兵衛...喜兵衛店大家、元佐賀町干鰯問屋の番頭、富蔵・おふよの朋友
 富蔵...自身番の書役、徳兵衛・おふよの朋友
 喜兵衛...喜兵衛店家主、蛤町呉服屋増田屋の主
 おふよ...一膳めし屋こだるまの手伝い、徳兵衛・富蔵の朋友、喜兵衛店の店子
 粂次郎...指物師おふよの夫、喜兵衛店の店子
 良吉...日本橋呉服屋見春屋上方出店の番頭、おふよの長男
 おさち...良吉の長女
 泰蔵...三好町材木問屋相模屋手代、喜兵衛店の店子
 おるり...泰蔵の娘
 巳之吉...木場川並鳶、喜兵衛店の店子 
 音吉...巳之吉の三男、喜兵衛店の店子
 弥平...一膳めし屋こだるまの主
 おつが...宮本節師匠
 おもと...女髪結い、喜兵衛店の店子
 民蔵(英民)...元絵師、おもとの夫、喜兵衛店の店子
 筆吉...おもと、民蔵の長男
 鉄平...佐賀町佃煮屋小川屋若旦那
 おなお...鉄平の妻
 お駒...山本町煮売屋金時女将
 寅吉...お駒の夫
 嘉吉...寅吉の末弟
 風太...寅吉の朋友の子
 彦右衛門...米沢町薬種屋五十鈴屋の隠居、喜兵衛店の店子
 源五郎...山本町材木仲買商信州屋の大工、喜兵衛店の店子
 佐源次...源五郎の次男、竹原瑞賢の弟子
 竹原瑞賢...本所緑町の儒者
 瑞江...瑞賢の娘
 友五郎...本所炭屋佐賀屋の末息子

書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

我、言挙げす~髪結い伊三次捕物余話~

2012年04月22日 | 宇江佐真理
 2008年7月発行

 髪結い伊三次捕物余話シリーズ第8弾は、前作(第7弾)未解決のままだった尾張屋事件に、ついに決着が。物語は、八丁堀純情派の活躍を中心に進行する。

粉雪
 お座敷で無頼な男たちの噂を耳にしたお文(桃太郎)。それは、薩摩藩の命知らずの薩摩へこ組ではないかと噂に上る。
 一方の伊三次は、前作でがせねたを掴まされた猪牙舟の船頭倉吉を捕まえ、その口から尾張屋へ押し入ったのは、薩摩へこ組であると判明する。
 龍之進らが乗り込んだ八丁堀純情派の捕縛劇は呆気なく終わり、薩摩へこ組は縛に着くのだった。
 長らく引っ張った割には、本所無頼派の関わりもなく、肩透かしを喰らった感が否めなくもないが、そもそも、髪結い伊三次捕物余話とあるように、これまでも捕り物劇はさらっと流されている。
 そして2作に及んだこの尾張屋事件の章の最後は、伊与太を囲んだ伊三次、お文の平和な年末風景。このコントラストがたまらない魅力である。

委細かまわず
 見習でも番方若同心へと昇格(?)した龍之進たち八丁堀純情派は、それぞれに先輩同心に師事する事になった。龍之進の教育係は、尊敬して止まない隠密廻りの小早川瑞穂。だが、小早川には嫌な噂があり、龍之進は気が気ではない。
 同輩に陥れられた小早川の無惨な死といった、せつない最期だが、小早川という同心の生き様が実に頼もしくまたかっこ良いのだ。一話限りの出番ではあったが、早過ぎる死が惜しまれる。
 また、この話では完全に主役の座が龍之進へと移行。伊三次の登場シーンはない。

明烏(あけがらす)
 うたかたの幻なのか、それとも現実なのか…。不可思議な世界がお文の身に降り掛かる。独立した異色の物語である。
 座敷の帰り道で、見かけない辻占いに声を掛けられたお文。本来であれば、大店の娘として暮らしていた筈と告げられる。その帰りに転んでしまい。
 不思議な世界から無事に恋しい伊三次の元へと戻るが、未だ所帯を構える前の伊三次。そして伊与太の父親となった伊三次。お文の体験が終盤交差し幻想的である。
 そして、夢物語の中での貰った簪が畳に転がるといった落ちも。

黒い振袖
 行方不明となっている、備前国井川藩のかがり姫を探し出すようにと命を受けた八丁堀純情派。龍之進は左内と共に、藩内に犯人がいるのではないかと当たりを付け、藩邸を探る。
 この章では、西尾左内が龍之進のパートナーとなり、頭脳明晰な部分を示している。こうして八丁堀純情派のひとりひとりをクローズアップさせていくのだろうかと思わせる展開である。
 終盤漸く伊三次が登場するが、物語の本筋は龍之進の活躍とほのかな姫とのエピソードがメインであり、龍之進ファンにとってはたまらない一作だろう。
 
雨後の月
 以前お文の女中だったおみつが、久し振りに訪った。おみつによれば、夫の弥八が浮気をしているので実家へ帰ると言うのだ。二人の仲を案じるお文は、伊三次にも様子を探るように頼むのだった。
 だが、伊三次が弥八から耳にしたのは、おみつの弟の清吉が、銭の無心に来て、おみつが湯銭をくすねたという話だった。
 久し振りに伊三次が全開。嬉し限りだが、どうにも心に残ったのは、伊与太の可愛さに終始した。
 伊三次の迎えを待って不破家の縁側に座り足をぶらぶらさせている仕草。伊三次にぶつかるように抱き着く仕草。そして、不破の妻のいなみに連れられ、茜と共に縁日に行ったが、何も買って貰えなかったと、不破家では堪えていた涙を零す仕草。可愛い。ずっとこのまま幼い伊与太でいて欲しいと願っていたのだが…。

我、言挙げす
 古川喜六が妻を迎える事になった。だがその許嫁の芳江は、龍之進の朋友の笠戸松太郎と恋仲であった。
 若い二人の別れのシーンが切なく、また同時に起きた夫殺しの妻の助命に翻弄する不破友之進の男気など、多くのエピソードが詰まった中、これでいいのではと思わせておきながらの大逆転劇に目を剥いた。
 なんと、火事により伊三次の家が全焼してしまう。そして伊三次の決め台詞が、「へい。これから髪をやりやしょう。若旦那のおぐしは、ずい分、乱れておりやすから」。やはり、誰よりもどの話よりも、伊三次がいっち男前なのだ。時代が変わろうが、伊三次抜きでは考えられない。
 余談であるが、火事の後がどうにも気になり次作を早々取り寄せた。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 茜...友之進の長女
 松助...不破家中間
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 橋口譲之進...北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 春日多聞...北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 西尾左内...北北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 古川喜六...北北町奉行所番方若同心(柳橋料理茶屋川桝からの養子)、八丁堀純情派
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力見習い
 片岡美雨...北町奉行所吟味方与力片岡郁馬の娘、京橋日川道場師範代、監物の妻
 薬師寺次郎衛...小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、本所無頼派
 
 杉村連之介...小姓組番頭(旗本)杉村三佐衛門次男、本所無頼派
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 おみつ...弥八の妻
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 正吉...増蔵の手下
 松浦桂庵 八丁堀の町医者
 倉吉...猪牙舟の船頭
 おこな...元お文の女中
 小早川瑞穂...町奉行所隠密廻り同心
 おひろ(まむしのおひろ)...小早川瑞穂の小者
 おりう...お文の実母、神田須田町呉服屋美濃屋の内儀
 清太郎...お文の実弟、美濃屋の跡取り
 かがり姫...備前国井川藩姫
 清吉...おみつの弟
 笠戸松之丞...小普請組、龍之進の元手習の師匠
 美江...松之丞の妻
 松太郎...松之丞の嫡男、湯島昌平坂学問所の寄宿稽古人、龍之進の朋輩
 帯刀精右衛門...北町奉行所例繰方同心
 芳江...精右衛門の娘、喜六の許嫁


書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

晩鐘~続・泣きの銀次~

2012年04月21日 | 宇江佐真理
 2007年10月発行

 死人を見ると涙が止まらない、そんな岡っ引きの銀次シリーズ第2弾は、あれから10年後である。
 一度は退いた岡っ引きであったが、偶然遭遇した事件から、再び十手を預かった銀次の人情味溢れる捕り物劇である。
 
十年の後
 間口六間半の小間物問屋坂本屋も、2度の火災に見回れ、間口二間の細々とした商売に変わり、銀次は4人の子の父親になっていた。
 御上の御用を退いて10年経つが、勾引しにあった娘お菊を救った事から、銀次は再び十手を預かる身となる。
 10年ひと昔とは良く言ったもので、年月の流れの紹介と事件への序章であるが、10年後という設定には驚かされた。大店坂本屋の跡継ぎでもあり、腕っこきの岡っ引きである銀次も4人の子の父親になっており、しかも坂本屋は二度の火災に見舞われ、細々とした商いになっているのだ。
 当然、銀次一家の家計も苦しくなっていた。大店の若旦那で十手持ちといったセレブ感が好きだったのだが。

もらい泣き
 坂本屋に店先に、行方知れずの兄を捜していると言う少年和平が現れた。銀次は、岡場所の用心棒をしていた和平の兄啓次郎を探し当てると、二人を引き合わせるのだった。
 後々、物語上大きな意味合いを持つ兄弟の初登場シーンは、利発で健気な和平少年の初々しさが可愛らしい。また、兄との心温まる思い出話も良い。

ささのつゆ
 お菊以外にも勾引しにあい、殴られた末に殺されて発見された娘が相次いでいた。
 墓参りの折り銀次は、身分の高そうな隠居と知り合う。隠居に屋敷の近くに怪しげな武士の住まいがあると聞いた銀次。
 同心の慎之介、和平、お菊の話から次第に下手人の人物像に近付いていく。 

つくり笑い
 勾引しの下手人を探るうちに、銀次は蔭間茶屋に出入りする榊原と言う武家に行く付く。漸く糸口が見えたと思えた矢先に、証人である雪之丞が殺害された。
 傷ましい話の章となり、胸がちくりと痛む。また、第1作目で、兄のように銀次を慕っていた政吉の変貌振りにも驚かされる。
 
裏切り
 勾引しの下手人を捕まえる為の協力は惜しまないと言っていたお菊の嫁入りが決まり、今度一切勾引しについては関わりたくないと言い出す。しかも、その縁組の相手は、榊原主税。話を持ち込んだのは政吉だった。
 冒頭5行の情景描写はさすがである。江戸の季節感がひしひしと伝わってくるようだ。和平と金太の無邪気な馴れ合いから始まるが、ついに正吉と銀次は相対するのだ。
 何とか正吉を改心させようとする銀次であったが…。正吉、お菊に対しての銀次の優しさが染み渡る章である。
 
逆恨み
 押上村無明庵の石心の元に身を寄せた榊原主税。その陰惨な過去を語る。その一方で殺戮の手は止まず、ついには銀次の娘のお次をも勾引す。
 お次の気丈さと石心の正義が救いとなっているが、それにしても主税ほど根性が腐ってしまっていては、どうにもなるまいと思うと同時に、ここまで捻くれるには、成長過程で良い大人に出会っていないのだなあと、現代にも通じる怖さを思い知った。

冬の月
 榊原の捕縛に燃える銀次。だが、榊原は旗本から僧侶に身をやつし、町方の手の届かぬ所にあった。
 事件はひと休みして、坂本屋の商いの話や、のどかな正月風景が描かれている。
 読んでいけばいくほど、和平が「無事、これ名馬」の村椿太郎左衛門と重なり可愛らしいのだが、続編でああいった扱いにする事は既に決めていたのだろうか。だとすれば、余りにも酷いじゃないかと、宇江佐さんに問い質したい歯痒さである。

晩鐘
 お菊の婚礼が決まり、相手は事情を全て把握した天野啓次郎だった。
 そして松浦静山の活躍により、勾引し事件は終焉を迎える。
 全編を通し、冒頭の情景描写の美しさは、宇江佐さんならでは。また、松浦静山と銀次を巡り会わせた訳はここにあったのかと、最終章にて感心させられた。
 やはり、伊三次シリーズと比べ、銀次は、泥臭い人情路線と言えるだろう。
 ただ今回、野口弓之助と榊原(水澤)主税という二人の侍を持ち出した所以が分からなかった。共通するのは、人物に問題があり、双方嫡男でありながら家督を引き継げなかったところだが、それ故の犯罪としたなら、どうして二つの事件にしたのだろうか。

主要登場人物
 銀次(銀左衛門)...岡っ引き、本船町小間物問屋坂本屋の主
 お芳...銀次の妻
 おいち...銀次の長女
 お次...銀次の次女
 おさん...銀次の三女
 盛吉...銀次の長男、末っ子
 表勘兵衛...北町奉行所臨時廻り同心
 慎之介...北町奉行所例繰方同心、勘兵衛の息子
 琴江...慎之介の妻
 お菊...馬喰町絵双紙屋備後屋の娘
 天野和平...陸奥津軽藩士、絵師見習い
 天野啓次郎...陸奥津軽藩士、和平の兄
 松浦静山...元肥前平戸藩藩主(隠居)
 野口弓之助...旗本伝佐衛門の嫡男、隠居
 伊蔵...海辺大工町の岡っ引き
 卯之助...両国広小路床店の主、元坂本屋の番頭
 金太(金弥)...左官職の息子、蔭間茶屋春日井の蔭間
 雪之丞...蔭間茶屋春日井の蔭間
 榊原(水澤)主税...幕臣小姓組番頭水澤頼母の嫡男 
 
 政吉...八丁堀提灯掛け横丁小料理屋みさごの主、岡っ引き 
 石心...押上村無明庵僧、元水澤家若頭






書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

夕映え(上・下巻)

2012年04月20日 | 宇江佐真理
  
2007年10月発行


 本所石原町の縄暖簾福助を営む一家に襲いくる幕末。庶民の目を通して時代の移り変わりを描いた著者珠玉の長編ロマンである。
 幕末期の様々な世情が繁栄され、史実を知るにも書かせない書と言えるだろう。

上巻
おでん燗酒
ええじゃないか
そろりそろりと
てんやわんや
宮さん宮さん
いろに持つなら

 尊王攘夷から倒幕へと世情が動き出した日本。未だ未だ遠い絵空事のような事としか受け止めていない市井を、本所石原町の縄暖簾福助の家族を中心に、大きな時代のうねりを庶民の視点から描いている。
 主人公となるのは、本所石原町で縄暖簾「福助」を営む一家。だがそこの主である弘蔵は、岡っ引きを生業としているが、その実、元は蝦夷松前藩士という経緯がある。事実上見世を切り盛りするのは、女房のおあきと、娘のおてい。おていの兄の良助は、どんな仕事も続かなずに、おかげ参りに行ったりと、ふらりふらりと勝手気ままに暮らしていたが、突如として彰義隊に志願し、上野戦争へと身を投じるのだった。
 上巻では、変わりゆく時勢と、おてい恋愛がメインに描かれている。また、従来の戊辰戦争物とは違い、福助に集まる庶民が見聞きした観点からの切り口が新鮮である。
 鬼虎と称される性悪男の実像も、実に鮮烈であり、未だ未だ下町の人情劇要素の強い上巻。
 そして弘蔵が元武士という設定は、彰義隊には武士しか入れないといった史実を踏まえて、良助を隊士とする為であったのかと、この時はそう思えると同時に、流れとしては、あわや上野戦争で戦死かと思えるのだが、下巻に移りもっと重大な意味合いを持つ事になるのだった。

下巻
つゆの上野
蝉時雨
おさめるまい
惜春
帰郷

 上野戦争から帰還した良助であったが、今度は戦いの場を蝦夷へと見出す。
 一方のおていは、男の子を出産し、八百半の若女将としての揺るぎない生活を手に入れていた。
 そして年号が明治になり、江戸は東京と名を改め、弘蔵はおあきを伴い松前に一時帰省をする。
 舞台は一挙に北の大地へと移り、弘蔵とおあき夫妻に試練が訪れるのだった。
 下巻のクライマックスは「たば風」に収録された「柄杓星」に類似している良助の帰還シーンだろう。これは実に印象深いシーンである。だが、弘蔵が上野まで息子を捜しに出掛ける場面も親の情が実に良く現れ見逃す事は出来ない。
 この物語は、宇江佐さんの言葉によれば、「夕映え」は彰義隊の一員となった息子を持つ両親の物語である。そして物語は本所石原町のちっぽけな居酒屋から始まった。とあるように、良助というひとりの若者を見守る親の心をテーマにしている。何時如何なる時代も子を思う親心は同じであると本書は切々と伝えている。
 読み進めて、切なさを感じたのは、良助の死に至る過程であった。敢えて説明は省くが、どうしてそんなと声を大にして叫びたい、これまた宇江佐ワールド。実際に、上野から生き延びた良助に、「このまま福助を手伝って大人しくしていておくれ」と、心の中で叫び続けたくらいである。最もそれでは物語にはならないのだが、それでもそう願って止まないくらいに人物像が見近に入り込んでいたと言えるだろう。
 また、岡っ引きが廃止され、邏卒(警察官)へと転じた弘蔵が、老いた身体でその務めを全うするシーンにも涙が溢れた。一見然程重要なシーンではないように思えるが、こういった細部への拘りが、宇江佐さんの作品に共鳴できる所以である。
 読み終えて、虚脱感を覚える重いテーマであり、再読には覚悟を要する。歴史に名を残さない人々の明治維新であった。

主要登場人物
 弘蔵(栂野尾弘右衛門)...地廻りの岡っ引き、元蝦夷松前藩士
 おあき...本所石原町縄暖簾福助の女将、弘蔵の妻
 良助...弘蔵、おあきの長男、彰義隊士
 おてい...弘蔵、おあきの長女、良助の妹
 半次郎...本所石原町八百屋八百半の嫡男
 半兵衛...八百半の主、半次郎の父親
 おとよ...半次郎の母親
 半蔵...おてい、半次郎の子
 お梅...半次郎の許嫁
 井上順庵...蘭法医、町医者
 雷蔵...本所石原町表具屋の隠居、福助の常連
 浜次...大工、福助の常連
 政五郎...八百屋八百政主、福助の常連
 磯兵衛...湯屋亀の湯主、福助の常連
 梅太郎...左官職、福助の常連
 松五郎...鳶職、福助の常連
 佐々木重右衛門...北町奉行所本所見廻り同心
 鬼虎...水戸家中間
 広田忠蔵...蝦夷松前藩士、弘蔵の朋輩
 原水多作...蝦夷松前藩士、弘蔵の朋輩
 清蔵...馬喰町絵双紙屋丹波屋の嫡男、良助の朋友
 おすさ...鬼虎の母親
 関松之丞...旧旗本の子息、彰義隊士、良助の朋友
 おゆみ...馬喰町の一膳めし屋津軽屋の娘
 栂野尾左太夫...弘蔵の父親
 たき...弘蔵の母親
 とせ...弘蔵の妹
 雅之進...とせの嫡男、弘蔵の甥

書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

十日えびす~花嵐浮世困話~

2012年04月19日 | 宇江佐真理
 2007年3月発行

 夫が急逝し、義理の子どもたちから家を追い出されてしまった後添えの八重と、先妻の末っ子おみち、血の繋がりはないが、二人は寄り添いながら引っ越して小間物屋を開くが、そこには曰くのある人物が…。
 現代にも繋がる親族や近所とのいざこざ物語。

弥生ついたち
 錺職人三右衛門の後妻に入って僅か5年。三右衛門の急逝に寄り、富沢町の住まいを長兄の芳太郎に奪われた八重は、おみちを伴い堀江町の仕舞屋に引っ越し、小間物屋を開く算段を立てる。だが、引っ越し早々面倒な住人お熊や、芳太郎の妻のおてつの金の無心に悩まされる。
 三右衛門の死、そして通夜の晩に幽霊となって詫びるといったシーンから始まり、この後の妖物かと思わせるが、総領を失った家族の遺産や相続にまつわるどろどろ劇が展開。
 こういった親族はいると、現代にも通じる親戚と言う名の妖怪たちと、避けられない近隣のおかしな人物を紹介している。
 ひとこと言いたい。「親族と近隣の間では、正論や法律は通じない」。

五月闇
 お熊の暴挙や刻限を選ばない、布団叩きの音に悩まされる一方、おみちは、お熊のひとり息子の鶴太郎と親しくなる。鶴太郎は労咳を煩い寝たり起きたりらしいが、元は絵師だったらしい。
 そして三右衛門の百か日の法要では、仏壇を押し付けられるのだった。
 布団叩きの迷惑おばさん、昔どこかで話題を集めていたと、今更ながら思い起こさせる章である。
 どこまで勝手なんだと言いたくなるおてつに、読者に変わって制裁を下すお熊。もしや、お熊は言い方こそ間違っているが、そう悪い人ではないのではないかと思わせていく。現に八重もそう感じ始めている。
 そして、おみちと鶴太郎のその後を思わせる序章になっている。
 
生々流転
 お熊の持ち物である半助長屋に住まうおしげが大往生を遂げた。だが、その遺産の遣い道を巡り、おしげの娘を名乗るお松がと長屋の住人、そしてお熊が相対し、精進落しの場が修羅場となる。
 身寄りのない年寄りの葬儀を通し、寝穢く群がる人々を通し、人間の強欲さをやはり噛み締めずにはいられない。わたくし自身が、あぶく銭や他人のおこぼれを良しとしない質なので、やはりこういった人々の理解には苦しむところだ。だが、存外に多いのも事実。
  
影法師
 留守番をしていたおみちが、何者かに狙われた。そして、今度は花売りが煙抜きの穴から中を伺っている。お熊への遺恨だったのだが、お熊親子と仲が良い、おみちが標的とされたのだ。
 何処で誰に恨みを買っているか分からない。しかもその矛先が、当人でなく全く関係ない人に向けられるといった現代の恐怖の章である。
 この物語は時代こそ江戸であるが、冒頭から全てが現代に置き換えても、むしろ現代を江戸に置き換えたストーリ展開になっているが、江戸時代で矛盾を抱かせない運びにはやはり宇江佐さんの手腕を感じずにはいられない。

おたまり
 鶴太郎が箱根に湯治に出掛けた。その間にお熊は古い布団の皮を燃やし、大番屋へと引き立てられてしまう。
 一方、浮浪者のように様変わりした芳太郎がふらりと姿を現し…。
 幾つもの事件が折り重なり、展開の早い章になっているが、やはりおみちが鶴太郎に寄せる思いがメインになるだろうか。
 また、冒頭からちょこちょこ顔を出しているお桑。お熊の陰に隠れて目立たない存在であったが、実はこういう金棒引きが町内で一番多いと思わせ、違った意味でのやっかい者といった感が否めない。
 日本橋の薬種屋鰯屋の名が出ているが、これは「れていても」、「あんちゃん」、「神田堀八つ下がり」でお馴染みの与四兵衛の店。物語の主人公同士の交流はないが、筋に関係なくにんまりである。

十日えびす
 鶴太郎の死がもたらされた。箱根までの道のりを、お熊、おみちに芳太郎が付き添った。
 鶴太郎の死を目の当たりにしたおみちは、八重に喰って掛かり、家を出てしまう。
 鶴太郎を殺してしまった作者の意図がもうひとつ読み取れないのだが、散々悪役だった芳太郎と、おせつ、おゆりをおみちが頼りにしたりする事から、血は水よりも濃しといったところだろうか。それに反し、ひと時は存外に良い人物だと思わせていたお熊の野心が表面に出されており、対照的な結末となった。
 八重は引っ越しを決意するが、近所付き合いは断ち切るのが可能だが、親族付き合いは切れない。そんな言い聞かせのメッセージなのかも知れない。

主要登場人物
 八重...錺職人三右衛門の後妻、堀江町小間物屋富屋の女主
 おみち...三右衛門と先妻の末子
 芳太郎...三右衛門と先妻の長男
 半次郎...三右衛門と先妻の次男
 利三郎...紙草子屋大黒屋の手代、三右衛門と先妻の三男
 おせつ...三右衛門と先妻の長女
 おゆり...三右衛門と先妻の次女
 おてつ...芳太郎の妻
 お熊...堀江町半助長屋の家主
 鶴太郎...絵師、お熊の息子
 徳三郎...堀江町半助長屋の大家 
 留吉...大工
 お桑...堀江町葉茶屋山本屋の内儀
 角助...堀江町豆腐屋角屋の主
 駒蔵...堀江町地廻りの岡っ引き
 増吉...漁師、お熊の従兄弟の子

書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

雨を見たか~髪結い伊三次捕物余話~

2012年04月18日 | 宇江佐真理
 2006年11月発行

 シリーズ第7弾は、本所無頼派と八丁堀純情派の対決がメインになり、伊三次よりも不和龍之進が主役である。そして伊三次の息子の伊与太、龍之進の妹の茜の成長が大人たちの活躍よりも注目となっていく。

薄氷(うすらひ)
 「小父さん、あたいを買って」と、未だ子どもの少女に伊三次は呼び止められた。聞けば、およしと名乗るその娘は直に岡場所に売られると言う。伊三次はおよしを連れ帰り晩飯を食べさせる。
 その後、不破友之進の娘茜と、伊三次の息子伊与太が、ふと目を離した隙にいなくなり…。
 冒頭は、伊三次の弟子の九兵衛と伊与太の可愛らしい掛け合いが活字を追うだけでも微笑ましい。下駄が脱げなように紐で結んだ伊与太、船着き場にぽつねんと取り残された伊与太。とにかく言動に頬が緩む。
 そして本題は、子どもの人身売買という嫌なテーマに翻弄されるおよしの運命が痛ましい。

惜春鳥
 呉服屋組合の宴で、お文(文吉)は、嫌味な客に胆が焼ける。その後、再びその客の座敷へ上がると、家族団欒の宴にお文は暖かみを感じるのだった。
 一方、本所無頼派に例繰方の梅田瀬左衛門が絡んでいるのはないかと、不和龍之進、西尾左内は調べを進める。
 一見繋がりのない二つの話が、お文を媒体にして関連性を帯びる。はんなりとした後の大事。宇江佐さんの手法が生かされている。 

おれの話を聞け
 左内の姉の政江が、労咳を患い実家へ戻された。龍之進は見舞い訪う。夫の滝川広之助の両親は政江を離縁して、新しい嫁を迎える算段をしているようだった。
 また、本所無頼派を探る為、龍之進は父の友之進が腰を痛めたのを幸いに、一味の骨接ぎ医の見習い直弥の元へ。
 広之助と政江の絆、そして雨の中傘をさした彼らの子どもたちの姿が、切なく愛しい宇江佐ワールドである。
 
のうぜんかずらの花咲けば
 見習い同心に宿直の命が下り、岡場所の女郎が連れられて来た。その中に、中田屋の女中お梅の姿を見掛け、龍之進は穏やかでない。
 そのお梅が収監された獄で、例繰方同心の梅田瀬左衛門が不信な行動を取る。龍之進はお梅に、朝までずっと牢番をしていて欲しいと懇願される。
 「薄氷」と並び、現代の世情を繁栄させたかのような未成年に関わる嫌な内容ではあるが、世の中そう捨てたもんじゃない結末にまとめあげられている。のうぜんかずらの花を、お梅に例え、「どこにでもありそうな花に思えていたが…」。やはり一方ならぬ感性である。
 もしやこれは宇江佐さんからのメッセージではないかと思えた。
 因に、この章で伊三次がついに十手を預かる。
 
本日の生き方
 辻斬りが横行している。見解では本所無頼派の長倉駒之介が怪しいと、緑川鉈五郎は目星を付け見張ると、果たして、駒之介と直弥が姿を現す。
 一方お文は、引っ立てられる男と、それに縋る女房らしき女の姿が忘れられずに…。
 やはり八丁堀純情派が主役となっての辻斬りの下手人を追う話である。
 伊三次、お文は余話的な登場であるが、心理描写にはかなりのページ数を割いており、事件に直接関知してはいないものの、存在感は示している。

雨を見たか
 未解決だった尾張屋の押し込み事件で、猪牙舟の船頭の春吉から信憑性のある情報を得た伊三次だったが、それはがせネタだった。
 駒之介を捕縛した八丁堀純情派だったが、そこはやはり旗本三千石の息子。裏があった。
 正義感に燃える若者の八丁堀純情派と、人生の裏も表も知り尽くした伊三次との対比を示したかったのだろうか。
 無実訴え続けながらも、罪に処された男の真実はどうだったのだろうかと、伊三次が思い悩むシーンもそれを頷けているようだ。
 

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進...友之進の嫡男、同心見習い、八丁堀純情派
 茜...友之進の長女
 松助...不破家中間
 緑川鉈五郎...北町奉行所隠密廻り同心平八郎の嫡男、同心見習い、八丁堀純情派
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心橋口中右衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 
 春日多聞...北町奉行所年番方同心春日四方左衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 西尾左内...北町奉行所例繰方同心西尾佐久衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 古川喜六...北町奉行所臨時廻り同心古川庄兵衛養子(柳橋料理茶屋川桝の息子)、同心見習い、八丁堀純情派
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力見習い
 片岡美雨...北町奉行所吟味方与力片岡郁馬の娘、京橋日川道場師範代、監物の妻
 薬師寺次郎衛...小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、本所無頼派
 
 志賀虎之助...小普請組志賀善兵衛三男、本所無頼派
 
 長倉駒之介...旗本三千石長倉刑部三男、本所無頼派
 
 杉村連之介...小姓組番頭(旗本)杉村三佐衛門次男、本所無頼派
 貞吉...本所無頼派
 直弥...本所無頼派、米沢町名倉整骨所の見習い
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 
 正吉...増蔵の手下
 醒...茅町刀剣商一風堂・越前屋主
 およし...勾引しの手先
 梅田瀬左衛門...北町奉行所の例繰方同心
 政江...西尾左内の姉
 滝川広之助...政江の夫
 お梅...あさり河岸一膳めし屋中田屋の女中
 春吉...猪牙舟の船頭


書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

恋いちもんめ

2012年04月17日 | 宇江佐真理
 2006年9月発行

 水茶屋・明石屋の娘お初に、縁談が持ち込まれた。相手は、青物屋八百清を営む栄蔵。乗り気はしなかったものの、次第に栄蔵に引かれていくが、それと同時に気を揉む事柄も増え…。火事をきっかけに二人に試練が訪れる。

呼ぶ子鳥
 米沢町裁縫の師匠おとくから、縁談を持ち込まれたお初。相手は、本所で青果商の跡取り息子の栄蔵だと言う。お初が見合いを承諾する前に、栄蔵は明石屋を覗くに来る。
 嫁入りの意思はないとお初は告げるが、栄蔵は何時までも待つと言うのだった。
 実の親に育てられなかった栄蔵とお初。その境遇を自分で巣を作らずに他の鳥に卵を孵させる郭公(かっこう)を文字って呼ぶ子鳥。
 積極的な栄蔵の態度に、次第に引き込まれるお初の初々しさと、如何にも江戸っ子らしい栄蔵の出会いの序章が爽やかに描かれている。

忍び音(ね)
 辞めた茶汲み女の代わりに口入れ屋の宝屋から紹介されたのは、見目が問われる茶組み女にはとうてい難のあるとんでもない大女のおきん。
 また、宝屋で栄蔵を出会ったお初は、薬師堂の縁日に行く約束をするが、当日栄蔵はおふじという娘を伴っていた。
 タイトルは、自分の為にお初が拵えた浴衣を、源蔵が栄蔵くれてやった時、お初の耳に忍び音(=ほととぎす)の声が聞こえる。といったお初が恋心を実感した粋な題目である。
 さて、栄蔵はに思いを寄せるおふじという娘。あの手この手で二人の間に割って入り、読んでいるだけで胆が焼けるが、それでも「いる、いる。こういう女」」。づ性に最も嫌われるタイプの女だが、物語上は悪役としての務めを最後まで全うする貴重な脇役だ。

薄羽かげろう
 栄蔵の家に訪ったお初。だが、そこにおふじの姿が合った。挙げ句、栄蔵の母親のおみのには、おっかさんと呼ばれる筋合いはないとまで言われる始末。周囲の思惑とは違い、次第に距離を縮める二人であったが、栄蔵の店が火事で全焼し、店と母親を失った栄蔵は…。 
 ここでもおふじに嫌な目に合わされるお初だが、小梅村に足を向けたお初を捜しに栄蔵がやって来るなど、二人の間にはどんな障害もないと思わせておいての、大逆転。一時のまやかしのような幸せを薄羽かげろうになぞっている。

つのる思い
 栄蔵が行方をくらまして二月が過ぎた。
 おふじは、栄蔵の従兄弟の友次郎と祝言を挙げると言う。おとくの頼みで仮祝言に出席したお初だったが、なんと友次郎は、袖にしたおみよに刺され命を落としてしまう。
 一方源蔵は、栄蔵と思われる男が品川にいると耳にし、お初と佐平次を伴って出掛けるのだった。
 おふじの祝言の相手が、痴情の縺れから刺し殺されるといった驚く展開。これまで、平凡な人々の生き様を描いてきただけに、衝撃的なシーンとなったが、読み手としては、「友次郎、生きていてくれ」と縋るような思いだった。おふじが無事に嫁に収まれば、今後のお初と栄蔵にちょっかいを出さなくなるだろうといった思惑だが、そうは問屋が卸さなかったという訳である。
 タイトルは、二月もの間、行方の知れない栄蔵に、対するつのる思いと取るのが素直だろうが、逆に嫁に向かえる事が出来なくなった栄蔵からお初への思いかも知れない。

未練の狐
 品川の岡場所で妓夫になっていた栄蔵とお初は再会するが、栄蔵は一緒になれないとお初に別れを告げる。
 その後、おふじからカルタ遊びに誘われたお初。おふじの家である藤代屋を訪ってみると、そこには栄蔵の姿が合った。
 「やるなあ、宇江佐さん」。といった展開になってきた。またもお初を阻むおふじ。そして周囲(読み手)やお初が思っている程、栄蔵はおふじの存在が疎ましくないのだと知る事になる。そんな男女の感情の違いも常に書き起こす宇江佐さんにはやはり脱帽である。
 未練の狐はおふじを指しての、未熟な狐が化け損なう事である。友次郎と一緒になれたら良い内儀になろうと思っていたとおふじ。だが、化ける事も適わずまたもや、栄蔵へと逆戻り。

花いかだ
 政吉とおせんの祝言で顔を合わせたお初と栄蔵。割り切れない思いのまま、お初は小梅村に帰りたいと告げる。
 ひと月後、大川沿いの床見世が商売替えで店を開ける準備をしてた。大八車が着くと男は木箱を並べて青物を並べ始め…。
 「おいら、どうしたらよかったのよ。お初ちゃんを取り戻すにゃ、どうしたらいいのよ」。栄蔵の台詞が胸に染み渡る最終章。
 「あたしにも大根、大根一本くださいな」。
 ヒロインが最後に張り上げる、こんな台詞がほかにあるだろうか。
 また、お初の恋とは別に進行する、おきんの情が傷ましいと共に、感慨深い。
 若い二人の恋物語らしく、紆余曲折の後の爽やかな結末。花いかだ=桜の花が散って花びらが水面を流れていく様が目に浮かぶ。
 余談だが、「銀の雨」と合わせて読みたい作品である。

主要登場人物
 お初...両国広小路水茶屋明石屋の娘
 源蔵...両国広小路水茶屋明石屋の主、お初の父親
 お久...お初の母親
 政吉...お初の兄
 佐平次...馬喰町口入れ屋宝屋主、源蔵の朋友
 栄蔵...本所青物屋八百清の跡取り息子
 おみの...栄蔵の母親
 おきん...明石屋の茶汲み女
 おせん....明石屋の茶汲み女、後政吉の妻
 おはん...明石屋の茶汲み女
 おふじ...本所木材問屋藤代屋の娘
 おとく...米沢町裁縫の師匠
 石松...小梅村の百姓、お初の幼馴染み
 

書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

ひとつ灯せ~大江戸怪奇譚~

2012年04月16日 | 宇江佐真理
 2006年8月発行

 料理茶屋平野屋の隠居の清兵衛は、幼馴染みの甚助の誘いで「話の会」に参加するようになった。身分も年齢もまちまちな7人が集まり体験談や聞き集めた話を披露し合う会だった。次第にその面白さにのめり込んでいく清兵衛だったが、同時に身の回りに奇妙な出来事が起こり始める。
 おどろおどろしい怪談ではなく、人の奥底に潜む怖さを搦めての人情話である。

ひとつ灯せ
 平野屋を息子に渡してから、どうにも体調不良を訴える清兵衞。医師も匙を投げ、もはや今生の別れと、幼馴染みの甚助は見舞いに訪うが、そこで清兵衞に取り憑いた死神を祓い「話の会」に誘う。

首ふり地蔵
 料理茶屋平野屋で開かれた「話の会」の後で、甚助と二人で地蔵の話をする清兵衞。すると、平野屋の庭のはずれにも地蔵があると言う。
 「話の会」そのもに恐怖感はないが、清兵衞がフィルターになる事で、見直に迫り来る言葉に出来ない恐怖を感じる。
 
箱根にて
 例繰方同心の反町譲之輔が怪我をした事から、その治療を兼ねて箱根で温泉に浸かろうと出掛けた一同。
 宿の増田屋で、曰くありげな廻船問屋の父娘や、壮絶な過去を持つ尼僧に出会う。
 この章は「話の会」が開かれるでなく、旅先での不思議な体験になる。
 読み進めて行くうちに、話から体験へと不思議が変わる事で、後への序章となっている事が分かる。

守(しゅ)
 箱根に同行できなかった、龍野屋の利兵衛に気を遣い、旅の話は厳禁となっていたが、ついつい口を滑らせてしまう清兵衞に、利兵衛が牙を剥く。
 嫉妬といった人の弱さ、また噂といった人の怖さを現している章。
 主人公は清兵衞なのだが、人は良いが頼りなく、ここぞでの勇気気概もない男である。どうして甚助が主人公ではないのかといった疑問もこの時点では拭えない。

炒り豆
 死んだ女房が通って来ると、甚助は打ち明ける。すると、論語の師匠である中沢慧風は、湯島の学問吟味に不合格となり自殺弟子が訪うのだと言い出すのだった。
 「話の会」の参加者の実体験を話す事で、霊界もしくは狐狸といった魑魅魍魎と接点、結界があやふやになっていくことを感じさせる。

空き屋敷
 伊賀屋弘右衞門が、去る武家屋敷を手に入れたが、どうにも店子が住み着かないと、相談を持ち掛けられた「話の会」面々は、次の会をその武家屋敷で行う事に決める。
 実際に霊を見てしまった面々。単読では哀れな話で終わってしまうが、冒頭からの流れで、次第に不思議な世界との接点が迫っていると感じさせている。
 物語に、宇江佐さんの緻密な計算が伺え、はっとさせられる。

入り口
 丸屋幹助が、肝試しの折りの恐怖体験を「話の会」に持ち込んだ。
 例繰方同心の反町譲之輔は、物の怪を見ようと浅草寺近くの稲荷へ行くと言う。幹助の件もあり、心配した清兵衞、甚助も同道するが。
 この譲之輔の行動がもうひとつ理解に苦しむ部分であり、理由が鮮明でない気がするが、「話の会」が実際に不思議な世界と交わったといった意味を持つ上では、必要な章になるだろう。

長のお別れ
 町医者の山田玄沢が病に倒れ、中沢慧風が津藩からの招聘で伊勢国へ旅立つ事になった。そして一中節の師匠おはん、伊勢屋の甚助…。「話の会」の面々に別れの時が来る。
 予想だにしなかったとは正にこと事だろう。因縁めいた終焉で物語は終わりを告げるのだ。宇江佐さん作品を数多く読んでいたとしても想像だにしない結末である。
 そして、読み終えて初めて清兵衞を主人公にした意図を知り得る。この物語は、死を恐れていた清兵衞が、それと向き合うといった一種のビルドゥングロマンス小説でもあったのだ。
 こちらも再読したくなった。


主要登場人物
 清兵衞...山城町料理茶屋平野屋の隠居、話の会
 おたつ...清兵衞の妻
 久兵衞...平野屋の主、清兵衞の息子
 おみち...久兵衞の妻
 甚助...山下町蝋燭問屋伊勢屋の隠居、清兵衞の幼馴染み、話の会
 利兵衛...水谷町菓子屋龍野屋の主、話の会
 山田玄沢...町医者、話の会
 中沢慧風...論語の私塾を開く儒者、話の会
 反町譲之輔...北町奉行所の例繰方同心、話の会
 おはん...大根河岸一中節の師匠、話の会
 お袖...箱根温泉宿増田屋女将、おはんの朋輩
 徳真...箱根阿弥陀寺の尼僧
 弘右衞門...深川木場材木屋伊賀屋主
 幹助...松屋町質屋丸屋の息子、久兵衞の朋輩




書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

聞き屋与平~江戸夜咄草~

2012年04月15日 | 宇江佐真理
 2006年5月発行

 薬種屋の主であった与平が、店を息子たちに譲って隠居後に、路地裏で開いた「聞き屋」家業。他人に話したい事を抱えている人は存外にいるもので、与平の前で重荷を下ろす人もいる。だが、そんな与平自身にも人には言えない秘密があった。

聞き屋与平
 「聞き屋与平」の客に、父親に変わって一膳めし屋で働き、下の兄弟を育てるおよしという若い娘がいる。ある日、そのおよしが、父の拵えた借財の為に吉原に売られると知った与平は、借金を返済しおよしを茅場町の仁寿堂出店で雇い入れるのだった。
 店を閉めた後、机と腰掛けを通りに持ち出して店開きする「聞き屋与平」。物語の時刻は夕暮れから夜半である事から、周囲の景色は闇夜に行灯の薄暗い灯りと想定されるが、そこはやはり宇江佐さんであって、独自の美しい言葉で季節感や相手の様子を描き分けている。
 
どくだみ
 拾った巾着の中に母親の手作りらしいお守りが入っていたので、何とか持ち主を探したいと、千蔵という男が「聞き屋与平」に相談を持ち掛けるが、この男、表向きは床店の主であるが、裏では巾着切りの元締めをしているのだった。
 章毎に中心となる話はあるが、「聞き屋与平」を訪れる客はひとりではなく、主題となる話と直接の繋がりはないのであるが、関連性を持たせているのが特徴的かつ計算されており、深みを出している。
 人の心に潜む善悪を題材にしている。
 
雑踏
 日本橋の生薬屋うさぎ屋に婿養子に入っている、次男作次の夫婦仲が良くないと聞き、与平は作次に会いに行く。話を聞き、与平は両国広小路に仁寿堂の床見世を構え、作次に任せるのだった。
 「白い覆いを掛けた机に青白い月の光が射していた」。この美しい表現の中、夫婦とはを問う章になっている。

開運大勝利丸
 近頃評判の「開運大勝利丸」を、作次の床見世で売る事になったが、与平は賛成し兼ねていた。そんな折り、町医者中野良庵から「赤膏」という薬の処方箋を貰う。
 表向きは町医者だが、裏の顔は押込みであった中野良庵。彼が最期に見せた優しさを踏まえ、人が最期に守る物は何か。大切な物について考えさせられる章である。
 良庵の情婦のお梅との話の後のラスト6行が、心に響いた。

とんとんとん
 与平を付け狙っていた鯰の長兵衛が、息を引き取った。ついに秘密を守り抜いた与平だったが、今度は付け火をされる。そしてその顔は先代の女将おうのだった。
 冒頭から与平の秘密を暴こうと近寄っていた岡っ引きの長兵衛。ついに与平の口から明かされる事はなかったが、恐らく死期を悟ったであろう長兵衛が「ご隠居。後生だ。冥土の土産に明かしてくんねェ」。と言うシーン。このひと言で、鯰と渾名され評判芳しくない岡っ引きながらも、真実を追究するプロ根性を供えた人物であることを伺わせた。

夜半(よわ)の霜
 富蔵とおよしの祝言が挙げられた。だが喜びも束の間、およしの実母のおまさが、仁寿堂に集るようになったのだ。およしは離縁を口にする。
 与平の最期の客は、女房のおせきだった。おせきの口から出た内容とは…。与平が40年間抱え続けた秘密だった。
 おせきが明かす40年前の与平の秘密。恐らく「聞き屋与平の」の小さな机の前で、頭を付き合わせるようにして話し合う長年連れ添った夫婦の、互いが口に出来なかった真実に対し、与平の心境描写が見事に描かれている。
 「昨日と同じ夜が今日も続く。だが昨夜と今夜は確実に何かが違う」。与平の跡を引き継いだおせきのこんな心中で物語は終わる。
 話を聞くだけといった設定ながら、かなり奥の深い物語であった。こうして書くに当たりかいつまんで目を通したが、是が非でも再読したい一冊である。
 
主要登場人物
 与平...米沢町薬種屋仁寿堂本店の隠居
 おせき... 与平の妻
 藤助... 仁寿堂本店主、与平の長男
 おさく...藤助の妻
 作次... 日本橋薬種屋うさぎ屋の婿養子、与平の次男、後に両国広小路の仁寿堂床見世主
 おなか... 作次の妻
 富蔵... 茅場町仁寿堂出店の主、与平の三男
 徳市... 米沢町の按摩
 鯰の長兵衛...両国広小路の岡っ引き
 およし...一膳めし屋の女中、後生薬屋の女中
 源次...鳶職、火消し「に組」の頭
 千蔵...両国広小路髪結床千店主、おさくの父親
 中野良庵...八丁堀の町医者
 お梅...良庵の情婦



書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

三日月が円くなるまで~小十郎始末記~

2012年04月14日 | 宇江佐真理
 2006年4月発行

 仙石藩士正木庄左衛門が企てた、島北藩主利隆暗殺に、藩の重臣である父の厳命によって助太刀を言い渡された刑部小十郎が、町屋に潜み時節を待つ間に、世間や恋を知るといった話である。
 これは、歴史的に南部一族であった津軽(大浦)為信が、1571年に南部一族を打破し、津軽地方一帯を支配。豊臣秀吉から正式な大名として認められ、津軽弘前藩が擁立され、南部盛岡藩との遺恨が勃発。以後も領地を巡り諍いが起きていたが、その積年の恨みを晴らすべく、下斗米秀之進が起こした津軽寧親暗殺計画。檜山騒動が背景にある。実際この二藩は、江戸城内においての詰の間も別けられていた程の険悪な仲であったらしい。
 下斗米秀之進は実存の人物で、津軽藩主の津軽寧親のお国入りを襲撃(檜山騒動)したが、内通者も出て果たさず、一時は家族と江戸に潜んだが、津軽藩の訴えで幕府に捕らえられ、同士の関良助と共に小塚原で獄門となった。
 作品の中では、弘前藩は島北藩、藩主の津軽寧親は島北利隆、盛岡藩は仙石藩、下斗米秀之進は正木庄左衛門に変えられるなど、若干の設定変更もある。

三日月が円くなるまで
 正木庄左衛門が藩の汚名をそそぐ為の大役を仰せつかると、刑部小十郎はその助太刀の厳命を受けた。
 その為に住み慣れた江戸藩邸の御長屋から、神田久松町の薬種屋も兼ねる古道具屋紅塵堂の世話で借家を借りる。だが、その借家、毎夜二階からおかしな物音が聞こえ…。
 「銀の雨」の脇役だった親子(鈴木八右衛門、ゆた)が、主要人物の躍り出たのにまずは驚かされた。
 だが、大名暗殺計画の助太刀に任命された小十郎が、如何して市井に身を置かなくてはならないかが、いまいち不明。更には、一家心中のあった曰く付きの借家での幽霊騒ぎ。
 申し訳ないが、檜山騒動を書きたかった宇江佐さんが、ページ数の関係で市井物を取り入れた感が否めない。もちろん、宇江佐さんの市井物は好きで、これが単に脱藩や召し放しにより借家住まいを余儀なくされた武士の設定なら、十分に楽しめる内容である。

一輪の花
 庄左衛門のと再会した小十郎は、庄左衛門が仇討ちに名乗り出たのには、下級武士からの脱却があった事を知る。
 また、雲水の賢龍と奇妙な共同生活が始まり、僧でありながらも捌けた面を見せる賢龍の、どろどろとした過去に驚くのだった。
 賢龍の打ち明け話。名も知らぬ一輪の花に女子を例え、また、次第にゆたが気になり始める過程の持っていき方はやはりお見事。「三日月が円くなるまで」項の設定と切り話して読めば、やはり宇江佐ワールドである。

待たぬ月日は
 虎視眈々と時節を伺う正木庄左衛門は、国元の実父危篤の知らせを受け国元へと戻る。
 一方小十郎は、賢龍、そして紅塵堂の娘ゆたとの親交を深めるのだった。
 前項「一輪の花」に続く感想だが、ラストの二行の、「家々の閉じた雨戸は青みがかって見える。佇む二人の身体も青に染まりそうな夜だった」。
 こんな美しい夜の描写を読んだ事はない。やはり宇江佐さんの感性は素晴らしい。
 
さびしん坊
 庄左衛門を追って国元へ行く事になった小十郎。同道する賢龍の勧めで、道中怪しまれないように僧に化けることになり、下谷の承安寺で修行をするが、堪え難い屈辱の日々となるのだった。
 耐え忍ぶ小十郎。そして武士としての誇りを露にする小十郎が描かれている。これまでは、たおやかなイメージに描かれていたが、この章において小十郎の暗殺計画助太刀への真意が迫る。

待ちぼうけ
 国元に戻った小十郎。参勤交代を狙って島北藩主襲撃計画が実行された。だが、その計画は間者により、事前に敵方の知るところとなる。
 追っ手から逃れる為、小十郎は藩邸の御長屋にて謹慎生活を送る。
 物語のクライマックスである。国元での暗澹たる生活から、暗殺計画、そして裏切り。そして適わぬ恋心。全てが集約されているように感じる。

死んだふり
 国元の戻り婿養子の話が勧められるが、ゆたを思う小十郎は、思い悩む。そんな折り幼い藩主が急逝し、藩はそれを隠す為に身代わりを立てる事になった。甥が身代わりに擁立した事で、小十郎は側近に抜擢される。
 冒頭から物騒な始まりである。そして、理不尽な処遇に落とされた小十郎。
 ただ、これまで読んだ宇江佐さん作品であれば、切ない終末があるところ、ハッピーエンドに終わっている。もしや? 邪推ではあるが、書かされた? 
 いずれにしても、タイトルこそ、宇江佐さんらしいが、作品の中で異彩を放つと考える。
 また、ここで「銀の雨」の鈴木八右衛門、ゆた親子を抜擢した意図を知りたい。

主要登場人物
 刑部小十郎...奥州仙石藩士
 秀之進...奥州仙石藩士、小十郎の父親
 たつ...小十郎の母親
 正木庄左衛門...奥州仙石藩在郷の下級藩士
 関川丹後...庄左衛門の朋輩
 田島末七郎...奥州仙石勘定方、小十郎の朋友
 賢龍...雲水、小十郎の朋友
 鈴木八右衛門...岡っ引き(元長崎奉行所同心)、薬種屋も兼ねる古道具屋紅塵堂主
 月江...八右衛門の妻、薬種屋も兼ねる古道具屋紅塵堂女将
 ゆた...八右衛門の養女
 円海...下谷承安寺の住職
 天真...下谷承安寺の僧侶
 小吉...刀鍛冶、庄左衛門の間者
 権助...小吉の弟弟子



a書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

アラミスと呼ばれた女

2012年04月13日 | 宇江佐真理
 2006年1月発行

アラミスと呼ばれた女
 通詞には男しかなれない。そんなタブーを男装で乗り切り、フランス語の通詞として数奇な半生を送るお柳。それは、幼い頃より心引かれていた榎本武揚の頼みだったからだ。長崎出島、江戸、横浜、蝦夷そして東京へと舞台は移り壮大な維新ロマンが展開する。
 あらすじをかいつまむと、江戸で簪職人をしていた父は、商い上独学で語学を学ぶび、やがて幕府に認められて、オランダ語の通詞として崎の出島へ赴任する。
 そんな父の元で育ったお柳も、オランダ語、フランス語に長けていた。
 長崎では、江戸の頃から親しくしていた榎本家の釜次郎(後の武揚)が、幕府の海軍伝習所にやって来る。お柳は兄のように釜次郎を慕うようになる。
 だが、父が尊皇攘夷派の標的とされ惨殺され、お柳と母は江戸に戻る事を余儀なくされ、頼る者のいない江戸で、お柳は芸者になり糊口を凌ぐのだった。
 そんな折り、ある座敷でオランダ留学から戻った釜次郎と再会し、男装をしてフランス語通詞になるように頼まれ、フランス仕官たちからアラミスと呼ばれるようになるのだった。
 時は幕末。武揚に伴い蝦夷まで赴いたお柳だった。
 幕末に男装でフランス語の通詞として働いた、田島勝という実在の人物がモデルになっているらしいが、榎本とのストーリは宇江佐さんのフィクション。史実上、榎本武揚に函館まで同道した女性がいたらしいが、その女性との逸話もお柳の身に置き換えている。実存の人物と架空の人物が深く関わりながら物語を進行させる方式は、宇江佐さん作品には珍しいだろう。
 本来、下町人情物が好きなので、この作品もかなり後になって読んだのだが、ほかの蝦夷物や明治物などに比べてすんなり入り込めたのは、主人公が幼い少女時代から話が始まったからだろう。
 単なるロマンス物ではなく、二十九章は、函館戦争を知る上で興味深く、戊辰戦争終結に関する文章も織り込まれている。
 こんな波瀾万丈の人生、幕末なら有り得ただろうと思わせるが、史実を追求するあまり、お柳の女性としての終盤が些か寂しく、ここはフィクションで榎本武揚との新たな人生にして欲しかったといち読者として望まずにはいられない。

主要登場人物
 田所柳(アラミス、ミミー)...フランス語通詞
 平兵衛...オランダ語通詞、お柳の父親 
 おたみ...お柳の母親
 榎本釜治郎(武揚)...幕府海軍副総裁
 お勝...お柳の娘
 お玉...出島江戸町平戸屋の娘、お柳の幼馴染み
 おみの...数寄屋町置屋杉乃の女将
 ジュール・ブリュネ...仏軍砲兵中尉、陸軍伝習所砲兵科教官
 上総屋清七...仙台肴町の錺職人、平兵衛の朋輩
 らく...武揚の姉
 大塚賀久治...元彰義隊頭取並、旧幕府軍
 岩崎貞子...岩崎財閥の縁者、お柳の英語塾生
 岩崎梅子...岩崎財閥の縁者、お柳の英語塾生
 水野歌子...お柳の英語塾生
 中根華子...お柳の英語塾生


a書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

ひょうたん

2012年04月12日 | 宇江佐真理
 2005年11月発行

 本所掘留の五間堀で、小さな古道具屋鳳来堂を営む、中年の音松とお鈴夫婦の日常物語。
 常に友人が集う鳳来堂名物は、音松が大好きな芝居の幕で拵えた半纏。トレードマークになった半纏から、何時しか「幕張の音松」と呼ばれるようになった。そして、店先に七輪を持ち出してあれこれ腕を振るうお鈴の料理と、庶民の何でもない日常を面白おかしく描いている。艶っぽさも然したる事件もないがそんな平凡こそがこれまた日常なのだ。

織部の茶碗
 音松が手に入れた「織部の茶碗」。実は盗品だったと分かり、持ち主へと返した音松だったが、なんと次にその茶碗は、質屋の菱屋に持ち込まれたと言う。
 毎夜のように、お鈴の手料理目当てに集まる音松の幼馴染みたちの、気の置けない会話とお鈴の拵える料理が、江戸の昔へ誘ってくれる。

ひょうたん
 音松が、物との知れないひとりの男を拾って来た。男の名は夏太郎。今しも身投げをしようとしていたと言う。音松は、そのまま鳳来堂に住まわせるのだ。
 存外に気の良い夏太郎に、お鈴も何時しか好感を抱く。夏太郎の、職人としての悲喜こもごもを綴った一編。ほんわかと下町人情を感じさせる。夏太郎が拵えた、「ひょうたん」の根付けが表題である。
 
そぼろ助広
 金策に困った浪人者の村上与五郎が、鳳来堂に大刀を持ち込んだ。刀剣の類いは扱えずに、菱屋へ持ち込む音松だったが、それが幻の名刀「そぼろ助広」だと知ると、二束三文で刀を手放す事を良しとしない音松。当座の資金を与五郎に貸し与えるのだった。
 ほんわりと掴みどころのない音松の男気が現れた、「情けは人の為ならず」の戒めを思い出させる作品である。

びいどろ玉簪
 「びいどろの玉簪」を鳳来堂に持ち込んだ、おつぎと金助の姉弟。二人のしおたれた様子にお鈴は不信を抱く。案の定、二人は騙りだった。
 唯一の、悲しい結末を迎える後味に悪い作品である。この作品を書くに当たり、宇江佐さん自身が、現代の児童虐待の風評に酷く心を痛めての事とある。

招き猫
 瀬戸物屋から持ち込まれた「招き猫」を独断で受け入れた長五郎に、拳骨を張って声を荒げた主の竹蔵。実は、娘のお菊と長五郎を連れ添わせる話だったが、お菊に良い縁談が持ち込まれた事から、長五郎を追い出す口実だった。
 これまでも、ちょくちょく顔を出していた長五郎が、主役になった項である。音松、お鈴の子を思う気持ちと、長五郎の子どもながらの利発さ、音松、竹蔵、梅次三兄弟に寄る、実の兄弟の絆など、家族という繋がりを考えさせられる。

貧乏徳利
 瓦職人が焼いた二合入りの徳利が、鳳来堂に持ち込まれた。「貧乏徳利」を引っくり返すと糸尻の中に銘ではないおかしな文字が刻まれていた。
 毎夜のように鳳来堂に集う幼馴染みたちと、花見に行くのが音松の夢だが、房吉、勘助の商売柄失言した試しがない。それが、この年は夜桜を見物できる事になった。音松は、喜び勇んで出掛ける。
 勘助の死という結末で終焉を迎えるが、その予兆としての夜桜の演出。そして、勘助の死を見送った音松の行動の表現が以下である。「涙がとめどなくこぼれ、唇まで伝う。おまけに洟まで垂れた。大の大人がそんな顔で歩いてなどいられない。だから音松は走った」。
 お見事。
 さてこの物語、主要レギュラー陣は中年とあり、この後どうなるのかと思っていたが、それは最新刊の「夜泣きめし屋」にて、彼らの息子たちに引き継がれる。
 
主要登場人物
 音松(幕張の音松)...五間堀古道具屋鳳来堂の主
 お鈴...音松の妻
 長五郎...音松のひとり息子、質屋菱屋の小僧
 竹蔵...浅草広小路の質屋菱屋主、音松の長兄
 お菊...竹蔵の娘
 梅次...元旅籠町の両替屋駿河屋の番頭、音松の次兄
 房吉...常盤町酒屋山城屋の主
 勘助...六間堀の料理茶屋かまくらの主
 徳次...駕籠舁き
 恩田作左衛門...佐竹藩留守居役次席
 夏太郎...角清の角細工職人
 村上与五郎...浪人
 おもと...お鈴の母親、本所横網町裏店住まい
 虎蔵...地廻りの岡っ引き
 おつぎ、金助...騙りの姉弟
 林蔵...火消し「十四組」土手組
 

書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

無事、これ名馬

2012年04月11日 | 宇江佐真理
 2005年9月発行

 7歳になる武家の子どもと、五十五歳の火消しの頭が織りなす、悲喜こもごもの人情物語。「春風ぞ吹く」の村椿五郎太の嫡男が主人公といった憎い設定である。
 笑って怒って泣いて喜んでといった喜怒哀楽全てが詰まり身近に感じられる、わたくし一押しの長編である。台詞ひとつひとつが生き生きとし、目に浮かぶ可愛らしい仕草が何とも言えず味わい深く、ページを捲る度に思わず頬が緩む。
 
好きよ たろちゃん
 松島町の武家の息子、村椿太郎左衛門が、「頭、拙者を男にして下さい」。と、大伝馬町の「は組」の頭取吉蔵を訪った。火事場での勇士を見込んでの事らしい。
 折しも、大伝馬町の酒屋三浦屋では、主平吉の女房が、仏壇を守りたくないと言い出したと、吉蔵は相談される。
 太郎左衛門の仕草のひとつひとつ。吉蔵の胸の中の叫びに完全にはまった。
 とにかく、可愛くて楽しくて面白い。
 「男の道」を学びたい太郎左衛門言うところのそれとは、「夜は一人で廁に行けること、青菜を嫌がらずに食べること、道場の試合に負けても泣かないこと…」。カバーのイラストがこれまた内容にぴったりで、にんまりとしながらページをめくる手が早まる。

すべって転んだ洟かんだ
 剣術道場の試合に負けると泣いてしまうと言う太郎左衛門、たっての頼みで吉蔵は当日付き添う羽目に。
 吉蔵の娘お栄には、忘れられない苦い恋の思い出ある。その相手が普段顔を合わせる、従兄弟の金次郎とあって、吉蔵も少しばかり穏やかではない。
 紅白戦の前に、大丈夫かと道場主の娘琴江に尋ねられた太郎左衛門が、大丈夫じゃないと返答した時、「吉蔵は握っている太郎左衛門の手を思わず揺すった」。とある。こういった仕草が実に自然で目に浮かぶようだ。
 一方で金次郎とお栄の大人の会話においての、金次郎のきっぷの良い江戸っ子弁(?)もまた、大層粋である。

つねりゃ紫 喰い付きゃ紅よ
 初出の梯子乗りに抜擢された鹿次が逃げ出した。誰もがこの年は「は組」の梯子乗りは諦めようとする中、金次郎は由五郎にそれを命じる。
 お栄は、近頃ぼけ始めた小間物屋こけし屋のお勝 が気になり、足繁く通ううちに幼馴染みのおくらと再会する。おくらの秘密を垣間見てしまったお栄は、居たたまれない思いにかられるが、そんな場面でも、「持って来た豆大福をどうしようかと思った」。と、こちらも実にリアル。話の筋はもちろんだが、こういった箇所に生身の人間らしさを感じるのだ。
 
ざまァ かんかん
 寝小便が治らないと悩む太郎左衛門。その薬を届けに村椿を訪ったお栄は、太郎左衛門の母親紀乃の態度に胆が焼ける。
 お栄の亭主由五郎が、消し口を間違えたと、金次郎とひと悶着。
 この項も、吉蔵と由五郎の台詞が笑わせてくれる。金次郎が消し口の事でぐだぐだ叱りを入れ、お栄はそれに対し、「くどい男」と言う。それを聞いた二人。
 「昔からよ」
  由五郎がぼそりと応えた。
 「んだ。くでェ男よ。昔っから」
  吉蔵も相槌を打つ。それから二人は顔を見合わせて弱々しい笑い声を立てた。
 この件が妙に気に入っている。
 また、漸く太郎左衛門の父親の五郎太が登場。「春風ぞ吹く」から比べると随分と落ち着いているが(年齢を重ねたので当然)、優しい人柄はそのままで、妙に懐かしいサプライズだ。

雀放生
 金次郎が妙な事を口走り、お栄は嫌な胸騒ぎを覚える。そんな折り、こけし屋が火事に。金次郎は取る物も取り敢えず現場に走る。
 剣術の紅白戦で、太郎左衛門に生涯唯一のまぐれが起きた。
 とうとう、ついに、宇江佐さんの持ち味である切なさが募る項に突入といった感じである。
 結末を書く事は敢えて避けるが、お勝を救い出した金次郎のシーンは、嫌でも脳裏を離れないくらいに鮮明であり、かつ、紅白戦帰りの太郎左衛門の口から出た、「若頭ががんばれ、がんばれとおっしゃっている声が聞こえたので、拙者、がんばりました」。ここで、これまで堪えに堪えていたが目頭を押さえる羽目に陥ってしまった。その後はもういけない。

無事、これ名馬
 約十年が過ぎ、太郎左衛門も湯島の学問吟味を受ける年頃へと成長。それでも相も変わらず吉蔵を慕い顔を見せる。
 一方、金次郎の息子の金作も、「は組」の纒持ちになったのだが…。
 「茶の間の障子を透かして、外から仄白い光が射している。炬燵に入っているので吉蔵の手足は温かいが、背中はうすら寒い」。
 十年後の冒頭の文である。これにて、ぱっと情景を浮かび上がらせながらも、季節と年月を表現してしまうのだ。凄い。そして、幾つになって変わる事のない素直で可愛らしい太郎左衛門。変わる事のない吉蔵、お栄と太郎左衛門の奇妙な縁。学問や剣術が人より優れていなくとも、人は心根が大切である。太郎左衛門こそ名馬である。その集大成で目出たい最終章を迎え、宇江佐さんの技法を真似れば、刷毛ではいたような雲が流れる青空のような、小気味良い終わり方である。
 だが逆に、宇江佐さんは吉蔵と太郎左衛門物をシリーズ化の意志がなかったのが残念でならない。
 
主要登場人物
 村椿太郎左衛門...五郎太の嫡男
 五郎太...幕府御祐筆、太郎左衛門の父親
 紀乃...太郎左衛門の母親
 里江...太郎左衛門の祖母
 琴江...道場主の娘
 吉蔵...大伝馬町鳶職、町火消し「は組」頭取
 お春...吉蔵の妻
 お栄...吉蔵の娘
 由五郎...大伝馬町鳶職、町火消し「は組」纏持ち、お栄の亭主(入り婿)
 おくみ...由五郎、お栄の娘
 金八...掘留の鳶職、町火消し「は組」頭取、吉蔵の義兄
 金次郎...掘留の鳶職、町火消し「は組」お職=顔役、金八の息子
 金作...金次郎の息子(後に町火消し「は組」纏持ち)
 おけい...金次郎の妻
 鹿次...町火消し「は組」平人
 おくら...お栄の幼馴染み
 お勝...小間物屋こけし屋女主
 


書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

たば風~蝦夷拾遺~

2012年04月10日 | 宇江佐真理
 2005年5月発行

たば風
恋文
錦衣帰郷
柄杓星
血脈桜
黒百合  計6編の短編集

 舞台は全て幕末。幕藩体制の崩壊に翻弄される蝦夷松前藩と、旧幕臣たちそれぞれの維新を描いている。

たば風
 松前藩の城下の武家の娘広瀬まなは、相愛の許嫁である続幸四郎との婚礼を楽しみにしていたが、幸四郎が病に倒れ破談となってしまう。その後、小姓組の小菅伝十郎の後妻となるが、御家騒動に巻き込まれた夫と離ればなれになり、ひとり取り残された屋敷から決死の脱出を計る。
 切なさと、幸四郎の男気にまいった。こうした悲しい結末を、たば風が運んでくれた白日夢で幻想的なシーンに纏め上げている。

主要登場人物
 広瀬まな...蝦夷松前藩準寄合席広瀬主殿の娘
 続幸四郎...蝦夷松前藩鷹部屋席、まなの元許嫁
 小菅伝十郎...蝦夷松前藩小姓組、まなの夫
 けさ...主殿の後妻、まなの母親

恋文
 町家出の妻みくは、4人の子育ても終わり、松前藩の江戸詰の藩士である夫の赤石刑部と離縁を考えていた。その旨を元服した息子の右京に打ち明けると、離婚をするなら、父に百通の恋文を書いて欲しいと告げるのだった。
 改めて文を書く事に寄って気が付く、昔年の思い。ラスト6行の落ちが、リアルさを募らせている。

主要登場人物
 赤石みく...刑部の妻、下谷新寺町呉服屋よし井の娘
 赤石刑部...蝦夷松前藩士
 右京...蝦夷松前藩士、刑部の三男、小平家へ養子に入る
 神成善太郎...蝦夷松前藩士右京の友人
 卯平...飾り物屋薊屋主

錦衣帰郷
 蝦夷地探検で多くの功績を残した最上徳内の出羽国凱旋を、庄屋の笠原重右衛門の目線から描いている。
 「桜花を見た」に収録された「シクシピリカ」のスピンオフといった作品。旅の途中で、最上徳内が産まれ故郷の最上徳内へと立ち寄った折りのこぼれ話である。
 軽いタッチで、最上徳内の人物像を紹介している。

主要登場人物
 最上徳内(元吉)...幕府普請役(蝦夷地御用)
 笠原茂右衛門...出羽国村山郡縦岡村庄屋
 はつ...茂右衛門の妻
 高宮清心...徳内の叔父
 
柄杓星
 激動の幕末、大政奉還によって禄を失った幕臣たち。その為に村尾仙太郎も養子先を退かざる得なければならない。行き場所を失った仙太郎は、彰義隊へと身を投じる。
 後の「夕映え」の原点ともなった作品と言えるだろう。「夕映え」では、類似したシーンをより深く描いている。
 柄杓星に希望を見出そうとする仙太郎が哀れであると共に、維新に起きた不幸をまざまざと突き付けられた感に教われる。決してホラーではないが、ある種の恐怖感も否めない。可哀想だけでは済まされない話は身に詰まされる。

主要登場人物
 村尾仙太郎(小日向)...旧幕府小納戸役、彰義隊士
 横田杉世...兵庫の娘
 兵庫...旧幕臣、杉世の父親
 極...旧幕臣、杉世の兄
 松江...極の妻

血脈桜
 榎本武揚率いる旧幕府軍に包囲された蝦夷松前藩。最後の藩主松前徳広の正室光子は、警護の為に選ばれた百姓の娘たち6人に守られ城を落ちる。
 この話にモデルはあったのだろうか? 宇江佐さんらしからぬ現実離れした内容に思えるが…これはわたくしの無知故なのだろう。
 話自体は、もうひとつぴんとこなかったが、脱出の途中で、土方歳三がサプライズ的にワンシーン顔を出す。宇江佐さん作品で、土方が登場するのは、この「血脈桜」と「アラミスと呼ばれた女」だけと記憶するが、いずれもかなり格好良く描かれているものの、宇江佐さんは新撰組には興味がないのだなあと感じるものがある。

主要登場人物
 蠣崎将監...蝦夷松前藩家老、絵師
 うめ...光子付侍女、山中房五郎の娘
 さき...光子付侍女、松本善兵衛の娘
 みる...光子付侍女、佐藤蝦吉の娘
 とみ...光子付侍女、工藤茂助の娘
 さな...光子付侍女、大場宇助の娘
 よね...光子付侍女、平山琴次の娘
 光子...蝦夷松前藩主松前徳広室
 しず...光子付侍女
 るり...光子付侍女

黒百合
 幕藩体制が崩壊し、旧幕臣たちは身の振り方の選択を求められていた。旧幕臣の娘千秋は、全く生計を得ようとしない父と兄を養いながら浅草広小路の見世物小屋で撃剣会と称する剣術劇を披露していた。
 やはり禄を失い、見せ物剣劇に身を落とした旧幕臣や武家たち。この物語の主人公である千秋、以登は、徳川家の移封先となった駿府さへ行けば、以前のような暮らしに戻れると希望を抱いている。だが、現実は駿府も安泰な場ではなかったと悟る。
 ラストは、ひと昔前の大映映画を彷彿とさせるシーンで幕を下ろしているが、これが剣劇(撃剣会)の話に寄り相応しいと選ばれたと思うと、そのセンスに脱帽する。

主要登場人物
 溝江千秋(甲斐)...撃剣会
 伝右衛門...旧幕臣、千秋の父親
 伝八郎...旧幕臣、千秋の兄
 小松崎以登(巴)...撃剣会
 脇坂紋十郎...撃剣会、元蝦夷松前藩剣術指南役
 森田覚之助...撃剣会
 小野春之丞...撃剣会
 


書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村

君を乗せる舟~髪結い伊三次捕物余話~

2012年04月09日 | 宇江佐真理
 2005年3月発行

 伊三次シリーズも第6弾になり、世代交代の波が押し寄せたようだ。元服し見習い同心となった不破友之進の嫡男である龍之介を中心とした若手の台頭目覚ましく、伊三次は脇に追いやられた話も増えている。また、伊与太、茜の成長を交えてほのぼのとした可愛らしい場面が増えたが、お文(文吉)に至っては、ほとんど脇に甘んじ些か寂しい。

妖刀
 隠密廻り同心の緑川平八郎と旧知の仲である、刀剣商一風堂・越前屋に、曰くありげな名刀が持ち込まれた。数年前、然る大名家から家宝の刀がごっそりなくなったとの噂もあり、伊三次は真相追求に奔走する。
 不可思議な事件は思いも寄らない終末を迎え、読み終えて頭の中がぼわんとする話。
 前回から緑川平八郎の出番が増え、伊三次と組む場面が増えているが、これは宇江佐さんが平八郎というキャラを愛しているからであろうか。今回も、平八郎と鰻を食べるシーンから始まっていた。

小春日和
 伊三次ら手下が下手人を追い付けている折り、田口五太夫と名乗る武士が手を貸してくれた。だがその男は別人の名を騙っていた事が分かる。何故に…。
 好いたおなごと所帯を持ちたいが…。武家故の御家相続にまつわる話に美雨との祝言を控えた乾監物がひと肌脱ぐ。伊三次はストーリに絡んではいるが、実際には補助的存在で、その感情の程はラスト2行の、「陽射しを受けた伊三次の背はいつまでも暖かかった」。との締めの言葉で表現している。こういった演出がさすがである。
 また、話の途中で見せる伊三次の父親としての顔が、伊与太の愛くるしさと相まって何とも好きである。

八丁堀純情派
 不破龍之介は、元服の儀が執り行い名を龍之進と改め、無足の見習いとして北町奉行所に出仕した。ほかには、緑川平八郎の子息緑川鉈五郎(直衛改め)の顔もある。
 昨今、世間を騒がす本所無頼派を取り締まるべく、龍之進らは八丁堀純情派を結成する。
 これから数度に渡り対峙する事になる八丁堀純情派と本所無頼派の序章。龍之進が主役の踊り出、その仲間たち若手が物語を進行させる新しい切り口へとモデルチェンジ。
 当初は八丁堀純情派の項は好ましくなく、後に刊行された本もそこだけ飛ばして読み終えていた。改めて読破したのは、これより3冊後の「今日を刻む時計」にての伊三次、不破友之進の子たちへの主役バチンタッチの後である。

おんころころ
 紫色の小袖を着た娘の怪談話が噂になっている舞屋に、移り住むと言う粋狂な武士が現れた。噂と関わりがあるのか否か、伊三次はその武士を探る。
 暗澹たる事件は解決をみるが、途中伊与太が疱瘡に掛るといった、江戸の世情を含ませている。前項でやはり伊三次が表立って出てこないと面白みに欠ける旨を書いたが、伊三次の場合は本筋の話に加え枝分かれが幾つかあり膨らみが大きいように思えるのだ。

その道 行き止まり
 本所無頼派の探索を秘かに進めていた龍之進は、一味の首謀者の薬師寺次郎衛と、以前ほのかな恋心を抱いていた、元私塾の師匠小泉翠湖の娘あぐりが、ただならない間柄である事を知る。
 龍之進とあぐりとの再会のシーン。「龍之進の胸がどきりと大きな音を立て、うなじに痺れを感じた」。これだけの文で、「さんだらぼっち」での「鬼の通る道」が蘇った。あぐりの将来を思いやり、目の当たりにした殺害現場から目を背けた龍之進を。
 最終章では、龍之進と伊三次の弟子九兵衛が話し合う。行き場のない龍之進の胸中が涙となって表現されたおり、その訳を知らない伊三次が九兵衛へ向かい、「『お前ェ、何かしたのか』。伊三次は疑わしそうに九兵衛を見る」。と表現されている。この瞬間わたくしは、江戸の町に舞い降りたような心持ちになった。

君を乗せる舟
 金繰りが苦しくなってきた本所無頼派のひとりが、口入れ屋と話をしているのを知った龍之進。そんな折り、嫁ぎ先が決まろうとしていたあぐりの、縁談を断ったと知り、駆け付けてみると…。 
 あぐりを救う為に龍之進は奔走する。だが、長年不破家に務めた下男の作蔵が命を落としてしまうのだ。作蔵秘められた過去も分かり、悲しみが増す一項。
 表題の「君を乗せる舟」は、龍之進の一途な思いからきている。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進(龍之介改め)...友之進の嫡男、同心見習い、八丁堀純情派
 茜...友之進の長女
 松助...不破家中間
 作蔵...不破家下男
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 鉈五郎(直衛改め)...平八郎の嫡男、同心見習い、八丁堀純情派
 橋口譲之進(譲太郎改め)...北町奉行所年番方同心橋口中右衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 
 春日多聞(太郎左衛門改め)...北町奉行所年番方同心春日四方左衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 
 西尾左内...北町奉行所例繰方同心西尾佐久衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 古川喜六...北町奉行所臨時廻り同心古川庄兵衛養子(柳橋料理茶屋川桝の息子)、同心見習い、八丁堀純情派
 片岡美雨...北町奉行所吟味方与力片岡郁馬の娘、京橋日川道場師範代
 乾監物(片岡監物)...北町奉行所吟味方与力見習い
 薬師寺次郎衛...小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、本所無頼派
 
 志賀虎之助...小普請組志賀善兵衛三男、本所無頼派
 
 長倉駒之介...旗本三千石長倉刑部三男、本所無頼派
 
 杉村連之介...小姓組番頭(旗本)杉村三佐衛門次男、本所無頼派
 貞吉...本所無頼派
 直弥...本所無頼派、骨接ぎ医の見習い
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 正吉...増蔵の手下
 おこな...お文の元女中
 醒...茅町刀剣商一風堂・越前屋主
 お久...女髪結
 田口清三郎(田口五太夫)...陸奥国弘前藩士
 
 松浦桂庵...八丁堀の町医者
 あぐり...元龍之介の手習いの師匠小泉翠湖の娘



書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村