わにの日々-中西部編

在米30年大阪産の普通のおばさんが、アメリカ中西部の街に暮らす日記

Woman in Gold

2015-10-24 | 映画・ドラマ・本
 見応えのある映画を見ました。ナチスにより没収された、自分にとっては二人目の母とも言える叔母の肖像、グスタフ・クリムトの名画、オーストリアのモナ・リザと評される『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』を、オーストリア政府から取り戻した女性の実話を基にした「Woman in Gold」です。ヘレン・ミレンが、第二次世界大戦前にナチから逃れて、今は西LAに住むマリア・アルトマン役。「Queen」ではエリザベス女王役だった彼女が、ユダヤ人移民役というのも面白い。黒い色のコンタクトを入れ、髪の色も染めて、本当に、あの辺りによくいるユダヤ人のおばあちゃんになりきっていました。カリフォルニアに引っ越して最初に住んだのが、この主人公の住むチェビオット・ヒルズ地域だったのだな。毒舌、頑固で何故かエラソーな、シャキシャキお婆ちゃん、ユダヤ教会前のトレーダー・ジョーズに一杯いた。

彼女を助ける若い弁護士、ランディにライアン・レイノルズ、ウイーンで彼らを助けるジャーナリストにダニエル・ブリュール、監督は私がとても好きな映画の一つ『マリリン 7日間の恋』のサイモン・カーティスです。英国きっての大女優演じるおばあちゃんとインテリ男性コンビの探求映画で、先日観た「あなたを抱きしめるまで」と、ちょっと被る。実際には、絵を取り戻すための裁判には10年が費やされたのですが、この映画の主点は裁判そのものではなく、主人公、アルトマン夫人の人生の軌跡を追いながら、歴史を、ナチス、そしてオーストリアという国の非を改めて責めるのがテーマじゃないかと感じました。

 「Woman in Gold(アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I)」 は、グスタフ・クリムトによる絵画で、アデーレの夫、成功した砂糖商人のフェルディナンドの依頼により1907年に完成されました。アデーレ自身は1925年に42歳で死去し、自分の肖像画をオーストリア・ギャラリーに寄贈するよう遺言したのですが、フェルディナンドはナチス占領下のオーストリアから亡命し、その資産はナチスに奪われました。フェルディナンドは1945年に死去した際、資産を甥や姪に相続させるよう遺言し、その中でアルトマン夫人が問題の肖像画を相続するよう指名されていたのです。

 そこで、本人の遺言によって国が所有しているという見解のオーストリア政府と、自分の所有権を主張するアルトマン夫人の間で法廷闘争が起こり、遂に2006年、オーストリア法廷による仲裁裁判が、アルトマン夫人のにクリムトの絵5点(うち1点がアデーレの肖像)の所有権を認めるまでの経過を追いながら、裕福で芸術家たちのパトロンであったユダヤ人商人の令嬢としての優雅な暮らしぶりや、スリリングなナチ占領下のオーストリアからの逃亡劇をはさみつつ、若い弁護士と老女の交流を描いたのが、この映画です。

 映画の中では、「オーストリアは(ナチの)被害者の振りをしているが、立派な加害者だ」という台詞や、ウイーンでアルトマン夫人を助けるジャーナリストが、自分の父がナチスであったことにショックを受け、過ちを正すために、絵が正当な持主に返される助けをしたいという台詞があります。また、スイス行きの飛行機に乗ろうとして「荷物が少ない」と疑われたマリアと夫(オペラ歌手)が、「急にテナーが病気になったから代役なの。カラヤンが振るのよ」と言い訳する場面もあり、カラヤンさん、あんた許されてないよ!と…

 だいたい、一個人が、一国の政府を相手取って、その国宝と見なされている資産を「返せ!」と申立てられる発想が既に、日本人の理解できるスケールを超えている。「赦し」の文化と「恨」の文化の違いを見た様に思います。これは、お互いの理解の相違の根源、その起源に発し歴史により更に刻み込まれていった文化性の差であり、何年経っても、いくら歩み寄ろうと努力しようと決して相容れない領域であるように思えます。島国内で基本的に同一民族同士でぬくぬくしてきた日本人には絶対に判らない。だから、宗教にだって寛容になれる。なんて幸運なんだ、日本!


   日本では11月27日公開、邦題は「黄金のアデーレ 名画の帰還」だそうです。「帰還」っていうのは微妙だなぁ… 原題の「黄金の女」と、元々の絵のタイトルである「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I」のどちれでもない「黄金のアデーレ」っていうのも、どういう意図でこの題をつけたのか考えちゃう。マリアにとっては美しく優しかったアデーレ叔母さんが、「黄金の女」とアイデンティティーを奪われ、にっくきオーストリアの国立美術館に飾られているのは許し難い状況であったでしょう。そして、そのオーストリアを逃れた彼女と家族を受け入れたアメリカに連れてこられた絵は「アデーレ・ブロッホ=バウアー」というアイデンティティーを取り戻す。そういう意味では確かに「帰還」なんだけど…

 この絵は、2006年に1億3500万ドルで、エスティ・ローダー創設者の息子で当時の社長、ロナルド・ローダーが買取り、ニューヨークのノイエ・ガレリエ(New Gallery)に飾られています。2001年に創設された、このギャラリーも、いつかは必ず訪れたいと思っています。19世紀末から20世紀前半のドイツとオーストリア美術を専門とするからも察せられるとおり、ここに所蔵された作品の多くは、ナチスにより没収された絵画を買い戻したもの。

 そして、弁護士のランディー・ショーエンバーグは、勝訴により得た巨額の報奨金を、LAのホロコースト・ミュージアムに寄付、今では、そのミュージアムの会長を務めると同時に、ホロコースト時代にナチスにより奪われた資産を取り戻す手助けを専門とする弁護士事務所を経営しています。この執念、おそろしや…

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