goo blog サービス終了のお知らせ 

さんたろう日記

95歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジで楽しみながら残りの日々静かに生きようと思っています。

広々とした緑の圃場に私ひとりいて

2020-06-22 | 日記

遠い日の思いよみがえらせて懐かしみました


   

 

80年の昔10歳半ばの私は百姓でした

今の農村には百姓も農民もいないんです、農村で働いていらっしゃるのは大型で高速でぴかぴかの農耕機械をつかって働いていらっしゃる稲作や・ハウス栽培や・畜産などの専業経営者ばかりなんですよ。百姓や農民と言われるような人は もういないんです。若者の姿は少なくて熟年のご夫婦さんが中心なんですけどもね。

百姓と言うのは家族同然の馬や牛と一緒になって地べたを這いずりまわり、鍬で耕し、鎌で草をかり、鉈や鋸を腰に差して里山を管理していた者をいうのです。

農民というのはいろんな機械化が進んでいて、でも、たとえば稲刈りのコンバインにしてもまだ小型でご主人がコンバインを運転し、奥様が籾を入れる袋を持ってコンバインの後を追い、刈り取られていっぱいになった籾の袋を交換してご主人と一緒に稲刈りを働いていた時代の農家の方をいうんです。農民の時代はそれぞれの農家はみんな自分の耕地は自分の農耕機械で耕作していたんです。自立していたんですね。、

今の農村では自分の家の田んぼは大型機械を持っている稲作経営者の方に委託して耕作してもらい、自分は町の会社で働いていらっしゃる方が多いみたいなんですよ。

どこかの農家のおばあさんが「うちの百姓どもはみんなサラリーマンになってしまった・・会社で働いて帰りにスーパーで野菜を買ってかえるんだから」らと嘆いていたのを聞いたことがあります。

 

さて80年昔の百姓の気持ちにかえった私はこの広々とした緑の圃場を見て6月下旬だ、ああこれは「一番こ」が終わる頃だったなと思うのです。

「一番こ」というのは6月に入り植えられた苗が定着分蘖(ぶんけつ苗の新芽が伸びて株が太くたくましくなること)した頃田んぼの苗の間を草取り器を押して転がして中耕し


      田んぼの中耕草取り器です


           

 中耕が終わったら素手で田んぼの泥をかき回して除草をするのです。その一回めを「一番こ」」二回めを「二番こ」というのです。七月に入ると「二番こ」が始まります。

「二番こ」は辛いですよ。上半身薄い作業着にさっぱかま(作業用の細いもんぺ)にすげかさをかぶって作業をするんですけども腰を折って腹ばいに近い形で素手で泥をかきまわして草をとるのです。とった草は泥に埋めるのです。背中は七月の太陽にあぶられて暑いんです。体中汗びっしょりです。でも泥手です汗などふけません。

でもその「二番こ」を私はそんなに辛いとも思わないで仕事を続けました。

それぞれの家でそれぞれの人がそれぞれの田んぼで草取り作業をするんですから七月の圃場は草取りの人でいっぱいなんですよ。人に負けちゃいられないとがんばるのです。

当時の百姓の仕事って大変庵なんですよ。夜明けとともに起きて鎌を持って草刈りにいって刈った草を背負って帰るんです。馬や牛の餌にするためです。刈った草は堆肥にもなるんです。だからとても大事な仕事なんです。朝の飯前仕事といいました。

朝飯が終わると間をおかず田んぼや畑の仕事に出るのです。午後は昼食を含めて3時間ほど昼寝をします。そしてまた日の沈むまで働くのです。 これが自作百姓の仕事です。厳しい仕事ですけどもみんながやっているあたりまえのことですからそんなに辛いとは思わなかったのです。

 

幸に私の住んでいた村は山間の耕地の少ない場所でしたから小作などはありませんでしたけど、○○様と言われる大地主と小作百姓の話も聞いてはいました。

生活に困って土地を担保に高利の金を借り返済出来ず土地を取りあげられて小作人がどんどん増えていくんだと聞いていました。小作は四分六といわれ収穫の六分は地主に納め残りの四分で暮らさなければなりません。不作の年には生活に困り娘を女衒と言われる人買いに売らなければならないこともあったらしいのです。あの「おしん」の始め頃におしんの母が遊郭に身を落としたシーンがありましたね。それが悪いこととは思われない時代であったんですよね。人権などあったもんではありません。戦前はそんな時代でした。

戦後占領軍のGHQの命令で地主制度が廃止され小作人がみな自作農民になったことが今のような豊かな農村の日本になれた大きな要因だたったと聞いたことがあります。

もと百姓だった私にはたれ一人見えない広い緑の圃場を見るといろんな思いが湧いてくるんですよ.わたしの子供の頃の着物の襟は流れる鼻水を拭いてぴかぴか光っていました。おやつはみな野や山から自分でみつけて食べていました。

いまの子供達は綺麗な服装で変速機付きのっ自転車に乗りスマホも持っているみたいです。どこの家でも自家用車は2--3台はあります。茅葺きの家などありません。みんな綺麗な住宅で子供たちは個室をもらっているみたいです。農村は豊かになりました。

でも農村から若者や子供の姿は本当に少なくなりました。なんか違うなとしみじみ思う私なんですよ

ながながとボケ老人のたわごとを書きました。最後まで読んで下さった方がいらっしゃったら感謝申しあげます。ありがとうござました。このまま投稿します。詠みにくいと思いますけどごめんなさいね。