さんたろう日記

95歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジで楽しみながら残りの日々静かに生きようと思っています。

栗がえんでいがからこぼれそう 秋ですね

2013-09-19 | 日記


 栗がえむ、栗が笑むとでも書くんでしょうか、私の古里では栗の実が熟していがが割れ栗の実がこぼれ落ちそうになることを「栗が笑む」といいました。

 私の田舎の掟では栗や梨や柿などの実(なりものといっていました)は木になっている物はとってはいけないけれども木から落ちた実は子どもが自由に拾っていいことになっていました。

 栗がえんで落ち栗が拾えるようになると、何処の家の林であろうと子どもたちは自由に拾っていいことになっていました。

 子どもたちは薄暗いうちから起きてはけご(竹などで編んだかご)を腰につけ、つくしというイガを割る棒をもってあらそって栗拾いに出かけました。
 まだ誰も拾わない栗の木の下ではつややかな栗がいっぱい落ちていました。

 家に帰って拾ってきた栗を升で量ってみんなに見せて褒めてもらうのがとてもたのしみでした。

 拾ってきた栗の渋をむいてもち米に入れてふかした栗ふかしはとてもおいしかったし、ちょっと傷をつけて囲炉裏のほどで焼いた栗もおいしかったですね。傷をつけないで焼くと大きな音を立てて破裂するんですよね。

 母は、ひろってきた栗を大きな実の栗(丹波栗といっていました)と小さな山栗に分けて、大きな実の栗は糸を通して連にして軒に干しました。通し栗といいました。上等な栗です。小さな山栗はムシロに干して保存しました。これは子どもたちの大事なおやつになりました。

 栗が笑む秋は子どもたちにとっては楽しい季節でした。山には山ブドウや、アケビや、サナズラや、コクワや、ハシバミや、ヤズ、カワラグミ、サクランボ、ブナの実などおいしいものがいっぱいなるからです。

 おもしろいルールが子どもたちにありました。山の幸の所有権は一番先に発見したものにありました。山ブドウでも、アケビでも一番先に発見したものが「しめ」と叫ぶんです、するとその所有権はその子どものものになるのです。

 私は力はなくて弱い子どもでしたけれども、目はよかったんですね「しめ」と叫ぶ回数は仲間内では多い方だったと思います。でも最高のおいしい山の実は高い木の上の蔓になるコクワです。キュウイに似た味のおいしい実でサルナシともいいます。これはさるのように身軽な子の独占でした。私などおべっかの限りを尽くしてやっと頂いて食べることが出来ました。でも幼い子は別格で一番最初にそれをもらって食べることが出来ました。

 栗のいがが笑んで実がこぼれそうなつややかな栗の姿を見て幼い昔を懐かしみました。私いまでもときおりつややかな栗がいっぱい落ちている夢をみるんですよ。