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いわき・うぶすな広場だより

セカンドライフの生き方を書いています。

いわき学・筠軒講座・・・いわき地域學會主催、終了しました。

2014-01-23 09:07:27 | いわき学

夏井先生の講義は楽しかった!!


今ではわからないことを
この様に図で説明いただけるので
解かりやすかったです。
読むだけではわかりませんから。


「天岩戸舞い」の時には
この様な岩に似せたものを舞台に作り
この前で踊られた。


いわき市
旧・「絹谷村の両龍(りゅうだつ)」での説明。


テキスト等です。

講師は
夏井芳徳(いわき地域学會副代表幹事)先生

が一昨年の5月30日から行われ
1年半を超えて
昨夜の39回目で終了しました。

始めは
約80名を超える受講生が集まり
関心の高さをうかがわせましたが
だんだん少なくなり、
昨夜の最終日は
30名弱の方々が学ばれました。


江戸時代の
いわきの1月から12月までの行事等を
事細かに知ることができ
最終日は筠軒さんが
付録として書かれた
今では残念ながら行われていない
「磐城七祭」
上記のような図で説明されながら
磐城七祭」に思いをはせながらの
最終講義になりました。

夏井先生と
事務局の皆さんに感謝します。

伝統の磐城七祭はすべて
廃絶しました!!

大須賀筠軒著
磐城誌料歳時民俗記のP145で

磐城七祭ト昌フルハ、
馬目(まのめ)村ノ田楽(でんがく)、絹谷(きぬや)村ノ両龍(りゅうだつ)、
北神谷(きたかべや)村の白鍬(しらくわ)、名木(なぎ)村ノ布衣裳(ほてい)、
大森村ノ小佐々羅(こざさら)、片寄(かたよせ)村ノ古喜里(こきりこ)、
狐塚(きつねづか)村ノ小侍(こざむらい)、是(これ)ナリ。

と書かれています。

これらの七祭は
神楽として
天照大神が天岩戸にお隠れになって暗黒になってしまった。
そこから出ていただいて
明るくしていただこうということで舞われるお神楽です。

現在では
残念ですが残っていない。
残念!!

 

大須賀筠軒(天保12年(1841)~大正元年(1912年))

 

が明治25年(1892年)に著した
いわきの民俗や歴史研究を学ぶ上で
必読書といわれます「磐城誌料歳時民俗記」をテキストに、
夏井先生のわかりやすい解説で
いわきの江戸時代から明治にかけての民俗や歴史を
学んできました。

テキストは
夏井先生が力を入れて翻刻したもの(歴史春秋社)を
使用してきました。

午後から
そば打ち。

夜は
シニアパソコンと。



いわき学・筠軒講座・・・いわき地域學會主催、テキスト読み切る

2014-01-22 10:20:02 | いわき学

一昨年の5月30日からおこなわれた
いわき学・筠軒講座・・・いわき地域學會主催
「磐城誌料歳時民俗記」
大須賀筠軒著を
原文で読む講座は
先日38回でほぼ読み切りました。
今日・39回、補足でまとめられ終了します。


1月から始まり
12月の最終のところを載せました。

 

いわき学・筠軒講座・・・いわき地域学會(吉田隆治代表幹事)

講師は
夏井芳徳(いわき地域学會副代表幹事)先生

が一昨年の5月30日から行われ
1年半を超えて
先日38回目でほぼ読み切りました。

始めは
約80名を超える受講生が集まり
関心の高さをうかがわせましたが
だんだん少なくなりましたが、
30名弱の方々が学ばれ
江戸時代の
いわきの1月から12月までの行事等を
事細かに知ることができました。

夏井先生と
事務局の皆さんに感謝します。

大須賀筠軒(天保12年(1841)~大正元年(1912年))

が明治25年(1892年)に著した
いわきの民俗や歴史研究を学ぶ上で
必読書といわれます「磐城誌料歳時民俗記」をテキストに、
夏井先生のわかりやすい解説で
いわきの江戸時代から明治にかけての民俗や歴史を
学んできました。

テキストは
夏井先生が力を入れて翻刻したもの(歴史春秋社)を利用してきました。

いのししは
「磐城誌料歳時民俗記を読む」という
夏井先生が書かれた
いわき新書も見ながら学んできましたが
楽しい1年半の学びの中で
いわきの1月から12月までの
江戸時代から明治にかけて行われていた行事やものの考え方が
事細かに書かれているのに驚きながらの学びの旅でした。

多くの方に読んでほしい
書物の一つになりました。

 


夏井先生の新しい本出版される。・・・いわき

2013-08-29 07:44:42 | いわき学

夏井先生の新しい本
いわき叢書第3弾
「いわき学講座(1)」が出版されました。
歴史春秋社 1200円(税別)


いわき叢書3冊・揃えて撮影してみました。
いずれも「いわき」に関する本です。
いわきに住む人にとりましては
家庭に1冊そろえてほしい本です。
いわきの基本的なことが書かれていますので。

雨になりそうないわきのお天気です。
予想では明日から雨模様です。

今朝
5時前と朝早くから
片づけ第2弾の趣味の部屋の片づけに。

朝はめっきり寒くなりました。
片づけは一時中止して、
朝の収穫。

明日から
雨予想ですので、
急きょ予定を変更してこれから、
庭の草むしりに
汗を流します。

上記写真のように
歴史春秋社より
夏井先生の新しい本が出ました。

鳥小屋行事の目的や意味。
磐城七祭が廃絶したのはいつか。
豊間の獅子舞の東日本大震災からの復活の物語。
など
いわき地域に古くから伝わる行事や習俗が取り上げられ
その歴史や変遷をたどることができる
貴重な資料になっています。

ぜひ
ご家庭に一冊おいておきたい本ではないでしょうか。


「ぢゃんがらの国」・・・「ぢゃんがら」の一番新しい本。
「いわき語の海へ」・・・「いわきの方言」について。
「いわき学講座(1)」・・いわきの伝統行事。

いずれも
出版社は歴史春秋社 1200円(税別)です。


松薪(まき)を焚(た)く行事・・・いわき平町の盆行事のハイライトだった。

2013-06-21 09:01:11 | いわき学

毎年
「あじさい」を楽しませてくれるお宅です。
道路沿いにありますので撮影してみました。
松薪(まき)を焚(た)く・・・いわき平町の盆行事のハイライトだった。
昭和9年の夏からできなくなった。


平町の西入口の「長橋町」から
東口(鎌田町)まで、
14から16日の間に4回(のちに3回)
夕方(14日の1回目は暁)に長橋町から順次火がつけられた。
「火の海」だったのでしょう。
画面左から右へ。

先日のいわき学。
「磐城史料歳時民俗記」
大須賀筠軒著
を読む
26回目は7月10日から。
今回は参加者は少なかった。

今回は
☆松薪(まき)を焚(た)く
☆十十王(トジウワウ)・・・十王

を学びました。

P86
街上家々ノ店前ニ、松木ヲ井桁形に積ミ層ヌル。
一、二所、或ハ三、四ケ所、間口ノ廣狭ニ隋フ。
十四日ノ暁、同日ノ暮、十五日、十六日ノ暮ト都合四度、
之ヲ焚ク。
平城ノ西入口長橋町ヨリ焚始メ、町順ヲ遂ヒ、
東口鎌田町ニ焚終ル。(近時ニ及ビ、十四日暁ノ迎火ダケハ廃止セリ。)
火勢天ニ映ジ、白晝ニ異ナラズ。
見物人多ク出ル。
四度トモ火番ノ吏、騎馬ニテ警護アリ。
此火ハ暗二諸害虫ノ蝶ニ化シテ種ヲ遺サントスルモノヲ撲殺ス。
古人之ヲ迎火、送火ニ遇シ、人々ヲシテ行ハザルを得ザラシム。
用意微妙ト謂フベシ。

と書かれています。
これが書かれて40年以上たった
昭和9年(1934年)夏からできなくなったと。

この間の事情は
小宅幸一先生
いわき民報6月14日(金)
平七夕まつり考
に書かれています。

「・・・江戸時代から続く伝統行事で、旧暦のお盆の時期、
各商家では松薪を三角形に高く積み、火事にならないように
町火消し役が見守る中、夕方になると一斉に火がつけられた。
高台の松ヶ岡公園から見る夕暮れから夜にかけての街は、
まるで”火の海”の彩だった。
「平小唄にも「一度来てみな いわきの平へ まちは火の海 じゃんがら踊り」と歌われ、
松焚きからじゃんがら盆踊りへと流れていくのが好例だった」

と書かれています。

それが、
昭和9年夏前に
本町通りにアスファルト舗装が進められて、
だんだんすたれる原因になったと書かれています。

時代とともに
行事も変わらざるを得ないようです。

十王は次回。

 


ねむたは流れろ・・・夏井先生の「いわき学」より

2013-06-18 08:21:21 | いわき学

何の花 ?
「そば用辛み大根」の花です。
きれいです。


夏井先生の「いわき学」で学んでいます
大須賀筠軒著
「磐城史料歳時民俗記」より


夏井先生著
「「磐城史料歳時民俗記」を読む」から
「ねむたは流れろ」の意味が述べられています。


基本的には
「磐城史料歳時民俗記」にも書かれていますように
青森の「ねぶた」も「ねむた流し」と基本的には同じことだと。


講義風景。
図に書いて一つ一つ説明していただくので理解はしやすいが
テキストは進みにくい。
私にはそれがありがたいが・・・

先日
夏井先生の「いわき学」第25回が終了しました。
昨年の5月30日から行われ
1年が過ぎました。
今回は7月7日から始まりました。

七日

早起、合歓(ネムタ)木ノ葉ト豆ノ葉を川へ流シ、
「ねむたは流れろまめのはとまれ」トイウ。
この俗は津軽邉ニモ行ハル、事ナリ。
又、行燈、燈蓋類ノ油附けタル物を洗フ。

と大須賀筠軒さんは
「磐城史料歳時民俗記」で書いています。

七日に早起きし
合歓の木の葉と大豆の葉を川へ流し
「仕事をさぼる」は流れろ。
「勤勉」は止まれと言うと。
この行事は青森でも行われていると。

「ねむたは流れろ」とは・・・・・「仕事をさぼる」の意味。
「まめはとまれ」とは・・・・・・・「勤勉」の意味。

旧暦の七月七日ですから
十三・十四・十五にお盆を迎える前の行事とj考えられる。

夏井先生の
「「磐城史料歳時民俗記」を読む」では

「ねむたは流れろ」と題し
一項目P4にわたり
そのことについて書かれて興味深い。

二十年前に喜多方市山都町藤巻で、

まだ「筠軒」著を読む前に
七月六日夕方、
地区の子供たちが集まり
川原にかまどをこしらえ、食事をし
その晩はみんなで一緒のところに泊まる。

翌七日早朝、
畑から大豆の葉を取ってきて、

それを水に浸し、
その葉で自分の目をぬぐってから

「ねむた流(なが)よ、豆の葉止まれ」と唱えながら
自分の年齢の数だけ、
豆の葉を川に流すと。

それがその後
「磐城史料歳時民俗記」の上記のページを読んだ時に
ビックリした様子が書かれています。

この様に
「ねむたは流れろ、豆の葉は止まれ」とは

「ねむたは流れろ、豆の葉は止まれ」と唱えながら、
合歓木や豆の葉を川に流すことによって

眠気や怠け心を追い払い
まめで達者に暮らせるようにという
願いの行事とされている。

 だから
歴史を学ぶことは面白くてやめられない。