美山たそがれメール

山村の四季情報や暮らしを発信します。

たそがれ世代のおばちゃんのブログです。

今日も雨

2015年11月15日 | 日記
今日も一日中雨。配達は夫に頼む。お昼は近所の食堂へ。丹後からきているおばちゃんのお店。週末だけ営業しているが、今年は今日で営業最終日。本当に素朴なお料理。毎週来ているがそんなに変わらない。でも朝弁当など作っている私はあまり昼食は作りたくなくて近所のお店や仕出し屋さんのお寿司など頼む。特になんでも食べられなくなって、余計に作りたくない。夜は牛肉のしゃぶしゃぶをして、そのだしで雑炊にした。紋次郎は私のお肉を食べた。

午後、明石のTさん夫婦が来られた。犬の散歩を兼ねて。この犬は来るたびに大きくなっていて驚く。紋次郎は私の車に入れる。あちらの犬は血統書つきのいい犬だから紋次郎が噛みついたら大変だ。紋次郎は犬が来ているのを察知しているようだ。

今週はオランダからのお客さんがある。こんな田舎まで来てくださるので気にいってもらえばいいのだが。私は食事の献立に悩む毎日だ。

雨の週末

2015年11月14日 | 日記
今週末も雨になりました。朝は小ぶりだったのに、夕方からひどくなってきました。今日は知人家族が京都から昼食を食べに来てくれました。「美山たそがれメール」作ってもらった京都の出版社の方です。
ほとんど在庫がなくなり本を増刷しようかと思案中でメールで相談したところ、ここまで来てくださいました。12時から3時過ぎまでよく喋りました。冬の間に原稿を書くことにしました。当初75歳で最後の本を出すつもりでしたが、中身を少しいじって改訂版にしようかと思っています。
3時過ぎに近くの食堂で遅いひるごはんを食べました。夜は食べられないかもしれません。

今日の献立です。
地鶏のすき焼き  ぐじの焼いたん さばのそぼろすし 八寸(ぜんまいの煮物、生麩ゆずみそかけ 大学芋 秋野菜の酢漬け  菊菜とえのきのポン酢かけ イチジクのワイン煮)です。
できるだけ家でとれた野菜を使いました。味付けもシンプルにしました。最後に出す茶碗蒸しを忘れて
近所に配りました。

食べたいのに食べられない。

2015年11月13日 | 日記
今日は曇り空で夕方から雨になった。夫が配達に行ってくれて大助かり。午後は玉ねぎを植える畝を作ってもらった。畑仕事はこれで今年は終わりになる。あとは鹿が畑に入らないように気をつけなければならない。心配していた。大根もキャベツもまあまあ大きくなった。夜カリフラワーを食べた。

私の喉の中はどうなっているのだろう?食べれる物がだんだんすくなくなっつてきている。野菜はほとんど食べられない。目の前に食べたい物をならべて眺めている。昨日夫は和歌山の九度山の帰りに柿の葉すしやコンビニでサンドイッチなど買ってきてくれたが眺めただけ、幸い柿好きの私は少し柔らかめの富有柿を食べた。朝はかぼちゃスープとたまごかけごはん、昼食は食べなくて夕食はご飯と鯛と焼き豆腐の煮つけとゆでたカリフラワー少し。考えて考えて食べるようにしているのだが。体重は減り続ける。どこまで減るのだろうか。24日にKRI30日に耳鼻科、そこで相談しよう。

冬日和

2015年11月12日 | 日記
朝は冷え込んでいた。夫は和歌山県九度山町へ柿もぎに行った。柿のオーナーになっていたので。6時半出て行った。九度山の富有柿は甘くて美味しいがよくよく考えると高くつく。ガソリン代、高速代。柿の木1本25000円、夫はどんな計算をしているのだろう?私はただでもらうから痛くも痒くもないが。

10時過ぎから太陽が出て久しぶりの日和になった。午後は冬日和で暖かくなった。紋次郎は縁側で寝ていた。生協が2時前に来た。近所のおばさんとおじさんが畑の野菜を収穫していた。私はなんだか気分が重くほとんど家の中にいた。ここしばらく家にじっとしているのでストレスがたまったようだ。明日は久しぶりに配達に出かけよう。
本当は畑仕事をしたいが、自分ではあまり気が乗らない。夫に草刈りをして耕運機を入れてもらおう。そして油カスを入れて玉ねぎの苗を植えようと考えている。ネギも玉ねぎも家で作ると甘くて柔らかい。畑仕事は大変だけれど、できると嬉しくなる。毎年毎年作り続けている。大根おろしを食べたが美味しかった。

北風吹いて寒い一日

2015年11月11日 | 日記
なんとか雨が上がって晴れてはきたが北風がびゅうーびゅう吹いて寒い。甲状腺機能低下症の私の身体は気温の急激な変化に対応できない。一日中家の中にいる。少し昼寝もしたが、なんとも退屈だ。ぼつぼつ編み物でも始めようと昨日尚美さんに毛糸の購入を依頼した。ともかく簡単なベストでもあもう。

近所のおじさんが大きなカリフラワーをくれた。この村でたった一人の猟師だ。私はいつも天気のことなど話す。おじさんによれば「今年は初雪がはやくなる」と言われた。私もそう思う。野菜も紅葉もなにもかも20日以上はやくなっている。紅葉ももう終わりだ。京都市内はこれからだ。北風が吹いて落ち葉が増えてあっというまに山が灰色に変わる。そうなると気温が下がり冷たい雨の時は山は雪になる。初雪が根雪になる時期が問題で、12月中に根雪になると長い冬になる。佐々里峠の通行止めは12月15日から3月15日だ。でも早い年の初雪は11月中に降ることもある。大根やキャベツなどは一度や二度雪を被ってもいい。ネギも寒くなればおいしくなる。

憂鬱な一日

2015年11月10日 | 日記
今日は雨が降ったり北風が強くなったりで寒くなってきた。私の気分は憂鬱な一日となった。昨日の診察結果がよくなかったからだ。脳梗塞がいつ起きてもおかしくない状態と言われたことが気にかかる。予防方法がないのが応える。倒れてからでないと処置ができないとは。私の場合頸動脈凶作で起こる原因はわかっているのに。ともかく水分多くとることと血圧が上がらないようにすることしか自分でできないのだ。ただ脳梗塞の場合、起こってから2時間以内ならある態度後遺症なしになるという。このような僻地では救急車を要請しても来てもらうだけで1時間はかかる。自分でできる対策を考えなければならない。喉の中は食べ物が通りにくくなっているので、それも手術をして広げたほうがいいそうだ。その場合声帯は塞がるので完全に声がでなくなるそうだ。30年前のコバルト照射の瘢痕かが原因しているとか。再発もなくここまで生きてきたのに、これからの方が大変になりそうだ。私はこれまでに数回手術を経験しているので怖くはない。ただ脳梗塞の場合は後遺症の心配と声帯をなくして声を失うことは予想できない。

でも30代で亡くなっていても不思議ではなく67歳まで生きてこれたのだからしようがないことかもしれない。「なるようにしか、ならないのが人生」あとは運にまかせるしかない!

雨の中京都へ

2015年11月09日 | 日記
シンガポールの家族が8時過ぎに帰った。今日は高雄の紅葉見物とか。静かな家族だった。良い旅を祈る。家族4人でレンタカーを借り旅する姿はうらやましかった。私の海外の旅はほとんど一人旅。

紋次郎を乗せて佐々里峠を越えて鞍馬街道を走る。ここの紅葉も始まっている。加茂川べりも色づいている。今年はずいぶん早いように思う。20時前に友人の家に着いた。一服して鍼灸院に行く。肩こりがひどいので、京都に行くときは予約してもらう。12時までかかった。昼食は久しぶりに日航プリンセスホテルの中国料理店に行く。少し待たされた。飲茶セットをオーダーする。一人3品選べるので4人で12皿選べた。私は中華茶碗むしとスープは一人前食べた。あとは少しずつ食べた。最後におかゆが出た。おいしかった。デザートはココナッツミルクタピオカ入り。

2時半予約の府立医大病院神経科へ。この間倒れた様子を話すと一過性の脳梗塞だと言われた。早いうちにNRIとCT woしたほうがいいとのことで24日に予約。あんたはそんなに深刻に話さないけれど、いつ脳梗塞が起きても不思議でないとも言われ。長距離の運転はやめることと念を押された。

友人がロールケーキとモンブランを買ってくれた。峠から霧こんで走りにくかった。京都行は疲れる。

雨の一日

2015年11月08日 | 日記
昨夜から雨になり一日中降り続いている。シンガーポールからの家族は9時過ぎ車で茅葺きの里へ。夫は配達。母屋を片付ける。朝食の松花堂弁当はあまり食べていなかった。日本食は苦手らしい。夜は洋風メニューに切り替え。昨夜はすき焼きで今晩豚しゃぶとはできない。鶏肉の唐揚げをメインにカツセットにした。とんかつ、白身魚、サーモンの3種類。それにスープ代わりにロールキャベツ。3時過ぎに帰ってきた。6時に夕食。明日は7時に朝食7時半に帰るとのこと。明日の朝はサンドイッチとベーコンエッグにする。外国人を泊めるのは難しいこともある。食事が一番楽しみなどで、好を聞いたりすることも大切だと痛感した。
一日中雨だが今年の10月は雨が少なく秋野菜の出来がいまいちだったので、この雨は恵みの雨だが少し時期が遅かった。キャベツは結球しているがブロッコリー、カリフラワーはまだ少し小さい。ここは山間地なので霜でおりればキャベツ以外の野菜は成長が止まる。大根は12月の初旬に収穫するのでこれから少しは大きくなるだろう?毎年野菜を作っているが同じ年は一度もない。

明日は久しぶりに府立医大病院に行く。

B&Bはインタナショナルに

2015年11月07日 | 日記
今日は一日中曇り。配達は夫に頼む。12時過ぎに京都の友人夫婦がやってきた。今晩のお客さんの準備をしてくれた。お客さんは3時過ぎに来た。台湾の人だと思っていたらシンガーポールからの家族だった。ほとんど日本語が通じないので娘さんと英語で話す。メールでの予約で英語だからどこの国の人かわからないことが多い。中華系の人は名前も中国名の人が多い。メールでは英語だ。これからメールの返信時にどこの国ですかと聞いておいたほうがよい。明日の朝食は日本食でと言われた。松花堂弁当にする。
この親子は静かだ。京都市内からレンタカーでやってきた。もう一組は夜中に到着するようだ。チラシも宣伝もしていないのに、ホームページからメールで予約が入る。英語にホームページは作ったが。

昨日小浜の移動販売車のお兄ちゃんからいちごを買った。見た感じは立派だが味はやはり美味しくない。
でも私はいちごが大好きだからいちごミルクで食べようと思っている。値段は一箱9個で980円だ。

井戸端会議と私

2015年11月06日 | 日記
配達を早々に終えて家に戻る。かけ布団を干す。明日の宿泊客の布団を敷く。かけ布団は五語からかける。居間のこたつ布団も干して掃除機をかける。2時過ぎに取り込む。これで布団の設置はできた。一段落だ。
2時前から下の喫茶店に行く。小浜の移動販売車が4時前に来た。それまでいつも通りの井戸端会議。80代の人たちの話は昔話が多い。
私は他所の地域から嫁いできているのでちんぷんかんぷん。でもこの地にすみ着いて約40年になる。よくここまで辛抱したものだと思う。大きな病をしていなければ、ここにいたかは疑問だ。病になり闘病生活の中で田舎に生きると決めたのだから。あれもしたい、これもしたいと病気の前は思ったが癌になり自分の生命の保証がわからなくなった時、私はこの場所で生きなければと思った。10年後再発もなく子供たちも成長して私は自分のできることだけしようと考えた。幸い家族は私の生き方に文句を言わなかった。今67歳、私は人生を振り返っても大きな後悔はない。残された人生自分流で生きていくつもりだ。

ノーベル文学賞受賞作を読む

2015年11月05日 | 日記
チエルブイりの祈りを読み始めた。原発爆発時一般の市民に  
は伝えられず、2,3日の疎開からは始まりそのまま故郷には変えることなく新しい生活がはじまっつていた。多くの人たちは数年間原発爆発のことは語らなかったそうだ。国の規制などさまざまな圧力もあったようだ。著者は数年かけて一人一人にインタビューしてそれらをドキュメント形式でまとめられている。追い詰められて故郷を捨て二度と帰れなくなった人たちの苦悩、老人は放射線が今も出ている故郷にもどり、生き続けている。甲状腺がん、白血病に罹患して死んでいく若い人たち。私たちには到底計り知れない現実に私は戸惑いながら、時には涙して読んでいる。なかなかすすまない。

日本でも数年前に地震で福島の原発が大きな被害を受けて放射能が拡散した。今も続いている。何年たつかわからない。多くの人たちが故郷を追われた。彼らの苦悩もはかりしれない。今後も原発の再稼働が続くが真摯な姿勢でやってもらいたい。二度とこのようなことが起こってはならないのだ。

秋日和  佐々里の紅葉

2015年11月04日 | 日記
今日は穏やかな秋日和の一日となった。9時半過ぎから母屋に走りお客さん用の毛布を6枚干す。母屋は山に近いので今の時期日照時間が短い。2時半まで干した。明日は敷布団を干す予定。週末6名の宿泊客がある。そのために6組は干さなければならない。
10時過ぎから隣村の芦生まででかけた。ここに京大の芦生研究林がある。夫が勤務していたところでもある。結婚して5年近くここで過ごした。そのとき知り合ったおばさんの家まで足を延ばす。ほうれん草と菊菜をもらい、私はキャベツとカリフラワーを持って行った。2時間ほどお茶を飲んで雑談。昼過ぎに帰ってきた。帰り道で紅葉の写真を数枚撮った。川面に移る紅葉はきれいだが逆反射でうまく取れなかった。でも今が一番きれいで、次に雨が降れば落葉するだろう。

昨夜大きな音でおかしいなと思っていた。朝田んぼの周囲を歩くと大きな雄鹿が網にかかって死んでいた。近所の猟師さんに言って取りに来てもらった。猪と鹿が毎晩あばれまわっているようだ

寒い一日 薪の準備中

2015年11月03日 | 日記
文化の日で特異日で晴れなければならないのに、今日は雲空で寒い一日となった。夫が仕事に出かけたので紋次郎と配達に行った。観光客の姿はまだ少なかった。通り道の山々は紅葉のまっ盛りだった。帰ってきて母屋で一服。1時からNHKのドラマを3時まで見た。小林一三のドラマ。朝ドラは広岡浅子の生涯で大阪発の商いドラマだ。このところ明治から昭和に生きた商売人のドラマが多い。一昔前の横堀川のように大阪こてこてドラマでなく、全国的に受けやすいようにできあがっている。朝ドラはこれから炭鉱を買い受けて成功するところに入りそうだが、どのように描かれるか楽しみでもある。

友人に小芋と大根をもらってきた。こんばんはいかと小芋の煮つけを作る。小芋といかは相性物だ。最初にいかを煮て、途中でいかをあげて小芋を煮る。最後にいかを戻して煮あげる。大根は明日煮るつもりだ。道の駅の売り場にも秋野菜が並んできた。蕪、大根、白菜などが出てきたのだ。

久しぶりの雨でき休日の一日

2015年11月02日 | 日記
明け方から雨が降り出してお昼過ぎまでよく降った。半月ぶりの雨である。畑の秋野菜には恵みの雨だ。
週末2日続きのお客さんで疲れた。今日は母屋の台所に行ってあと片付けをした。母屋は広すぎるので寒い。大型テレビを見ようかと思ったが帰ってきて自分の部屋で見た。反射式のストービを居間に置いたのでお茶を沸かしたり煮物をするのに便利になった。鯖缶をほぐし水分を飛ばした。2時間ほどでできた。
午後ブルーベリージャムを焚いた。7月に家の庭で摘んだブルーベリーと親戚でもらったブルーベリーを冷凍していた。イチジクのワイン煮も少なくなってきたので、お客さんに出すデザートが必要になった。計ると2キロ近くあり70%の砂糖を加えひたすら中火で煮詰めた。とちゅでふきこぼれたり灰汁取りをしたり、それなりに手間がかかったが煮あがった。ヨーグルトに添えるかパンのお客さんにはジャムで食べてもらおう。

3年前に植えたブルーベリーもイチジクも使えるようになった。自分の家で取れたものを加工するのは面白い。少し失敗しても何度もできる。ブルーベリーもイチジクも買うと高いから。

明けの明星きれいです。

2015年11月01日 | 日記
私はこのごろ4時過ぎに目が覚める。私の部屋からひときわ輝いている星が見える。ほかの星が見えない時でも東の空で輝いている。その星が消える頃私は起きる。連日の宿泊客の朝食をつくるためである。今までは5時に起きていたが、5時はまだうす暗いので床で6時まで待つ。私は空を見るのが好きだ。連日の晴天続きで夜空に瞬く星はきれいである。昨夜の子供連れのお客さんは星が見たかったのに天気が下り坂で星は雲に隠れて見えなかった。みんなでたき火をたいて騒いでいて賑やかだった。明日も雨の天気予報で今夜も星は見えないだろう?

そんなわけで11時過ぎに家族連れ10名のお客さんが帰られて、それから枕カバー、シーツなど洗濯した。布団干し、毛布干しは晴天の日にしよう。これからは寒いので冬布団、毛布などたくさんいる。夜もストーブを点けたままになる。私たちは朝夕の気温と昼の気温の差に慣れているが町から来る人たちには応えるらしい。メールの返信には「一枚余分の衣類をご用意ください」と付け加えるようにしているが。

畑の大根が少し大きくなってきました。なますを作りました。