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第326回 ある「就活」をめぐって

2019-07-05 | エッセイ

 最近、「発達障害」という言葉をよく見聞きします。のちほどの話の展開上、予備知識として必要と考えますので、まずは、少しだけお付き合いください。
 NHKハートネットのサイト(https://www.nhk.or.jp/heart-net/topics/4/)では、「発達障害とは幼少期から現れる発達のアンバランスによって、脳内の情報処理や制御に偏りが生じ、日常生活に困難をきたしている状態のこと」と説明されています。そして、下図(同サイトから)でご覧のように、ASD(いわゆる自閉症)、ADHD(注意欠如・多動症)、LD(学習生涯)の3つの症状があり、個人によっては、重なり合う部分もあるのが特徴とされます。


 それでは、本題に入ることとします。
 発達障害のため、就活で言い尽くせぬ苦労を強いられた元東大院生のフユキさん(29歳(仮名))の話をネットで見ました。「東洋経済オンライン」に、ジャーナリストの藤田和恵氏が寄稿しているものです。そのエッセンスのご紹介になりますが、最後までお付き合いください。

 さて、彼は、東京大学大学院で物理学を専攻していたくらいですから、勉強、研究という面では、ものすごく頭脳優秀で、もちろん数学も得意です。

 そんな彼が大の苦手にしていることは、例えば、買い物とか、飲食の会計で、金額を口頭で言われて、支払うこと。「えっ」と思われるかも知れません。我々でしたら、言われた金額をざっとアタマに思い浮かべて、おカネを準備し、支払いまでを、ごく当たり前の流れで済ませます。
 だけど、彼にはそれが出来ません。「耳から聞いた」言葉とか数字をそのまま記憶する能力「聴覚的短期記憶」が極端に低いのです。そして、これは、発達障害におけるひとつの現れだといいます。

 では、そんな彼は学校の授業をどう乗り切ってきたのでしょうか。先生が話したことは、ほとんど記憶できませんから、その場で、文字にして書き残す、つまり、ノートを取ることが出来ません。やむを得ず、自宅に戻ってから、授業の内容を大まかに思い出しながら、教科書や参考書を「読んで」確認する、という方法を採りました。それでも、成績はトップクラスで、東大に合格したのですから。スゴいです。

 さて、周りのもっと優秀な学生を見て、研究者として生き残るのは厳しいと判断した彼は、就活への道を選びます。しかしながら待っていたのは、大いなる苦難の道でした。
 ほとんどが書類選考で落ちてしまい、内定が取れません。当初希望していた金融機関を諦め、中堅規模の会社などにもエントリー先を広げましたが結果は同じです。80社近く応募して、1社も内定を得られませんでした。

 原因は、適性検査の一部である性格検査にあったのではないか、というのがフユキさんの分析です。私も就活の中で、何度か受けさせられましたが、実に巧妙な検査です。200問くらいの質問に「あてはまる」か「あてはまらない」かを、ごく短時間に答えさせます。
 例えば、「ひとりでいる時が一番楽しい」と「グループで何かをするのが好きだ」という相反する設問が、表現を微妙に変えたり、裏返しにしたり(例えば、「ひとりでいるのは楽しくない」など)して、「繰り返し」出てきます。まずは、それらの設問に、「短時間で」かつ「矛盾なく」答えなければいけません。その上で、会社が望む性格(協調性、積極性など)が現れていなければならないわけですから。

 そんなストレスに溢れた就活を通じて、彼も専門医の診察を受け、服薬治療、カウンセリングに励むことになりました。そして、再び就活に挑戦し、今度は、ほぼ希望通りの会社へ就職できたのです。

 しかしながら、入社後も苦難の道は続きます。まず、新入社員の基本である電話の取り次ぎが出来ません。「誰々さんをお願いします」と言われても、名前を覚えられませんから。そして、授業のノートが取れなかったように、打ち合わせの議事録も作れません。
 仕事上で、それやこれやの失敗が重なると、「自分は欠陥人間」「存在価値などない」と思い詰め、さらには食欲不振や頭痛など身体にも不調を来し、そのたびに、短期とは言え、休職を何度も繰り返しているといいます。

 会社には発達障害のことは伝えてあり、怒鳴られたり、パワハラを受けたりはないとのことです。電話応対の少ない部署への異動もなされるなど、今のところ、会社も一定の理解は示しているものの、「いつ解雇や退職勧告が来るか、不安な日々を送っている」とのフユキさんの告白に胸が痛みます。

 当たり前のことが当たり前にできると思っている大部分の私たちと、特定の作業、能力などに問題を抱える人たちとのギャップは、ケースによっては想像以上に大きいようです。そのギャップをどう埋めたらいいのか。私などの手に余るテーマですが、この要約記事が、「発達障害」の理解の一助になればと願っています。

 それでは、また次回。

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