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第488回 ギリシャの選挙騒動by春樹<旧サイトから>

2022-09-02 | エッセイ
 若い頃の海外出張の帰途、乗り継ぎ便の都合で、ラッキーにも(?)ギリシャのアテネに1日だけ滞在できることになりました。こりゃ観光しかないと、とりあえずアクロポリスのパルテノン神殿を目指しました。


 入り口まで来てみると、観光客が溜まっていて、騒然としています。そばにいた観光客に訊くと、今日は、神殿を管理している公務員のストで、中には入れない、とのこと。100mほど先に神殿は見えています。なんとかならないものか、と私も「日本から、これを目当てにやってきたんだけど・・・」と係員に訴えましたが、返事は「ノー」。予定外のラッキーな観光でしたし、ストに遭遇したのも思い出と諦めて、憧れの神殿を目に焼き付けました。

 で、今回、<旧サイトから>の第11弾でお届けするのは、村上春樹の旅行エッセイです。たまたま滞在していた時期が、ギリシャの選挙期間中で、そのユニークな仕組みを知り、本人もちょっと巻き込まれた騒動を描いています。幅広く関心を持ち、エッセイに仕立てる彼のワザの一端に触れていただければ幸いです。最後まで気軽にお付き合いください。

★★ 以下、本文です ★★

 村上春樹の紀行エッセイ「遠い太鼓」は、彼が、1986年から89年にかけて、小説「ノルウェイの森」を書き下ろしつつ、イタリア、ギリシャを中心に長期旅行して回った時のことをあれこれ綴ったものです。
 最近、講談社文庫版の古書で再読して、ギリシャの選挙制度とそれが引き起こす騒動の話を思い出しました。世の中の役には立ちそうにないムダ知識ですが、なかなかユニークな仕組みです。彼のちょっとした体験と合わせ、ご紹介することにします。

 まず、ギリシャにおける選挙は、権利であると同時に義務でもあるということです。なにしろ憲法でそう定められていますので、正当な理由なく、投票をしないと、法律違反で罰せられることになります。「果たして選挙のありかたとして正当なのかどうか、僕には今ひとつ判断しかねるのだが」(同書から)と、村上もこのシステムの当否については、歯切れが悪い。確かに、独裁国家でないこのテの国としては、珍しい制度です。

 更にユニークなのは、投票は、すべからく出生地でしなければならない、ということです。
 辺鄙な田舎とか島で生まれて、アテネのような都会で仕事をしたり、生活している人は大変です。なんでこんな制度になっているのか、村上も何人かのギリシャ人に訊いていますが、納得できる答えは得られなかった、と書いています。

 ともかくそのようなわけで、投票日が近づくと、(日本でいえば)盆と正月とゴールデンウィークが一挙に来たような帰省ラッシュが、全国的に巻き起こることになります。飛行機、船を乗り継いで、あるいは車で(当然、全国的に大渋滞)でひたすら故郷をめざすわけです。折り悪しく選挙時期に遭遇した観光客は大迷惑。家族などが帰ってくる田舎の人たちも、旧交を温めるいい機会にはなるものの、寝る場所の確保、食事の世話などで大変そう。

 出生地で投票といっても、全国民がそうすると、仕事上、持ち場を離れられない人もいるし、社会的機能がマヒしてしまいます。
 そんな人はどうするかというと、役所にかくかくしかじかの理由で故郷に戻れないという届け出をしなければなりません。ただし、それには、本人が生まれ故郷から200km以上離れたところで仕事をしているという証明書が必要だ、というのですから、面倒なことです。逆に言うと、故郷から200km以内で仕事している人は、何が何でも投票のために帰郷するしかありませんので、これはこれで大変です。

 政党も心得たもので、そんな帰郷者のために方面別のバスを仕立てて、支持者(支持者でなくても乗れるらしいですが)を送り込むというのです。日本でもよく似た話があったような気がします。バスでは、酒も出て、政治談義やうわさ話に花が咲いて、ギリシャ的ムード満点で、さぞ賑やかだろうと、村上は想像しています。ギリシャの選挙って、日本以上に「お祭り」みたいです。

 さて、選挙時期と、旅行が重なっているのがわかっていた村上は、レンタカーを借りて、「のんびり」を覚悟の上で(というか、前述の如く、全国的に大渋滞なので、そう覚悟するしか仕方がないのですが・・・)半島一周に出かけました。手作りツアーならではの「のんびり」で「楽しい」旅となったようです。本書には、他にも旅の話題が満載ですので、ご一読をおススメします。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。
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