★★★ 芦坊の書きたい放題 ★★★

   
           毎週金曜日更新

第431回 遠藤周作のちょっといい話

2021-07-23 | エッセイ

 遠藤周作は好きな作家のひとりです。若い頃は、「沈黙」や「海と毒薬」など、重たいテーマの小説を愛読しました。その後は、もっぱらエッセイです。真摯で思索的なものから、軽妙な狐狸庵先生シリーズまで、ずいぶんと親しんできました。

 最近、古書店でゲットした「異国の友人たちに」(道草文庫)は、英字紙「ザ・デイリー・ヨミウリ」に、1989年から91年にかけて連載されたコラムを文庫化したものです。タイトル、掲載紙からご想像のとおり、外国の読者を想定した中身ですが、日本人の心に響く話題も多く、その中から「ちょっといい話」2つをお届けすることにします。

 まずは、彼が50代の頃に立ち上げた素人劇団「樹座(きざ)」の話題です。

 「劇団員の条件は、歌が上手でない人、恥ずかしがりやの人、運動神経のあまりない人(踊りが下手な人)を主として集め、もちろんプロは入れない。」(同書から)というのがユニークです。でも、決してモノ好きとか話題作りで始めたわけではありません。

 その狙いは「これらのアマチュアに一生一度、舞台で演ずる喜びを味わってもらいたいためである。」(同書から)とあります。
 スポーツにしろ、芸能にしろ、才能、実力のある人に、それなりの活躍の場が与えられるのは、当然のことです。でも、世の中には、その分野に格別の興味・関心があり、好きなんだけど、十分な能力とか体力に恵まれず、しかるべき場が与えられない人たちもいます。

 オペラやミュージカルの世界で、それらの人たちに舞台に立つチャンスを用意する・・・小説家という本業のかたわら、本気で取り組んだのですから、本当に立派です。
 事実、国内では一流の劇場を借りてオペラやミュージカルの公演を行っています。公演の模様です。本格的な舞台、衣裳で、皆さん楽しそうですね。

 海外公演も催しています。ニューヨークでオペラ「カルメン」を上演した時は、「ニューヨーカー」の記者が来て、記事にまでしてくれたといいます。ユニークな話題を逃さない海外メディアの感度、感性はさすがです。
 ロンドンで「蝶々夫人」を公演した時は、地元のアマチュア劇団と競演となり、「ヘタな方に」日本大使館が花束を贈るというイキな趣向まで飛び出しました。
 遠藤自身の夢を実現する試みでもあったのでしょうね。その優しさ、志の高さに感動を覚えました。

 次は、スナックを開いた神父さんのお話です。

 遠藤が若くしてフランス留学をしていた頃、神父になりたての青年と知り合いました。彼の夢は、日本で布教活動を行い、敗戦で打ちひしがれた人たちの心の支えになる、というものです。ロンドンとパリで日本語の勉強をし、勇躍、日本にやってきました。遠藤も父親の家に下宿させるなど面倒を見ます。でも、言葉の壁、文化の違いをなかなか乗り越えられません。ある日、神父は、こんなとんでもないことを言い出しました。

「長い間、日本人と接してきたが、日本人は酔わねば本心を打ち明けない。それで色々考えたのだが布教のためにスナックをやろうと思う」(同書から)
 ここを読んだ時、仏教由来の「方便」(仮の手段)なんて言葉を思いだしました。スナック経営を布教のための「方便」にする・・・なんと自由で、柔軟な発想であることか。

 遠藤は反対したものの、神父は新宿でスナックをオープンさせ、自らシェーカーを振ります。物珍しさもあって、1年もすると固定客も出来ました。議論をふっかける客もいましたが、小さな友情の溜まり場となったのです。そして、神父の聖書講座に出席し、洗礼を受ける人も出て来たといいます。

 神父が60歳の誕生日パーティでは、常連客が、長らく音信不通だった実兄夫婦を内緒で呼び寄せ、パーティー会場での「ご対面~」というサプライズ企画を見事に成功させました。
 異国の地で、 信念を貫き、日本人の心を捉えるまでになった神父さん。そしてそれを温かく見守り、応援する遠藤の姿が印象に残りました。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。


この記事についてブログを書く
« 第430回 半藤さんの伝言-2 | トップ | 第432回 コトワザ考 »
最新の画像もっと見る