Rosa Guitarra

ギタリスト榊原長紀のブログです

聖母マリアからの脱却

2014-06-24 | 過去の制作日記

まだ言葉も話せない赤ちゃんが見せる笑顔を
まるで天使のようだと評したり
大人が何かのタイミングに一瞬見せた慈愛に満ちた微笑みに
菩薩が降臨したなどと評したりするが

天使も菩薩も総じて神と呼ばれるような存在は元々僕らの精神の中在る

その存在はピュアという呼ばれ方もされる


ピュアという名の神は
無垢で大変傷付きやすいので必ず近衛兵がガードしている

それが怒りであり

怒りの近衛兵を出動させる号令は悲しみが司る


一人の人間の中には
こういった複数の役割を分業する感情システムが
流動的に作動している


争いは悲しみによって生まれ
怒りを餌に肥大する


僕らがこの世に存在する限り
永遠に生まれ続けるであろうドラマの1つの源泉がここに在る



という歌い人は
その物語を伝える語り部としての宿命が与えられている



常に純度の高い白と黒の狭間を行き来しながら
我々誰もが背負わされている痛みの縮図を彼女は見せてくれる

見せたくて見せているのではない
これは彼女に与えられた宿命なのだから
彼女自身もそこからは逃れられない


その宿命に則した魂の仕事を彼女にさせるための引導役が過去に居なかったから
流れ流れで僕との縁が生まれたのだろうと考えている


おこがましいから気が引けはするのだが
引導役は
語り部の背負った痛みと浮き世を繋げる橋渡しをしなければならない


語り部は2014年7月3日に生まれて初めてのライヴをすることになる


そして当たり前の現象として
当日が近付く毎に語り部はナーバスに陥る


ナーバスは語り部を使命と逃避の狭間で揺さぶる

その波の中で語り部は自らを開こうと葛藤する


やっと開いた入り口から心無い波動が入り込み
無垢な部分はズタズタになり崩れ落ち
また
死ぬ思いで這い上がる...



何が彼女にこの宿命を背負わせたかを解明し語る必要はない

それは芸術の前では単なる言い訳にしかならないからだ


彼女はただこの宿命の中で
聴き手に光と闇を見せることだけに専念するべきなのだ







語り部が気付いてないことで僕にはわかっていることがある


このような葛藤は
ライブの処女である今だけのものだ


だから語り部は7月3日の初ライブの1曲目の第1声を発するまでは処女である聖母マリアなのだ

そしてこのライブを境に彼女はもうマリアではなくなる

それはある意味
彼女の10年越しの過去…いや、もっと言えば産まれる前からの過去に大きなピリオドを打ち
新しいフィールドへ足を踏み入れる儀式でもある

彼女が何者であるかを知っている人も知らない人も
この痛みを伴った羽化の瞬間に立ち合ってみたくないか…?




とか言ってみたりして…浮き世との橋渡ししてみた心許ない引導役である


今日は最後から数えて2回目のリハーサルです





。。。。。





2014/7/3(木) 
【ゲシュタルトの夜會】 


祥(Sachi)
@
simple voice


18時半開場、19時半開演
mc:2000(1ドリンク別500)

Vo:祥(Sachi)
KeyB:中嶋譲治
KeyB:久保田空
Vn:岡田邦子
Vc:岡崎健太郎
Ag:榊原長紀






コメント
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