「ねぇ、秒針の刻む音が嫌なの
せっかく買ったけど…」
「うん、やめてもいいよ
でも、そんなの買う前からわかってたじゃない?
秒針が付いてること」
「うん、ごめん、ぼーっとしてたみたい」
Tは黙って時計から電池を抜き取り、時計自体をテーブルの一番端に置いた
この時計はこれから先、ずっとここに置かれたまま
きっとその存在は風化してゆくだろう
ここに座る度に目に入りながら
目に入っている事も認識されなくなり
その形状だけが空虚な骸となって
そして骸となったはずのそれから発っせられる信号は
それが時計として存在していた時より
むしろ何倍もの強い切なさとなって自分に届いてくるであろうことまで
一気にTには想像出来た
物言わぬそれを眺めながら
しばらくの間、Tは美しい光景の中を漂った
夢の中で様々な美しい者達に出逢い涙した
そしてこう思った
あぁ…ガラス窓になりたい
一点の曇りも無いほどに磨き抜かれ、それ自体の存在も感じさせないくらい透明なガラス窓
美しい風景を映しながら、冷たい風を遮る
自らの役割を果たすほどに、その存在を忘れ去られるようなものに