時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百二十二)

2008-12-06 11:59:40 | 蒲殿春秋
「只今、木曽殿が近江に入っていることはご存知であろう。」
「はい。」
そのことならば最近しきりに文をよこしてくる養父藤原範季の知らせで承知していた。
「木曽殿は攻めてこられた平家を返り討ちにし、逃げる平家を逆に追っておられる。
只今平家は北陸道からやってきた木曽殿への対応に追われておる。」
「確かに。」
「ただし、木曽殿は近江に入って様子を見られておるのみじゃ。
木曽殿は直ぐに都を落とすほどの自信はないのじゃろう。
片や平家は戦に破れて、その後はどうすることもできぬ状況じゃ。
都の直ぐ東で平家と木曽殿、お互いに睨みあってそのままお互いに動くことができぬ。」

義定は西の方を見つめる。
「そこへ東海道から都に攻め寄せるものがあらば、どのように変わるであろうかのう。」
「ということは。」
「さよう。わしは先程の方々と共に東海道から都に攻め寄せる所存じゃ。
あの方々は在地を追われたとはいえ、近江・美濃・尾張にはあの方々に従うものも少なくない。」



義定は範頼を見据える。
「そこで、蒲殿に願いがある。」
範頼は見つめ返す。義定は言葉を続ける。
「わしは上洛したら折をみて遠江へ戻る所存である。その留守の間はこの国を倅に任せるがその後見を蒲殿にお願いしたい。
場合によっては鎌倉殿の支援もお願いすることもあるやも知れぬ。その際の口ぞえも頼みたい。」
範頼は義定の言葉を心の中で何度も反芻した。

反芻するうちにいくつかの疑問が沸いてくる。
「しかし、なぜ私がご息男の後ろ見を?
駿河に一条次郎殿、甲斐に武田殿がおられるのに。」
「そなたも存じている通り、われら甲斐源氏と木曽殿の間は決して良いものではない。
そのような折にわしが木曽殿の同意して上洛するということは
兄信義や甲斐源氏一党ににとっては気持ちの良いものではない。留守に間の支援はあてにはならぬ。」
義定は続ける。
「そなたも感じておるであろう。遠江ではわしにたいして反感を持つものが少なくないことを。
わしが居おらぬ隙にそのようなものたちがどのように動くかわかたったものではない。
しかし、蒲殿がいてくだされば怪しげな動きを封じることはできるはずじゃ。
蒲殿は遠江に縁が深い故な。それに、鎌倉殿の弟君たる故にな。」

「そこまでして何ゆえに上洛されるのですか?」
「蒲殿、墨俣の戦い以来三河尾張は今まで平家の圧力に晒され続けておった。
尾張の西半分は平家の息が掛かったものの力が強いゆえにな。
それに対抗している三河尾張の者どもはわしを頼りにしてきた。
だからわしは平家が攻め寄せてくる噂が来る度に援軍を送っておった。
尾張、三河が攻め寄せられれば次は遠江じゃからな。
だが、その脅威に耐え続ける暮らしももはや二年を過ぎた。
わしの、いやわしら遠江に住するものの戦の負担はいまや限界に来ておる。
平家の脅威はできるだけ西にあってくれた方が良い。
今来ている尾張、美濃の方々が在地の力を回復してくださればその東はもっと安定したものになる。」

「蒲殿、わしの上洛が成功すればそなたの西三河経営はさらに楽なものになろう。
わしに協力してくれるな。」
義定は範頼に有無を言わさぬ力で同意を迫る。

この時義定はもう一つの本心は語らなかったが、今の説明だけで範頼の同意を取り付けるには十分だった。

「そしてもう一つ。
わしは三河の者も連れて行く。それと三河には新宮十郎殿に与力したいものもおるそうじゃ。
三河のものがどのような者の配下について上洛するとしても、蒲殿には黙認していただきたい。
それから舅殿や鎌倉殿にもよしなにな。」

範頼は舅の安達盛長の顔と、雑色たちの鋭い視線を一瞬思い起こした。

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