時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百二十三)

2008-12-08 05:21:16 | 蒲殿春秋
源頼朝は不敵な笑みを湛えていた。

「安田め・・・」
近く平家追討の為に上洛する安田義定からの書状を読んでのことである。
その書状には、上洛の間自らが不在となる遠江の差配を息子に任せるが、その後見を蒲殿範頼に願いたいという内容だった。

この書状に書かれている子細は既に範頼に同道して三河へ向かわせた安達盛長からも来ているし、また範頼自身からも知らせが来ていた。
にもかかわらず義定は自分からもわざわざ直接頼朝に書状をよこしてきたのである。

安田義定の上洛そのものを頼朝には止める権限はない。
安田義定は以仁王の令旨を受けて挙兵した武将達の一人である。その挙兵やその後の活動は頼朝の意志とは一切無縁である。
頼朝と義定の関係は同盟者であって義定は頼朝の下につく存在ではない。
義定が上洛しようがしまいが、頼朝がどうこう言えるものではない。

その義定が今回頼朝に送ってきた書状の内容は
坂東に勢力を張り、東海道にまで影響力を及ぼし始めている頼朝の実力を評価しているといえよう。
頼朝の弟に留守の間の後見させようとしているのだから。

しかしその一方で義定はあくまでも後見人は頼朝ではなく「範頼」と指名している。
頼朝が遠江にも勢力を延ばそうとしているのを知っていてあえて頼朝の名前を外してその弟に留守の支援を頼んでいるのである。
つまり、頼朝その人には遠江への直接的な支援は頼んではいない。あくまでも範頼に支援を頼むのである。
範頼の支援を依頼するということは、間接的に鎌倉殿源頼朝への支援を依頼することにも繋がるが表面には頼朝の名前は一切出てこないということである。

範頼は頼朝の弟であると同時に甲斐源氏挙兵の頃からの安田義定の盟友でもある。
頼朝と安田義定の間に位置する微妙な存在である。

安田義定は、頼朝の弟に支援を依頼することで潜在的な頼朝の支援を引き出しているものの範頼の名前を出すことによって頼朝の直接的な遠江介入は暗に避けている。

頼朝はこの安田義定の求めを退けることは出来ない。
木曽義仲に同調して上洛する安田義定の望みを退けたならば、頼朝との潜在的な対立を含んでいる義仲へ義定は傾注する。頼朝がこの要求を呑もうが退けようが義定は上洛するだろうし、範頼も義定の頼みを断ることもできないであろう。
遠江に影響力を有する安田義定は頼朝にとって未だ必要な同盟者なのである。
しかも義定は、尾張源氏、美濃源氏との繋がりもある。
頼朝は義定とのつながりは維持しておかなければならない。
そのつながりが義定の盟友である弟を介した間接的なものであっても。
今義定との関係を絶つわけにはいかない。義仲に同調して上洛するものの頼朝に一報を入れてくれるという事実をありがたいものとして受け入れるしかない。

このような頼朝の状況を全て知り尽くしての安田義定の申し出なのである。

頼朝は承知の意の書状を右筆にしたためさせた。

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