時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二百五)

2007-11-09 05:12:33 | 蒲殿春秋
大蔵御所から戻った範頼は「縁談」のことを当麻太郎に告げた。
ここ数日の主のおかしな行動をいかぶしく思っていた当麻太郎は
その理由を知り納得した。
「よろしゅうございましたなあ」
と当麻太郎は喜んだ。
だが、範頼は翌朝
「この縁談、何か裏があるかと思わぬか?」
と当麻太郎に聞いてきた。
兄と対面したときに聞いた安達家や比企尼に対する信頼や
自分に対する気持ちに嘘があったとは思わない。
けれども、兄はもっと大切な何かを隠しているような気がしてならないのである。

そのように言うと当麻太郎は
「そうですな、裏のない縁談などないと思ったほうがよろしいかと存じます。
しかしどのような裏があろうとも、此度の縁談は殿にとって悪い話ではないとは思います。」
今範頼は三河に勢力を築きつつある。
その三河に縁がある安達藤九郎盛長と手を結ぶことは確かに大きな手助けとなろうし
この縁談を受けて兄の歓心を買えば三河における範頼の支援勢力の一つである
頼朝の外戚熱田大宮司家との絆を強めることになる。
その事情を当麻太郎は語った。
それでも、主は決心を付きかねる顔をしていた。

それを見た当麻太郎が真剣な眼差しで主に迫った。
「何をお悩みです。
そうやって悩みすぎて機を逃して今まで何度縁談を流してしまったことか。
今回は他ならぬ兄上の勧める縁談でございまするぞ。
お悩みになってみすみす良いご縁を逃すという愚はいい加減おやめくださいませ。」
「そうだな」
とは答えたもののまだ悩んでいる顔つきである。
「殿、もしや、この家のご息女が気に入らぬとも?」
「いや、その様なことは無い」
と答えた顔は照れている。
「ただ、娘御の気持ちが今ひとつわからぬ。それが不安でな。」
「ならば、殿、ご息女の気持ちをこちらに引き寄せる努力をなさいませ。
今からでも文一つ、歌の一つでもお書きくださいませ。」
そういって、当麻太郎は主の目の前に紙と筆を差し出した。

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