時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二百七)

2007-11-13 05:51:23 | 蒲殿春秋
安田義定は範頼にとって大切な盟友である。
甲斐に亡命してから受けた恩義は数知れない。
現在範頼が三河に勢力を築きつつあるのは安田義定の後援があってのものである。
しかし、その一方で三河でのもう一つの支援勢力熱田大宮司家の力も無視できない。
その熱田大宮司家は兄頼朝の縁戚。
義定も頼朝も、範頼にとってどちらも大切な存在である。
もし、頼朝の勧める縁談に安田義定が異を唱えた場合範頼はどうしたらよいのであろうか。

全成の屋敷から出ると夜になっていた。
安達屋敷の門に近づくと小さい影がもっと小さい影を抱いて揺れていた。

「ねえ、新太郎。私もう少ししたら、さよならしなくてはならないの。」
瑠璃は赤ん坊の新太郎に話しかけている。
「私、嫁いでよそに行くのよ。
相手は、蒲殿。新太郎もよく知っているあのおじちゃんよ。」
風が当たらないように瑠璃は新太郎に布を掛けなおした。
「あのおじちゃんなら、お嫁に行ってもいいでしょ、新太郎。
でもね、そうなったら私は三河に行くことになるかも知れない。
そうしたら鎌倉には中々戻ってこれないわ。」

瑠璃の声を聞いて範頼はとっさに身を隠した。

「あのおじちゃん、
大食いで、やたらと背が高くて、大イビキで、おまけに年が三十。
そんなおじちゃんのところにお嫁にいくのよ私。
でも、私あのおじちゃんのこと嫌いにはなれない。
新太郎もあのおじちゃん大好きよね。
私も、あのおじちゃん大好きよ。悔しいけれど。」

そして、瑠璃は空に向かってつぶやいた。
「あーあ、なんだか損しちゃったわ、私。
素敵な殿方がまだ見ぬ私にあこがれて恋文をくれて
そして、文をくれた方がどのような方か考えて、心ときめかして、
沢山文のやりとりをして・・・
それから一緒になりたかったのに。
最初から素顔見せて、新太郎の前でおろおろして、私の前で何杯もご飯を食べて。
そんな人が私の相手だなんて。
ときめくひと時が一度も無いままお嫁に行くなんて損したわ、私。」

「ねえ、新太郎一言言ってやってくれない?
蒲殿のことは嫌いではないけれど、いきなり目の前に現れて
ときめきの一つもくれないで私を嫁に貰うなんてひどすぎるわって」

天空に瞬く星々に照らされた瑠璃は輝いていた。

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