星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

休日(3)

2007-06-24 23:50:13 | 休日
 エスカレーターを1階から昇っていくと、溢れるように置かれている商品に目が行って、何か買いたいという衝動に駆られてしまう。でもそれほどのお金の余裕もないし、それに私にはお洒落をして出掛けるようなところもないのだ、と思い直す。勤務先の歯科に行く時はほとんどジーパンだし、車で出掛けることが多いから、スカートなんて滅多に履かない。こうして月に1,2度大きな駅にあるデパートやショッピングセンターに行く位だ。高価な洋服やカバンなんて、私には不必要だし分不相応だと思ってしまう。そのままずっと上の階まで上がった。レストラン街のひとつ下の階に大手の本屋が入っている。そこは他の本屋よりも私のお気に入りの本屋だ。店内の至る所に椅子が配置されていて、そこで売り物の本を読むことが許される。じっくり本を選ぶことができるし、ちょっとした時間を潰すこともできる。店内には小さい音量でクラシックが流れていて、とても落ち着く。

 料理本が置いてあるコーナーに向った。もう夏向けの本が多い。お菓子を作るのが趣味といえば趣味だけれど、最近はあまり作っていない。最近というか、お義母さんと同居しだしてからは、あまり作っていない。お義母さんは甘いものは好きみたいだけれど、お饅頭とか羊羹みたいなものが好きなようで、私が作るものはほとんど食べない。それで浩平も食べて私も食べると、あとの残りは職場に持っていって食べてもらう。いつもいつも上手にできるわけではないけれど、皆喜んで食べてくれる。作った者にとっては、そうやって美味しいと言って食べてくれることがいちばんの喜びだ。でもいつか、私が余ったケーキをタッパーにつめていると、お義母さんが、また持っていくのね、と言って嫌な顔をしたことがあった。それ以来なんだか持って行きづらくなった。お義母さんとは食事も家計も一緒なので、そういうどうでもいい一言が妙に気になってしまう。新しいケーキの本が平積みされているのが目に付く。ぱらぱらと美しい写真のケーキの本をめくっていると、それだけで幸せな気分に満たされる。今が旬のいちごのケーキやフルーツのパイが瑞々しく光った色をしていて、それだけで作ってみたいという気分をそそられる。今日は帰ったら久し振りに何か作ってみようかと思う。帰りに材料を買っていこう。
 
雑誌のコーナーの前を通り過ぎる。棚に立てかけられた様々な雑誌の、表紙をちらっと見つめる。妊婦向け雑誌が目につく。一瞬だけ目にとめて、そして目を逸らす。私にはもう、必要がない。
 急に、読んだら泣けてくるような小説が読みたくなった。今ここで、わんわんと泣くわけにもいかないだろう。ドアに鍵をかけて、ひっそりと泣きたくなる。何がどう悲しいとか、そういう具体的理由は何もないけれど、涙をざあざあ流して泣きたく思う。そうしたら、すっきりするような気がする。ああ、映画でもいいんだ。泣ける映画を見たい。そう思うとひとりで映画でも見に行けばよかったんだ、と思う。これから行くのもいいかもしれないが、ちょっと時間が足りない。夕方5時くらいまでには帰らなくてはいけない。それに、今やっている映画でこれといって特に見たいものも思いつかなかった。文庫本が置いてあるコーナーに行く。気に入った作家の新刊をぱらぱらとめくるが、やはり買うのを諦める。そのうち単行本になるだろうし、急がなければ図書館で借りることができるかもしれない。そう思うと、ここで丹念に選んでも無駄なような気がした。
 
写真の棚に行く。海の、波だけを写した写真集を手にとる。見開き一面が波である。波を、まるで水中眼鏡をかけて半分潜って覗いた感じで撮っている。波の目線、といったら変だけれども波がすぐそばに迫っている感じの写真。めくっても、めくっても、波ばかり。でも波の色や泡の細かさや、激しさは、どれも違う。荒々しさ、優しさ、激しさ、穏やかさ、冷たさ、温かさ、そんなものが伝わってくるような感じがする。その横に、今度は空の、雲ばかりを写した写真集を発見した。同じ作者なのかと思ったら、全然違うひとだった。さきほどの波の写真集と同じように、見開き一面雲である。今度は、めくってもめくっても、雲。そして当たり前だけれども、どのページにも同じ雲はない。色も、雲のもくもくとした感じも、それを見て受ける印象も、どれも違った。雲を見ていると、懐かしいような、そして悲しいような気分になることがある。そしてそれとは正反対に、大袈裟に言えば生きていてよかったとか、この空を見れて幸せだとか、そんな気分になることもある。そして刻々と変化する空の、この綺麗な一瞬を見れたことに感謝をしたい気分になることもある。さきほどの波と共通することだけれど、海も、空も、見ていて飽きない。時間とともにどんどんどんどん変わっていく様子を見ているだけで、いつまでも、きっと眺めていたくなる。そしてこころが空になる。この写真集を作った人も、きっと雲や波を見て飽きない人なんだろう、と思った。こんな写真集を作るくらいだから、私が想像するより遥かにたくさんの時間をかけて撮影したのだろう。何時間も何日ももしかしたら何ヶ月も、毎日毎日空や海を見てはシャッターを押す。この本に使われている写真の何倍とか何十倍の量のシャッターを押しているのだろう。そして選ばれた写真達。
 
じっくりと椅子に腰掛けて写真を眺めていたら、意外と時間が経っていた。写真集をまた平積みの一番上に戻して、結局何も買わないで本屋を出た

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