星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

休日(2)

2007-06-09 22:51:33 | 休日
まだ目的地の到着もしていないのに、お義母さんに買っていくお土産を何にしようかと考えた。面倒くさいしちょっとそこまで出かけるだけだからと思いつつ、それが慣習になってしまっているので、今日も何か買っていかなければならないだろう。またいつものお店で買ったらよいだろうか。こんなとき実家の母のことを思い出す。実家の母だったら何を買っていっても、それがおいしいものであれば美味しい美味しいと言って喜んで食べるのだが、お義母さんは違う。彼女の中でこれはあの店で買う、という基準があるらしく、何か買っていっても必ずどこどこのお店のがおいしいのよねえ、と言ったりする。またずっと前にバナナクリームパイを手作りしてお茶の時間に出したら、胸焼けがするからと食べてもらえなかった。実家の母ならたとえ苦手なものでも、じゃあ折角だから、と言って一口食べるだろう。お義母さんはむづかしい。それでいつも同じ物にしてしまう。それからお義父さんの仏壇にも何か買っていかなくては、と思う。こうして電車に乗ってしまえば4、50分足らずで到着するような場所なのに、お義母さんにとっては、折角あそこまで行ったのだったらあれもこれも買ってくればよかったのに、と思うらしい。それなのに出不精だから自分では決して出掛けることは無い。同居し始めたころはその都度お義母さんを誘っていたけれど、最近はもう当然のようにひとりで出掛けて行く。私にはそのほうが都合がいいけれど。

結局、もって来た本はほとんど読むことができなさそうだった。今日は集中力に欠けている。先週はバイトの子が来なかったのでいつもより勤務が長引いたせいか、余計に疲れてしまった。午後の診察までの休憩時間に、ぐっすりと眠り込んでしまったせいか、少々風邪気味だ。喉が痛い。足もすごくだるい。予約をしてないけれど、フットマッサージをしてもらおうかなと思う。平日ならそれほど待たなくてすむだろう。

駅を降りるとまずマッサージの店に向った。駅ビルの中にある。ここは大きなチェーンではないけれどスタッフの人の態度がすごく好ましい。それから店全体の照明が暗めなので落ち着くのが気に入っている。待合室のロビーもリラックスできるソファが置いてあって、気分が安らぐアロマの匂いが漂っている。
「今日はどうなさいますか。」
私と同じくらいの年齢と思われる女性スタッフが聞いてくる。髪の毛を一つにまとめていて、清潔感のある印象だ。
「足を、40分のコースでお願いできますか?」
彼女はにっこりと微笑んで「分かりました。あと30分くらいで空きますけれど、どうされます?もっと後の時間で入れておきますか?」と言った。彼女の顔を見ていると皺が多いことに気付くが、その皺がとても魅力的な年の取り方をしているように私には見えた。 
「じゃあ待ってます。」ここの落ち着く部屋が好きな私はそう答えた。本でも読んでいたらすぐ30分くらい経ってしまう。
「ではかけてお待ちになっていてください。」彼女はカルテのような書類に何か書き込んだ。それほど長くない爪にすっきりとマニキュアされた指先と、そこに光るシンプルな指輪と、華奢な腕をカチャリと落ちていくブレスレットを眺めた。この人は自分を磨くということを怠らない人なんだと思った。職業柄もあるのかもしれないが。それから私はまるで外国のホテルのロビーのような待合室に通された。

 「・・・さん、お待たせ致しました。」
 誰かが自分を呼ぶ声ではっと目を覚ました。私はいつの間にかロビーで本を読みながら眠ってしまっていた。ほんの10分程度のことだと思うが、深い眠りだった。疲れているのかもしれない。立ち上がると一瞬ふらっとしそうになったが、それは居眠りしたせいだと思った。ベッドのある部屋に移動する。ここも照明はすべて間接照明で暗めになっていて、ホテルのように厚めの絨毯が敷かれ重厚なインテリアでまとめられている。とても落ち着く空間だ。他の客が視界にはいらないように配慮されているため、リラックスできる。いたる所に観葉植物が置かれ、アロマの匂いはここでも漂っている。
「よろしくお願いします。」
「ではうつ伏せになってください。」
 今日の担当は若い華奢な感じの男の子だった。いちばん最初にここに来た時この子に当たったのでよく憶えている。見かけによらずとても低い声で話す。彼の話し方は今時の若い子とはかけ離れているように思う。ゆっくりと、落ち着いた、低いそれほど大きくない声で話す。語尾がはっきりとしているので知的な感じがする。その話し方は私を落ち着いた気分にさせてくれる。
 マッサージが始まると、最初はくすぐったく、そしてとても恥ずかしい気分になる。人からこうしたことをされるのは、それがお金を払ってしてもらっていることでも、慣れない。そのうちに痛いような感じになってきて、それからは快感になる。
「眠ってしまうかもしれないわ。ごめんなさいね。」
タオルに顔を横向きにして置きながら、そう言った。本当に気持がよく眠ってしまうのだ。
「構わないです。」短く彼はそう答えた。
 ずっと以前から職場の同僚が、マッサージいいわよと教えてくれていたけれど、最近まで試したことがなかった。こういうものは年取った疲れた人がしてもらうものだと思っていた。それほど安くないお金を払って人に奉仕をしてもらうのは、贅沢なことだとも思っていた。けれど私は、毎日何のために働いているのだろう、そうも思った。職場の同僚とそんな話をしていて私が、マッサージ高いじゃない、と言うと、あらでも子供がいないのだから、それくらいいいじゃない、どこにお金を使うのよ、働いているんだから、というようなことを十中八九返される。その言葉を聞くたびに、好きで子供が居ないわけじゃないのに、とも思う。共働きをしていて、子供が居ない、それだけで私たちは随分と余裕のある暮らしをしているように思われているが、実際はそれほどでもない。私のお給料なんて、バイトの人とさほど変わらないくらいだ。もう10年ほど働いているけれど、ちっともお給料は上がらない。けれど職場の人間関係がいいのと家に近いことが最大の魅力でずっとそこにいる。特に経験も資格もない私が、転職できるところなんて早々ないはずなのも、そこに留まっている理由かもしれない。
 
どこに行ったの、と聞かれても、お義母さんにはマッサージに行ったことは言わない。息子である旦那が土日もなく働いているのに、嫁がそんなことをするなんて贅沢だ、と思われるのが目に見えている。そうはっきりと言わないが、そうだろうと思う。私が働いたお金で何をしようと私の勝手だろうけれどと思うが、それなら黙っていることのほうが賢い。
ちらりと時計を見る。もう半分ほどの時間が過ぎている。このままずっと心地よさに身を任せていたいと思う。一定のリズムでふくらはぎを行ったり来たりする手が、暖かく気持が良い。でも本当に、贅沢なことだ。お金で快楽を得ているのだから。
「随分と疲れてらっしゃいますね。この間のときよりも、固いですね。」
眠りに落ちなかった私に、彼が声を掛ける。
「そうね。」「最近足が妙にだるくて。」
ややしばらく間があり、「足の裏を失礼します。」と断ってから、土踏まずのマッサージになった。最初は痛いけれど、とても気持がいい。
この後やはり少し眠ってしまった。細切れの睡眠だけれど、至福の時間だと思ってしまう。

足マッサージの店を出ると、駅ビルとつながっているデパートに入り、洋服売り場を通り過ぎて本屋の入っている階まで上った。歩きながら、やはり足が軽くなったような気がした。

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