星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

クリーム色の家(3)

2011-10-23 13:25:26 | クリーム色の家
駅の改札を抜けるとバスターミナルに向かった。あまりバスには乗りたくないのだが、今日は時間が遅くなってしまったので歩いていくよりはバスのほうが早いだろうと思った。バスはすでに停まっていて、あと数分で発車するようだった。混雑したバスの奥まで進む。すぐそばの二人掛けの席に隣の係の見知った顔の後輩がいたので軽く会釈する。私は鞄から文庫本を取り出して読み出した。バスは10分もしないで到着してしまうし、ターミナルの中に停車しているバスの中は薄暗いので無理に本を読むこともないのだが、この時間のこのバスには必ず会社の人が乗っている。朝はあまり口を利きたくないのだ。読んでも読まなくても、本を開いていると誰も話しかけてこないから好都合だった。

二人掛け席の子は、隣に座ったほかの部署の子とお互いの上司の愚痴を言い合っている。その上司がどうも若い部下の一人と仲が良すぎて、怪しい関係じゃないかと疑っているという話ぶりだった。
「えー、でもあの係長そんなにもてる感じじゃないよねー。」
もう一人の子がやや声を大きくして言った。
「でもさあ、結構家庭円満タイプっていうの?、ああいうまめな人って優しそうって感じで案外いいんじゃないの?」
「癒し系、みたいな?」
そんな声で話していたら、他にもうちの会社の人間が乗っていたら丸聞こえなんじゃなかろうかと、聞いているこっちがはらはらしてしまう。
「でも怪しいよね。しょっちゅうメールチェックしてたりね。私用携帯なのにさ。」
「うちのお父さんなんか、メールできないし。メールっておじさんでもそんなに使うものなのかな?」
私が本から視線をずらしてちらと彼女たちのほうを見た。それに気づいてなのか急に声のトーンが低くなった。
「相手はあの係長でいいのかなあ。あんなにかわいい子なのにねー。彼とかいないのかねー。」
さすがにその彼女の実名は言わなかったが、私を気にしてかそれから二人は黙り込み、外の景色を見ていた。

私はぼんやりと10年前のことを思い出した。あの時夫も会社で、部下の女子社員にこんなことを言われていたのだろうか、と思った。夫は私が龍を妊娠している最中に、会社の部下と浮気をしていた。私達はそれぞれあまりお互いに干渉されるのを嫌うので、私は彼の行動に無頓着だった。共働きのせいかお金にも比較的不自由していない彼はゴルフだ飲み会だとよく出かけるのには慣れていた。あの日も泊まりでゴルフに行くといって出掛けていった。携帯があるので連絡は取れるし、特にどのゴルフ場だとかどこのホテルに泊まるのかなど聞いていなかった。妊娠中だったので正直夫が家にいないほうが楽ができた。一日ごろごろとしていられると思った。まだ産休前だったので私は週末になるとぐったり疲れて暇さえあれば横になっていた。

夕方、テレビを見ながらソファーで横になっていると、電話が鳴った。夫の会社の同僚だった。その人は夫のゴルフ仲間の一人なのでてっきり一緒にゴルフに行っているものと思っていた。出先の夫の身に何かが起きたのだろうかと最初は思った。
ゴルフに一緒に行っていたと思ったその人は、休日出勤をしていたのだと言った。どうしても彼に仕事のことで聞きたいことがあったので携帯に電話をしたが、電波がつながらないので自宅に掛けたのだと詫びた。
「え、ゴルフに行った、ですか?泊まりで?」
私が夫は朝早く出かけて行って明日帰る予定だと言うと彼はそう答えた。
「分かりました。どうもお休みのところすみませんでした。」
「いえ、こちらから○○さんに折り返しご連絡するようにこちらからも掛けてみます・・・。」
私は体が熱くなり、汗が滲みでてくるのを感じた。

不意な電話は、それでもまだ、その人と違うメンバーで行っているのだろう、という気持ちも半分あって、それほど重くない気分で私は夫の携帯に電話を掛けた。
電話は何度掛けても「電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため・・・」を繰り返した。
胸の中になにかが蓄積されていくのを感じた。
気がついたら、何十分も立ちっぱなしで電話を掛けていた。お腹が収縮していくのが分かった。あと1ヶ月で産休に入ろうという私のお腹は、その頃ちょっと無理をするとすぐに張ってきていた。お腹が張るときは自分でそれが分かった。どんどんお腹の皮膚が余裕がなく張り詰めていく感じがして、息をするのが苦しくなった。
私はまたソファに横になって、もう電話を掛けなおすのを諦めた。
どこに行ったのだろう。誰といるのだろう。
考えなくてはいけないし、考えたくない気もした。


にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
人気blogランキングへ






コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« クリーム色の家(2) | トップ | なにげないひとこと »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

クリーム色の家」カテゴリの最新記事