星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

クリーム色の家(1)

2011-02-23 16:48:08 | クリーム色の家
隣の部屋のドアが、カチャリと音を立てる。
最近の夫は、出かける時声も掛けずに家を出て行く。この家の中に、誰か一緒に住んでいる者などいないかのように、すたすたと階段を下りる。その音は、それは誰とも違わない夫だけの足音とリズムなのだけれど、その音を聞いていると私自身が家にいないかのような錯覚を起こす。そして私の部屋はその振動で少しだけ揺れる。静かな家の中で、このちょっとした振動に、私はどきりとする。

玄関の鍵が閉まり、車が出て行く音がすると、私は胸をなでおろす。夫が居ても居なくても、もはやたいして違いはないのだけれど、居なくなったことにほっとする。こんな夜遅く、どこへ行くのとか何の用があるのかなど、今はもう一切訊ねない。正直そんなことはもうどうでも良くなってしまった。仕事ではないのだろう。かといって誰か女の人と会っているということでもないようだ。車で出かけて行くので飲みに行くのでもないのだろう。もしかしたらゴルフの練習かジムにでも行っているのかもしれない。

私は居間に下りて行く。居間のソファに座るとテレビのリモコンを手に取る。ニュース番組をやっている。夫がここを占拠しているとき私は居間に近づかない。まるで家庭内ひきこもりのように、私は自分の小さな空間から、他の部屋になるべく出ない。必要な家事や掃除の時だけ他の場所にいる。ニュース画面をしばらく見ていたが何も感じることは無かった。最近は静かな空間に居ることに慣れてしまって、テレビの音さえうるさく感じてしまう。鬱陶しくなって電源を切る。それからソファの横に投げ出された新聞を手に取る。

 新聞を手にダイニングのテーブルに座った。コーヒーをひとり分だけ入れる。新聞を丹念に後ろから読む。私は変な癖で新聞をいつも三面の方から読んでしまう。どこかのコンビニで強盗があった話、幼稚園児が被害の交通事故、それから人生相談、そんなものを丹念に読む。読んだからと言って、ただ文字を追っているだけのような気もする。頭の隅のほうで、何か別のことが浮かんできそうな気配もしているが、それが何なのか分からない。不安、とかそういったものか。でもそれとも違う気がする。

 政治欄、国際欄そしてあまり興味のない経済欄、それから趣味の悪い雑誌広告欄も、すべて丹念に読んでしまった。私は新聞の隅をきちんと揃えてそれを二つに折る。それからさらに二つに折る。時計を見ると10時を少し過ぎたところだった。熱いお風呂に入って寝ようかどうかと考えているところに、鈍い音がなった。

 耳を澄ませてみると、それは二階の自分の部屋に置いてある携帯電話の振動音だった。静まり返った家の中で、案外それはよく聞こえた。こんな時間に私に電話を掛けてくる人などいない。こんな時間でなくても、電話をしてくる人なんて皆無だ。私はたぶんそれはメールだろうと見当する。今日職場で、何か後で問題にでもなることがあっただろうかと思い返してみるが特に心当たりがない。明日の仕事で何か引き継ぎ事項があっただろうかとも思うが、こんな時間に電話するほどのこともないだろうと思う。そんなことを思いながら二階の部屋に向かう。

 通勤鞄の中で、紫の光が蛍のように点滅していた。開いてみると予想外に電話が入っていた。だが表示された番号を眺めていても一向にそれが誰であるか分からなかった。そもそも知り合いなら最初から電話帳に登録してあるはずなのだ。昼間仕事の件で電話したお客さんだろうかと一瞬思うがそれは職場の電話を使ったのだからここに掛けてくるはずもない。いったい誰なのだろうと訝しく思う。だがまったく心当たりがなかった。きっと間違い電話であろうと思い、そのまま履歴を消去した。



にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
人気blogランキングへ




コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« off | トップ | 2007.6月に思ってたこと »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

クリーム色の家」カテゴリの最新記事