さる12月6日に行われたシンポジウム「温暖化時代の治水対策」。嘉田由紀子前滋賀県知事、国土交通省の朝堀泰明・河川計画調整室長、高橋裕・東京大学名誉教授、大熊孝・新潟大学名誉教授らを迎えて実りの多い議論が展開されました。
参加者の中に「創発的な議論だった」という感想を述べてくださった研究者の方がおりました。パネラーがそれぞれ、立場と方法論が違う人々だったので、意見の相違・隔たりが相当にあったのですが、噛み合わないまま並行線で放置することなく、「立場を超えて出口」を模索した結果、「創発」と評価していただける内容になったのではないかと思われます。
従来の国交省は、発生した洪水を一滴も溢れさせることなく河道内に完全に閉じ込めて河口まですみやかに流し切る、という立場を大原則としてきました。
嘉田由紀子さんが滋賀県知事時代に制定した滋賀県流域治水条例は、「一滴も溢れさせることなく」が財政的にも技術的にも不可能ということを前提とした上で、まちづくりのレベルで災害に対応する工夫を施し、たとえ溢れても、「命だけは守る」を最優先にするシステムの構築を制度化したものです。
これまで「一滴も溢れさせない」を前提にしていた国交省。国交省の朝堀さんは、溢れた場合に関しては、「何も対応していないのが基本的な姿勢だった」と率直に認められ、土地利用規制の仕方に多少の違いはあるものの、「われわれも(=国交省も)、ほとんど滋賀県のやり方をを追っかけているような状態で、こんごの制度設計を進めていきたい」と語られました。
この嘉田さんと朝堀さんのやり取りを見ても、「立場の違いを超えて」の出口を模索する様子が伝わってくるかと思います。
もちろんダムやスーパー堤防や土地利用規制のあり方などに関して、各論者の立場の違いは大きく、後半のパネルディスカッションはさらに突っ込んだやり取りがありました。朝堀さんはさすがに現役の国交省の方なので「スーパー堤防は絶対に必要」という立場を崩しませんでした。大熊孝先生は、スーパー堤防でなくとも、現在の技術では越水しても簡単には破堤しないさまざまな技術が開発されていると紹介され、また会場におられた元国交省・土木研究所の石崎勝義さんは、堤防をアスファルトで覆うなどして越水しても簡単には破堤しない技術を土木研究所として開発し4河川で実施もしたが、土木学会から「実現性がない」との報告書が出て止めさせられてしまったというエピソードなどを紹介されました。
私の意見を言わせていただくと、「実現性がない」というのなら、100メートル幅を整備するのに何十億円もの予算を費やすスーパー堤防こそ財政と時間の制約から、もっとも「実現性のない」ものでしょう。その予算を「越水しても簡単に破堤しない堤防」の整備に転用した方が、流域の広範な地域の安全を高める減災に寄与します。こうした点など結論は、もちろん出ませんでしたが、本音で突っ込んだ議論ができたのではないかと思います。
流域治水の実現のためには、国交省の河川・道路、農水省、林野庁など縦割り行政の垣根を超えて、さらに国・県・市町村・はては町内会まで巻き込んで住民参加で対策を進める必要があります。また学問分野も、土木工学、水文学、農学、林学、都市計画などなど、研究分野も違うひとびとがいっしょに取り組む必要があります。そうした中で、治水政策の「創発」も可能になるのでしょう。
このシンポジウム、ジャーナリストのまさのあつこさんが、「yahooニュース」で簡潔にその要旨をまとめる記事を書いてくださいました。以下です。
嘉田前知事「立場を越えて出口を探す」治水シンポジウム
(前半の報告)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20151210-00052307/
(後半の報告)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20151211-00052355/
またyoutubeでも公開されています。以下です。
https://www.youtube.com/watch?v=HkdS9NR3j0k
参加者の中に「創発的な議論だった」という感想を述べてくださった研究者の方がおりました。パネラーがそれぞれ、立場と方法論が違う人々だったので、意見の相違・隔たりが相当にあったのですが、噛み合わないまま並行線で放置することなく、「立場を超えて出口」を模索した結果、「創発」と評価していただける内容になったのではないかと思われます。
従来の国交省は、発生した洪水を一滴も溢れさせることなく河道内に完全に閉じ込めて河口まですみやかに流し切る、という立場を大原則としてきました。
嘉田由紀子さんが滋賀県知事時代に制定した滋賀県流域治水条例は、「一滴も溢れさせることなく」が財政的にも技術的にも不可能ということを前提とした上で、まちづくりのレベルで災害に対応する工夫を施し、たとえ溢れても、「命だけは守る」を最優先にするシステムの構築を制度化したものです。
これまで「一滴も溢れさせない」を前提にしていた国交省。国交省の朝堀さんは、溢れた場合に関しては、「何も対応していないのが基本的な姿勢だった」と率直に認められ、土地利用規制の仕方に多少の違いはあるものの、「われわれも(=国交省も)、ほとんど滋賀県のやり方をを追っかけているような状態で、こんごの制度設計を進めていきたい」と語られました。
この嘉田さんと朝堀さんのやり取りを見ても、「立場の違いを超えて」の出口を模索する様子が伝わってくるかと思います。
もちろんダムやスーパー堤防や土地利用規制のあり方などに関して、各論者の立場の違いは大きく、後半のパネルディスカッションはさらに突っ込んだやり取りがありました。朝堀さんはさすがに現役の国交省の方なので「スーパー堤防は絶対に必要」という立場を崩しませんでした。大熊孝先生は、スーパー堤防でなくとも、現在の技術では越水しても簡単には破堤しないさまざまな技術が開発されていると紹介され、また会場におられた元国交省・土木研究所の石崎勝義さんは、堤防をアスファルトで覆うなどして越水しても簡単には破堤しない技術を土木研究所として開発し4河川で実施もしたが、土木学会から「実現性がない」との報告書が出て止めさせられてしまったというエピソードなどを紹介されました。
私の意見を言わせていただくと、「実現性がない」というのなら、100メートル幅を整備するのに何十億円もの予算を費やすスーパー堤防こそ財政と時間の制約から、もっとも「実現性のない」ものでしょう。その予算を「越水しても簡単に破堤しない堤防」の整備に転用した方が、流域の広範な地域の安全を高める減災に寄与します。こうした点など結論は、もちろん出ませんでしたが、本音で突っ込んだ議論ができたのではないかと思います。
流域治水の実現のためには、国交省の河川・道路、農水省、林野庁など縦割り行政の垣根を超えて、さらに国・県・市町村・はては町内会まで巻き込んで住民参加で対策を進める必要があります。また学問分野も、土木工学、水文学、農学、林学、都市計画などなど、研究分野も違うひとびとがいっしょに取り組む必要があります。そうした中で、治水政策の「創発」も可能になるのでしょう。
このシンポジウム、ジャーナリストのまさのあつこさんが、「yahooニュース」で簡潔にその要旨をまとめる記事を書いてくださいました。以下です。
嘉田前知事「立場を越えて出口を探す」治水シンポジウム
(前半の報告)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20151210-00052307/
(後半の報告)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20151211-00052355/
またyoutubeでも公開されています。以下です。
https://www.youtube.com/watch?v=HkdS9NR3j0k