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山田洋次さんの時代劇は他の時代劇と違う気がします。いい意味で時代劇っぽくないというか、うそくささがないです。しかも、その反動で自然にというのを意識するあまり、うすっぺらな現代劇みたいになったりということでもないし・・・自然に・・・ということは貫かれているんだけれども、時代という制約は、かなり厳しく考えたんだろうと思います。
それは、しゃべり方もそうですし、しぐさとか、男女の位置、身分の差でも位置関係とかありますし、その社会の中でそれぞれの人間がどのように動いていたのかをかなり気を使ってやっているんだろうと思います。
檀れいさんが鳥みたい。きれいなんだよなあ・・・
追い出されるときそそくさと出て行くところがなんかリアル。あの時は、あの場から早く立ち去りたかったんだろうというのがすごいでています。
この話、ずっと不幸な話です。そのなかのささやかな心のつながりです。この先も、幸せかどうかはわかりません。でもこの先もずっといっしょに生きていこうという素晴らしいお話です。
目が見えなくなって、動揺して、奥さんの心も見えなくなって信頼をすることができなくなったわけですけれど、復讐して今までのこみ上げてくる感情がおさまった時に、失ったものの大きさを感じて寂しさが襲ったんでしょうね。
山田さんの、「息子」とか、「家族」とか、「故郷」をみて、世の中の厳しい現実をまっすぐ捉えて、そこで生きる人たちをいきいき描いているところが好きでした。今でも好きだけど・・・
でも、この間見たはるかなる山の呼び声とか寅さんとか見ていて、それとはちょっと違った印象がありました。この武士の一分もそうなんですけど、人間の心から出発しているというか・・・現実のリアルさという点では同じなのかもしれないけれど・・・現実という土台があってそこで人が生きているというのでなくて、人間の心から出発してそこの舞台が現実であるという感じかなあ・・・そこにいる人間を自然に描いていけば現実が見えてくるというか・・・
意味わからないですかね。
まあ、いいや。
「母べえ」が楽しみになってきました。檀れいさんもでてるみたいだし・・・