山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
(『万葉集』巻二)
石川県七尾市の七尾城址に咲いていた山吹。
新緑の中にあって、ひときわ鮮やかな色彩を放っていた山吹の花です。
七尾城址は私のお気に入りのお城のひとつ。
お城というと、天守閣があって、それに付随する建物があって・・・ということを想像する方もいらっしゃるかもしれませんが、(たぶんそういう方の方が多いのでしょうが)多くの山城がそうであるように、七尾城址も建物はなにもありません。あるのは石垣と土塁。
その石垣が見事なんです。廃城となって400年以上たっていますが、石垣や土塁は当時の姿をとどめています。その姿に、惚れ惚れと見入ってしまう・・・(^_^;)
・・・話題は山吹でしたね。
山吹というと、私が真っ先に思い出すのは冒頭の歌。『万葉集』に載っている歌で、十市皇女が亡くなったときに、彼女を慕う高市皇子が作ったという歌です。
十市皇女も高市皇子も共に天武天皇の子。ただし母親が違っていて、十市皇女の母は額田王。父方から見ると、二人は兄弟ですが、母が違えば他人同様だったので、たとえひかれ合ってもタブーではなかったのです。(同母兄弟の恋はご法度でしたが…)
十市皇女は、天智天皇の皇子である大友皇子に嫁ぎましたが、高市皇子は、彼女のことをずっと慕っていたといいます。
678年、十市皇女は「卒然(にわか)に」病を得て亡くなりました。
思い人の死に直面して、高市皇子の悲しみはいかばかりだったでしょう。
山吹の咲き乱れている山の清水に行きたいと思うけれども、道がわからないことだ・・・
山吹の「黄」色と清水=「泉」・・・おわかりでしょうか。高市は、単なる「山の清水」へ行こうとしているのではなく、愛しい皇女のいる黄泉の国への道を求めているのです。
その地へ行くこともできず、途方にくれて立ちすくんでいる高市の悲しみが、三十一文字に凝縮されて表現されているように思われます。
(2005/05/01)