華語り

心に華を!!

相変わらずの曇り模様の日曜日

2010-05-30 17:03:40 | 日々の風景

ここ数日、冷たい雨模様のお天気が続いています。
今日も朝から曇り模様。重い雲が空を覆っています。
せっかく咲いたバラたちも、雨に打たれてその麗しき姿形を存分に輝かせることができずにいます。
もう5月も終わるというのに、衣替えの季節だと言うのに、衣替えもできそうにありません。

先週咲いたバラの中から。
新雪、プロスペリティー、ザ・ピルグリムです。集めてみたらホワイト系がそろいました。

話は変って・・・

今日は本多蔵品館で行われている特別展に関連の講演会に行ってきました。
「本多正信・正純・政重」という特別展が行われているのですが、「藩政初期の本多家」という演題で、長谷川孝徳先生のお話がありました。
直江家を辞して、前田家に仕えてからの政重と、父正信や兄正純との関係や、「新座者」である本多家が、加賀藩の重鎮になる過程について、大変興味深いお話をうかがいました。

正信は、家康の懐刀などとも言われ、家康の側近中の側近でありました。正信が亡くなるときにいわゆる「形見分け」をしているのですが、一族や家臣のみならず、主筋である徳川一門の人々にも遺物を献納しています。これは一般的には考えられないことで、正信が、いかに家康に近しい人物であったかということを物語っている、といった話(この形見分けの目録は特別展に出品されています。)、上杉家が関ヶ原の後、正信を介して戦後処理を行い、減封という憂き目は見たものの取り潰しにならずにすんだのは、家康の側に上杉家存続の意思があったことももちろんあるのでしょうが、上杉家(直江さん)が幕閣の中での力関係を見誤らなかったことも大いに関係しているのでしょう。

それから、本多正純の宇都宮つり天井事件に関連して。
正純は改易となりましたが、連座ということが当然であったはずなのに、政重や、そのほかの本多家の一族は連座して罪をこうむることはありませんでした。おそらくつり天井の話は作られた話で、実際のところ、正純は将軍や幕閣の連中に「嫌われた」のでは?ともおっしゃっていました。
政重は、兄正純の改易に際して、自分も罪を受けることになるのか問い合わせたようで(問い合わせたという史料は残っていないようですが)、当時の老中(酒井忠世だったか)から、「おかまいなし」とのお墨付きをもらっています。
(この書状も、同展に展示されています)

こうしてみると、政重という人は、それがいいのか悪いのかはわかりませんが、きわめてスリリングな人生を歩んだ人物であったわけです。それを歩んでのけちゃう胆力には、ただただ感心するばかり。

講演が終わり、本多家の若殿にご挨拶。
上杉博物館で「戦国大名とナンバー2」という特別展(兼続生誕450年)が昨日から行われています。(7月19日まで)7月4日に「前田家家臣団と直江勝吉」との演題で講演されるとのこと。
この特別展には、本多蔵品館からも何点か資料を出展しているそうです。
上杉家と前田家は、かつては浅からぬ関係があった、現在はそうでもないが、改めて、その架け橋になればという思いで、お話してこようと思っています、とおっしゃっていました。
米沢、行きたい・・・

 


あなたは誰?

2010-05-26 21:59:04 | 造園日記2010
春、三号鉢にぽつぽつと出てきた単子葉。種をまいた覚えもなかったのですが、雑草にしてはずいぶんお行儀のいい生育ぶりだったので、そのままにして様子を見ることに。
今朝何気なく見てみると、かわいらしいピンクの花をさかせていました。
切れ葉になっていない鷺草のような形でもあり、小さな人形(ひとがた)のようでもあり。花は咲いたものの、見た覚えもない花で…
あなたは誰?


話は変わって…
今日5月26日はリーダーTAKUROさんの誕生日。心よりお祝い申し上げます。
そして、最近は全く更新もしてないのですが、拙サイト「春雁抄」も満9歳を迎えました。

雨の合間に

2010-05-25 21:00:45 | 花だより

雨模様のお天気が続いています。このまま梅雨に突入してしまうのではないかと思えるほど、雨が続いています。

先日交換したタイヤの100キロ走行点検のため、タイヤの調子を見てもらいに行ったついでに、そうだ、バラ園が近くだったということを思い出し、ちょうど雨もあがっていたこともあり、富樫の運動公園のバラ園に行って来ました。
平日だというのに、駐車場は結構いっぱい。空きスペースに車を止めてバラ園に向かう。
以前、はじめてきたとき、バラの芳香に圧倒されましたが、今日は雨続きのせいなのか、近くまで行ってもあまり香ってはきませんでした。

それでも花はとてもいい感じに開いていました。

フェンスいっぱいに這わせたスパニッシュビューティーが実に見事。↓もうだいぶ花びらを散らせてもいましたが、それでも次々に咲くのでしょう。今がまさに盛りといった所です。

 

アイスバーグなどは、幹がすでに木化していて、堂々たる風格。ため息が出ます。

アーチのサマースノーは、これからという感じでしたが、反対側の紅いつるバラで覆ったアーチのバラは見事に満開。

↓こちらは“ブラック・ティー”。とてもシックな色味のHT。

さて、今朝開花の我が家のバラは・・・

 プロスペリティ
 新雪
 ザ・ピルグリム(3分咲きくらいに開いた)

画像は後日。


満を持して

2010-05-24 22:24:20 | 造園日記2010

今年どのバラよりも早く蕾をつけていたルージュ・ピエール・ド・ロンサール(レッド・エデン)。多分この子が一番に咲くのだろうな、と思っていたところ、なかなか蕾が開かない。鉢植えにしているのですが、蕾は結構持っていて、濃く色づいていたにもかかわらず。
今朝、ようやくそのうちの1,2輪が蕾をほころばせ始めていました。じらすだけじらして、という感じです。

この、ルージュ・ピエール・ド・ロンサール、うちでの呼び名は「赤ピエール」。もっともピエール・ド・ロンサールの枝代わりとかではなく、まったく別品種だということです。

今日は雨降り。その雨の中、けなげにも咲き始めたバラたち。

メアリーちゃん、ジュリエちゃん、ラプちゃんです。
小止みになった折を見計らって、写真撮影。
ラプちゃんは雨に打たれて花首が枝垂れていました。せっかくの麗しきかんばせ、支柱を立てて支えてあげました。

 


開花始めました

2010-05-23 19:44:28 | 造園日記2010

ここ数日の暖かさに誘われるように、我が家のバラたちも、開花を始めました。

今年、一番槍を取ったのは、“カプチーノ”↓
一昨日(金曜日)に開花しました。
花が開くにつれて、花弁が反ったようになってくるので、あまり可愛くないのですが、咲き始めはしっとりとしています。これ以上開かないで~、と言いたくなります。(でも、今朝見たら、すでに反り始めていたので、早々に剪定してしまいました。)

 

今日、開花したバラたち。
“マーガレットメリル”、“つるブルームーン”、それに“てまり”。

メリルは昨年の誕生日に夫がプレゼントしてくれたもの。最初、中庭の真ん中に植えていたのですが、今は鉢に植えています。写真では淡いアプリコットカラーに見えますが、実際には上品なアイボリー。

ブルームーンはアーチの上にぽん、ぽんと花をいただいています。

てまりは昨秋、購入したもの。
小山内健さんがプロデュースした、フローリスト&ガーデナーズ ローズ。フローリスト&ガーデナーズ ローズ(FGローズ)というのは、切花でも庭植えでも楽しめるバラだそう。
なんとも愛らしいピンクの花を咲かせました。

 

そしてこちら・・・

“新座者”のじろーです。
正式名は“バロン ジロー ドゥ ラン”という名のオールドローズ。
「(フランスの)アン地方のジロー男爵」という意味だそうで、フランスの七月王政下で閣僚として活躍した人物の名にちなんでいるのだそうです。(七月革命ってなんだっけ・・・?としばしネット検索をしてみたりもする・・・。)日本で言う岩倉具視的な・・・?(ちがうか・・)
白の覆輪がちょっと個性的。
深みのある赤紫の色味が好みで、ずっと気になっていたバラ。
このバラを植える前、“香澄”を植えていたのですが、最近元気がなく、養生のため鉢に植え替えました。で、ぽっかり空いた跡地に何を植えようかと、先日Y園芸に行って購入。すっかり大人のつるバラで、夫が壁面に誘引してくれました。
実際には、この子が最初に我が家で咲いたバラ。ですが、買った時にすでに蕾をたくさん持っていたので、「一番槍」の数には入れません。

実名は「ジロー男爵」ですが、私的には「JIRO」です^^;

夫はこの週末、会社の旅行で家人は帰って来られず、初々しいこの子達の姿が見られなくて、ひどく残念がっています。写メを送って開花情報を知らせてますが、こればかりは毎日見ている者の役得でしょう。

 


5月の庭から

2010-05-22 22:05:14 | 造園日記2010

ようやく初夏らしい気候が落ち着いてきたかなと思われる今日この頃。
今月の庭から・・・

秋に庭のあちこちに宝物を隠すかのように、ムスカリとアネモネの球根を植えましたが、出てこなかったものもありました。ムスカリはもうすでに時期が終わりましたが、5月になってアネモネが咲きそろいだしました。そろそろ時期も終わりでしょうか。

クリーム色のトリステスは、グラジオラスの仲間だそう。昨秋、遊さんに球根をいただいて鉢に植えておきました。ひょろひょろと背丈ばかりが長くなって、どこまで伸びるのかしら?と思っていたら、茎の先に上品な花をつけました。

冬に水仙とデイジーで寄せ植えを作りましたが、水仙もおわり、真ん中がぽっかり寂しくなったので、オスティオスペムマムを水仙のあとに植え、春仕様に変えてみた寄せ植えの鉢。リシマキアも鮮やかな緑に生まれ変わり、こぼれ種のバニーテール(ラグラス)も芽吹き、写真には写っていませんが、なでしこも咲き始め、にぎやかな寄せ植えになりました。

家の横の日陰のスペースに植えたティアレラやアジュガなどが今花盛り。足元をにぎやかにしています。

バラの黒点病の予防のために鉢植えのバラのコンパニオンプランツとして植えているチャイブが、かわいらしい葱坊主をつけました。

中庭の花壇から。
ヒメツルニチニチソウは、グランドカバーに植えたもの。ひっそりと足元で花を咲かせています。とても健気な感じ。

♪誰にも見せない願いごとを 今夜解き放とう
 いつかは消えゆく 魔法でもいいよ 共に今を生きてる・・・(by GLAY)

と口ずさみたくなる都忘れ。
去年のが出てこなくて、咲いているのは春先に植えたもの。植えた当初は背丈も低い小さな苗でしたが、結構順調に育っています。

 


花葬

2010-05-19 09:35:30 | 造園日記2010

 

西側のトレリスに誘引しているクレマチス、ピンクが終わって、白いのが盛りです。隣の畑に花びらをたくさん散らすので、表側に出ている花、終わりかけの花を切りました。
花首を集めたら、L'Arc~en~Cielの「花葬」が頭の中で鳴り出した。
「花葬」は、死んだ女性をせめてもの餞に花で葬るというイメージの、妖しくも美しい詩で、ラルクの歌の中でも私の好きな歌の一つ。


ラルクの歌は、花の中に葬る、というものですが、こちらは、花そのものを葬る、といったところでしょうか。せめてもの餞に、暖かな雨が・・・


掌(たなごころ)のしあわせ

2010-05-17 22:04:47 | 日々の風景

タイトルが大げさに過ぎるかもしれませんが・・・

昨今、どのコンビニもスイーツが充実してきましたが、ローソンで発売されている
Uchi Cafe SWEETSのプラチナケーキ。
プラチナケーキシリーズは、現在、ティラミス、モンブラン、チーズ、チョコ、マンゴーの5種類があるようで、モンブランを買ってみました。
どのケーキも手のひらに乗る小ぶりのサイズで、お値段も手ごろ。
ケーキを包んでいるシートもシックでおしゃれな感じです。
クリームにはサバトン社(フランスのフルーツ加工製品のトップブランドで、世界各地から高い評価を得ている会社だとか)のマロンピューレを使用しているそう。妙な甘さはなく、むしろとても上品な味で、美味。
スイーツ好きには物足りない大きさかもしれませんが、個人的にはこのくらいの手のひらサイズがちょうどいい。
仕事の後のビールもいいけれど、たまには気分を変えてこんなスイーツもいいかも、と思ったりしてしまいました。

幸か不幸か、うちの近所や仕事先との往復の道すがらにローソンはないので、そうしょっちゅう立ち寄って買うことはないと思いますが、リピートしてみたいというのが正直なキモチです。

↓こちらは最近発売されたばかりのマンゴー。見た目も鮮やかで、こちらもおいしそう。


武家地めぐり

2010-05-13 00:02:59 | 道々之記

一昨日あたりから天気は下り坂、昨日、今日は雨模様のお天気でした。
気温もGWの頃に比べたらぐっと低くなって、寒さが苦手な私は、再び暖房のお世話になっています。

日曜日は暑くもなく寒くもなく、ちょうどいいお散歩日よりでした。
毎年恒例となっている本多蔵品館主催の「城下町武家地めぐり」が行われ、参加してきました。
今年は石引町界隈の散策。講師は北陸大の長谷川先生です。
兼六園の南東方向に、石引通りがまっすぐに伸びています。金沢城の石垣は、市内東部の戸室山から採掘された石を使用していますが、その石を切り出して運んだとされるのがこの石引通り。
長谷川先生がおっしゃるには、金沢城の一部の石垣の石は、石引通りを曳いて運んだかもしれないが、全部が全部そうだったわけではなかったのではないか、とのこと。浅野川沿いから小高い小立野の台地の上に巨大な石を上げて運ぶのは、およそ合理的ではない、ということです。確かに考えてみれば・・・
石引通りを通って運んだ石もあったのでしょうが、多くは浅野川を下って運んでいったのかもしれません。

石引通りに出る前に、成巽閣で、今と昔の壁の違いの説明をしていただきました。
写真の左側が、藩政期の壁。角の右側が、新たに修復した壁です。
左側は少し黒ずんではいますが、右の壁に見えるような亀裂は一箇所も入っていません。もう少し遠くまで写すとわかりやすかったのですが、修復した屋根のラインが微妙にゆがんでいたりもします。
昔と今の技術の違い、なのだそうです。精巧なようでいて、現在の技術はかつての技術に及ばない部分もあるのだということ。たかが壁一枚ですが、なかなか侮れません。

石引町界隈は、かつては上級武士の家中町(下屋敷)があったり、中級武士の屋敷があったりしたところ。現在では、この界隈には武家屋敷は残っていません。ですが、町割りや道路はかつてのものをそのまま踏襲している場所が多く、藩政期の地図を見ながらの散策で、この通りは地図のこの道にあたる、とか、だれそれの屋敷はあの建物から、このあたりまであった、とか聞くと、ふとかつての町並みがまぼろしとなって目の前に現れてくるような錯覚にとらわれます。
狭い路地の向こうから、ふと、大小を腰に帯びたお侍が歩いてでもきそうな・・・

 

うちの近所にも流れている辰巳用水ですが、写真は紫錦台中学校前の辰巳用水です。取水口から約10キロの道のりを、金沢城に向かって流れています。兼六園の水辺の潤いも、この用水の水によるもの。

石引通りは、まっすぐな通りですが、その先にあるのは3代藩主前田利常の正室珠姫(天徳院)の菩提寺である天徳院です。石を曳くための道路というよりは、天徳院へ詣でるための参道であったわけです。
その天徳院へ参詣するのに、馬の乗った人々は、↓ここで下馬しなければなりません。(下馬地蔵)

散策はここで折り返し。スタート地点へ戻ります。
来るときは、城から向かって左手の町並みを散策しましたが、帰りは右手の町並みを通って。こちら側は結構お寺が多く、ちょっとした寺町の趣です。

お寺の一つ棟岳寺にて、ひとまず解散。
棟岳寺は曹洞宗のお寺。境内は広々としていて、そこに墓地がなければ、お寺とはちょっとわからないようなお寺です。

加賀藩は幕末、水戸の天狗党に比較的好意的で、預けられた彼らを厚遇しました。
そして、彼らの助命を嘆願しましたが、結局全員処刑されてしまいます。
写真は、棟岳寺にある、天狗党と幕府の間を周旋した永原(赤座)甚七郎の墓(左)と、水府義勇塚(右)。墓所の周りは、ちょうどつつじの花が花盛りで、歴史の闇に消えていった人々を弔っているかのようでした。

蔵品館に車を止めていたので、蔵品館まで戻る道すがら、当館の関係者でもいらっしゃるH氏としばしの歴史のお話などを。H氏が現在調べていらっしゃることの話などを聞き、短い時間でしたが、これもまた有意義な時でした。


愛をささやいても・・・(笑)

2010-05-07 00:13:18 | 日々の風景
散歩をしていると、自然空を仰いでしまう。瑞々しい青葉が光を透かして、更に鮮やかさを増してきらめく木々。木々の葉たちのはるかかなたに青い空が広がり・・・。
美しい五月晴れも、今日でしばらく見納めのようです。予報では明日は雨模様。晴れているうちに、と、今日は野菜の苗を買ってきてプランターに植えました。例によってトマトとナス、それに今年はレッドピーマンも植えました。トマトはミニの「アイコ」と、大玉の「サターン」。ナスはオーソドックスに「千両二号」と、もう一つ、「へた紫」という品種を買いました。「へた紫」というのは、加賀野菜の一つらしく、小ぶりで、へたの部分まで紫色をしているらしい。(詳細はこちら→加賀野菜のサイト へた紫)無事に育ってくれますように。

話は変わって・・・
髪を染めた。前に染めてから3ヶ月ほど経っていて、色もさめたようになってしまっていたので。以前は明るい色に染めていましたが、カシス系のちょっとダークな色で染めてみました。
仕事に行くと、目ざとい女の子たちが、
「センセイ、髪、染めた?」
と聞いてきた。それから男の子の中にも気づいた子がいて、
「どうして色変えたんですか。」
と聞いてくる子がいた。
「僕は今の方がいいと思う。」
と言ってくれる子、
「前の方が良かった。」
と 言ってくれる子もいて、照れくさくはあったけれども、ちょっと嬉しい。
夫は気づいてけなすことはあっても、褒めてくれたりはしませんから。
そんな風に愛をささやいてくれても、丸を一つ余分につけてやることも、点数を少し水増ししてあげることも、もちろんできないんですけどね。