■ 夢を売るイーロン・マスク、テスラ社CEO ■
2016年に鳴り物入りで発表されたテスラ社の大衆向け電気自動車「モデル3」。
0-100m加速6秒、航続距離346kmのカッコイイ電気自動車が35,000ドル。
2000ドル(22万円)を支払えば、この夢の車の予約が出来るので、全世界で373,000台の予約が殺到しました。キャンkンセルすれば返金可能なので、少しお金を持っていれば夢が買える・・。
IT業界から台頭し、テスラ社や、ロケットを垂直着陸させて再利用する商業ロケット会社「スペースX社」などのCEOを務めるイーロン・マスク氏は、アメリカで最も注目される経営者の一人です。
テスラ社のモデル3の発表当時の予約で集めた資金は7億4600万ドル(820億円)になるはずです。予約はそれからも増えているでしょうから、当座の会社の運営資金をテスラは手に入れました。
まさにアメリカンドリームを地で行くようなテスラ社とイーロン・マスク氏ですが、一方で、彼は一部の人からは「稀代の詐欺師」と目されています。
■ ラインから生産される完成車の9割が不良品 ■
世界中で大量の予約を集め。完成車の到着を待ち望む人達が大勢いる一方で、テスラのモデル3の生産は遅々として進んでいません。
2017年の第3四半期の生産台数は260台。これは生産ラインに問題がある為で、これは速やかに改善されると発表されました。続く第4四半期の生産台数は2425台に増えています。テスラ社は2018年の第2四半期には5000台を生産する目標を立てています。
テスラ社の生産の遅れは、製造工程の不備にあります。当初、テスラ社は自動化によって生産性を高める事を目論んでいた様ですが、その自動化が上手く行っていない様です。
テスラ社の従業員の証言によると、製造ラインから出て来た製品の9割が不良品で、そこから手作業で手直しが行われているらしい。部品の供給も不安定で、フロントガラスの無い状態の「完成車」がラインから次々と流れて来る事もあろそうだ。
■ 新人の社員に4か月で工場を作らせた? ■
テスラはカッコイイし、確かに性能も良い。これは、テスラ社の全世界から優秀な車の設計、開発者を高給でかき集めた結果です。これはIT業界では良く有る事で、会社ごと買収したりします。
一方でテスラ社は生産現場を軽視しています。イーロン・マスクはハバードのビジネススクーるを卒業したての新人に、4か月で工場を作れと命じたと言います。そこで、命じられた社員は操業していなかったトヨタの工場を買い取り、大急ぎで「それらしく」見える様に仕立て上げた。当然、生産ラインなどは手は加えられませんから、外装や、インテリアをそれらしく「手直し」してプレスに公開した。
その後、生産設備をテスラの生産向けに改善する訳ですが、テスラ社は製造部門を軽視し、製造部門の給料は全米の製造業の中でも低く抑えられています。結果、出来上がった製品の9割が不良品という惨状となったのです。
車の製造は設計通りに行くとは限りません。試作をし、実際の組み立ての工程に合わせて細かな設計の再調整は不可欠ですが、マスク氏は、この部分も省略して、コスト削減とスピードアップ要求して様です。だからパーツを力ずくで押し込む必要が生じ、本来ならば機械でこなす工程も人力に頼らざるを得ない・・・。
■ 車をパソコンなどのコモディテーと考えているマスク氏 ■
IT業界出身のマスク氏は車を「コモディテー化」した製品と考えている様です。きちんと設計され、企画化されたパーツを適切に組み立てれば、車が出来上がると考えているのでしょう。
「自動車産業がコモディテー化して行く」というのは、ある意味正しい考え方です。現在は世界的なメーカー同士がシャーシを共通化し、大手の部品メーカーの同じ部品を使用して生産される車が多い。大衆車の差別化は外観や内装のデザインでされます。
ただ、エンジンの技術や足回りの味付けなどは各社独自のノウハウや思想を持っていて、その技術の蓄積がメーカーの「個性」となると同時に、新興メーカーへの参入障壁ともなっていました。
マスク氏は車の心臓部であり、技術のコアであるエンジンをモーターに置き換えた電気自動車ならば、自動車製造はコモディティー化すると考えたのでしょう。これは、電気自動車に力を入れる中国も同じです。この考え方も間違ってはいません。複雑な内燃機関よりもモーターはシンプルなパーツです。
■ 製造工程のボトルネックは次第に解決するだろう ■
テスラ社の生産体制に悲観的な記事も良く見かけます。
一方で、現場では日々、改善が成され、かつての自動車メーカーが経験した様に、テスラ社も、徐々に製造のノウハウを蓄積していくハズです。実際に生産段数も着実に拡大しています。
アッセンブリの問題が解決すれば、部品点数の少ない電気自動車のメリットが製造工程でも生かされ、自動化も進むハズ。
■ テスラのリスクは欠陥品が大量に販売され、事故が多発する事 ■
私はテスラ社の最大のリスクは、他の自動車メーカーと変わらない所に有ると考えます。
設計的、或いは製造的な欠陥品が大量に市場に供給された後に、トラブルや事故でその事実が明らかになった時に対応出来るかどうか・・・それが問題となります。
現に、以前からテスラの高級車であるモデルSでは、自動運転のプログラムによる事故や、事故後にリチウムイオン電池が燃えるケースが指摘されています。
プログラムは修正すれば良いですし、ガソリン車の方が火災の危険は高いので、これらが決定的な欠陥と言う訳ではありませんが、生産台数が増えれば増える程、リコールなどのトラブル対応のコストも上昇し、さらに集団訴訟などの危険性も増えて来ます。
仮にモデル3で重大な欠陥が発覚した時に、テスラがこれに対応できるのか・・世界の自動車メーカーは興味を持って見守っているハズです。
■ 神話の崩壊が怖い ■
テスラのもう一つのリスクは財務状況の悪さに在ります。
記者会見で大風呂敷を広げ、出資者を募り、株式を高値に誘導する手法はIT企業のそれですが、こういったベンチャー的な経営が、耐久消費財である自動車産業に向いているかどうかは、テスラ社の今後が答えを出してくれるでしょう。
テスラ社は依然赤字を垂れ流していますが、モデル3の生産が軌道に乗っても、しばらくは累積債務はなかなか減りません。
一方で、自動車各社は本気で電気自動車開発に舵を切って来ましたので、数年後にはテスラを上回る製品を発表する事は間違い無いでしょう。
これはかつてのアップルが置かれた状況に似ています。パソコンの創成期にアップルは性能と設計思想、そしてデザインによって「神話」となりますが、アップルのOSをコピーしたWINDOWSマシンの台頭によって神話は崩壊します。スティーブン・ジョブスを呼び戻してからアップルの神話は復活しますが、それが無ければアップル社を消え去っていたでしょう。
とにかく、テスラ社は「全力で逃げるスピード」を維持しない限り、神話はいつか崩壊し、既存の自動車メーカーや、新興のライバルにキャッチアップされてしまいます。だから、無謀と思えてもマスク氏は、全力で走るしか無いのです。
マスク氏とテスラ社の「神話の創造スピード」が現実に追いつかれた時、テスラの神話が崩壊するハズです。
■ テスラの「手品」はバッテリーの制御技術 ■
現代の神話を創造しようとするマスク氏とテスラ社の試みですが、実はその手法は「手品」に近い。
テスラの魅力は次の4点でしょう。
1) 実用に耐える航続距離
2) 電気自動車ならではの圧倒的な加速性
3) 未来的で高級感のあるデザイン
4) 自動運転などのテクノロジー
実は2)3)4)は既存の自動車メーカーならば今直ぐににでも実現可能でしょう。但し、「自動運転」はテスラも含め「自動」と呼べるレベルには達していません。テスラの自動運転は大型トレーラーを道路標識と認識し間違えるレベルを超えていません。
テスラ社が他の自動車メーカーと違うのは、バッテリーの低コスト化の手法です。これは独自の物では無く、ノートパソコン用のバッテリーを大量に床下に敷き詰めるという「力技」に過ぎませんが、確かに汎用パーツを流用する事で電気自動車の最大の弱点だった「コスト」をある程度克服しています。
これ、単に、ノートパソコンのバッテリーを沢山積めば良いという話では無く、各モジュールの電流量を適切に管理して過熱する事の無い様にする「技術」がテスラの売りとなっています。これがテスラの「手品」です。タネも仕掛けもしっかり有るけれど、全体として「スゴイ」事の様に見せるのが上手い。
パナソニックはテスラの工場の傍に巨大なバッテリー工場を建設しましたが、バッテリーの各モジュールのバラツキが少ない事が重要と思われるので、中国製などの安価なバッテリーをも使い続けるリスクをテスラは避けたのでしょう。
■ 電気自動車の本格普及はバッテリー技術のブレークスルーが必用 ■
世界各国の自動車会社が電気自動車の本格開発に舵を切る中で、従来のエンジン技術も捨てきれない理由は、内燃機関が未だ電気自動車よりも経済的に優れているから。
現在のバテリーの技術のボトルネックは次の通り。
1) 単位体積・単位重量当たりの充電量が少なく、少ないバッテリーでは航続距離が伸びない
2) バテリーを大量に搭載するとコストが高くなる
3) 急速充電と言えども時間が掛かり、ガソリンの給油の様な訳には行かない。
4) バッテリーの劣化や、発火問題など技術的な問題も有る
電気自動車がガソリン車と同じコストになる為には、バッテリー容量の増大と、コストダウンが不可欠です。
現在、様々な電極の組み合わせで次世代の充電池の開発が試みられていますが、東芝が昨年発表したチタンニオブ系酸化物電極を用いたリチウムイオン電池は、現在の6分の充電時間で320km走行させる技術として注目されます。但し、リチウムイオン電池は火災の危険が残るので・・・可燃性の液体を使わないリチウム空気電池などの開発をトヨタとパナソニックは進めている様です。
この他にも全固体ナトリウム電池や、全固体セラミック電池などの開発が進められていますが、実用化までには未だ時間が掛かりそうです。
■ ガソリン代が上れば電気自動車のメリットが急激に拡大する ■
私は各国が急激に電気自動車の開発を加速させた理由は「ガソリン価格の将来的な上昇」が有ると妄想しています。
「電気自動車は不便な割りに、ガソリン車に比べて高い」という評価が、現在のガソリン価格の上に成り立っています。ガソリン価格が大幅に上昇すれば電気自動車は「ランニングコストの安さ」というメリット増大します。
現代の日本の様に発電を化石燃料に頼っていては、電気自動車のメリットは生まれませんが、原子力発電や自然エネルギー発電ではメリットが出て来ます。車載用のバッテリーの技術は、自然エネルギー発電のバッファー蓄電池としても応用可能ですし、各家庭の電気自動車を、屋根に取り付けたソーラーパネルのバッファーとして利用しても良いでしょう。そうすれば、今よりも自然エネルギーの比率を高めても、電力網に流れる電力の質の低下を防げますし、昼間と夜間の電力需給のギャップも埋める事が出来ます。
・・・きっと中東戦争が始まり第三次石油ショックがやって来る・・・テスラの記事から陰謀論に脱線してしまいました・・・。