■ 「関税撤廃は善」というのは資本家の理論 ■
関税は次の様な目的で課税されます。
1)国内産業の保護・育成
2)税収の確保
このいずれもが自国の利益を目的としています。
一方、グローバル資本家から見れば、最も生産コストの安い国で生産して、出来るだけ高い価格で、大量に消費国に売れば利益が最大化します。この時関税が存在すると、最終的な販売価格が上昇してしまうので販売量が減り、グローバル資本家の利益は縮小します。
例えば、Aという国が関税によって国内の零細農家を保護していたとします。一方、Bとういう国ではグローバル資本家の企業が安く食糧を生産しているとします。
当然、グローバル資本家はAの国の関税引き下げや撤廃を要求します。グローバル資本家はA国内の零細農家が駆逐される事によって利益が最大化するからです。
実際にはこんなに単純では有りませんが、グローバル資本家達は歴史的に関税を敵視して来ました。特にイギリスは大英帝国の時代から「自由貿易」の推進国でした。広大な大英帝国内で関税を撤廃する事で資本家達は利益を最大化していたのです。さらには、帝国外の国とも自由貿易を推進し非公式帝国を拡大して行きます。
大英帝国の「自由貿易主義」の精神は、イギリスの傀儡国家であるアメリカにも引き継がれ、さらにGATTなど国際的な貿易機関の目標となって行きます。現在世界では「関税はゼロが好まし良い」という考え方が「正義」の様に考えられていますが、これはあきまでも「グローバル資本家達にとっての正義」である事注意が必要です。
■ 関税は主権国家の当然の権利である ■
関税は主権国家に認められた権利です。
1858年に締結された日米通商条約では日本に関税の自主決定権が認められませんでした。社会科ではこの様な条約を「不平等条約」として教わります。日本はその後長い年月を掛けて関税の自主決定権を取り戻して行きます。
産業の発達途上の国や、農業などの生産性の低い国では、関税で保護しなければ国内産業は成長しませんし、農業などは衰退します。国内産業が衰退すれば、失業者が増え、政府のコストが増大し、社会不安も拡大します。そうならない為にも、後進国や生産性の低い国は関税を必要とするのです。
■ 関税をお互いゼロにしても公正性は保てない ■
関税における議論で注意が必要なのは「お互いの関税をゼロにするのだから、これで公正性は保たれる」という考え方です。これは間違いです。
例えば、アメリカの農業生産性と日本の農業生産性の間には大きな隔たりがあります。大規模機関農業で、石油価格も安いアメリカと、生産面積が狭く、農家の規模も小さく不効率な日本の農業では生産コストに「努力では埋められない壁」が存在します。
お互いの関税をゼロにする事は一見公平に見えますが、「元々存在する生産性の差」はマイナスの関税として生産性の高い国の輸出を助けますから、公平性は保たれないのです。
■ 補助金漬けのアメリカの農業 ■
アメリカの農業が生産性の高さ故に国際競争力が有るというは実は間違いです。アメリカは農家に個別保障という形で、生産価格と販売価格の差額を保障しています。作物の価格は変動しますが、年によって、作物によっては販売額と補助金の額が同じなどという事も発生してます。(生産価格が販売価格の2倍)
アメリカは関税に守られた日本の農業を批判していますが、実は自国農業は補助金漬けという状態です。これはヨーロッパ諸国も同様です。
食糧は「戦略物資」なので、「武器として輸出」され、一方で「防衛目的で保護」されるというのが世界のスタンダードなのです。
この様な視点が欠落した日本国内での関税議論や農政議論は、安保関連法案の議論同様に無意味なのだとも言えます。
■ 農業を犠牲にして自動車や機械輸出で得をするという短絡思想 ■
「農業生産の規模と製造業輸出の規模を比較して、農業生産額は4兆円しか無いのだから、これを犠牲にしてもお釣り来る」という意見も良く聞かれます。これは一見合理的な意見に思われますが、実は雇用や社会コストの面に大きな落とし穴が有ります。
農業生産は4兆円しか無い日本ですが、農業従事者は兼業も含めれば220万人も居ます。高齢者を中心に自給自足的な農家も多いので、この全てに影響する訳では有りませんが、関税を引き下げれば経営力の低い農家は影響を受けます。
関税の引き下げが急ピッチで進むと、経営破綻する農家が発生します。離農を余儀なくされた農家や、畜産関係の仕事をクビになる人達は少なからず出て来ます。
一方、自動車産業を例に取ると2011年末以来40%以上の円安が進行しているにも関わらず輸出量は増えていません。日本の自動車会社も大消費国に近い賃金の安い国に生産設備を移転しているからです。輸送コスト、在庫コスト、為替リスクが軽減されるので、製造施設の国内回帰は起こらないのです。(国内販売分に関しては回帰するものも有りますが)農業分野で発生した失業者を製造業で受け入れるとしても、その数は限定的です。
結局、TPPで急激に関税率を引き下げると、短期的には国内の失業率が高まったり、或いは農業補助金が増えるので、政府の支出や社会の負担が増える事になります。
しかし、長期的には日本の労働人口は減って行くので、労働力の足りない産業や生産性の高い産業に失業者は吸収されて行きます。農家は高齢化が進み、後継者も少ない状況にあるので、TPPが無くとも、農業人口はどんどん減って行きます。
■ TPPには労働市場の開放という項目も有る ■
TPPに先駆けて市場の統合を図ったEU諸国では、労働市場も開放されています。国境を越えたて通勤する人達や、一時的に他国に居住して労働する事が可能です。
TPPもいずれは労働市場の開放を進めると思われますが、アメリカは弁護士や会計士の米国内の資格が日本国内でも使える様に求めています。途上国は看護師や介護士などの市場開放を求めて来るはずです。
高度な職種でも、単純労働の職種でも、日本の労働者と海外の労働者が日本国内で競争する時代も来るかもしれません。
■ TPPに混入された「ISD条項」というウィルス ■
実は日本の関税はいわゆる「聖域」と呼ばれる特定の農産物以外は既に低い水準です。
ちなみに「聖域」の関税は、米(778%)、小麦(252%)、脱脂粉乳(218%)、バター(360%)、砂糖(328%)、牛肉(38.5%)。
TPP交渉ではこの「聖域」の関税率引き下げに注目が集まっていますが、実はそれはTPPの本当の目的をカモフラージュしているだけに過ぎません。
TPPに「ISD条項」という項目が盛り込まれます。これは海外に進出した企業が、相手国の急な制度変更などによって損害を受けた場合に、国際的な仲裁機関に訴訟を起こす事が出来る制度です。裁くのは世界銀行内の「紛争解決処理センター」。世界銀行と言えばアメリカの戦略機関みたいな物ですから、その裁定も推して知るべしです。裁判の内容は非公開で上告も出来ません。
安部首相は当初、「国の主権を損なうようなISD条項は合意しない」と発言していましたが、現在TPP交渉でISD条項の導入を主張しているのはアメリカと日本です・・・。
実際にISD条項をアメリカの企業などがどの様に活用して来るかは未知数ですが、「急な制度改革」の拡大解釈の仕方によっては、日本の医療保険制度などもやり玉に上がりかねません。
アメリカの医薬品メーカーが「わが社の新薬が日本で売れないのは、混合診療を認めない日本の医療保険制度に問題が有る。」なんて訴えてガッポリと保証金をせしめるなんて事も有るかも知れませ・・・。
■ 緩慢な市場開放ならば、TPPはプラスにも作用する ■
ここまで読まれた方は「人力さんはTPPに反対なんだ」と思われるかも知れません。
確かに「アメリカやグローバル資本家に押し付けられたTPP」には問題も多々あります。
しかし、現在の日本の最大の問題的が「既得権が大きくなり過ぎて経済のダイナミズムが失われ成長が阻害されている」点にあるとするならば、TPPはそれを解決する一つの切っ掛けだとも考えています。
さらに、労働人口の減少する日本では、何処かの時点で労働市場を開放して外国人労働者を受け入れざるを得ないので、その為の布石としてTPPは有用だとも考えています。
関税率の引き下げや、規制の撤廃がゆるやかに進むのであれば、衰退産業からの労働力の移動を後押しする効果も有ります。
■ 常識的な範疇からスタートするであろうTPP ■
初期のTPPの理念は関税や規制などを高度なレベルで撤廃し、自由な市場を構築するものでした。しかし、これはチリ、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイといった初期の参加国同市だから達成できる目標でした。これらの国の産業は競合せず補完的だからです。
しかし、TPPの主導権をアメリカが握り、交渉の中心が日米二国間の交渉になった事で、TPPは初期の理念を失い、単なる他国間の通商交渉の場となりました。
日米は国内に強力なロビーを抱えて、大胆な妥協は許されません。さらには薬のパテントの公開や著作権など知的所有権の保護強化を日米が主張するなど、軒先を貸して母屋を取られた様な状況になっています。
日本の官僚の頑張りもあって、農業分野でも急激な市場開放は行われない。長めの移行期間を設けて国内農家の影響を最小限に抑える努力がされています¥。
■ 老人雇用や、老人福祉、そして環境保全の観点から農業を再構築しては? ■
高齢化が進む日本の農業はTPPが無くとも合理化ややる気の有る農家への土地の集約化が進みます。この様な農家は「規模拡大による低コスト化」で安い輸入品に対抗するはずです。合理化を促進する為に政府が野地法を改正したり、規制を緩和するなどの援護が必要になります。
一方、農業には利益以外のメリットも存在します。それは「自給自足による生活の補助」だたりお、「高齢者の生きが」いだったり、田んぼの保水力による「環境保全や災害防止」だったりします。
特に「自給自足型」の農業は、年金や社会保障が破綻した時に注目を集めるはずです。
■ 結局、日本は変わらなけばならない ■
日本の社会と経済のシステムは疲弊しています。結局日本は好むと好まざるに関わらず、変わらざるを得ないのです。TPPもその変化の一つとして取られれば悲観した事でも無いかも知れません。
ただ、それを生かすも殺すも・・・私達の努力とアイデア次第なのかも知れません。これに失敗すれば、日本の将来は暗い・・・。