■ 「信用創造」と経済成長 ■
現在の通貨制度は信用創造によって成り立っています。
1) Aが100万円預金する
2) 銀行は10万円を準備預金として、90万円を融資する
3) Bが90万円銀行から借りる
4) Bが90万円銀行に預金をする
5) 銀行は9万円を準備預金として、81万円を融資する
6) Cが銀行から81万円を借りる
7) Cが銀行に81万円を預ける
8) 銀行は8万1千円を準備預金として、71万9千円を融資する
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極端な例えですが、貸し出されたお金が銀行と人々の間を行き来するだけでもお金は増えた様に見えます。これを「信用創造」と言います。
では実際にお金が増えたかと言えば、上のケースでお金を生産的活動への投資していないので、付加価値の創造は行なわれません。結局、返済期日が来れば、「創造」された「信用」は、逆のプロセスで収縮を始めます。これを「信用収縮」と言います。
実際には、銀行を運営する経費や利益が求められるので、銀行は貸し出しに対して金利を要求します。預金者も金利利益を要求するので、銀行は預金者に金利を支払わねばなりません。
ですから、銀行が「信用創造」行なう過程においては、本来は付加価値の創造が不可欠です。貸し出しは設備投資や人件費などに投資され、その結果、企業や個人が利益を拡大して銀行に金利と元本を支払います。これが「経済成長」です。
■ 「自然成長率」と「信用創造」のバランス ■
「信用創造」の規模と、経済の「生産力」及び「消費量」のバランスが取れている場合、経済は緩やかなペースで拡大します。これを「自然成長率」と言います。
「自然成長率」は社会や産業の成長度合いや、人口動態によって国や地域によって様々な値を取ります。
産業や社会構造に大きなイノベーションが発生して生産性が向上する時代には「自然成長率」も高くなりますし、イノベーションが発生していない時期には低くなります。
アメリカの自然成長率は2.5%程度と言われ、人間は「強く意識せずとも工夫や努力によって2%程度の生産性の向上を常に達成する」と考える事も出来ます。
「信用創造」の規模と「成長率」がバランスしていれば、経済はゆるやかに拡大し、大きな好不況の波は発生しないと考える事が出来ます。
■ 「過剰投資」と「デフレ」 ■
人間は欲の生き物ですから、より大きな利益を得ようと努力します。
本来、設備投資は「需要」に見合う規模で行なわれるべきですが、人間は往々にして将来的な利益を過大評価して「過剰投資」に走ります。「取らぬタヌキの皮算用」というヤツです。
銀行は貸し出しの際に、貸し出しがきちんと返済されるか、事業計画や経営状況を審査します。しかし、景気が上向いている時は、将来的な利益拡大を誰もが予測するので、融資額が拡大し、その結果設備投資が拡大し、生産(供給)が拡大します。
ところが需要には限界があるので、ある時点で供給が需要を上回ります。この時点を過ぎると、価格を下げなければ商品やサービスが売れなくなり、物価が下落し始めます。
物価が下落して、景気が低迷する事を「デフレ」と呼びます。
■ 「デフレ」と「信用収縮」 ■
景気の後退が始まると、投資が減少します。
利益が見込めないのに、投資を拡大する理由が無いからです。(一部には投資拡大で成功する人も居ますが・・・)
この過程で起きるのが「信用収縮」です。
企業は設備投資の拡大よりも、借り入れの返済による金利圧縮が利益に繫がるので、借り入れを減らし、返済を進めます。その結果、「信用収縮」が起こります。
■ 「景気循環」と「信用創造」の再開 ■
通常はある程度不景気が継続すると、生産規模(供給)が需要に追いつきます。何かのきっかけで需要の拡大が始まると、縮小していた生産量(供給)を拡大して需要を満たす動きが再開するので、再び「信用創造」のサイクルに入ります。
これを「景気循環」と呼びます。
■ 過剰な「信用創造」を引き起こす「バブル経済」 ■
通常の「需要」と「供給」に依存する経済(実体経済)においては、「信用創造」の規模は限定的です。常識的な「需要の総量」が「信用創造」の限界を形成するからです。
しかし特殊なケースにおいて「信用創造」が過剰に働く事があります。
いわゆる「バブル景気」です。
資金供給量が限定的な場合、供給された資金は「設備投資」の為に使われます。設備投資には実物的な制約があるので、それに伴う「信用創造」も限定的です。
しかし、資金供給が過剰になるケースがあります。例えば「金利」が経済の成長率(物価上昇率)よりも低い場合、「借金」をして投資をする事のメリットが増大します。例えば、住宅の将来的な値上がりが予想される中で、金利がそれよりも低い場合、借金をして住宅を購入する事で儲けが生じます。
この様に、「予想インフレ率」より「金利」が低い場合には、投資は過熱します。
この場合、生産と消費という実体経済よりも、株式市場や不動産市場など手っ取り早く利益の稼げる市場が選択的に過熱します。
これを「バブル」と呼びます。
バブルは資金供給が続く限り拡大し、中央銀行の金利の引き上げや、通貨供給量の引締めによって終焉を向かえます。
■ 「バブル崩壊」と「信用収縮」 ■
バブルの崩壊による信用収縮は、実体経済の縮小による信用収縮よりも経済に悪影響を与えます。
何故なら、実体経済の投資は、信用収縮の過程においても生産設備など「実物」が残っていますから、失われた信用の多くの部分が「現実的な価値」として残っています。
一方、バブル景気で膨らんだ信用は、投資された株式や不動産の価値が大きく毀損しているので、創造された信用の多くの部分が失われています。
これは、その後の生産活動で埋め合わせる規模をはるかに超えています。これを「不良債権」と呼びます。
「不良債権」を精算し続けると企業の存続が危ぶまれる様になりますので、企業は「倒産」して債券をチャラにしたり、あるいは金融機関が債券の一部を放棄して企業の存続を優先します。
日本は「大バブルの崩壊」によって発生した「不良債権」を、20年以上の間、コツコツと返して来ました。これが、日本の経済成長を阻害して来ましたが、一方で金利が低く抑えられていたので、企業は借り換えを繰り返しながら、存続を維持してきたとも言えます。
もし、企業が多くの負債を抱えた状態で金利上昇が発生したら、日本の多くの企業が倒産せざるを得なかったのではないでしょうか?
■ 日本のバブル崩壊とは根本的に異なる「リーマンショック」 ■
「リーマンショック」を日本の多くの人達が「日本のバブル崩壊」と同様の現象と捉えています。
これは、ある面において正しく、ある面においては間違っています。
リーマンショック前のバブル景気で暴走していたのは、米住宅市場だけでは無く、そこから生み出されるMBSなどの証券と、それらを元にして造られる合成金融商品(CDO)の価格です。
ここで冒頭に信用創造のプロセスに戻って下さい。
本来、「信用創造」の過程では、融資決定には、リスクに見合うだけの事業計画や担保が要求されます。しかし、「金融革命」と呼ばれた一連のルール変更によって、このストッパーは取り除かれてしまいました。
金融機関はMBSなどを元に様々な金融商品を生み出しましたが、格付け機関がAAAなどの格付けをする限り、その金融商品は安全な資産とされるので、それらを担保に新たな貸し出しが繰り返されました。
所が、元々は有限量の住宅債権やMBSが、何回も分解され合成されて商品化されて、何十倍にも膨れ上がっていただけなのです。様は、価値の創造がその間に発生していないので、信用収縮が発生した時点で、存在すると思われていた価値が一瞬にして消滅してしまったのです。
この状態で時価評価を継続すれば、欧米の全ての金融機関が破綻する状況でした。
ですから、時価評価を採用していたアメリカは、一時的に時価評価を停止し、毀損した金融商品の価値を額面の7割とか5割などに定めて、金融機関に資産の評価をさせました。
これを「ストレステスト」と呼びました。
■ 債券や金融商品は無価値になった ■
ここで大きな勘違いが生じているのですが、価値を減額して評価すれば金融商品の価値が正当に評価されると人々は思い込みます。
ところが、MBSやそれを元にした合成金融商品の債券を取りたて様としても、一つの金融商品に含まれる大元の債券に価値など微々たるものです。表札1枚程度の債券を取り立てて世界中を飛び回る訳には行きません。
リーマンショック当時、金融機関が保有する金融商品やMBSが全て無価値になった訳ではありませんが、保有するそれらの金融商品の内のどの位が毀損しているか分からない状態になったので、これらの商品の価値は一時的にゼロに等しくなったのです。要は誰も買わないので、市場が消失しました。
■ 中央銀行と政府がゴミ箱になった ■
そこで、FRBを始めとした中央銀行が、これらの不良債権を大量に購入しました。米国政府も税金を投入して、不良債権を買上げ、銀行を資金援助(国営化)して、銀行の破綻を食い止めました。これは、まともな判断です。
一方で、中央銀行や政府のバランスシートには、ゴミ同然の債券が積みあがる事になります。
■ 価値を取り戻したかに見えたMBS ■
2011年中ごろには、MBSの相場はショック状態を脱し、FRBは購入したMBSを金融機関に売却しています。ゴールドマンサックスなどが、この入札に応じています。
一端は正常化したかに見えたMBS市場ですが、QE3では再びFRBがMBSの買い入れを再開しています。
要は、MBSはFRBと金融機関の需給によって金利を低く抑えている(暴落を間逃れている)状況で、これは現在の日本国債の置かれた状況に酷似しています。
■ QE3の縮小はMBS市場の崩壊を意味する ■
FRBはQE3の縮小を検討し始めています。
現在の株式市場や現物市場は、緩和マネーの流入に支えられている一方で、これをあまりに長く継続するとバブル状態となり(既にバブル状態ですが)、緩和縮小で、再びリーマンショック以上の危機が発生する事が予想されるからです。
一方で、QE3で買い支えているMBSの購入額を減らせば、MBSの需給環境が悪化してMBSの値下がりが発生します。これがゆるやかに発生した場合は、長期金利の上昇として表れ、回復したかに見える(見せかける)住宅市場に悪影響を及ぼします。
MBSの市場が過剰反応すれば、リーマンショックと同じ状況が再び発生します。
上のグラフはデリバティブ残高の推移です。リーマンショック以降横ばいとなっていますが、その規模は世界のGDPの約10倍です。
■ 米国債市場が強いストレスに曝される ■
現在の米国債市場はQE3による相場なので、QE3の縮小は米国債金利の上昇に繫がります。
もしも、QE3の縮小によって、MBSと米国債に圧力が掛かれば、長期金利が上昇を始め、米国の財政の継続性に悪影響を与えます。
同時に不良債権を未だに抱える金融機関は金利上昇に耐えられません。アメリカの金融機関はFRBが潤沢に供給するゼロ金利の緩和マネーによって支えられていたので、金利上昇で一気に経営環境は悪化します。
これらの経済的混乱は、さらにドルや米国債の信用を揺るがす事になります。
■ 結局QE3を止められないまま、状況は悪化して終焉を迎える ■
問題は米国債の需給環境が、日本国債の様に堅牢では無い事です。
日本は90%程度の国債を国内で保有している事から、国内金融機関と政府日銀は運命共同体とも言えます。ですから、金融機関は日本国債を買い支え続けています。
一方、アメリカ国債の1/3は海外の保有です。
その中には日本やサウジアラビア政府の様な絶対に米国債を売却出来ない勢力も居ますが、中国や、その他の金融機関の様に、損得勘定で米国債を売却する勢力も存在します。
日本は不景気の継続による低金利政策が20年以上継続していますが、はたしてアメリカで同じ様な事が可能なのか・・・。
リスクを過小評価するアメリカ人達は、FRBの緩和マネーをリスク運用して短期的な利益を上げています。はたして、FRBが緩和縮小を実行した時に、彼らはどういう行動に出るのでしょうか?
米国債の上限引き上げを巡る攻防は、単なる政治的なプロレスに過ぎません。
米国と世界経済は、もっと大きな危機に直面しており、世界をその事実を忘れて、政治プロレスに気を取られています。