■ 人口が減少する社会 ■
日本の経済の停滞の主要因が人口減少に変りつつある事にどれだけの人が気付いているでしょうか?
多くの人達が、依然、バブル崩壊の後遺症が主要因と思っていますが、アベノミクスや日銀の異次元漢和でも需要が喚起されない要因は、バブルの精算の影響より、少子高齢化の影響の方が大きくなっていると思われます。この変化は、失われた20年の間にシームレスで発生、あるいは複合的に発生しているので、人々に認識され難いのでしょう。
1) 空家率は20%を超えてきている・・・・住宅需要はマイナスが基調へ
2) 購買力の大きい若者が減少・・・・・・・小売売り上げは年々減少
■ 必然的な雇用の消失 ■
労働人口が減れば雇用環境が改善されると思われますが、失業率は高止まりしています。
1) PCの普及で単純事務作業に従事する人員が減少
2) 工場の機械化で、単純労働に従事する人口が減少
これらは、技術革新によって労働生産性が向上し、労働者の数が縮小した事を示唆します。
3) 事務作業やソフトウエア開発の海外へのアウトソーシングで、国内の雇用が縮小
4) 工場の海外流出で、国内の雇用が縮小
これは、安い通信技術の発展や、グローバル化により安い海外労働力に国内労働力が置換されることを示しています。
国内の雇用の喪失は、消費の減少として実体経済に悪影響を及ぼします。
結果として、安い商品しか売れないので、ユニクロではありませんが、安い輸入品が国産の商品を駆逐して、国内の雇用と需要はますます失われています。
この傾向は、国内と国外の所得格差が許容範囲内に収まるまで続きます。
■ 増え続ける医療と介護の雇用と、減り続ける予算 ■
一方で超高齢化の進行で、福祉と医療分野では人手が足りなくなっています。
しかし、福祉介護や医療の予算には上限があるので、結果的に福祉分野や医療分野の労働者の賃金は長期的に低下する傾向にあります。
現在は「技能職」で高収入が約束されておる看護師も、将来的には人件費負担を下げる為に、派遣看護師や、アジア人の看護師など、安い労働力に置き換わってゆくはずです。
■ 移民から、企業進出へ ■
ヨーロッパはかつて移民を大量に受け入れて、戦後の労働力不足を補いましたが、その後、移民問題が社会現象化します。移民がヨーロッパ社会に順応しない事、さらには、貧しい生活を送る彼らの社会保障費が膨らんでしまったことが財政負担を拡大しました。
そこでヨーロッパは、「新しい移民政策」を取る様になります。ユーロの導入とEU圏内での労働力の移動の自由です。東西冷戦の終結は、ヨーロッパに比較的生活習慣と宗教の共通した安い労働力を大量に供給しました。旧東ヨーロッパの国の人は、職を求めて西側諸国に流出します。しかし、西ヨーロッパの労働組合は力が強く自分達の雇用をしっかり守っていたので、企業は東ヨーロッパや南ヨーロッパなど人件費の安い地域に工場を建てて、安い労働力を手に入れます。
EU圏内の労働者の移動の自由が、労働力の配分の最適化に寄与します。
さらに、共通通貨ユーロによって、後進ヨーロッパの購買力が上がったので、需要が拡大してドイツなど先進ヨーロッパ諸国は利益を拡大する事になります。金融の発達が、先進ヨーロッパの利益をさらに拡大したので、人口問題を抱えながらも先進ヨーロッパ諸国は経済成長を達成します。
■ 航空運賃の低下がもたらした現在の出稼ぎ ■
航空運賃の格安化は、新たな労働形態を生み出します。
「国家間の出稼ぎ労働」です。
シンガポールのチャンギ国際空港の真夜中のロビーは、入国審査を待つ大勢のインド人で溢れています。彼らは建築作業員として、シンガポール国内で働きます。
真夜中のマニラ空港は、家族や親族へのお土産を山の様に台車に積んだフィリピン人労働者で賑わっています。女性も少なくありません。彼ら、彼女らは、メイドや看護師や介護職員として、世界各地で働いています。
一昔前であれは、東北から東京に出稼ぎに来る感覚で、アジアの安い労働力は軽々と国境を越えて移動しています。航空運賃の低価格化と、国家間の労働賃金の違いが、ダイナミックな出稼ぎ労働の原動力となっています。
家族を呼び寄せるのより、家族を本国に残したほうがコストが安く、先進国で稼ぐお金で、親戚まで面倒を見る事が出来ます。
■ 同一労働同一賃金 ■
全ては安い労働力を求める資本主義のDNAがもたらした結果とも言えますが、それによって世界は同一労働、同一賃金という労働コストのフラット化にどんどん近づいています。
これは日本のみならず、アメリカでもヨーロッパでも進行しています。ヨーロッパは組合の力が強いので、マイルドに進行し、アメリカでは製造業の空洞化が急激に発生して現在に至ります。
日本は厚生労働省が正社員を保護する一方で、非正規雇用が増えたので、労働環境に二重化という新たな問題も発生しています。今は辛うじて正社員が保護されていますが、企業がグローバル競争に負ければ、正社員の特権も次第に失われて行きます。
■ 日本から海外に職とスキル向上を求めて流出しだした若者建 ■
私の周囲では、建築関係の設計者を志す若者(40代も含め)達が、日本を離れてアジアに活動拠点を移し始めています。
長引く建築不況と少子高齢化の進行で、日本国内で設計の仕事は激減しています。一方で建築ラッシュのアジア諸国では、日本の設計者のスキルを求めています。但し支払える設計料はアジアのプライスなので、日本に住んでアジアの仕事をしても割りに合いません。まして、現場に飛行機で出かけたのでは赤字になります。
ですから10年以上も前から、日本の若い設計者達が中国やその他のアジアを本拠地として活動を始め、最近では、現地で成功した人達も多く居ます。かつてはアメリカやヨーロッパに渡った設計者達ですが、今は世界のデザイナーがアジアで仕事をしていて、最新の建築のショーケースとなっています。
■ 雇用のダイナミックな流動性に対応出来ない人材は生活できなくなる ■
この様なダイナミックな雇用の流動性を支えているのは英語です。アジア人の多くが自在に英語を操ります。中国人や韓国人の多くも、日本人よりも上手に(独特ですが)英語を話します。
アジアの国々は大学教育が貧弱なので、多くの若者が海外の大学に留学します。或いは、国内の大学は英語で授業を行い英語のテキストを使用します。
これは日本の明治維新と同じで、大学教授が外国人である事や、あるいは、国内のニーズが小さいので専門書の翻訳がされない事に起因しています。結果的に、大学を卒業した者は、ある程度の英語力が身についています。
その他に、旧イギリス植民地の国は英語を共用語としているので、国民のほとんどが英語を話します。香港、フィリピン(米国領)、マレーシア、シンガポール、インドなどです。
これらの国民は、英語圏での出稼ぎに言語の障壁がありません。
■ 日本国内でもアジア人雇用が増えている ■
一方、日本の大学生卒業生の多くが英語を話せません。(私もですが・・・)
話せても日常会話程度で、ビジネスで議論をするレベルには達しません。
日本国内にある程度の規模の労働市場があるので、従来の日本人は英語を必要としませんでした。
しかし、グローバル企業の活動の場が海外に移るにつれて、日本の企業でも英語の堪能な人材が必要にっています。これを日本国内で探すと大変ですが、アジアに目を移せば、自国語、英語、日本語の3ヶ国語に堪能で、さらに学力優秀な人材が沢山居ます。少なからぬ若者が留学で欧米風の生活習慣や思考方法を身につけています。
結果的に企業はアジアの優れた人材の雇用を増やし、相対的に日本の学生の雇用機会が縮小します。日本企業の中でも、雇用のグローバル化が進行しています。
又、銀座や新宿などの有名百貨店で、高額の買い物をするのは日本人では無く中国人に代わってきています。当然、店員も中国語が要求され、日本人はここでも弾き出される結果となっています。
■ 日本の大卒資格は紙切れとなってきた ■
日本は少子化の影響で、大学は全入時代に突入しています。
その結果、早稲田の政経ですら、推薦入試やAO入試による入学者が半分程度を占めています。
大企業は国立大学と、私大ではMARCH以上の学歴しか相手にしなくなっています。それ以下の私大の学力低下が著しいからです。
さらには企業の人事担当者は大学院生の出身大学と出身高校を重視します。大学院の定員が増えすぎて、学歴ロンダリングが起きているからです。
この様に、雇用の枠が減り、企業が優秀な学生をセレクトする時代には、「大学卒業」という肩書きはほとんど意味を成さなくなっています。
「大学を卒業して、割りのイイ仕事に就きたい」と思っても、割りの良い仕事は離職率が低いので、雇用は極めて少ないのが実態です。公務員などは、昔は比較的簡単に成れましたが、現在では在学中から、公務員予備校に通い、何度も模試を受け、いくつもの地方都市の公務員試験を受けてようやく合格する狭き門となっています。
■ 子供が大学で遊んでいる事を知らない親 ■
子供を大学にやりたがる親は、次の2タイプが在る様です。
「自分も大学を出ているから、子供も大学くらい出ていないと・・・」
「自分は行きたくても行けなかったから、自分の子供は無理しても大学に行かせたい」
どちらも、涙が出る様な「親心」ですが、大学に進学した子供達は、勉強もせずに遊んでいるのは今も昔もあまり変りません。(ご自身の大学時代を振り返ると・・・・)
入学した後、勉強をしないと卒業出来ない海外の大学と違い、日本の私立大学は遊んでいても卒業できます。専門学校生の方が余程真剣に授業に出ていますし、カリキュラムの密度も高く、さらに職業訓練として実践的です。
結果的に4年制大学を卒業した後、就職出来ずに専門学校に再入学する若者も増えています。就職を斡旋出来ない大学よりも、実用的な職業訓練を行い、就職先で即戦力を養成する専門学校の方が社会のニーズに適合しているとも言えます。
■ 本当は上位3割にしか必要で無い大学教育 ■
ヨーロッパやその他に国には、大学審査試験があり、これに合格しなければ大学には進学できません。そもそも、大学で勉強をした内容を生かせる仕事に就ける人は、全体の3割程度なのでしょう。
私達自信、大学で勉強した事は、社会に出てからほとんど使っていません。(私は技術職でしたので多少使いましたが・・・)
■ 親の年収が下がれば、大学進学率も下がって来る ■
ネコも杓子も大学に進学する時代は、あと5年くらいで変化し始めるでしょう。
理由は簡単で、親の世代の平均年収が大学進学に耐えられなくなるからです。
現在の大学生達の親の多くが、バブル前入社の世代でしょう。
しかし、これからは就職氷河期の世代が大学生の親になります。当然、大学進学の経済的負担と、大学進学によるメリットを秤に掛ける様になります。
■ 真剣に自分の将来を考え始める高校生 ■
現在の高校生の多くが、「大学に行ってから将来を考える」などと言っています。とりあえず良い大学に入りたいと・・・・。
ところが、大学進学率が低下すれば、大学に進学しない高校生は専門学校に進学するか、就職するか選ばなければなりません。専門学校は職業訓練の場なので、その選択の時点で、将来の職業をある程度選択する事になります。
こうして、将来的には高校生達は、比較意的早い時期に将来の選択を迫られる事になります。これは1980年代以前の日本に戻ったとも言えますが、決して悪い事では無いと思います。
私達大人は未だにバブル時代の幻想を捨てきれませんが、若い世代は否応無く現実と向き合い始めています。優秀な海外の若者と競い合い、安い賃金の仕事を奪い合うのが当然の時代が到来する事を、肌身で一番実感しているのは、若者達なのかも知れません。
一方で、日本の高度経済成長というボーナスステージで成長した私達は、雇用環境の悪化を、景気や政治の責任にしています。ボーナスステージなど二度と訪れない事を前提に将来設計をしなければ大変な事になると分かりながらも・・・・・。