’スピリチュアリズムからの風景’カテゴリーです。
先日、TBSラジオの’ズバリ快答!テレフォン身の上相談’を聴いていました。
吉永みち子さんがパーソナリティをつとめてました。
子供が受験してやっと入った高校で、ある事件を起こし、通いにくくなってしまって
困っているという内容の相談でした。文字にして書くと、何だ、そんな相談かと思
われるわけですが、実は私もこの親と同じような立場を経験していましたので、そ
の苦労・心労はよく判ります。(馴染めなかった理由は違いますが)
親としては、やっと苦労してその高校に入ったのにやめるのはもったいない、(経
済的にも、世間体も、学歴的にも)気合いが足らないからだ、もっと頑張れば何と
かなるなどの思いがあります。
子供も何とか行こう行こうとするけれど、心と身体のバランスが取れずに体調不良
、心的萎縮を起こし、やがて引き籠もるようになっていく。ネガティブな状況の中
では、更に深刻な事態に陥ることもあるでしょう。(二次的な落ち込み)
吉永みち子さんの回答は、実に的を得ていました。すなわち、親がどんと構えるこ
とが一番だと。世間体や学歴という枠を気にしすぎ、一枚の紙っきれの卒業証書に
振り回され、心や身体を壊してまで、文字通り身を削ってまでその高校に行く必要
があるのか?楽しむべきはずの高校生活が、卒業する頃には、心身共にボロボロに
なってしまって何の意味があるのか?
との実に素晴らしい回答でした。
スピリチュアリズムでは、私たちは、生まれ変わってくるときには、向こうの世界
で生まれてくる自分の親や境遇などをあらかじめ決めていると言われます。自分自
身で決めているわけです。但し、この世に生まれてくると記憶にフタをされて思い
出すことはできません。これは、自分のこの世での課題が最初から解っていると勉
強にならないからだと言われています。(希に前世や向こうの世界での記憶のある
子供や退行催眠で思い出すこともあるようですが)
さて、そうすると子どもは親を選んで生まれてくるわけで、親としてはその子ども
が、この世で何をしたいのか、何を表現したいのか、どうやって生きていくのか、
と思いを巡らせて、その子どもにとって最良の道の枠を与えてやればいいという
事になります。しかし、これがなかなか出来そうでできないのですね。
一般に言われる常識的な事、回りと比較して築かれる枠組み、学歴主義、世間体
、これらの事は、人間が決めていることであって、それが正しいとは言い切れませ
ん。知らず知らずのうちに、メディアや育った環境においてモノサシが作られてい
ってしまうわけですね。親としては、この自分の枠組みやモノサシを壊すことは、
大変な事です。
この枠組みやモノサシを取っ払って、その子どもにとって、どうすればその子の
能力が発揮され、楽しく生き易くなるのか、もっとも身近な自我とぶつかり合う
自分の子どもを、このように客観視できるようになれば、大抵は相手の立場になれ
るようにもなります。いわば、親も勉強になり、巾が広がるようになるわけです
ね。このように学びや気づきを与えてくれるために、この子どもは、自分の所に
生まれてきたのだろうと考えることさえできます。
先日、ジブリの宮 駿さんが言われていましたが、彼は高校生の頃は、ほとんど
寝ていた記憶しかないそうです。寝ている間にインスピレーションとイマジネーシ
ョンを養っていたのでしょうか(笑)
見守るのも辛いものですが、子どもたちには文字通り大きく羽ばたいていってもら
いたいものです。順序が逆だっていい、今働きたいのなら働けばいい。勉強したく
なれば、その気になれば何時だって始められる。年齢なんて関係ない。ポジティブ
な笑いのある明るい雰囲気の中にあれば、その子の守護霊が働きかけ、きっと歯車
が動き出すことでしょう。自分との葛藤の狭間の中で、そう思えるようになりたい
と思う今日この頃です^^
先日、TBSラジオの’ズバリ快答!テレフォン身の上相談’を聴いていました。
吉永みち子さんがパーソナリティをつとめてました。
子供が受験してやっと入った高校で、ある事件を起こし、通いにくくなってしまって
困っているという内容の相談でした。文字にして書くと、何だ、そんな相談かと思
われるわけですが、実は私もこの親と同じような立場を経験していましたので、そ
の苦労・心労はよく判ります。(馴染めなかった理由は違いますが)
親としては、やっと苦労してその高校に入ったのにやめるのはもったいない、(経
済的にも、世間体も、学歴的にも)気合いが足らないからだ、もっと頑張れば何と
かなるなどの思いがあります。
子供も何とか行こう行こうとするけれど、心と身体のバランスが取れずに体調不良
、心的萎縮を起こし、やがて引き籠もるようになっていく。ネガティブな状況の中
では、更に深刻な事態に陥ることもあるでしょう。(二次的な落ち込み)
吉永みち子さんの回答は、実に的を得ていました。すなわち、親がどんと構えるこ
とが一番だと。世間体や学歴という枠を気にしすぎ、一枚の紙っきれの卒業証書に
振り回され、心や身体を壊してまで、文字通り身を削ってまでその高校に行く必要
があるのか?楽しむべきはずの高校生活が、卒業する頃には、心身共にボロボロに
なってしまって何の意味があるのか?
との実に素晴らしい回答でした。
スピリチュアリズムでは、私たちは、生まれ変わってくるときには、向こうの世界
で生まれてくる自分の親や境遇などをあらかじめ決めていると言われます。自分自
身で決めているわけです。但し、この世に生まれてくると記憶にフタをされて思い
出すことはできません。これは、自分のこの世での課題が最初から解っていると勉
強にならないからだと言われています。(希に前世や向こうの世界での記憶のある
子供や退行催眠で思い出すこともあるようですが)
さて、そうすると子どもは親を選んで生まれてくるわけで、親としてはその子ども
が、この世で何をしたいのか、何を表現したいのか、どうやって生きていくのか、
と思いを巡らせて、その子どもにとって最良の道の枠を与えてやればいいという
事になります。しかし、これがなかなか出来そうでできないのですね。
一般に言われる常識的な事、回りと比較して築かれる枠組み、学歴主義、世間体
、これらの事は、人間が決めていることであって、それが正しいとは言い切れませ
ん。知らず知らずのうちに、メディアや育った環境においてモノサシが作られてい
ってしまうわけですね。親としては、この自分の枠組みやモノサシを壊すことは、
大変な事です。
この枠組みやモノサシを取っ払って、その子どもにとって、どうすればその子の
能力が発揮され、楽しく生き易くなるのか、もっとも身近な自我とぶつかり合う
自分の子どもを、このように客観視できるようになれば、大抵は相手の立場になれ
るようにもなります。いわば、親も勉強になり、巾が広がるようになるわけです
ね。このように学びや気づきを与えてくれるために、この子どもは、自分の所に
生まれてきたのだろうと考えることさえできます。
先日、ジブリの宮 駿さんが言われていましたが、彼は高校生の頃は、ほとんど
寝ていた記憶しかないそうです。寝ている間にインスピレーションとイマジネーシ
ョンを養っていたのでしょうか(笑)
見守るのも辛いものですが、子どもたちには文字通り大きく羽ばたいていってもら
いたいものです。順序が逆だっていい、今働きたいのなら働けばいい。勉強したく
なれば、その気になれば何時だって始められる。年齢なんて関係ない。ポジティブ
な笑いのある明るい雰囲気の中にあれば、その子の守護霊が働きかけ、きっと歯車
が動き出すことでしょう。自分との葛藤の狭間の中で、そう思えるようになりたい
と思う今日この頃です^^
こんにちは。
毎日読んでますよ・・・カキコしませんが(笑)。
さて、今日の話し、
娘の高校受験と重なってしまいます。
私たち親と娘の意見がくい違い、
なかなかまとまりません。
娘の事を一番と言いつつ、
私たちの事情を押し付けているのではと、
今朝も考えていたところです。
何がベストなのかさっぱり判らなくなってしまいました。
もっと考えてみますね。
こんなことがかかれていました。。
『今日、娘は、心が病気なので、学校をお休み させます・・・』
病気は体だけではないのですよね。
心もたまに病にかかることもあります。。
そんな時、堂々と、親である私達が、子供を
守ってあげられるか・・が大切なんですね。
世間体や、常識にこだわって、子供の心を
狭くさせて、そればかりでなく、痛みを持っているのに、わかってあげられないなんて・・・
いつも・・・電波を張って、見守っていて
あげたいとおもいます。
それには忍耐が必要でも・・・
いつか必ず、心と想いは届きますからね。
子供と一緒に、沢山悩んだ分、きっと後で、 笑顔となって返ってきますよね。。
親と子の関係・・
それを信じるしかありませんね。
読んで頂いているようでありがとうございます^^
そうですか、娘さん、高校受験なんですね。
娘さんの目指すところは、まだ娘さんの小さな
枠の中(知識や考え方)なのかもしれません。
親の意見でその枠が広がる可能性は充分にあり
ます。
娘さんの心に耳を傾けつつ、知識や考え方など
もお話しされてはどうでしょう。それは、押し
つけとはちがうと思うんですよね。
とにかく、いろいろと沢山話し合われるのがベ
ストだと思います。
お父さん、頑張って!
ありがとうございます!長々書いているので、
みなさん、引いちゃっているんだろうなーと
思ってました(笑)
でも続けていこうと思っています(爆)
そうですね、心だって病気になりますね。昔と
違って変なストレスが多いように思いますよ。
それは子どもの社会の中も同じですね。
子どもが独立するまで(今の時代、それは二十
歳になるまでとの線引きはできないかも)子ど
もの進む道幅を守ってやるのが親の役割だと思
います。
道幅を守るというのは、子どもの進む方向へ
道を作ってやるということかな。メンタル的
なものもそうですし(やる気のある方向へは
子ども達はもの凄いパワーを発揮しますね)、
経済的なものそうでしょう。
一旦、道ができ、広めの道幅があれば、後は
子ども達自身の力でどんどん進んでいきます。
その先の道も切り開いていくことでしょう。
そうなるともう、親は止められませんね。子離
れの時です。
manoaさんのところは、まだまだ子供さん小さい
し、これから違った壁やハードルがあるかと思
いますが、一杯愛情を降り注いでくださいね!
まあmanoaさんなら全く問題ないでしょう^^
お母さん、頑張って!