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1から分かる唯物論(思想の乱れは、社会の乱れ)

2009-10-05 | 


今日は『思想』といわれるものについて、記事を書きたいと思います☆

そもそも、普段、口にすることもない
「思想」となんのことでしょう?


大辞林では

「人がもつ、生きる世界や生き方についての、まとまりのある見解。
 多く、社会的・政治的な性格をもつものをいう」

「考えること、考えつくこと」

など、ちょっと幅広い意味で書かれていました。
ここでは、

「人生観、世界観」

くらいの意味でとらえ、論じていきたいと思います。



「言葉の乱れは、思想の乱れ
 思想の乱れは、社会の乱れ」


といわれます。
「思想」をピックアップして考えますと、

「思想」が正しければ、社会、世界は正しいほうへ進みますが、
「思想」が間違っていれば、社会、世界は恐ろしいほうへ進む、

ということです。

ですから「思想」の問題は、とっても大事な問題なんですねー☆☆

さて、「思想」といってもいろいろあるわけですが、今回は、

『唯物論』という『思想』について論じたいと思います。

『唯物論』については、この前も、「徹底研究」と題してこのブログに
書きましたが、これはすでに「唯物論」に凝り固まっている人を対象として
書きましたので、「ちょっと難しいです」という声がチラホラ聞こえて参りました。

そこで反省して、1から『唯物論』とは何か、どういう問題を含んで
いるのか、について簡単ながら書きたいと思います。



まずおおまかな理解からいきましょう。

『唯物論』とは、

「すべての根本は物質なんだよ」という考え方です。


 

    ※唯物論・・・materialism
     物質・・・・matter
     物質的な・・material

     反対語は『唯心論』



つまり、

「心(精神)」と名づけられているものも、結局は、物質の
現象にすぎないんだよ、という考え方。

(たとえば、感情も電気信号にすぎない、
 脳という機械によって生じたものというとらえ方)


だから「魂」といわれるものもない
死んだあともない


という考えです。

 ※仏教では「無 の見(むのけん)」を言われるものに分類されます。


『唯物論』の歴史は古く、古代ギリシャ時代から論じられていました。

そして、『神』も存在しない、『幽霊』も存在しない、
という考え方なので、現代の人にもてはやされたのです。

意識するしないにかかわらず、唯物論的な考えの人は決して少なくない
と思われます。


ではここで、『唯物論』の問題点、危険なところをあげておきましょう。


 ・生命観の問題
   (人をモノと見るわけですから、ガラクタは壊してしまえ!的な
    発想が生まれやすい)

 ・死生観の問題
   (どうせ人はモノだから、死んだら無になる。
    苦しい人生、生きていくよりも、なかったことにしたい、自分の人生
    消してしまいたい、それには死ねばよい、という発想になりやすい)


『唯物論』の人が全員こういう発想とまではいいません。
しかし、その生命観にスポットを向ければ、上記2つのことは必ず問題に
なってくると思います。


『唯物論』が正しいかどうかの前に、これは『恐ろしい思想』だと思いませんか?
ことばを変えると『生命は物質だ』という思想の危険性です。



 ・どうせ死んでもいい、ガラクタだから。

 ・死んでもいいじゃん、殺してもいいじゃん

 ・愛情も友情も感謝も喜びも、所詮は電気信号のようなもの、
  結局は物質なんだ。


こういう考えを『達観した態度』と酔いしれ、
「なにも知らない連中はあくせくやってるけど、バカらしい」
と冷めた態度も生まれやすいかもしれません。

実際、そういう空気が社会に広がっていないでしょうか?
もしそうなら

 「思想の乱れは、世界の乱れ」

で、様々な問題の根っこに、この『唯物論的思想』があるかも知れません。

今はまだ、『唯物論』が正しいかどうかは論じていません。
「問題思想だから間違っている」
と頭ごなしにいうものではありません。

そうではなくて「まずこの危険性を一度は考えてみるべきではないでしょうか」
と問題提起させてもらっているのです。

では、一度に長々と論じてもなんですので、とりあえず、今日は問題提起
どまりにさせてもらいますね。
当然、ここまででしたら異論反論あると思います。


 『唯物論者』だって、人や社会は大事にするぞ、との声もあることでしょう。

そのことについては、次回以降に見送りたいと思います。

それではまた(^-^)/

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1 コメント

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Unknown (ふじた)
2018-09-03 20:32:07
はじめまして
古い記事へのコメントで失礼します

自分はどちらかというと唯物論的な考えを持っていると思います
といっても、死んでもいいとかそんな考えはないですが・・・

唯物論的な考えを持ちつつも、子どもの頃からある疑問を抱き続けています
それは、自分という意識の存在です
自分が単なる物質の集まりだというなら、なぜ自分は他の誰でもなく自分なのか、成長する中で細胞は入れ替わっていっても自分という意識は変わらない

こういう疑問を他の人は抱かないのでしょうか?
特に唯物論の人が自分という意識をどのように捉えているのか気になります

もし、何か情報があれば教えてください

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