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長南瑞生氏の新刊『不安が消えるたったひとつの方法』の感想

2018-03-05 | 不安

 


縁あって、長南瑞生氏の新刊『不安が消えるたったひとつの方法』を発売前に読ませてもらいましたので、その感想をシェアしたいと思います。

表紙はこんな感じです。

 

 

 

新刊『不安が消えるたったひとつの方法』は、大手出版会社、KADOKAWA(角川書店)からの出版です。

不安」は、現代における大きな問題のテーマでもあり、哲学でもよく取り上げられます。

実存主義の先駆者キルケゴール(Solen Kierkegaard, 1813-1855)の著作『不安の概念』が特に有名です。


哲学までいかなくても、日常、誰しもさまざまな不安を抱えていると思います。


「プレゼンうまくいくかな」

「無事、たどりつけるかな」

「新しい部署でうまくいくかな」

などなど。


そして不安がやっかいなのは、問題の対象がハッキリしないところでしょう。

「漠然とした不安」という言葉もありますが、不安のほとんどが漠然としたものなのです。

「なんとなく生きづらい」

「なんとなくつまんない」

「なんとなく息苦しい」


といった「なんとなく」ネガティブな気持ちになってしまう元も、不安が大きな要因になっているのかもしれません。


そんな「不安」が消えるってホント? と多くの人が思われるでしょう。

しかも、「たったひとつの方法」とあるのですから、「本当だろうか」と、新たな不安が生み出されたかもしれません(笑)


読んでいきますと、最初から「不安にも2つある」と書かれてあり、これが最後まで非常に重要な意味を持ちます。

2つの不安とは「生活の不安」と「人生の不安」です。


実はこの2つの不安はまったく違います。

まったく違うのですが、その違いを知る人は皆無といっていいでしょう。

ここに大きな問題がありそうです。


そして、この不安に対して

「くよくいよしない」

「自分らしく生きる」

「心の持ちようを変える」

といったその場しのぎの対症療法ではなく、根本解決をするというのですから大変なことです。


『不安が消えるたったひとつの方法』の「はじめに」には


2種類の不安はまったく違うもので、大もとにある一方の不安を断ち切れば、絶対的に変わらない安心を得ることができるのです。

それを知るかどうかが、あなたがこのまま不安に脅かされる人生を送り続けるか、それとも心から明るく楽しい人生を生きられるか、これからの人生の明暗を分ける分岐点になるでしょう。



と書かれてあります。


これは、長南氏が考案したものではなく、世界の四大聖人の一人であるブッダが教えたものです。


仏教と聞くと、難しいイメージをもたれるかもしれませんが、この本では、大変わかりやすく、順番に系統だてて書かれています。

書店に並ぶ、多くの仏教書よりはるかに分かりやすく有益といえましょう。


『不安が消えるたったひとつの方法』を一読した率直な感想は、こうです。

「表紙からは想像できない、とてつもなく深い内容が身近な例を通し、またはしっかりとした根拠をもって、分かりやすく書かれてあって、説得力がある」


ご縁があれば、一度、手にとってみられてはいかがでしょうか。

アマゾンでも購入できます。

 


最後に、『不安が消えるたったひとつの方法』の目次を記しておきます。

はじめに ブッダからの伝言

第1章 不安はどこからやってくるのか
◆豊かでも自由でも、不安が絶えない現代

◆私たちの不安を掻き立てる要因①―変化すること
  能力主義で浮彫りになる無常

◆私たちが不安になる要因②―満足できないこと
  お金で幸せは買えず、進歩の先に満足はない

◆不安をなくす出発点
  不安には2種類あると知る
  世の中の不安解消法のほとんどは、対症療法だった
  『生活の不安』と『人生の不安』にまみれた日々
  ノーベル賞物理学者たちがくれた、不安解消のきっかけ

◆ブッダの教えは人間の苦しみから生まれた
  生きている人の苦しみを根本から解決する教え

第2章 変化を怖がる私たちー不安を解決する鍵
◆不安の始まりは「信じる」こと
  信じるものがあるから、幸せでいられる
  喜びと悲しみは、同じ源泉から湧き出でる
  もらうより、失う苦しみは2倍に

◆絶望的な真理─変わっていく3つのもの
  1つ──「物」形ある物は必ず崩れる
  2つ──「人」出会いの数だけ別れがある
  3つ──「自分の心」好きな人と結婚して最も驚くこと
  すべてを手に入れた人の末路
  信じて裏切られての繰り返しの世の中

◆お釈迦さまが出家前に気づかれた大問題
  「さとり」と「気づき」の違い
  ブッダが発見した、すべての人が幸せになれる真理

第3章「何をやっても満たされない」という心の病
◆全人類がかかっている、心の病の告知
  明確で、対処可能な『生活の不安』
  ぼんやりとして、とらえどころのない『人生の不安』

◆なんのために生きるのか?
  「心の病」の兆候とは
  『人生の不安』を無視するとどうなるか

◆滝壺へ向かう屋形船の中で
  あなたの不安が消えない本当の理由
  世界的な文豪も気づいた心の闇

第4章 心の闇が晴れたら、どんな世界に出るのか
◆全人類のただひとつの行動原則は「幸福」
  幸福のパラドックス
  あらゆる不安の根っこを断ち切る

◆お釈迦さまが教えてくれる本当のあなた
  変化を続けながら流れ行く永遠の生命
  未来永遠苦しめる闇とは

◆一瞬で晴れわたる時
  想像もできない広くて大きな喜び
  絶対に崩れることのない幸せ
  人生の最終目的地がハッキリする
  有ってよし無くてよしの大満足

◆何があってもゆるがない大安心
  変わり通しの世界で唯一変わらないものとは

◆ブッダの教えの目的は、徹底した根本治療
  生きている時に究極の幸せになれる教え
  「死ねばどうなるか」の不安が一切なくなる
  仏のさとりを得る最短コースとは

第5章 臨終に直面する、人生の秘密
◆生きることは、死に近づくこと
  死に直面すると出てくる、不安で真っ暗な心

◆あなたはどれくらい無常を感じますか?
  自分が死ぬとは思えない
  死が怖くないという人の心の中は?
  自覚症状が出た時には手遅れ

◆死の不安が感じられない原因
  「死は受け入れられる」と思っていた人の最期

◆医学でも消せないスピリチュアル・ペイン
  誰もが最期にする後悔
  臨終に目隠しがとられて初めて見る風景
  子を思う親からの必死の警告

第6章 一切の不安が消える、たったひとつの方法
◆不安の根本を消す、たったひとつの方法
  苦しみの形が違う人のために様々な教えが説かれている
  どのコースでも結局は同じところに行き着く?

◆たくさんの教えを説かれたブッダの本心
  お釈迦さまが修行を教えられた本当の目的

◆あるがままで、幸せになる
  人はみな、煩悩(ぼんのう)の塊

◆人は不安によって本当の幸せになる
  地位も名誉も愛もお金も持った王子さま
  美女を追いかけて親友を殺された青年
  8歳で天涯孤独になった少年
  最高権力者に愛された美少女の告白

◆想像以上に早く過ぎ行くあなたの人生
  短すぎるほど短い人生に、もたらされる真の救い

おわりに ~不安はブッダからの贈り物

 

さらに詳しくはコチラをご覧ください。

↓↓↓

http://true-buddhism.com/item/fuan/

コメント

【ショッキングな記事!】豊かなのに幸せになれない、なぜ?? サンデーモーニングSP「豊かさの正体」より

2012-01-15 | 不安


2010年末に放送されたサンデーモーニングのスペシャル番組

【豊かさの正体】は、非常に考えさせられる内容でした。


この番組で、日本をはじめ、近代化した世界が行き詰まりを感じているのはなぜか次のように分析しています。

。。。

産業革命から、便利な生活を最高の価値とする歴史が始まりました。

ところが、様々な矛盾が見えてきたのです。


現代社会は、どこへ行くことも出来ない、ハムスターの回し車に似ています。


  wikipediaより


あくせく働いても幸せにはたどりつけないのです。


ショックなことに、GDP(国内総生産)は50年で7倍になりましたが、生活満足度は全く変わっていません。



 (サンデーモーニングより)


経済の成長は、幸福の増大にはむづび付いていなかったのです。


心理学

快楽の踏み車(ヘドニックトレッドミル・hedonic treadmill)」

もしくは、「満足度の踏み車

という言葉があります。


「経済など状況がどんなに変わっても、人間その状況に慣れてしまい、

 願望を引き上げ、もっともっととさらなる満足を求める」


という説です。

まさに、永遠に満たされることがない欲望とのイタチゴッコ。


豊かさがもたらす幸福を信じていたのですが、

現実はそうはならなかったようです。


1936年に、チャップリンは「モダンタイムズ」で

経済的豊かさが人間の幸せにつながらない現実を、苦い笑いに含んで警告を発していました。





大量生産、効率重視の歯車のような生活の危うさ。


生産の増加は、自分の立ち位置を分からなくさせ、

目の前の現実に振り回される仕組みを強化した、といえるかも知れません。



作家、倉本聡の映画「帰国」では、

「太平洋戦争で死んだ人達が、現代を見たらどう思うか?」

という設定で描かれています。

その中に、次のようなセリフがあります。


「便利とはなんだ?

 便利とは人間がさぼるということだ

 今の日本人は、豊かと便利を勘違いしている」


そして、倉本聡は


「人間は

 ホモ・サピエンスというより

 ホモ・サスペンスになってしまった」


と語ります。



便利さを求めるあまり、


賢い人間 = ホモ・サピエンス

から

不安な人間 = ホモ・サスペンス

(※サスペンス=不安)


になってしまったと言うのです。



現代の日本人の【7割が不安】を感じているというアンケート結果
も出ています。


多くの人が、漠然とした不安を抱え、

安心はお金では買えない現実に気づき始めたのでしょう。





。。。

【20世紀は科学で幸せになれないことを証明した世紀】と言われます。


だからこそ、今一度、


「そもそも、しあわせとは何か?」

「どうしたら、本当のしあわせになれるのか?」



ということを考え直す必要があるのではないでしょうか?


そこで、僭越ながら、

「しあわせ」について、古今東西の英知を集め、検証し、

その難解な内容を物語形式にして、読みやすく分かりやすくした

メルマガを発行することにしました。



タイトルは

【日刊メルマガ小説】

ある仏教講師が書いた「あなたの心にしあわせの花を咲かせる物語」

です。


以前からご案内しておりましたが、

遂に、明日(1月16日)から始まります!



毎日、1分ほどで読める形でお届けしたいと思っています。


「有料にした方が、結果的にはより多くの人の届けることが出来る」

という友人の意見もあり、もっともなことではあるのですが、

現段階(平成24年1月15日)では、無料の形でお届けしたいと思っています。



「これだけの内容を無料にするのはもったいない!」

という友人もありましたが、

なぜ無料かといいますと、まず、このブログで縁のあった、あなたに読んでいただきたいからです。


「幸せは分かち合うもの」

と言われます。


「他人を幸せにする(利他)ままが、

 自分の幸せ(自利)となる。

 他人も生かし、自分も生きる、

 これが『自利利他』の道」

と仏教で教えられます。

また、

「他人に対して善を行なうとき、人間は自己に対して最善を行なっている」

 (デール・カーネギー『道は開ける』

「人間は『分かち合う』ことで幸せになる生き物」(AFPBB News)


など、幸せの灯火をともしていけば、自分も周りも明るくなると多くの人が語っていますし、実際その通りだと思います。


そのささやかな実践をしたいのです。


私はあくまで一介の案内人として、

「どうすれば幸せになれるのか」

「どこに本当の幸せが教えられているのか」

「本当の幸せ」とは何か、

逆に

「陥りやすい、目先の幸せ」とは何か


をストーリーに乗せて紹介していきます。


メルマガで読める小説第一弾は、

「隻腕の野球少年」(せきわんのやきゅうしょうねん)

です。




事故で左手を失いながらも、過酷な運命を受け入れ、甲子園を目指す少年を描いた短編小説です。

(感動ものに弱い方は、読まれないほうがいいかも!?)


不条理ともいえる運命について、釈迦はどのように教えられているのかを知ることが出来ます。



小説第二弾は、

「みにくい龍」




姿も心もみにくい龍・ドラゴが、幸せを求めて旅するレンに出会い、

数々の国を巡る童謡的でもありファンタジー的でもある作品です。

難解な言葉は極力なくしていますが、その背景には、倫理の教科書に出てくるような思想家、哲学者を網羅した内容となっています。



非売品(平成24年1月15日現在)で、

ここでしか読めません。


■登録はここからです■ 

(携帯対応・無料)※解除はいつでもボタン一つで出来ます。


メルマガ読者で、感想を送ってくだされた方には、

電子書籍も無料でプレゼントしたいと思います。


●iPhone

●iPad

●Androidでも読めますし、


特別なソフトがなくても、パソコン上で読むことも出来ます。



申込みは、

名前(匿名可)とメールアドレスを入力するだけの

簡単なものです。



出会いが人生を大きく変えます。

私もそうでした。




このページを見失う前に、こちらからどうぞ

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 1日1分の物語が、あなたの人生を変えることでしょう


メルマガであなたとお会い出来ることを楽しみにしています。

たくさんの幸せの花が咲くことを願いつつ……。


コメント

いちばん手ごわいのは、「漠然とした不安」羽生 善治『大局観』より

2011-03-02 | 不安
将棋界で初の7タイトル独占を達成した、羽生 善治(はぶ よしはる、1970年9月27日 - )の、最新刊『大局観』に次のような言葉があります。


いちばん手ごわいのは、「漠然とした不安」だ。
恐怖の対象が明確なら、それについて研究したり考えたり
すればいいが、漠然としていると、どうすればいいのか
わからない。     『大局観』p58
人生またしかり。
芥川龍之介も、「ぼんやりとした不安」に苦しみ自殺したと
言われます。

仏教では「無明の闇」といって、やってくる確実な未来、
すなわち死に暗い心を全ての人は抱えていると教えられて
います。

そして、親鸞聖人の教えには
無明の闇を破り『人間に生まれてよかった』いう身になれる道が
教えられているのです。



※写真はウィキペディアより
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優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆくのはなぜ?「僕が僕であるために」尾崎豊

2010-11-24 | 不安

私が生まれて初めて買ったCDが、尾崎豊のファーストアルバム『17歳の地図』でした。
もう何度聴いたかしれません。

そのラストを飾るのが「僕が僕であるために」


  【PV】 尾崎豊 僕が僕であるために


以前、SMAPのメンバーがオール主演で、同タイトルのドラマが作られましたね。勿論、主題歌は尾崎の「僕が僕であるために」。


さて、この曲に
「人を傷つける事に目を伏せるけど、
 優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆく」



という一節があります。

以前から

「どうして、優しさを口にすると人は皆傷つくの?」

という問いかけがなされていました。
尾崎自身が、このことについて語ったという情報もないですし、
歌詞は、それぞれに味わうところに、そのよさもあるので、
あくまで私の味わいとして、記事を書いてみました。

まず、この曲の出だしはこうです。


「心すれちがう悲しい生き様に、ため息もらしていた」

ここからも、この曲は「心のすれ違いの悲しみを歌った曲」とストレートに解釈すればよいでしょう。

実際、この後にも

「別れ際にもう一度 君に確かめておきたいよ

 こんなに愛していた

 誰がいけないという訳でもないけど

 人は皆わがままだ」


という言葉も出てきます。


そして、2番に

「なれあいの様に暮らしても 君を傷つけてばかりさ」

と歌われています。


傷つけないように、悪いところも目をつぶり、

感情を荒立てず、無難に過ごそうとしても、

やっぱり、君を傷つけてしまう、

と、つぶやくように語っているようです。


では

「人を傷つける事に目を伏せるけど、
 優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆく」


とは、どういうことでしょう?

こんな独り言が頭に浮かびました。


僕は、誰も傷つけたくない。
もちろん、大切な君を傷つけたくないって思ってきたし、
今も思っている。

でも、なれあいでやってでさえ、僕は君を傷つけてばかりだったよ。

優しくして、君とのつながりが深まっていけばいくほど
わがままにもなるし、

愛情が深まれば、裏切られたときの憎しみも大きくなって
深く君を傷つけてしまう。

不完全な人間同士だから、よかれと思ってやったことも、
逆効果になってしまうことだってある。

どうでもいい人なら、最初から期待もしないし、たとえ裏切られ
ても、まああいつはそんな奴だで済ませるだろう。

でも、優しくされたい相手から期待どおりの反応が返って
こないと、とても淋しい思いになったり、悲しくなったりする。
そして傷ついていく。

大切な人同士だから、傷も大きく、深いものになってしまうんだ。

僕たちは、そんな世界に生きている。



そして、最後に尾崎はこう歌っています。



君が君であるために 勝ち続けなきゃならない

正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで

君は街にのまれて 少し心許しながら

この冷たい街の風に歌い続けてる


僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない

正しいものが何なのか それがこの胸に解るまで

僕は街にのまれて 心許しながら

この冷たい街の風に歌い続けてる



この曲のトーンからして「勝つ」というのは、
ビジネスや、競争に「勝つ」というものではなさそうです。

ちょっと飛躍しすぎかもしれないけれど、
実際は「勝ち続ける」というよりも、実は、その裏の
「負けちゃいけない」気持ちの方が大きいのかもしれません。

「負ける」とは「人生に負ける」ということで、
「勝ち続ける」は「生き続ける」という意味なのかとも
思いました。


「正しいものは何なのか」
の答えを、傷つきながらも探しもとめ、

冷たい世界に、小さな妥協を繰り返しながら、

最後まであきらめず、生き続けていかないといけない

というメッセージを私自身は強く感じています。


ちなみに、学生時代、一番、私が心を打たれた部分は

「こんなに君を好きだけど 明日さえ教えてやれないから」

の一節です。


こんなに大好きな君を幸せにしてやりたいけれど、
僕は、どうしたら本当の幸せになれるか分からないから、
君に教えてあげることもできないんだ


この悲しみが、ものすごく、私の心にシンクロしたのです。


幸せにしてあげたいという優しい気持ちと共に、
幸せを指し示せる人間にならないといけないんだ

と強く思ったものです。


そして、大学時代、私は、本当の幸せを指し示す先
を知ることが出来たのです。

人生って、本当に出会いですね。


このサイトから詳しく知ることができるので、
読んでみてください。
  ↓↓

http://meaning.main.jp/


 

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呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする(夏目漱石) 親鸞会講師のブログ

2010-05-02 | 不安

こんにちは、親鸞会講師の筬島です。


 夏目漱石のデビュー作「吾輩は猫である」
 
 「吾輩は猫である。名前はまだ無い」ではじまるユニークなこの小説には
 
 鋭いメッセージがたくさん散りばめられています。(例えばコチラ
 
 最後は、こういうシーンです。

 苦沙弥(くしゃみ)先生の座敷に仲間が集まり、呑気な話に花が咲く。
 
 セカセカした、西洋文明(今は日本もそれにどっぷり浸かってしまいましたが)に比べ
 
 まことにのんびりとして、ほほえましい風景。
 
 この日の最後には、結婚の決まった多々良三平がビールを提げて登場、
 
 みんなでそのビールをいただく。
 
 秋の日は暮れ、みんなは次々に帰って行く。
 
 そして、「寄席がはねたあとのように座敷は淋しくなった」。
 
 この後です
 
 「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」
 
 と猫が思うのは。
 
 実に名言と思います。
 
 誰もが皆、心の底には漠とした不安を抱えているのではないでしょうか?
 
 経済的不安とも違う、人間関係の不安とも違う、

 人間存在そのものの不安といったようなもの。
 
 その孤独で、不安な、さびしい気持ちを
 
 「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」
 

 と表現しているように思うのです。
 
 



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