おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

キリングフィールド。

2005-11-03 15:00:12 | 我思う、故に書くなりよ。
午前中、NHKスペシャル「望郷」(再)を見た…。

十二分に感動させて頂いた。また、1本の映画を思い出した。

「キリングフィールド」である。

これも忘れちゃいけない人類の歴史だけれど、ベトナム戦争ほど語られてはいないし、今ではすっかり落ち着いちゃったから忘れがちなんだけれど、「蛍の墓」とか見飽きた人にはオススメの1本であります。

どんな話か書くのも野暮だけど、今見返しても当時の様子を知らないと判らないんじゃないだろうかと思い、かいつまんで当時の様子を書きますか…。

カンボジアって国で、クーデターが起きて、アメリカ寄りの政権が出来るのだけれど、追い出された国王が中国をバックに付けて、盛り返すんだよね。で、国王は中国であれやこれや指示を出し、それについで動いたのがポル・ポトっておっさん率いる軍隊「赤いクメール」でありまして、ついにはカンボジアを取り返すんであります。

んで、このままなら問題も少なかったんだけれど、強烈な共産主義で国を再統治して行き、メチャクチャなコトをし始めたのであります。いわゆる「知識人」と言う職業選別に当てはめられた人達は根こそぎ「農民」へと再教育され、それならまだしも、反逆を恐れて皆殺しを始めたのです。ついには、穢れを知らない子供こそ指導者たるもの…なんて始めたものだから、文字通りメチャクチャ…。300万とも400万とも言われる人間が大した理由も無く殺され続け、狂気の世界がそこに広がったワケ。

そんな中を取材していたジャーナリストと通訳兼ガイド氏の生き別れの物語がこの映画の話なんですが、通訳兼ガイド氏は実際に狂気の世界を生き抜いた人でもありました。素人俳優だったワケですけれど、マジの世界を知っているだけにその演技は鬼気迫るもので、アカデミー賞も受賞しています。よく見ないと判りませんが、指が欠損しているんですね、これがマジな世界を生き抜いた「証」だそうです。

その後、俳優しているのかと気になっていたのですが、滞在先のアメリカで見たTVに出ており、美人コンテストかなんかの審査員やってましたっけ。あー。健在なんだなぁ…と、この映画を思い出したりしていたのですが、それから数年後、彼が射殺されて亡くなったとの外電を目にしました。当時はポル・ポト派の仕業じゃないかとさえ言われてましたけれど、物盗りに撃たれちゃったのが本当のようです。

最後のシーン近く、ジョン・レノンの「イマジン」が流れます。私はビートルズ世代でも無ければ、ジョンの信望者でも無いのですけど、いかにこの曲が素晴らしいものか、思い知らされた映画でもあります。そして、わんわん泣きましたよ、映画館で。

狂気の世界が始まるのを薄々感じていたジャーナリスト達が、通訳兼ガイド氏をなんとかこの地から連れ出そうと苦労するのですが、無常にも降りしきる雨の中、別れを余儀なくされてしまうシーン。あの時ほどフランス人が大馬鹿野郎だと思った事は無いな…。

強制労働の最中、1匹のトカゲだかヤモリだかを見つけ、素早く捕まえてその頭をビンビンっ! と指で弾いて絞め、そっとポケットに隠す…もちろん、満足に配給されない食事を少しでも栄養価の高いものにするための努力です。これも雨のシーンだったと思いますが…まぁ、狂気の世界は果てしない…。

「私を許してくれ…」
「許す事なんか何もないよ。何も…」

再会できた二人が交わす言葉と、流れるイマジン…。
全てが人間のおこなってきたコト。繰り返さないコトを誓う相手も、誓うのも人間なはずなのに…と考えると、感動して泣いてばかりじゃいられないってコト。戒めの気持ちを忘れないためにも、たまに見返したい映画であります。

ちなみに、カンボジアが落ち着いたのは98年にポル・ポトが死んだと言う事が判ったあたりですかね。なんかいきなり野焼きされてましたな。ここに平和をもたらす努力を陣頭指揮したのが日本人だったのを覚えてますか? 明石さんでしたね。平和維持活動で日本人の警察官とボランティアの方がが亡くなられた事も忘れがちだと思います。

PKOだのPKFだのって言葉も出ましたっけ。落ち着いたとは言え、未だに埋められた地雷で惨禍は残るのですけれど、そのために尽力し続けている人も未だに多いのです。そーした一連のつながりを途切れ途切れに覚えてしまうのが学校のお勉強の悪いところだったりもします。そーゆーのを覚えて忘れないためにも、映画ってホントにいいですねぇ…。


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Zippoハンディウォーマー 2ndGIG #3

2005-11-02 15:22:54 | お主もハクキンよのぉ…。
母がドラッグストアに買い物に行くって言うので、あるんだかないんだか知らないけれどカイロ用ベンヂンを2本ほど頼んでみた。

どうやら2本が最後の在庫だったらしく「また入れておきます」と店員に言われたそうで、とりあえず新品の燃料が調達できた。値段も昨年と変わらない。原油高で少々気にはしていたのだが、ガソリンとは違うみたいだねぇ。

昨年の残り…を久々に使って、無事に暖まる事は確認できたのだけれど、なんだかちょいと様子が違う事は前回書いた。程よい熱さにはなるものの、「暴走」気味の熱さが無かったのである。

これも使い方に違いが出て来るので、一概に「暴走気味」とは行かないが、昨シーズンあったものが無いのはちょっと怪しい…。

で、さっそく空のスポーツに規定の満量を注入し、点火~っ!

さすがに午後にもなると20度近くの気温があるが、朝なんか10度少ししかなくて寒々としていただけに、この「ぬくぬく…」はたまらないなぁ…。オマケに、しっかりと「熱い」。前回の熱さとはやはり違い、燃料が古くなっていた事が原因だった様だ。

古くなる…とは言っても、傷むモノ何だかしらんが、単に揮発して量が減るだけなんじゃないかと思うのだが、こうも熱さが違うとそれ以外に何かありそうな気がする。

Zippoのオイルも入手したいところだけれど、近隣のホームセンターやらディスカウントショップでは小さな缶しか置いておらず、鳩宝印ベンヂンと比べてかなり割高になってしまう。大きな缶でディスカウントしてくれたら良いのだけれど、昨今の世情を考えると需要も少ないのかなぁ。

てなワケで「イヒヒ…」。暫くはイヒヒ…が堪能できるだけの燃料が調達出来たので昨シーズンほど細かい事は気にしない方向で使って行こうかと思っている。とは言え、新たな情報も気にはなっていたりもするので、あれやこれや調べてはいるのだけれど、物欲マインドを満たすほどのモノは無いかな…って感じ。普通に買える現行品が「必要にして十分」な出来だとも言えるからだと思う。特に、今年から仕様変更となった「3R」の出来は普遍じゃなかろうか。若干、寒冷地仕様になったとは言え、本体に変更は無いみたいだし、大きさ、厚み、暖かさのバランスは絶妙だろう。

Zippo版にしても大きな変更は無いみたいだから、これに準ずる…ってモノじゃないかな。本家のカイロよりも入手する機会は楽にあるんじゃないかと思える程に、流れている。願わくばもう少しリーズナブルな値段でお目に掛かりたい気はするけれど、ディスカウント・ストアで見ても、そうは思えない値段なのが残念…。

より小型のモデルが新規に発売されているとの情報もある。ハクキンのサイトには「こはる」以外に小さなモデルは出ていないので、別のものらしいけれど、詳しくは不明。だが、そうしたバリエーションが出ると言う状況も燃料充填式カイロにとっては良い事だと思う。それくらいで本家が食われる事も無いだろうし、本家は本家で王道を往くって感じだし、そうだから残ってこれた…とも言えるんじゃないだろうか。

においと言うクセはあるんだけれど、気にならない人ならば使ってみて欲しいのが「燃料充填式カイロ」。「使い捨て無いカイロ」ってのもなかなか良いモノだと思う。においが出ずに、どこにでも貼ることが出来て、薄くて軽くて暖かいんだけれど「使い捨て…」と言うのをやめて、2度目の冬。イヤだけれど、寒さが恋しかったりしちゃうのであるのよ…。





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勾玉マニア。

2005-11-02 12:33:23 | 我思う、故に書くなりよ。
あまり公言はしておらぬが、余は「勾玉マニア」である。

いつからそうなったのかは覚えておらぬが、出土品として展示されている「勾玉」の造形美に心を惹かれて以来だから、かれこれ30年も前からと言う事になろうか…。

何が良いのか? 判らない所が多々あったりもするので、潜在的に「勾玉マニア」ではあり続けたものの、その良さと魅力を大いに語ったり、コレクションに勤しむ事は無かった。なんせ、何に使う物なのか定かじゃ無いし、太古の昔にはセレブの必須アイテムではあったかと思われるが、今時このデザインが流行る事もあまり無いだろうしねぇ。

かと言って単なる装飾品としては思えないほどに珍重される「勾玉」もあったりする。

「やさかにのまがたま」と呼ばれる勾玉があり、この世に1つしかない。
天皇家が代々天皇の継承の証として大事にしている勾玉がそれ。いわゆる「三種の神器」の1つで「八尺瓊勾玉」と書く。人目に触れるコト無く受け継がれて行くものだから、どんなものか見た人もあまりおらず、正しい事はナイショ…なんである。

八尺…となると、かなり大きいね。1尺が30cmくらいだから…素材を考えるとントンの重さに…。まぁ、実際の大きさは人が普通に持てる程度なので、大きくても30cm位だと言われている。「瓊」ってのは「赤」を意味する言葉なので、ここから素材が想像できる。赤いメノウ…らしい。ところが、素材に関してはヒスイと言う話もあって、これだと「緑」になってしまうから、どーなんだか?

そもそもの由来は詳しく判っていないが、アマテラスオオミカミが岩戸に隠れちゃった時に、出て来てもらおうと、岩戸の外にいた別の神様が創ってお供えしたものらしい。結局は裸踊り見たさに出て来ちゃった神様だから…

「ついでに頂いておきましょう…おほほ…」

な感じだったんじゃなかろうか。いずれにせよ、なんで「勾玉」なんだかは定かじゃないんだな。普通に「玉」だったら、そのまま「玉」だったんじゃないだろうか。

その独特の形状から、腎臓…だの、胎児…だの言われているが、普通に考えると漫画に出て来る「霊魂」なデザインなので、そうした所に由来したモノだとは判るだろう。これが装飾品のパーツとして用いられて、主に高貴な身分の方々の首元を飾っていたらしい事は出土品からも明らかではあるが、意味合いは謎のままである。

そうした謎めいた部分が多いのだけれど、キュートな感じもあったりして、惹かれちゃったのかな…俺…。そう言う「魅力」はあると思うが、「何それ…」で終わるモノでもあるだろうし…。ちょっと複雑ではあるな…。

写真の勾玉は知人から頂いたモノ。「タイガーアイ」と言う石で作られていて、まぁ「パワーストーン」って意味合いのものだ。「財運」が増す…と言う意味があるそうで、別に頂いた同じ石の「数珠球」と一緒にケータイのストラップにしてある。

パワーストーン自体になんらか興味があったワケでは、特に無いのだが、この勾玉の形が実に私の物欲マインドにヒットしており、大事にしてはいる。ちょいと調べてみると、勾玉パワーストーンは世にゴロゴロ…してはいるが、私から言わせると「ダメじゃん…」な造形が実に多い。だからと言って「正しい形」はどこにも無いので、おおよそ「勾玉」らしい形であれば、それは「勾玉」なんであるが、やはり出土品に類するくらいのボリュームと形状は保って頂きたい所存ではある…。その出土品でさえも、時代とか産地とかに因って、微妙に形状は変化してたりもするから、やはり「だいたいこんな感じで…」ってのはアリなのだけれど、おじたん。的勾玉マニア道からすれば、写真のモノがベストに近いと考えている。

出土品だと、素材はヒスイが多いのかな? ガラスや土器みたいなのもあると聞くので、形に込められた意味の方が重要だったのかもしれないねぇ。普通に落ちてる石を磨いたり、削ったりして作っても良さそうなんだけれど、そうでも無いフシが見受けられたりもする。ヒスイなんか国内じゃ産出する所は糸魚川流域くらいに限られているし、太古の昔の流通を考えたら結構大変なコトなんだよねぇ。西方から渡来したものもあるらしいが、中国や朝鮮半島がせいぜいで、そこから西ではこのデザインはトレンドにもなっていないらしく、出て来ないと聞く。

そうした「謎」をもこの形に込められていると考えれば、普通に「玉」より面白いかなぁと思ったりする。機会があれば、色々と調べて行きたいモノの1つだな…。



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ゆで卵。

2005-11-01 13:38:36 | 我思う、故に書くなりよ。
ゆで卵は沸騰したお湯に7分と決めている。

白身が硬くて、黄身はとろとろ…な辺りが好みだったりするのだが、茹でれば食べられる手軽さにおいて右に出る物も無いほどだったりするワケだが、「温たま」でもいいし、「固ゆで」でも「半熟」でも一応はしっかりと「卵料理」なのである。

んまぁ、ゆで卵…と言えば「塩」が普通だったりもするが、うかつにやたらな塩を付けちゃったりすると、塩のエグ味が際立ってしまって、嫌な感じがしたりもするんだが、塩じゃなくて絶対マヨ! って人もいれば、絶対ケチャ! な人もいたりする。ワサビマヨ…なんてのもたまにはいいかなと思うが、好きにして宜しい…。

問題は「うまく剥けない…」って場合が多々ある点にある。薄皮がキレイに剥けて、つるんとした白身が見目麗しく整って頂ければ文句も無いのだが、新鮮さの度合いや、茹で具合によって変わってくるものらしい…。

そうだとは判っていても、うまく剥けないのはなかなか悔しいワケで、たまごの殻を上手く剥けるおねいさんとかいたりすると、かなり好感度UPで、剥いてくれちゃったりすると押し倒しちゃうな…。

ゆで卵でなんたる破廉恥…。

でまぁ、諸外国の方々が「ゆで卵」を如何様にするのか? よく知らなかったりするので、外国の料理番組なんかをたまに興味深く見てたりするのだが、ゆで卵の殻を剥く…なんて下ごしらえ的なシーンは想像以上に地味であるらしく、見た試しが無い。

映画のシーンの中で、ちまちまと爪先で殻を剥いているのを見た事があるが、日本人と変わりなく、あまり面白くも無い。そんなのじゃなくて、もっとカルチャー・ショックバリバリの「剥き方」が見てええんだよ! って事。

映画でもドラマでも、ゆで卵の殻のカッチョイイ剥き方…なんてシーンがおよそ出て来ようワケも無いんだけれど、かつて見た映画の中でのゆで卵の剥かれ方は…

「なぜにアンタ…ゆで卵?」

と言う疑問はさておいて、心に響くものがありすぎた。

「ああぁ…外人はこうして剥くのだな…」

以来、ゆで卵はそうして剥いているのだが、「エンジェルハート」と言うミッキー・ロークの出ていた映画に出て来る「悪魔」が悠然と椅子に身を委ねながら、手先でゆで卵をイゴイゴ…してペリペリ…剥き剥きして、ペロン…とやっているんである。

なんだかよく判らない話の映画ではあったので、どんなストーリーなんだか言われても承知しないが、悪魔のおっさんが、ゆで卵を横にして硬い所に押し付け、イゴイゴしながらミシミシ…な感じでゴロゴロさせると、ペリペリ…が実に気持ちよく剥けて行くンである。

そりゃあ、すっ飛んで帰って、茹でたさ…。で、やってみると案外イケルんである。
思いっきり「グシッ!」とやってしまうとゆで卵はバラケちゃうのだけれど、ジワジワとミシミシさせながらゴロゴロすると、ペリペリはスムーズにある程度まとまって離れて行き、「何とか家の食卓」では無いが「裏ワザ」的な感動と共に「ペロン」なワケなのだよ。

本来なら、主人公となにやら関係するマイノリティー風のおねえちゃんのくんずほぐれつのベッドシーンを頭に描きながらすっ飛んで帰るべき映画だったであろうモノなのだが、「悪魔のおっさんのゆで卵の剥き方」しか脳みそに残っていない…青春の1ページ…。

コレステロールがどうたらこうたら気にする人は気にするんだろうが、1日10個食っても何とも無く元気なお婆ちゃんがいたりもするワケで、ゆで卵&マヨなんてのはコレステロール三昧な感じもするが、今日は「ワサビマヨ」と「カラシマヨ」で攻めてみた。あの悪魔は何か付けて食べていた覚えは無いのだけれど、パクン…と一口だった気がする。

しかし、西洋の悪魔とゆで卵の関係が今ひとつ判らない。宗教的な意味合いの深そうな内容だったんじゃないだろうかと思うのだが、悪魔の容姿も今にして思えば…

「捕まった直後のフセイン元大統領…」

な感じだった様な気がする…。なんだかなぁ…。

Comments (4)
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